2020年9月28日 (月)

マスコミに悪意はないのか?


私たちの世代が子供だった頃に比べて、新聞とかテレビ・ラジオ局の影響力は小さくなっていると言われる。
でも、ネットを見ていると新聞やテレビの情報を利用しているものが多く、ほとんどの情報をスマホから得る若い世代の場合「自分が知らないうちに」マスコミ情報を鵜呑みにしていることが多いのかもしれない。
7月の終わりに「テレワークを激賞するマスコミに疑問」というコメントを書いたが、今回はマスコミの流す情報に対する素朴な感想をまとめてみた。20200928

安倍総理退陣と総裁選挙
あれだけ安倍総理のやること・なすことを批判し、それに呼応するように内閣支持率がどんどん低下させたのに、健康上の理由で突然の辞意表明した途端に、支持率が急上昇した。
そして「次の総理」の話題になると「安倍総理ほど、外交が強い人はいない」と言い始めた。
「強気ばかりの外交では解決は難しい」って批判していた気がしたが、辞意表明後はそんな言葉は聞かなくなった。
余談だが、芸人の「ホンコン」氏が、安倍総理の辞意表明会見で、1人の記者しか「ご苦労様でした」と言わなかったとテレビで批判していたが、私自身も同じことを感じた。
記者の人たちには総理大臣に対する「リスペクト」がなく、自分たちの方が偉いと思っているように感じた。

さらに、菅・岸田・石破の3氏による「総裁選」でも、「地方に強い石破氏に不利な選挙方法」と報道。結果はやっぱり「菅氏の圧勝」となったが、個人的には「なぜ石破さんって議員間で人気がないのだろう?」と思ってしまう。
今年の5月急逝した私の元上司も、ちょっと石破氏に似ていて、経営陣にとって「言われたくないこと」を指摘しすぎて、執行役員までで終わってしまった。
本当に能力のある人だったら「周りを巻き込む力」がどれだけ大切か分かるべきで、その点で見るとあれだけ周りの議員から否定される石破氏は、本当に「高い能力のある議員なのか」と思うのだが、そのような話はあまり新聞やテレビでは聞かない。
ネット民たちのコメントを読むと「マスコミは石破さんを総理にしたかったんじゃない?」と書かれていたが、そう思われても仕方がないような報道だったということだ。

派遣・パワハラ
この視点は、何度か話題として取り上げた。
ずっと以前に「派遣切り」という言葉が流行った頃、私は管理職だったが「切られてしまう派遣スタッフにもかなり問題がある」と感じていたし、実際に適当に手抜きで仕事に取り組む派遣の人には、契約更新をしなかった。
でも、そのような「派遣スタッフ側の問題」に触れた報道は見たことがない。

パワハラも同じことで「パワハラされた側」に全く問題がないのだろうか?
つい最近、私の周りで「された側」の意見だけを一方的に人事部がヒアリングし、「した側」の意見を後回しにし、さらに「した側」の周りの人に聞き込んだ結果を「した側本人」に見せてしまったため、「これでは今後部署運営はできない」として退職願を出してしまった。
きっかけとなった「パワハラ」は、私の身近だったのでよく知っているが、「された側」にもかなり問題点が多く、「した側」の注意の仕方に非があったにせよ「された側」が一方的な被害者だとは思えなかった。
このような事例は実は周りでよく聞くのだが、あまりマスコミでは報道されない。
「派遣」にしろ「パワハラ」にしろ、被害者と言われる「弱者側」には、「全く問題がないのに」という前提での報道しか見聞きしないのはどうなんだろう?

働き方改革
もうこれは一時期何度もこのブログで話題にした。
「長時間労働」「長期間連続勤務」のすべての責任が企業側にあるような論点になっているが、よく似た業界にいる私としては「問題の根本は、無理難題を要求する顧客側」と感じる。
けれど、そんなことに触れる報道は一切見たことがない。
そのような働かせ方をした企業が「すべて悪い」という前提で報道されるが、「じゃ、複数スタッフにした体制にすることでコストが高くなって受注できなくても仕方がない」という本当の問題点に触れたマスコミは皆無だった。


マスコミがある方向性を持って報道すると「そちらが全面的に正しい」と感じやすい。
影響力のあるマスコミだからこそ「バランスを持った情報発信」をすべきだと思う。
「国家権力に屈した報道」は太平洋戦争でイヤというほどマスコミは反省しているはずだ。
「物事の問題や話題」は、さまざまな視点や感じ方を丁寧に取り上げないと「ある方向性」に傾きやすい。
丹念に新聞やテレビの報道を見ず、ネットで「見出しだけ」で知った気がする人たちが今後も増える時代だからこそ、そのあたりのバランスをマスコミにも、そして見る私たちにもいつも意識していないといけない気がする。

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2020年9月14日 (月)

再雇用再延長と老齢年金特別支給の申請(その2)

最近、このブログの文章がダラダラと長く書いてしまうようになり困っている。
毎年年末までの1つの区切りとして「冊子化」しているが、それを読み返すうちに、自分自身の「備忘録」として書くようになったのが、原因の1つだ。
「あとで読み返した時に、その時どう感じ、何を思ったか。そして周辺状況や雰囲気も分かるように」
などと思ってしまうため、こうなってしまっている。20200914
前回も1回の話題のつもりだったが、上記のような状態で長くなってしまい、今回は「つづき」となってしまった。

前回書いた「再雇用再延長」の面談を行った次の日「年金事務所」に行ってきた。
「老齢年金特別支給の申請」のためだが、これについては6月に「老齢年金特別支給の書類がやってきた」で書いた。
あの時、日本年金機構のシミュレーションだと「支給額0円」になると書いたが、少し収入金額の間違いに気づき、再度やってみたら、少しだけもらえそうなことがわかった。

以前書いたように「ねんきんダイヤル」で予約しておいたので、その日時に行ってきた。
余談だが、夏季休暇中に「マイナンバーカード」「電子証明書」の有効期限更新のため区役所に行ったが、コロナ対策のため、間隔を空けて座ったり、アクリル板越しの対応など、なかなか大変だった。
さらに余談だが、例のコロナのための「特別給付金」をきっかけに「マイナンバーカード」のパスワードの再申請などで、かなり混んでいた。
私はパスワードも暗証番号もわかっていたので、割と早く済んで助かったが。

さて年金事務所の受付に行き、予約した旨伝えると、書類記入を言われた。
事前予約してあるのに「なんで、ここでまた記入が必要なんだろう」と思ったが、まぁそこがお役所なのだろう。
その後、所定の場所で待たされたが、ここもコロナ対策のため間隔を空けて座るようになっていた。
15分くらい待って呼び出され、書類を出すとチェックされた。
特に問題なく受け取ってもらえ、少し疑問に思っていたことを聞いてみた。

前回書いたように「再雇用再延長」により収入が減る。
その場合なにか申請がいるのだろうかと聞いたら「それは勤めている企業から申請されます」とのことだった。
その場で、支給予定額を出してくれたが、シミュレーションでやった金額とあまり差がなく、やはり少し支給してもらえそうだった。
ただ説明によると2~3ヶ月のタイムラグがあるようで、実際に振り込まれるのは「年末あたり」とのこと。

