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2008年4月14日 (月)

中国と言う国

最初はあまり関係ないようなニュースだった。
チベット自治区の抗議行動とその制圧。
ところが時間が経つに連れて、世界的な話題の中心となった。

今では完全に「オリンピック」とリンクした話題になって、「開会式ボイコット」とか「聖火リレーへの抗議行動」となっている。
お恥ずかしい話だが、今回の騒動まで「中国とチベット」の歴史的関係を知らなかった。
NHK週刊こどもニュースの解説を読んだら分かったけれど、思わず変な疑問が湧いてきた。
China
元々チベットは中国ではなく、ある時に武力で中国側が制圧したと、いろんなところで解説されている。
こういう「侵攻」とか「制圧」の場合、概ね侵攻する側の理屈は
「元々、我が国の領土だった」
である。

どうやら中国の理屈もそうらしい。
断っておくが、今書いている事が真実とは限らない。
最初に言ったように、私が今回の騒動が起きるまで、「中国とチベット」の関係を知らなかったからだ。
だから、付け焼き刃的な知識で、このブログを書いているので、間違っているかもしれないのだ。

この背景を聞いた時に、よく中国が日本に向け発信する「中国侵攻に対する謝罪」という問題を思い出した。
そして、いかにも中国らしい感覚だとも思った。

とっても自分勝手な感覚。
時として中国という「国」は、そういうルールがまかり通る。

偽物だらけがまかり通る。
開発という名を借りた汚染物質の垂れ流し。
そして、今回の餃子事件のように、責任所在の曖昧さ。

ニュースを見ていても感じるこの中国らしさは、実は私が勤めているような中小企業でも感じる事がある。
数年前に、中国にグループ企業を設立したが、やっぱりとてもしたたかで、感情的にも文化的にもうまく融合出来ていないようだ。

なんでだろう?
と思っていたが、今回のチベットの問題で少し分かった気がした。
要は、「自分のルール」だけが正しいと思いたい国なんだな〜〜と。

もちろんそんな人ばっかりじゃないだろう。
けれど、自分たちの「チベット侵攻」は「元々我が国」と言い、戦後50年経っても「日本の中国侵攻に謝罪が無い」と言い続けている国は、個人的には理解出来ないものだ。

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