2019年2月18日 (月)

盛り上がったガンダム THE ORIGIN

偶然だが、ちょっと先週の続きのような「オタク的な」話題。
 
20190218「ガンダム」という有名なアニメがある。
初めて「ガンダム」という名前を聴いたのは、デザインの学校に行っていた頃なので、もう40年くらい前だ。
今年「ガンダム誕生40周年」ということだから、記憶に間違いはない。
ただし、私はデザイン学校のクラスメイトが、そんな話で盛り上がっていたが、観ていなかったのでよく分からなかった。
 
その後、社会人になって再放送を観てハマった。
何しろ私の世代だと「ロボット」と言っていたのに「モビルスーツ」とカッコイイ言葉に変わっていたし、「ニュータイプ」とか「スペースノイド」とか、とにかくカッコイイワードが次々出てくる。
そして設定自体もそれまで観ていた「正義の味方vs悪者たち」ではなく、特に敵役側のメカがカッコよく、なかでも「シャア」は、敵ながら一番人気があったのではないか?
 
それに「セリフ」も、なかなか味があった。
「親父にも打たれたことないのに」
「連邦軍のモビルスーツの性能とやらを」
「僕が一番ガンダムを上手く操れるのに」
と、なぜか印象に残るセリフが多いのも、この「ガンダム」の特徴だ。
 
その後、シリーズ化され今でも「ガンダム○○」という名で続いている。
さすがに最近は全く観なかったが、昨年あたりYouTubeに「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」という動画がアップされているのを観た。
最新のCGでモビルスーツや艦隊戦を描いたアニメは、その動きと品質に久しぶりに「カッコイイ」と思っていた。
 
この「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」は、全6本で構成される劇場公開ものだ。
「いつか見たいなぁ」とぼんやり考えていたら、年末の「スカパー!」ガイドブックに「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 全シリーズ一挙放映!」の記事を見つけた。
「これは録画しなければ」とさっそくチャンネル契約し、お正月休みにずっと見ていた。
あまりに面白く、会社でうっかり前の席の本部長に話したら「見せて欲しい」と頼まれた。
 
彼は私より10歳年下。完全な「ガンダム世代」だ。
ただそれまで「ガンダム」の話題を話したことはなく、そんなに好きだったと思っていなかったので、今回の「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 全シリーズ一挙放映!」はしなかった。
自分の保存のブルーレイに焼いていたので、それを貸すと「メチャクチャ面白い」と言ってきた。
その後、彼は同じ部の副部長と営業本部長と3人で飲みに行って、ずっとその話で盛り上がったそうだ。
 
「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」はとても良く出来ていて、初代「ガンダム」が好きな人には堪らないキャストが出てくる。
「ランバ・ラル」「クラウレ・ハモン」が出たかと思うと「ララァ・スン」「フラウ・ボゥ」「カイ・シデン」そして最後には「カツ、レツ、キッカ」まで出てくる。
私のブルーレイディクスは、そんなわけで今、次々人の間を回って観られることになったわけで、予想しない盛り上がりとなってしまっている。
 
そんな中、4月からNHK総合テレビで、「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」を再編成して放送されると聞いた。これはこれで、また観てしまうのだが、コンテンツのデキが良いと、40年経っても活かされるものなのだと思い知らされる出来事だった。

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2019年2月12日 (火)

トクサツガガガは「あるある」ドラマ

番組の宣伝を見てちょっと興味を持っていた。
ただあまり「ドラマ」を観ない方なので、どうしようかなぁと思っていた。
TVドラマは最近まったく観ない。
理由はいろいろあって、ここに書けるほど「これ!」という理由があるわけじゃない。
ただこの「トクサツガガガ」は、「トクサツ」と言う言葉で興味を持った。
20190211
 
もっとも私の好きな「トクサツ」は、年齢的に「ゴジラ」「ガメラ」とか怪獣ものが主流で、戦隊ものが流行り始めた頃には大人になっていたので、興味を示さなかった。
しかし番組の宣伝を見ていると「心に秘めた何かハマッている人」には、響く内容に思えた。
そう思っていたが第1回の時には、うっかりしててチャンネルを変えた時には「トライガーの君(ドラマを見ている人には分かるはず)に地下鉄で出会い、目と目とで分かり合えるシーンだった。
 
「これは面白そう」と思い、第2回からは録画してみることにした。
観るまで知らなかったが、このドラマは私の住んでいる街のNHKが制作していて、ロケがこの地方で行われている。
だから、第2回に出てくる「ヒーローショー」は、有名なスポットだったり、商店街も「ああぁ、あそこだ」と場所が分かるのも個人的には楽しめる。
 