年金に関する書類提出はこれで終わったが、年末近くに年金が振り込まれるといよいよ「年金生活」がスタートする実感が湧くのだろう。
「再雇用の再延長」「年金支給開始」など現役で働いていた状態から1つずつ変わり始めている。
コロナのことがなければ、温泉へ出かけるなど少し楽しめる生活がイメージできるのだが、今年はなかなか難しそうだ。
それでも「老後生活」のスタートは始まったようだ。

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2020年9月 7日 (月)

再雇用再延長と老齢年金特別支給の申請(その1)

先月63歳になった。
ウチの会社の規程では「62歳まで」は本人が希望すれば再雇用となるが、それ以降については会社との「話し合い」によって延長されるかどうか決まる。
周りを見ていると半分くらいは「再延長」している人がいる感じだ。20200907

再雇用の更新については、「3ヶ月前には書類を提出」となっているが、その後の人事部の動きはとても鈍い。
定年を迎えた時や1回目の再雇用更新の時も、ギリギリの期限にしか対応してくれない。
提出した更新申請書類に「一度面談を」とお願いしていたが、結局、今回も同じで、期限の2週間前というギリギリの状態だった。
そこで上司の本部長と人事部長で3者面談し、「再雇用者に対する対応」について、日頃思っていることを話し、ずいぶん時間が経ってから
「ところで、今後は再延長なので収入など契約内容は変わるの?」
とこちらから聞いてみた。

人事部長はとても申し訳なさそうに「それなんですが」と書類を見せてくれた。
基本給は変わらないが賞与が「半額」となっていて、かなりの減額となっていた。
「減るだろうなぁ」と思っていたし、けっこう恵まれた条件で再雇用となっていたので、今回の減額でも仕方ないと思える金額だった。
それに、コロナ禍の現在、会社の状況も非常に悪く「延長してもらえるだけでもありがたい」と思っている。
ただ「金額などの雇用条件」は、生活に直結することでもあり、再度人事部長に「最低でも1ヶ月前」には条件提示してほしい旨、伝えた。

同席していた本部長にも事前に減額の打診はなかったようで「えっ、減るの?」とびっくりしていた。
彼は特にお金にはこだわるので、面談が終わった後でも「まさか、減るとは思わなかった」と言っていた。
おそらく彼の場合は、「収入が減ってまで再雇用はしてもらわない」と思っているのだろうが、そこは価値観も違うし、実際その年齢にならないと「雇用延長してもらえるだけでもありがたい」という気持ちはわからないだろう。

ということで、取り敢えず「あと1年」は雇用延長してもらえることとなった。
ただし、今後のひとつの目処として「65歳」と思っているし、さすがに周りの人たちも「ずっといる」とは思わなくなってきている。
これからあと1~2年が、会社生活の集大成になると思えるため、案件業務の引き継ぎや手伝っている会社広報の情報整理・手順化などやっておこうかなぁと思っている。
(つづく)

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2020年8月31日 (月)

中島みゆき:蒼い時代

8月も今日で終わる。
とにかく今年は「コロナ禍」がすべてで、それ以外はどうも「その他の出来事」になってしまっていて、このまま1年が過ぎてしまう気がする。
今回は、そんな書き出しとは全く違う久しぶりの音楽の話。
昨年の11月に「雪化粧:松山千春」で昔を思い出す音楽の話を書いたが、今回も同様、というかあの時に思い出す「シーン」と心情的につながっている話だ。

「つながっている」と書いたけれど、曲の内容とも、実際にそういうことがあったわけでもない(ちょっとだけ近い経験はあるけれど)。
ただ60歳を過ぎて、この曲を聴くと、昨年の「雪化粧:松山千春」の時と同じように「胸がチクッ」とする。
不思議なことにこの曲は中島みゆきの「パラダイス・カフェ」という20年以上前に発表されたアルバムに収録されている、
この「パラダイス・カフェ」というアルバムには以下のような曲が収録されている。

1.旅人のうた(2nd Version)20200831
2.伝説
3.永遠の嘘をついてくれ
4.ALONE, PLEASE
5.それは愛ではない
6.なつかない猫
7.SINGLES BAR
8.蒼い時代
9.たかが愛
10.阿檀の木の下で
11.パラダイス・カフェ

この中の「旅人のうた」とか「たかが愛」は、TVドラマの主題歌に採用されヒットしたため、購入時には、どうしてもそこを中心に聴いていた気がする。
昔は「アルバムの中の良い曲」を楽しみに購入していたが、この頃の自分の琴線に触れなかったのか、今の年齢になったからこそ「チクッ」とするのか分からない。
ただ「音楽」というものは、その時代には響かなくても、ずいぶん時間が経ってから「良い曲」と感じることがある不思議なものだと感じる。
このアルバムにある「永遠の嘘をついてくれ」も、2006年に吉田拓郎がつま恋で中島みゆきと「奇跡のデュエット」を行うまで気に留めなかった曲(詳しくは過去のブログ「永遠の嘘をついてくれ」を見てください)。

この曲、ネットで検索するといろいろな捉えようがあって面白い。
2番の歌詞に出てくる「あなたと同じ目元」「別れた彼の母親」説や、「別れた彼との間に授かった子供」説など、人によっていろんな想像(妄想?)が膨らむものだと、感心してしまうが、私自身がどちらの説を取るかは、内緒にしておこう。
著作権の関係で、本人の歌唱しているものはYouTubeにはなかったが、声の質や歌い方が一番イメージが近いなぁと感じる人のカバーをリンクしておいた。

蒼い時代(作詞 中島みゆき、作曲 中島みゆき)

蒼い時代のことやから 忘れてやってくださいと
あなたの親に謝られても 何のことかわからないわ
蒼い時代のただなかで 私たちは互いに
過去も未来もないことにして 固く抱きあったね
正しくても 間違いでも かまわなかった あなたといることだけしか 思わなかった
蒼い時代のことやから 忘れてやってくださいと
あなたの親が頭を下げる 私は陽だまりを見る

あんな昔の約束を あなたが覚えていたなんて
驚きました 私はとうに今の暮らしに変わっています
あなたと同じ目元が うるんだように安らぐ
ガラスの中に 私は見てる 遠い陽だまりの日々
正しくても 間違いでも かまわなかった あなたといることだけ しか思わなかった
蒼い時代のことなんか 幻でした 約束は
信じてなんかいませんでした 
これで良かったのよね

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2020年8月24日 (月)

Macを続けるか?Windowsに乗り換えるか?

