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2006年6月27日 (火)

ならぬことはならぬ

前回も書いたが、やはり株主総会の資料作りに巻き込まれ、ちょっとしんどい。

先週、出張の時に新幹線で読もうと買った本がある。
結局、部長とずっとしゃべっていたので、自宅で読むはめになったが「国家の品格」という本である。Kokka

かなりベストセラーになり、内容的にも興味があったので、読もうと思っていたのだが、なかなか手を出せなかった。
先ほど、この本についてブログなどで、どんな意見が出ているかと調べたら、やはりベストセラーなだけに、賛否両論、千差万別いろんな意見があるようだった。
だから、あえて他人はどう思おうと、率直に感じたことを取り上げることにした。

多くに人は「国家論」だと思っているようだが、あの本はそんなこと書いていない。
最初に宣言しているように、とても個人的な思い込みで、しかも奥さんには「妄想だ」と言われていると書いてある。
だから、あの本に目くじら立ててはいけないのだ。

まだ全部読破していないし、今後もこの本について書くかもしれない。
だからまず1回目として。

「ならぬことはならぬ」

会津藩の藩校「什の掟」の最後には、こう書いてあるんだそうだ。

私たちの世代は、この「ならぬことはならぬ」が、すごく多く、特に中高生時代は、毎日味わった。
運動系クラブの先輩の言うことは「絶対」だった。
理屈でなく「ならぬことはならぬ」であり、説教されたり、しごきを受けた。
もちろん、私も後輩に同じことをした。

そして家庭でもすぐ上の兄貴は、いきなり拳骨が飛んできたし、私は末っ子だったから、親父には可愛がられたが、それでも怖かった。

理屈ではなく「ならぬことはならぬ」だった。
けれど、そんな先輩を憎く思ったこともないし、自分も後輩に対し「憎悪」の感情で、しごいたことは一度もなかった。

そして現代。
そんな「ならぬことはならぬ」ことを経験せずに社会人になった若者が多い。

そして、このような不条理なことは、会社の中には未だに多く存在しており、彼らは人生の中で、初めてそんな体験をする。

学生時代に、そういう不条理に鍛えられなかった若者は、初めての経験に戸惑い、怒り、そして心が病んで行く。
まぁ、これはウチの兄貴の持論ではあるが、あながち外れていない気がする。

「ならぬものはならぬ」
これが国家の品格に必要なものなのかは、わからないが、人の成長の上で、味わうべき訓告のようなした。

若い人は、納得しないだろうな?
納得しなくても良いんです。そういうものがあることを知っておきましょう。

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