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2007年5月21日 (月)

企画力のなさ

昨日、出かけようかどうしようか迷いながら「そこまで言って委員会」を見た。

Skomade

オープニングから見なかったので、最初は論点が分からなかった。
そして「山内久司」と言う人のことも分からずに見ていた。

そのうちに、この「山内久司」と言う人が、TVの名プロデューサーなのだと言うことも分かり始めた。

Wikipediaによるとこう紹介してある。

1970年代後半から1980年代にかけては必殺シリーズを世に送り出した人物としてドラマ業界に広く名前を知られ、常に奇抜さと時代の先端を捉え続けた制作姿勢から「ドラマの神様」と評されたほどの人物である。

そしてこの人が後半に言った言葉が印象的だった。

「今は企画力がなさすぎる。だからタレントに全部任せるか、他のものをパクってばかりいる。」

実は、この感想は数年前からTVCMに感じていた。
以前のブログにも書いたけれど、最近のTVCMはつまらないのである。

そのつまらない理由が
「タレント頼り」
なのは、クリエイターなら誰でも感じていることだと思う。

そうなのである。
CMから始まった企画力のなさは、今やTV全体に広がっている。

ドラマもオリジナル脚本はなくなり、漫画の原作ばかり。
バラエイティは、芸人をひな壇に置いて、フリートーク。
映画も、韓国の「純粋系」が人気を呼べば、それ系の話ばかり。

今、仕事では企画を中心に行っている。
そして、この企画力の乏しさは、実感として感じている。
供給量に比べて、消化量が以上に速いのだ。

少しオリジナル性あるものを思いついても、あっという間にいろんな展開に利用され、陳腐化してしまう。

企画力のなさも実感として感じているけれど、まるで細菌の爆発的繁殖力のように、創作アイディアを消化していく現代は、クリエイターにとって不幸なのかもしれない。

20〜30前半のクリエイターは、育つのを待たずに消化されて行っている。
山内久司の一言は、そんなことを感じさせる重い一言だった。

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