6月に「自宅のMacは10年生」で自宅のMacが瀕死状態になったことを書いた。
その時に書いたように、なんとか息を吹き返し、今も使っているが「次をどうするか?」は悩み続けている。
と言うよりも、あれから「ある経験」をして、さらに悩みは大きくなってしまった。20200824

その「ある経験」というのは「リフレッシュPC」の経験だ。
この「リフレッシュPC」というのは、企業に一括納入されて一定時期使用されたものを部品交換やメンテナンスされて、再販売されるもののことだ。
その存在はたまに自宅にチラシが入っていたりして知ってはいた。
ただ「型落ちだし使えるのかな?」と思っていた。

ところが、2ヶ月くらい前に、当社の通販ビジネスを担当しているスタッフが、業者から売り込みがあったということで、試験的に会社で購入し、1台割り当てられた。
割り当てられたのは「ノートPC」「i5」「SSD」というスペック。
この「i5」というのはパソコンの心臓部となるCPUで、インテル社のもので、ある程度の速さがある。
Photoshopなど画像系のデータを操作するには、最低これくらいのCPU(発売年度で速さの差はあるが)が必要と言われている。

そして「SSD」
これは最近出てきたもので、従来の「HDD(ハードディスク)」に変わる記憶媒体。
ネットで調べると「SSDはSolid State Drive(ソリッドステートドライブ)」と言われるもので半導体素子メモリを使ったドライブ(記憶媒体)のことらしい。
速度はHDDに比べ速いが、容量がHDDほど大容量(テラバイトと言った単位)はないとのことで、実際割り当てられたノートPCも「256GB」という容量だった。

Windows10がインストールされた状態で手元に来たので、必要な設定やアプリなどは自分でやってみた。
まず、最初に感じたのは起動の速さ。
会社のデスクトップだと起動ボタンを押して、実際に動かせるようになるまでに最低でも1~2分は掛かる。
ところがこの「リフレッシュPC」は30秒もしなくて使用できる。
この速さは魅力だ。
さらにアプリやネットの動きも速くてストレスがない。

そして、自宅のMacBook Airではインストール出来なくなってしまった、古いアドビ系のアプリはどうなんだろうと思ってインストールしてみた。
これもAcrobatというアプリ以外は、問題なくインストールでき動作確認も出来た。
これで4万円を切る価格で入手できると知って、さっそくネットで検索してみると結構売られている。
安ければ3万円弱、Office系のアプリとセットだと4~5万円弱。

「う~~~ん、これは魅力的」
確かに「SSD」の弱点である容量だが、データ保存を外部のHDDにすれば全く問題ない。
実際、今使っているMacBook Airも、それくらいの容量なので、音楽以外のデータは全部外付HDDに保存しているから、それをWindows対応にすればよいわけで、大きな問題ではない。
それより何より一番感じるのはPhotoshopなど「Adobe系アプリ」が使用できること。
IllustratorやPhotoshopなどのアプリは、仕事の関係もあって、もう20年以上も使っているし、実際画像データなどは頻繁に利用する。
「自宅のMacは10年生」で書いたように代替アプリやネットサービスは見つけてあるが、やっぱり長年使ってきて慣れているだけに、使えるに越したことはない。

世の中がコロナ禍でテレワークが当たり前のように変化している現在、この「リレフッシュPC」も人気が高く、スペックが結構良くてリーズナブルなものは、やっぱり売れていく。
MacBook Airだと中古でも8~9万円、しかもAdobe系アプリは使用できない。
リフレッシュPCならOffice系もついて4~5万円でAdobe系アプリも使用可能。
どっからどう見ても、リフレッシュPCに軍配があがりそうだ。
2020年。
ついにMacから離れる記念すべき年になるのだろうか?

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2020年8月17日 (月)

会社に行かない生活を準備

本日、63歳になった。
そんなことより今年はあらゆることが「コロナ禍」の影響を受けている。
8月といえば「夏休み」なのだが、学生たちは「緊急事態宣言」の影響で学校を休みにしたために通常の夏季休暇などで調整していて、3世たちも可哀想に、とても短い夏休みらしい。20200803

それに、今年コロナ禍にならなかったら「東京オリンピック」が開催され、昨年の「ラグビーワールドカップ」以上の盛り上がりになっていただろう。
過ぎてしまったけれど、7月後半の4連休は確か「オリンピック開幕」にあわせて今年限りのカレンダーだった。
ちょっと話はズレるが、昨年の今頃「来年の夏は、東京出張は無理だね」と話していた記憶がある。
きっとビジネスホテル等は「皮算用」をしていただろうが「世の中何が起こるのか分からない」という言葉が、今年ほど当てはまる年はない気がする。

コロナ禍の影響といえば、今まで書いてきたように仕事絡みが一番なのだが、個人としても「休みを取って旅行」ということが出来なくなっていることも大きい。
それに何となく「外食」も控えて最近は(出来合いのもので済ませているけれど)簡単な自炊生活にもなっている。
そのため5月GWも、7月後半の4連休も、そして今月の夏季休暇も、旅行などには行けず「家籠もり」になることが多い。
旅行に出かけられないのは他にも原因があるにしろ、やっぱりコロナ禍が大きい。
なにせ、最近は「日帰り温泉」もちょっと躊躇してしまっていて、本当に「コロナ前とコロナ後」と生活は大きく変わってしまった。

そんな「家籠もり」の日々が続くと「再雇用を終えて、会社に行かなくなると、どんな生活になるのだろう」と思うことが増えた。
ずっと会社勤めを続けてきて、定年後も再雇用としてやっぱり毎日会社に行っている。
日曜の夜や連休最後の日など「あ~あ、明日また会社かぁ」と思うのだが、考えてみたらそんな生活も、もう長くは続かない。
今月63歳になる私は、社内規定的には「要望すれば無条件に再雇用」される年齢ではなくなる。
このコロナ禍の時代、世界中どんな企業も(ごく一部を除いて)経営状態はよろしくない。
出来れば65歳の年金支給が本格的に始まる年齢まで、お世話になりたいと思っているが、それにしても10年とかいう単位で、会社勤めを続けることはない立場になっている。

休みの日に家でそんなことを考えていると「会社に行かない生活」というものを、そろそろ真剣に考えて準備しておかないといけないなぁと思うようになった。
自分が定年になってから感じるのだが「周りから必要とされていること」が、実はとても大切なのだと思うようになった。
「必要」と思ってもらわないと再雇用で勤め続けられないし、周りからの相談も受けない。
今は「会社」というところにいるので、それなりに「必要」とされているけれど、これが「会社に行かない生活」になったら、どうなるのだろう?

年齢を重ねるうちに「知識欲」は高まる一方で、いろんな史跡を訪ねてみたいし、いろんな本を読んだり、博物館・美術館へも行ってもみたい。
でも、それは「周りから必要」とされるわけじゃないので自分が「面倒だな」と思ってしまうと「何もしなくなる」ような気がする。(生来、とても怠け者なので)
63歳になり「会社に行かない生活」の計画を立てておかないと思っているが、このコロナ禍では、なかなかアクティブな計画がイメージできない。

以前、同じマンションで隣にいた人は退職後「何もすることがなくて暇で」と話していたが、そろそろ私自身もそんなことを心配する年齢になったということだ。
管理職時代に覚えた週単位、月単位、そして年単位で「行ってみたいところ」「読んでおきたい本」などのロードマップの作成を、まずは今年の「やること」にして計画する準備を始めてみようと思う。

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2020年8月11日 (火)

これも老化現象なのか?

