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2006年12月22日 (金)

Dr.コトー診療所2006

熱しにくいが、気に入ると熱中するタイプである。
ドラマは、そんなにハマる方でないが、このジリーズはハマった。
しかもTVの方を優先して、あえて漫画の原作を読んでいない。
前シリーズはDVD-BOXで購入したし、特別編や2004の特集もVTRで保存している。

だから今回の2006シリーズも、放送されると知ってから、とても楽しみしていたし、毎週欠かさず見て、しかもDVD録画で残している。Koto

とても好意的に見れば、今回のシリーズは、前シリーズと視点を変えていた。
だからコトー先生が手術して、成功するのが当たり前のストーリーになっていることが多かった。
ファン心理で言えば、悪い印象は持たなかったけれど、実際に医療現場にいる人たちは「あんなにうまく、奇麗にはいけないよ」と感じているだろうと思いつつ、毎回ドラマを見ていた。

けれど、あのドラマの制作者は偉いと思う最終回だった。
彩佳が手術で助かるのは分かっていたけれど、そんなことよりも、もっと重いテーマを投げかけてきた。
「医者とは何だろう?」だ。

このドラマは何度見ても涙してしまう話が多い。
前シリーズの「明オジ」の死。
今シリーズの剛洋の入学式。
そしてこの最終回の
「奇跡だって絶対にないと言えない」。

この最終回に込められたシリーズの意図は、このドラマは
「ずっと見てもらえる」
という前提のもので、単発で見ると誤解を招きかねないけれど、そこに挑戦した制作者には頭が下がる。

普通、最終回は大団円で、華やかに幕を閉じるが、このドラマは違う。
前シリーズも今回も、音楽がフェードアウトするように終了した。

ただ今回の重いテーマは、医療ドラマではある意味タブーな部分で、そこに触れてしまったこのシリーズは、今後どうするのだろう。

大ファンとしては、また何年かに一度くらいは見たいけれど、それが可能なのか分からない。
最終回を見ながら、そんな感想を持ってしまった。

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