« 居酒屋ゆうれい | トップページ | 心のエネルギー »

2008年1月 8日 (火)

音楽が楽しかった時代

ちょっと古い話になるが、昨年末に放映された「イカ天」の特番の話。
これは年末のブログにも書いたが、楽しみにしていた。

楽しみにはしていたが、ちょっとした不安もあった。
大体こういう「懐かしもの」の特番は、見る側の思い入れや期待が大きすぎて、実際には「期待はずれ」になる事が多い。
Masako
正直「どうかな〜〜〜〜」って感じで見たけれど、面白かった。
あの時の出演者では、三宅裕司、相原勇、萩原健太、吉田健とかなり限定された人たちで、バンド側は今も現役バリバリの「BEGIN」以外は、キワモノの「氏神」「たま」の石川くんと、ほんのわずかだったが、それが良かった。

変に年喰ってしまった人たちが出て、昔話するよりも、あの当時の映像を見ると言うのが良かったのかもしれない。
なぜなら・・・・・・萩原健太さんが番組中に言っていたように
「忘れていた?いや忘れたかった」
そんなバンドだらけだったからだ。

マサ子さん

今や「マサ子さん」と言えば「雅子さん」で皇太子妃殿下なのだが、あの時は違った。
「変な日だな〜〜〜」のマサ子さんだった。

「FLYING KIDS」「人間椅子」
なんかは結構覚えていたが、「remoto」「宮尾すすむと日本の社長」は忘れていた。
特に「remoto」は、後に亡くなった「池田貴族」は覚えていても、バンド名そのものは忘れていた。
それに「日本の社長」「二枚でどうだ!」も忘れていた。

今はYouTubeで懐かしい映像が見られるが、それを見ても、
「あ〜〜こいつらいたな〜〜」
と思い出すのである。

なんであんなに盛り上がったんだろう?
一生懸命見ていた当事者だったけれど、良く覚えていない。

ただ記憶にあるのは
「うまいだけじゃ、つまんね〜〜だよ」
と次の日会社で話していたことだ。

「FLYING KIDS」
は、初代のイカ天キングだけれど、確かに上手かった。
でも、それだけじゃなくって浜ちゃんの、ちょっと逝ってしまった顔と歌。
そんなインパクトが強烈だった気がするし、個人的に「好き。」「嫌い。」と勝手気ままに評価しながら見られた事も魅力だった気がする。

今のインディーズのように、プロ並みに上手いわけじゃなかったのは確かだ。
コミックバンドもあれば、今は普通にいるオヤジバンドの走りもいた。

きっと、演奏する側も見る側もそして、テレビ側も単純に
「楽しい音楽」
としての共通認識があったから、あんなに盛り上がったのだろう。

その証拠に、「たま」は伊藤銀次の推薦で出たとか、イカ天キングが乱発されて、何となく制作側の意図が見えて来たら、あっという間に見る側は冷めてしまったからだ。

そうそう、一番忘れていた事があった。
審査員に「ラッシャー木村」が居た事だ。
これなんて「楽しければ、いいじゃん!」の証拠だった気がするよ。

|

« 居酒屋ゆうれい | トップページ | 心のエネルギー »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 居酒屋ゆうれい | トップページ | 心のエネルギー »