60代になって3年目になる。
60歳になったばかりの時には「定年」とか「還暦」とか言った「数の上での決まりごと」で年齢を感じさせることが続いた。
それが3年経ち、63歳の今年から資格を得る「特別支給の老齢厚生年金」や65歳から支給される「老齢年金」と言ったステップがあるが、これも「そういった数の決まりだから」という感じのものだ。
ところが、最近感じるのはおそらく年齢によるものだろうが「基礎的な体力」が減少しているような気がする。20200811

もともと眠りは浅い方だが、以前にも増して「長時間熟睡」していない。
たまに「ぐっすり寝た」と思って「朝かな?」と時計を見たら、まだ夜中の3時くらいだったとか、若い時あれだけ朝が弱かったのに、休みの日でも6時位に目が覚めてしまって「お腹が空いたなぁ」と起きてしまうことなど、若い時には考えられなかった身体になってきている。
「人の名前がでない」なんていうのは、40代の頃から始まったので、もう慣れてしまったし、運動後の筋肉痛が2~3日後に来るとか、1日寝ただけでは疲れが取れないなんていうのも、50代の頃からだったので、これも最近特別に感じることでもない。

しかし、昨年からちょっと「どうしてこんなふうになっちゃうんだろう」と思うことが起きた。
それは「夏の日焼け」だ。
もともと「肌は白く」「敏感肌」で、若い時から泳ぎに行くと酷い目にあっていた。
私たちが若い時代には「日焼け止め」などなく、逆に「サンオイル」といった「焼くためのアイテム」しかなかったし、「夏は日焼けするもの」という時代だったために、今から考えれば紫外線に対して「無防備」だった。
二十歳の時など、あまりに酷い日焼けだったので、薬局に行ったら「これはもう火傷だから、氷を入れた水風呂に入って熱を取った方が良い」と言われたことがある。

その後モータースポーツ観戦でも油断すると酷い目にあったりして、最近では「肌に優しい日焼け止め」は必須アイテムになっていた。
とは言え「日焼け止め」を使うのは、旅行とか日帰りの行楽などで、長時間野外に出ている時に使うだけで、ちょっとの時間くらいは気にせずに過ごしていた。
これまでは「うん?ちょっと焼けたかな、痒いな」くらいで済んでいたが、一昨年だったか、近郊の祭りに日中行った時に、うっかり日焼け止めもせずに出かけ、肘から手にかけて日焼けして真っ赤になってしまったことがあった。

この時にはそれで済んだのが、昨年夏のある日、同じように肘から手にかけて「赤く腫れ上がって痒く」なってきた。
もともとアトピー体質なので、ちょっとした刺激で痒くなるが、こんなに広範囲になることはない。
それでも手持ちの売薬を塗って、様子を見たが、あまり良くならない。
特に日焼けした記憶もなく「こりゃ、なにかの薬疹とかアレルギーかな?」と思い、いつもいく総合病院に行ってみた。
予約なしだったので、その日は診てもらえず2~3日後に再び診てもらった。
売薬が効いたのか、少し収まっていたが、先生に「こんな感じで」で説明したら「たぶん、日焼け」と言われた。

「え~~、でも思い当たるのは、通勤の自転車くらいだけどなぁ」と思い、それでも薬がもらえたので、それを塗って治した。
その後、腕をカバーするアイテムを購入して、無事に昨年は過ごしたが、今年になって「そう言えば、昨年日焼けしたんだった」と思い出し、日差しが強くなる前に、「腕の日焼け止めカバー」を購入し直し、念の為スプレー式の日焼け止めを施して、通勤してみた。
2~3日続けると、手の甲の一部と腕の一部が少し痒い。
さらにカバーのないおでこ辺りも痒い。

7月は各地に大きな災害をもたらしたように雨天続きだったが、ほんのちょっとした晴れ間に通勤しただけでも痒くなる。
ちょうど新型コロナウイルスの「第2波」が拡がるタイミングでもあったので、雨降りの時だけだったクルマ通勤を晴天の時もすることにした。
こんなに紫外線に弱くなってしまったのは、やはり老化現象なのだろうか?
いろいろなことで衰えを感じる年齢であることは、間違いないようだ。

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2020年8月 3日 (月)

再び増加を続ける「新型コロナウイルス」にはどうしたら良い?

先週、「テレワーク」のリスクについて書いたばかりだが、その見直しや準備が整う前に、またまた「新規感染者数」の増加が激しくなった。
今回の増えた始まりは、東京だった。
最初は新宿を始めとした「繁華街」特に「接待を伴う飲食業(ざっくばらんに言えば、キャバレーとか風俗関連かな?)」が中心となっていた。
東京とか繁華街とか風俗・飲食業とか、とりあえず自分自身の生活パターンとはかけ離れた所が感染震源地だったので、そんなに気にしていなかった。
それが全国への拡大が始まったきっかけは、「劇場がクラスター」だった気がする。20200803_20200727104101

私の住む地域でも、ちょうどその頃にやはり繁華街にある「カラオケバー」がクラスターとなって拡がり始めた。
このように今回の拡大の始まりは「繁華街」だったために20代など若い世代が中心で、この時点でも、やっぱりそういう場所に行くことがない私としては「まだ大丈夫」と思っていた。しかし、そこから「家族感染」が増え、さらに「感染経路不明」が加速度的に増えてきて、さすがに怖くなってきた。

私がこの新型コロナウイルスが怖いと思うようになったのは、重症化し時には死に至ることではない。
「入院、そして亡くなった後も親族と会えない」という点だ。
それは芸能人や一般の方の感染者が亡くなった後に親族などが語っていた。
そんな時期に「元上司の急逝と見送る側の気持ち」の出来事があった。
万が一、自分が感染して死んだ場合、見送る側の子どもや3世たちの気持ちを考えると「新型コロナウイルス」はやはりかなり注意すべきものだと感じるようになった。

「第2波」と言って良いのかよく分からない今回の「急激な増加事態」は、とてもタイミング悪いことに経済を活発化させる狙いとして「GO TO キャンペーン」の始まりとぶつかった。
直前には「東京は対象外」とちょっと首を傾げたくなるような措置を取ったが、結局始めてしまった。
本来なら「東京オリンピック」のために今年だけ特別に設けた「4連休」が、このキャンペーンの始まりとなり、さっそく観光地では観光客が「何割増」とのニュースが聞かれた。

「新型コロナウイルスの拡大を防ぎたい。」
これは2月からの「第1波」でイヤというほど味わった。
そしてその反動で「経済を活発化させないとマズイ」ということもわかる。
まだ企業に勤めているので分かるが、お客様も含めて相当厳しい。報道などでも旅行関係や航空関係の企業では、すでに冬の賞与は「無し」などと流れているが、どの業界でも同様に厳しいのは確かだ。
かと言って「GO TOキャンペーン」だから「経済活性化」のために旅行したり外食したりを積極的に行えるかと言えば、二の足を踏みたいような状態だ。

日本は「経済を止めずに第1波を抑え込んだ」と言うけれど、この「第2波」はどうするんだろう?
もう「経済を止めて、補助金で凌ぐのはもう厳しい」、でも「このまま感染が拡大するのも困る」
第1波の時にはうまくいったからと言って、今回もうまくいくとは限らない。
逆に若い人たち中心に「第1派で抑え込んだから、大丈夫なんじゃない」と思っているような気がしてならない。