しかし、この「トクサツガガガ」の最大の面白さは、何かにハマッている人たちの「あるある」だ。
私自身、この主人公のように内緒にしていたわけではないが、先に挙げたように「怪獣的な特撮」が好きだ。
北代さんじゃないが(これもドラマを見ている人には分かる)声高に言うことでもないと思っているので、会社でその話題を人に話したことはなかった。
ただ、どんなきっかけだったか忘れたが、10歳以上年下のある社員と、その分野について話すようになった。
 
それからどのくらい経ったか覚えていない。
私とその社員と「例の」と言った調子で分かる人にだけ分かる符丁で話していたら、後日さらに年下の社員が「もしかして、あちらの方?」とこれまた符丁で尋ねられ、盛り上がってしまった。
私を含めたこの「怪獣的な特撮ファン」は、私が一番の年長者、そして10歳下、15歳くらい下と年齢差がある。
私以外の二人からすれば、私は「創世記のゴジラをリアルタイムで観た人」と一目置かれる立場なのだが、これも「オタク」の中だけで、通じる価値観だ。
 
「トクサツガガガ」で言えば「吉田さん」的なポジションなのだが、私自身「吉田さん」のように「良い年齢して」と迷ったことはない。
なにせ私の2歳上に、もっと詳しい友人がいて、昔は古いゴジラ映画を見ながら「ああだ、こうだ」と夜中に語り合ったものだ。
これを他の二人に話すと、「羨ましい」と言うが、これも「オタク」のあるあるだ。
 
こんなふうに「トクサツガガガ」には、分野がイロイロ違うにしても何かにハマッている人(あえて、オタクとは言わない)たちにとって、とても「あるある」なシーンや言葉が次々出てくる。
最近NHKは「チコちゃんに叱られる!」「トクサツガガガ」のように、以前のNHKでは考えられないような番組がどんどん出てくる。
そして、制作費が豊富にあることもあり、どれもなかなか良質なデキだ。
まずはこの「トクサツガガガ」は、今のところ楽しみな番組の一つとなっている。

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2019年2月 4日 (月)

変化の時代、真っ只中

再雇用とはいえ、まだ企業の一員でいるからだろうか?
2~3年前から「ものすごく大きな変化の時代になっている」と感じることがある。
 
20190204
すごく大きな目線で言えば「トランプ大統領」で有名になった「○○ファースト」とか「イギリスのEU離脱」のような自国優先的な出来事だ。
ほんのちょっと前には「グローバリズム」とか「世界は1つだ」みたいな流れだったのに、あっと言う間に変化してしまった。
 
日本も「昭和」から「平成」、そして今年5月は、新元号となる。
もうちょっと生活に近い話だと自動車の「自動運転」
ちょっと前まで「まだまだ実現は遠い未来」と思っていたが、どんどん現実的になりつつあって、本当に近い将来には「高速道路での自動運転」が実現しそうだ。
それに「通販ビジネス」の拡大だ。なんとかタウンの○澤社長のことが、よくネットニュースに出るが、そのことは別にして、無理だと言われていたファッション系の通販ビジネスの成功など、今や「ネットで買えない物はない」と言う感じだ。
そうそう、そんな時代なのに消費税アップ時の景気刺激施策として「ポイント還元」を提唱したら、どこかの野党の人が「カードを利用するのは裕福な層の人達で、金持ち優遇施策だ」と言っていたのには、笑った。これだけズレた感覚で堂々と話してしまうようじゃ、今年も野党には全く期待できない。
 
あと「Eスポーツ」なんかも、ある。
私のように古い感覚からすると「体を動かしていないのに、スポーツって言えるのか?」と思ってしまうが、こんな感じで言葉の「定義」自体もどんどん変化してきている。
そんなふうにちょっと前では想像できないほどのスピードと規模で変化しているし、その範囲もあらゆる分野で起きている。
 
私の勤めている会社だって、今までの基幹事業はずいぶん前から「斜陽」となっており、もう待ったなしで「ビジネスモデルの再構築」をしないと厳しいところにきている。
そんな時期に「社長交代」のビッグニュースが飛び込んできた。
ただ「社長→会長」「副社長→社長」のスライド人事なのだが、それよりも私と同年代人達が部長とか役員としている部署は大変だ。
 
今まで「頼りにしていたり」「文句を言っていたり」して上の層がごっそりいなくなる日が、カウントダウン的に近づいている。
私の部署は、私のあとの世代がいてくれたので、うまくリタイヤ移行できているが、下が頼ってばかりしていたところは大変だ。
なのに、まだまだ「大丈夫」と思ったり「無理だって」と言っている下の世代を見ていると、「おいおい」と思うが、まあ彼らはそうなった時に、頑張るだろう。
最初に書いたように、大きな大きな変化が現在進行中だ。
 
この変化がどう落ち着くか分からないが、振り回されることなく、だけど変化についていけなくなるようなことはないように、日々を送っていかなくちゃいけない。

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2019年1月28日 (月)