よく「新規感染者数に一喜一憂するな」とか「検査数が増えているから、第1波とは比較できない」とか「重症化率は低い」とかいろいろ言われる。
「検査発見率は大都市部で上がっている」とも言われる。
結局「よくわからない」というのは、第1波の時と何も変わっていない。
会社で話していたのだが、カラオケや飲食店などがクラスターになるけれど、なぜ「パチンコ店」がクラスターになったと言う話を聞かないのだろう。

2020年。
新年を迎えた時には「いよいよ東京オリピック」と明るい気持ちがいっぱいだったけれど、新型コロナウイルスによって「先の見えない不安」が続いている年となってしまった。
そんな年も8ヶ月目に突入した。
第2波(と言って良いのか分からないけれど)の状況化で、私たちはこれからどんな暮らしをしていけばよいのだろう?
日本だけでなく、世界中がその答えを求める年となってしまった。

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2020年7月27日 (月)

テレワークを激賞するマスコミに疑問

少し前からまた「新規感染者数」が増加し、特に大都市部での増え方が大きく気になっている。
第1次ピークのコロナ禍の頃に11回に渡って、その話題を中心にしてきた。
その中の「新型コロナウイルス騒動~その8」にテレワークの経験で感じたことを書いた。20200727
その後、私の会社の場合、6月後半からは「コロナ対策のためのテレワーク」は一旦静観状態となっている。
理由は「セキュリティ」を中心とした様々な課題が、しっかりと検証されていないからだ。
テレワークを始める時も「本当に良いのか?」と思った人(私は少なくともそう思った)もいたが、どんどん感染者が全国的に増加している最中だったために、完全に「見切り発車」で踏み切ってしまった。

落ち着きを取り戻した後、内部監査役から「あまりにも拙速」と導入を推進した部署と担当者を叱責し、改めてリスク分析を始めることとなった。
ウチの会社の場合、本当にあまりにも拙速に始めてしまったために「1ヶ月以上会社に来ない人」が出たり、「テレワーク中だから、打ち合わせのために会社に行けない」という、ちょっと「?」と思うようなことを言うスタッフがいたりした。
面白いことにそういう言動をする人たちは若い世代が多く、そういう意味では我々のように「会社に行くのが当たり前」という世代とのギャップの大きさがよく分かる事象が、あちこちで見られた。

いずれにしろ先に書いたように現時点では「一旦見直し」となっているが、ニュースや新聞などを見ると「テレワークスタイル」を推奨する記事が目立つ気がする。
「高い家賃の中心にオフィスを借りることを見直す」
「テレワーク生活を基本に、住まいの場所を考え直す」
などなど、もう「テレワークするのは、当たり前」みたいな感じになっている。
そんな記事を見ていると「他の企業って、守秘情報をどうしているんだろう?」と不思議に思う。

私の会社の基幹業務は「印刷」だ。
そのためお客様からお預かりする原稿や情報は、基本的に「守秘義務」「個人情報」に抵触するものが多い。そのようなものは社内規定で
「社外持ち出し禁止」
「自宅でのプリント禁止」
となっているため、実質的に「テレワーク環境」で制作作業は出来ない。
(今回は、そのあたりを無視してやってしまった社員が多いようなので、問題になったが)
それに、営業社員などはVPN接続で会社の基幹システムにアクセスし、勤怠や伝票発行などを行ったが、そもそも企業の「基幹システム」を社外からアクセスするのは、高いリスクを伴う。

この状況は、私達のような企業じゃなくても通常の企業なら必要な業務となるはずなのだが「VPN接続」が絶対大丈夫なんて保証はないわけで、大丈夫なんだろうかと心配になる。
また私のような一人暮らしならば良いが、家族特にお子さんがいるような家庭で、PCの画面を見られても、それは守秘義務に違反しないのだろうか?
私が悪意を持ち、ハッカーの知識があるのだったら、うちの会社のようにリスクをしっかり検証せずに「テレワークをどんどん進めていく」企業なんて、素晴らしいターゲットになる。

テレワークを推奨するニュースや新聞の記事って、やっぱりテレワークでやっているんだろうか?
ニュース原稿は、どんな場所で書いても問題ないのだろうか?
そしてその記事を書く人たちは、テレワークに関する「リスクの知識」をちゃんと持っているのだろうか?
とっても表面的に「通勤をしなくて良い」とか「どこでも仕事ができる」とは書いてあるが、リスクについてはあまりお見かけしない。
コロナ禍がまだまだ収まらない今、今年の後半には
「企業の顧客リストにアクセスされていた」
「新製品の情報が漏れていた」
「社員の給料情報が改ざんされていた」
なんてニュースが流れないことを祈りたい。
そしてそんなニュースが流れると、またニュースや新聞では「リスクを検証していなかった」と批評するんだろう。

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2020年7月20日 (月)

数年後を考える目と数十年後見据える目

「何十年に一度の豪雨」
数年前からニュースや天気予報でよく聞かれるようになった言葉だ。
もう毎年のように言われるので「想像も出来ないほどのすごい規模」という緊急性が伝わらなくなってしまった。
今年も九州や東海地方にこの「何十年に一度」の豪雨が発生し、大きな災害となった。
「コロナ禍」の途中から「避難時の対策」が話題に上り始めていて、準備していた自治体、これから議論しようとしていた自治体とあったようだが、自然はそんなことお構いなしに「猛威」を奮ってきた。
20200720

九州で大きな被害となった「球磨川の氾濫」
県知事が「ダムによらない治水を目指してきたが、費用が多額でできなかった。非常に悔やまれる」とコメントしたが、あるTV番組(バラエティだけれど)でこのコメントについて、ある専門家が解説していた。
「大河川の氾濫を防ぐのは、ダムが一番良い」
その人はそう語っていた。

実際に氾濫した球磨川も、ダム建設が治水を目的にある程度まで進められていたという。
それが例の民主党政権時の「事業仕分け」と地元住民の反対により中止となり、自民党政権に戻っても「議論するばかり」で中止のままだったそうだ。
民主党政権の「ダム建設中止」と言えば「八ッ場ダム」が記憶にあるが、その時に一緒に建設中止になったのだそうだ。

「ダム建設」と言われると「環境破壊」とか「ダムに沈む集落」など新聞などのマスコミも割と「ネガティブ」なキーワードを羅列する。
そして「建設賛成派」の説明で言われる「今まで以上の災害を想定した場合」でも「そんな何十年に一度発生するかどうか分からない災害に、税金を無駄遣いするのか」という意見が、これまでは「正しいような」気がしてきた。
しかし、TV番組でも言っていたが、今回のような大災害になってしまうと「建設費よりもっと多い災害対策費用」が必要になると説明していた。

このような大きな災害が発生すると専門家たちは「ほら、警告したことが起きたじゃないか」と声高に説明するし、それまで「環境破壊」「税金の無駄遣い」と言っていた政治家や自然団体の声は小さくなる。
これを単純に「だから災害が発生しないように、公共事業にもっと税品を使うべき」となるのは早計過ぎる気がする。
ただ政治を考えるときに「目の前の困りごと」への対策と「将来発生するかもしれない困りごと」への対策の2つの視野で見なくちゃいけないことが今回学ぶべきことなんだろう。

これは企業も同じで「目の前の収益」ばかりでなく「将来の市場変化に対応するビジネスモデルへの対応」の2つの視点で経営する必要がある。
ところが戦後、高度成長時代からバブルまでに若い時代を過ごしてきた今の多くの経営層には「目の前の収益」を考える経験はしているが、「将来起きるかもしれない変化」への経験はない。
ただただ「そのうちに景気が持ち直すから、それまで耐えよう」といったような「受身的」な判断をする企業が多い。

今年は「コロナ禍」「記録的豪雨による大きな災害」の2つの悩ましい課題がある。
政治家も企業も「数年後を考える目と数十年後見据える目」のどっちも必要だけれど「あなたたちは、どう乗り切りますか?」と世界中、そして日本全体に問いかけられ始めた時代の始まりなのだろう。
我々会社勤めの人間にはなかなか「経営層」を選ぶことは難しいけれど、政治家は「選挙」があるから選ぶことができる。
次の選挙からは「数年後を考える目と数十年後見据える目」を持っている人かどうかで選んでみたいと思っている。

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2020年7月13日 (月)

コロナ禍の株主総会

20200713 今年3月~5月にかけて「新型コロナウイルス」騒動について、書いてきた。
その後、速やかに治まったわけでなく「緊急事態宣言」「県を跨いでの移動」などが解除され、徐々に経済活動の復活に舵を取りつつある。
とは言え、やはり「人が動く」「感染が拡がる」のは避けられず、東京では終息していく感じになっていない。
そんな状況の中、上場企業の悩みのタネは「株主総会をどうするか?」という問題だった。

再雇用の立場になってから、広報・総務や人事など「管理本部」の業務を手伝うようになったことは、ずっと以前に書いた。
手伝う範囲は毎年いろいろ増えている(良いことか悪いことか分からないけれど)。
ちょうど手伝い始めた年度から、それまで自社内で開催していた「株主総会」を、公共施設を借りて開催するようになり、そのサポートもしてきた。

ところが今年は「新型コロナウイルス」「3密」を避けるように言われている真っ最中に「株主総会」シーズンがやってきた。
各社とも「どうする?」という状態になり、当社の総務部長・副部長は連日頭を悩ませていた。
普通だと「出来るだけ多くの株主様に来場していただけるよう」と準備していたのが、今年は真逆。
「どうしたら株主様に来ていただかないようにするか?」が大きな課題となった。
当社の株主総会は6月末なので、早めに開催される大きな企業の状況を参考にしながら、準備したがやっぱり分からないことも多かった。

まず事前に株主様に送付する「招集通知」「出来るだけ来場せずに、議決権行使書の利用」を促すコメントを記載した。
そしてこれは「新型コロナウイルス」対策ではなかったが、来場記念品の進呈もやめた。
会場も公共施設だったが、やはりそのような施設も対策のために、予約受付を中止したために、数年ぶりに自社開催とした。

事前にリハーサルを行うのだが「席と席との間隔」「役員全員のマスク着用」「議長席・答弁席のシールド」など例年とは全く異なる配慮や準備が必要なことが次々に分かってきた。
そんな状態なのに、管理本部内の他部署が「準備が悪い」などと陰口を言っているのを見て、「自分は何もやっているないのに批判するのは卑怯だ」と例の拉致被害者である横田滋さんが亡くなった時に、息子さんが「マスコミや政治家」に対してコメントした言葉を思い出した。
どうも最近はSNSの発達のせいか「傍観者」が無責任に「辛辣な批判」をするのを目にするが、同じような傾向が自分たちの周りにも増えている気がする。

たまたま私が受け持っている案件のお客様が、当社より2週間早く総会が開かれ、ご担当者も「広報部門」の方だったので、いろいろ教えていただいた。
「送迎のバスはなし」「お土産なし」「総会後の見学ツアーもなし」として「せっかく来ていただいても、何も楽しいことがない総会」として準備したとのことだった。
さらに受付時には「非接触検温」していただき、もし熱がある方は別室に案内する準備もしたと教えていただいた。
他の企業も似たような対応で、新聞などによると「前年の10分の1」程度の株主様の出席だったようで、開催時間も30~40分と、いつもの半分くらいで終了する企業が多いようだった。

最後に残った課題は「質問される株主様を、どこで話していただくか?」だった。
例年は係員がマイクを持っていくのだが、今回は「マイクに触ってほしくない」「使用後はマイクカバーを変更」「マイクそのものを消毒シートで除菌」と対策を考えた。
最後に、コンサル会社のアドバイスを参考に、会場の真ん中に「マイクスタンド」を設置し「質問する株主様は、わざわざ移動していただく」ように準備した。

一番懸念していたのは、株主総会当日までに社内で感染者が出てしまうことで、もしそうなったらすべての準備が無駄になる。
幸いそんな最悪なことも発生せず、当日は天気も雨模様で、株主様の質問もなく25分くらいで終了した。
いろいろ大変だったが「新型コロナウイルス」がなければ、このようなことをすることなく、なかなか貴重な経験だったとポジティブな感想を持っている。
ま、もちろん無事に済んだから言えるのだが……。

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2020年7月 6日 (月)

「燃えよ剣」再び

2018年12月に「司馬遼太郎の戦国時代再び」で、20~30代のころに読んでいた「司馬遼太郎」の小説を読み返し始めた。
一度読んでいるので、あまり急ぐことなく寝る前に少しずつしか読まないため、なかなか進まなかったが、「国盗り物語→新史太閤記→関ヶ原→城塞」と読み終えた。20200706
読み返して改めて思ったのは、後半の「関ヶ原」「城塞」「徳川家康のダークサイドの部分」を何度も書いてあり、これを若い頃を読んだために、私自身の中の「家康像」が暗いものになっていたということだ。
「家康は平和が続くことを望んだ」と最近は言われるが「そうかなぁ?」と思ってしまうことも、その影響の延長だろう。
それに「歴史」というものは、時代が変わると「新たな発見」とか「新しい歴史観」によって変化していくために、昭和時代に書かれた「司馬歴史観」は、今の感覚から少し異なりつつあるということも感じた。

一応これで「戦国時代」は一区切りし「新しい本を買うか、今までの本を読み返すか?」と思って、今まで買ったものが並んでいる本棚を見ていて「燃えよ剣」が目についた。
幕末ものはたくさん読んでるけれど「幕府側の本は、読み返してないなぁ」と気づいた。
ということで、さっそく読み始めた。
やっぱり面白い。

司馬遼太郎さんの描く「土方歳三」は、あまり女にも思想にも興味がなく「新選組」という「組織を造り上げることのみ」に力を注ぐタイプとしている。
(最も後半に「お雪さん」が出てくると、少々艶っぽい「歳さん」になるのだが)
この「燃えよ剣」は、司馬さんの書く幕末ものとしては、あまり思想的な話が出てこない。
もちろんそれなりに出てくるのだが「新選組」視点で描かれているため「大政奉還」「王政復古のクーデーター」などは、遠い世界での動きで「新選組」は気がついたら「朝敵」になっている。

若い時には、「佐幕」「倒幕」「攘夷」「勤王」といった思想的な話が面白くて読んでいたけれど、この15年くらい「江戸庶民の目線」的な時代小説を読んできた影響もあり、今読むと「実際にあの時代に生きていた人たちって、こんな感じだったのだろうなぁ」と思う。
「新選組」は清河八郎の思想的なきっかけで組織されるけれど、実際に活動していた隊員たちにはおそらくそんなに明確な「思想」「次の時代」なんて考えていなかったんじゃないだろうか。

今の日本人と江戸末期の日本人を年齢で単純には比較するのは難しい。
そんなに遠い過去の話じゃなく、私の子供の頃を振り返っても「学生運動」が激しかった頃の若者は、もうちょっと大人だったし、政治や国のことを考えていたと思う(思想は幼かったにしても)。
だから、坂本龍馬にしても土方歳三にしても、20代なのに、とても大人びた考え方だったり、行動だったりしている。
……と、昔は思っていた。
しかし、今回読み返してみて、そして自分が60歳を超えて、ちょっと穿った見方をしたせいか
「本当に、どこまで国の行く末を考えていたのかなぁ」
と思ってしまった。
特に「新選組」は最初の頃の「近藤勇たち」に思想があったわけではないし、天領育ちであった影響もあって「幕府ありき」の思想からは抜けられず、その視点から見れば薩摩や長州の輩は「絶対に相容れない」関係だったろう。

私より10歳上の人で、昔、学生運動をやってた人に「女の子と話せるからやってた」と聞いたことがあるが、きっと幕末の「新選組」「薩摩・長州・土佐」も、多くの人たちもそんな「軽い」気持ちだったのかもしれない。
「燃えよ剣」での土方歳三は「後世に名を残したい」とは思っていなかったようで、実際に最後の様子も、明治後密かに親族に語られたというから、本人してみれば「どうして、こんなに大きく取り上げられているんだ?」と不思議に思うかもしれない。

新型コロナウイルスの影響で公開が延長されたようだが、岡田准一主演で、この小説の映画化された。
そのCMで「幕末にわずか6年活動した」と言われる新選組。
そう思い返すとたった6年だったが、それだけインパクトの強い組織であり、活動であったのだろう。
この「燃えよ剣」を読み返して、会津に行った時に唯一訪ねられなかった「近藤勇の墓」に行ってみたくなった。
そして、そこで歳三がどんな思いで、この墓碑を建て手をあわしていたのか、思いを巡らしてみたいものだ。

 

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2020年6月29日 (月)

嫌いな言葉「才能」

このブログでは随分前に、私の「職業」「アプリケーション」「仕事」などについて書いてきている(数年前の記事なので「興味がある」と言う奇特な人は、頑張ってバックナンバーを探してみてください)。20200629
いろいろな経験をして、今に至るのだが一般的に分かりやすい言葉で表すとしたら「グラフィック・デザイナー」だろう。(デザイナーと略して言うと、ファッションの方と間違えられる事が多い)
私がその職業に就いた頃は紙媒体が中心だったので「カタログ」「パンフレット」「チラシ」などが多かったけれど、今はWEBなど媒体も拡がっているため、近年では「WEBデザイナー」という職業もある。
いずれにしろ「デザイン」というとても「主観的な価値」を扱う職業なのだが、それなりに努力してこの職業に辿り着いた(その辺りは、昔の友人が知っている)。
すごく「苦労して」この職業に就いたと思うほど「一生懸命努力をした」と胸を張れるわけじゃないが、それなりに「頑張ってきた」つもりだ。

少し話は変わるが「才能」という言葉を検索すると、あるサイトでは「物事を巧みになしうる生まれつきの能力。才知の働き。」とある。
また別のサイトでは「ある個人の素質や訓練によって発揮される、物事をなしとげる力。」ともある。
前者は「もともとある能力」って感じだし、後者は「訓練によって発揮される」とあるので「努力によって磨かれる」感じだ。

なぜこんなに長々と過去の話と才能という言葉の意味を書いているかと言うと、他人から「才能があるから良いよね?」と言われるたびに、ちょっとだけ不快になることを分かってもらいたいからだ。
現役の時もそうだったし、特に定年再雇用になってから営業出身者と話すと「デザイナーとかは才能があるから良いよね?僕なんか何にも出来ることがないので」と話される。
どうも、これを言われると「カチン」と来る。

「才能がある」って聞きようによっては「努力しなくてもその分野でやっていける」と言われているように感じる。
その人達は何気なく言っているのだろうが、言われた方は堪らない。
「どれだけ努力してきたと思ってるんだ!」
と言い返した時もあるが、一般の人達から見れば「デザイン」というものは特殊な分野だから、ついそう言ってしまうのだろうと、最近は思うようにしている。

確かに小学校の頃から教科書の余白にはイラストを描いたりしたが、写生大会などで描いたものは、ほとんど表彰されたことはない。
兄貴は少しだけ油絵を習っていたので(本人はイヤイヤだったようだが)、毎回表彰されるので、逆にコンプレックスがある方だった。
それでも紆余曲折あって、この仕事に就いてそのまま還暦過ぎても携わっているのは「好き」なのだろう。

もしも「才能」というものが職業に活かされるとしたら、この「好き」という気持ちが「ずっと持続し続けられること」だと思う。
残念ながら日本の企業の顧客層は「デザインへのリスペクト」が大きく不足しているので、大概は「思ったようなデザイン」に仕上がらない。
それどころか提出するものを「批判」するだけで、自分たちが「どうしたい」と決まっていない顧客がほとんどで、先の「好きという気持ちを持続し続ける」ことは、とても難しい。

私としては転職を繰り返して「デザイン」という仕事に辿り着いたので、そんな思いをしても「踏ん張り続けられた」と思うのだが、新卒で入社して他の経験がない人たちは、途中で夢破れて辞めていくことも多い。
そういう世界で何十年もやってきたのに「才能」という言葉で済ませられるのは、やはり笑顔では聞いてはいられない。
ただ一つ、もしも「才能」があったのだと思えるとしたら、一日中座って「うんうん」考えて、テレビを見ていても風呂に入っても寝ても、いつも「企画のことやデザインのこと」を考え続けられることだろう。

そう言えば、営業がテレワークをして「一日中座ってるのは辛い」と言っていたし、以前にも営業に「良く一日中座って作業していられるね」と言われたが、それも「才能」と言えば「才能」なのだろう。

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2020年6月22日 (月)

老齢年金特別支給の書類がやってきた

今年の夏で63歳になる。
以前から「ねんきん定期便」で確認していたし、同じ年齢の女性は「60歳から」支給されると聞いていたので「そのうち通知が来るだろう」と思っていた。20200622
GWが明けて、まだまだ世間が「コロナ禍」で大騒動している最中に、緑の封筒が届いた。
封筒には「日本年金機構」から「大切な書類です」と記載されていて、さっそく開けてみた。

なんだか沢山の書類が入っていたが、必要なものは「年金請求書」の書類と「請求手続きのご案内」の書類のようだった。
以前にホームページの「シミュレーション」でやってみたことがあるが、今は再雇用とは言え、在職中。
そのため現在の収入金額などを入力すると「支給額0円」となってしまう。
そのような話は、良くネットで見たりしていたので「まぁ仕方ないか」と思ったが、そもそもこのような「支給額0円」になる人も「書類提出」する必要があるのだろうか?

ホームページを見ても、届けられた書類を見ても、そのような「在職中の人間」については、あまり細かく書かれていない。
仕方なく「ねんきんダイヤル」へ電話。
ところがこういうものはなかなか繋がらない。
「ねんきんダイヤル」の案内用紙を見たら「封筒が届いてから2~3日は繋がりにくい」と書いてある。
まだまだ日程的に余裕もあるので、1週間後に連絡したら繋がった。
そこで、「シミュレーションで支給額0円になるけど、それでも書類は必要?」と聞いてみたら「出来たら提出してください」と言われた。
「支給額0円なのに、面倒な書類は記入したくないなぁ」と思ったが、仕方がない。
ひとつひとつ説明を読みながら記入を始めた。

しかし、大概このような書類の説明は、「意味がよくわからない」場合がある。
特に「雇用保険非保険番号」などは、会社が管理しているので分からない。
そこで会社の人事部に行って聞くと、ちょうど私の同じ年齢の再雇用の人がいて「あっ、書類届いた?」と話してくれて、必要な番号を教えてくれた。
同じ境遇の人が、その部署にいてくれることは、説明の必要がないので、とても助かる。

それでも2~3箇所、どうしても「確認したい」箇所があり、また「ねんきんダイヤル」へ電話。
今度は1回で繋がり、事前に質問を箇条書きにして用意。
窓口の人はちょっと辿々しく「大丈夫かな」と思ったが、一生懸命丁寧に説明してくれたおかげで、疑問点はすべて解消。
最後に「郵送」「年金事務所への提出」かで迷ったが、もし不備があると事務所に行ったほうが分かりやすいかと思い「ねんきんダイヤル」の電話で、そのまま訪問日時を予約した。

提出は誕生日の前日以降からということなので、まだまだ先だけれど、いよいよ「年金受給」が自分自身に回って来る年齢になったのだなぁと書類を記入しながらしみじみ思ってしまった。
しかし、どうしてこのような書類って、記入がとても面倒なものなのだろう。
それが「お役所だ」と言われれば、それまでだけれど、こちらは会社員を続けてきて、それなりにこのような書類には慣れているつもりだ。
それでも、少し迷ったりするから、普通の人たちはもっと困るんじゃないだろうか?
今回の書類を「年金事務所」に提出したら、またこのブログで紹介してみたい。

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2020年6月15日 (月)

自宅のMacは10年生

ずいぶん昔にブログに書いたが、初めてOA機器でキーボードを触ったのは30年以上前の「書院」というワープロだった。
今じゃ、信じられないが8インチ(およそ20cm)のフロッピーで保存していた。
その1年半後にはMS-DOSを触り、デザインのデジタル化の初期の頃に、Macintoshユーザーになった。
当時のWindowsは、全くデザインには不向き(今でも、若干そう思うが)だったために、ずっとMacintoshユーザーであり続けた。
そのうちにインターネットが普及し、顧客や外部協力会社とのデータのやり取りが増えてくると、MacintoshもWindowsも使えた方が便利になって来て、Windowsも使うようになった。
今、会社の机には「Windowsのデスクトップ」「Macintoshのノート」の両方が置いてあり「メインはWindows、サブ的にMacintosh」という感じで使っている。20200608

仕事ではそんな感じに「MacintoshとWindows」の両方を使って来たが、個人のPCはずっと「Macintosh」だ。
Windowsに替えても良いが、過去のデータやアプリケーションの互換性などを考えると、やっぱり替えづらい。
とくに写真がデジタルになってからは、Macintoshのアプリで管理しており、もう20年分が貯まってしまっているし、年賀状などもIllustratorといったMacintosh用アプリで作成しているために難しい。

以前は自宅でもデスクトップ型のMacintoshだったが、一つ前からノートに替えた。
そして現在使っているのが「MacBook Air」という機種で、これを型落ちで購入した。
Macintoshの特にノート型は、高い。軽く10万円は超えてしまう。
型落ちだと少し安くなるが、あまり古いと性能的に厳しいので、「そこそこの型落ち」で購入した。
確か6~7万円だったと思う。

この春その「MacBook Air」がかなりやばくなってしまった。
型式番号を見ると製造年が分かるのだが、我が家のMacBook Airは「2010年製造」
もう10年選手ということだ。
PCに詳しい人は分かるが、性能的に考えると普通「数年」で買い換えた方が良いと言われるが、そんな贅沢なことは出来ない。
それは「個人レベル」でなくても「企業レベル」でもそうだ。
前に「WindowsXP」「サポート終了」になった時に話題になったが、自治体などでも使い続けていてニュースなどで取り上げられた。
今年の1月にも「Windows7」「サポート終了」になり、ウチの会社の情報システム部門の担当者は、あちこちの部署のWindowsを入れ替えて大変そうだった。

まして「個人」となると、使えている間はやっぱり「買い替え」は考えない。
ところが3月のある日突然「終了できない」という状態になってしまった。
強制的にやれば「終了」できるが、起動してもう一度終了すると、また「終了途中」でずっとそのままになってしまう。
取り敢えず思いつくさまざまな方法で修復を試みてみたが、そもそも現在のシステムは買い換える前から「アップデート」を繰り返し来ている。
前々から「ちゃんと初期化して、キレイに作り直した方が良いなぁ」と思っていたが、それはそれで大変な作業になるため二の足を踏んでいた。

Macintoshは「Time Machine」というバックアップするアプリがある。
一応、外付けHDにデータは格納されているので、それで復元を試みたがうまくいかない。
「これは、いよいよ買い替えかなぁ」と思って、ネットで調べると2~3年の型落ちだと「7~8万円」で通販されていた。
「これくらいなら買ってもいいなぁ」と半分買い替える気持ちになっていたが「一度初期化して、再構築してみるか?」と最後の挑戦という感じでやってみた。

まずは外付けHDの「Time Machine」から起動して、内蔵HDを初期化、その後システムを再インストールしてみた。
すると問題なく起動、そして終了もできる。
「OK!OK!」と喜んで、最新のバックアップデータを復活させて、元の形に戻し、よく使うアプリケーションも使えるか検証してみた。
その結果「Office系はOK」だったが「Adobe系はNG」と言う状態で、そもそも持っていた「Adobe系」アプリのバージョンが古くて、無理無理使っていたためで、今のシステムでは使えない。
「なんとかならないか」と思ったが、無理なようで、仕方なくフリーで使用できる代替アプリを探し「何とか使える」状態にまで戻した。

今回は何とか「復活」させたが、何と言っても我が家の「MacBook Air」は、10年生。
そのうちに「活き還らない」日が来るかもしれないが、やっぱり使えるうちは使いたいのが人情。
しかし、「その日」が来る前には「MacintoshかWindowsか?を決めておかないといけないし、もしもWindowsにするなら、今のバックアップデータが活かせるかも考えておかないといけない。
などと思っているうちに、今度はプリンタが駄目になった。
これも「騙しながら」使っていたが、どうにもインクが出なくなり、諦めて買い替えた。
デジタルデータが自分の周りに溢れていくと、アナログ時代とは違う悩みが出てくるものだ。

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