悩める3世の正月

このブログも長い。20190128
3世が生まれたのは2009年で、もう10年になる。
だから3世は今年5年生になる。
とは言え、3月生まれなので、身体は小さいし、細い。
今の体型からは信じられないが、私自身も高校1年生まではクラスで一番小さく、超ヤセポッチだったから、そんなに心配していない。
 
3世はとても優しい子だし、身体が小さいことも影響してか引っ込み思案だ。
そんなことも気になっていたので、以前には少し怒ったり、ちょっと乱暴な言葉で「クソ坊主」なんて呼んだりしてみた。
そうしたら、ある日娘から長文のラインが来て苦情を言われた。
 
彼女自身もまもなく思春期に差し掛かる男の子を持つ「母親」として、時に、どう扱って良いか悩んでいたらしく、その思いをぶつけてきた。
その気持ちに対して、私も素直に謝ったし、さらに「こちらもジイジとして、どう対応していこうかって悩んでるよ」と伝えてあげた。
 
そんなことが昨年あったので、今年の正月は上の3世を出来るだけ中心に遊んであげた。
イオンで「カードゲームが欲しい」と言うので、レジに行くと店員が「1セットで良いの?」と聞かれた。
こちらは意味がわからなかったが、セットによって内容が違うらしく、3世に聞いたらとても遠慮がちに「じゃあ、2セット」と言ったので「正月だから良いよ」と買ってあげた。
娘たちに寄ると「すごく嬉しそう」と言っていたので、本当に欲しかったものだったのだろう。
その後、私が本屋に行きたかったので、一緒に連れて行って「本は要らないの?」と聞くと「コロコロコミックが欲しい」と言ったので、「まぁ正月だから良いよ」だし、たまにしか会わないから良いかなぁとも思っていた。
 
その後、家に行き、3世の姫とともに一緒にゲームをした。
TVでCMしてる家族4人で遊べるゲームを持ってきてくれて、最初は分からなかったが、一緒になって夢中で楽しめた。
夜になって「焼肉が食べたい」と言うので、近くのチェーン店に娘がアプリで予約して出かけた。
 
ほんのちょっとのクルマの移動の間に、姫の方が寝てしまい、最初は娘と王子と3人で席に着いた。
そこでほんのちょっとしたことで王子が「自分の殻」に閉じこもり、約30分間ご飯も食べずに、最後にはメソメソ泣き出した。
私と婿がイロイロ言ってもダメで、娘が何度か話し「じゃあ、ママと食べよう」と言ったら、やっと食べ始めた。
 
「ママに甘えたいし」「妹がいるから我慢しなくいけないし」「でも、もう5年生になるからしっかりしなくちゃいけないし」と、いろんな感情が混じっていたのだろう。
彼は今、一番悩ましい時期なのかもしれない。
そんな王子を見ていて、私だったら「もう勝手にしろ」と怒ってしまいそうだったが、娘は我慢強く王子を導いていた。心底、「エライなぁ」と感心した。
その後ラインで、、私は「エライと思ったよ」と伝えると、娘は娘の悩みと不安を教えてくれた。
子供が出来ると「親として成長」させてくれるが、3世ができると「ジイジとしての成長」「子供が親として努力している姿」を学ばしてくれる。
そんなことを感じた正月だった。

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2019年1月21日 (月)

ついて来る世代を見て想う

20190121 再雇用となって、1年半を超えようとしている。
おかげさまで、それなりに会社からは必要な人材と思われているようで、いろいろな相談や作業を頼まれるし、現役の頃から続いている仕事もまだ携わっている。
 
ただし、もう役職者でもないし、いわゆる上司や部下がいる組織的なポジションでもない。
「本部付け」で本部長直轄(というか本部長の愚痴聞き)という気楽な場所にいる。
とは言え、業務している部屋には、ある組織が中心となって活動しているため、そのミーティングの模様を見聞きする。
 
その模様を見るとも聞くともなくしていたら、ある時吉田拓郎の「ローリング30」を思い出した。
この曲は、このブログの初期の頃、今から11年前に「Favoritesなもの No.2」 で紹介したガ、その時よりも歌詞の意味が実感として感じられている。
 
Rolling30 動けない花になるな Rolling30 転がる石になれ
 
過ぎ去った過去は断ち切ってしまえ 青春の長さ測るものはない
身体より老けた心など持つな 流れ行く時にさからって泳げ
自分のカラを突き破り 愚かな笑顔など見せるな
 
振り向いた昨日に恥じないように 仰ぎ見る明日に恥じないように
Rolling30 動けない花になるな Rolling30 夢吹く風になれ
Rolling30 Rolling30
 
 
なまぬるい日々に流される者よ 俺だけは違う身を切って生きる
三叉路があれば石ころの道を 躓いた痛みバネにして歩け
心の汗も流さずに やさしさなどとお笑いぐささ
 
ついて来る世代に恥じないように 届かない世代に恥じないように
Rolling30 動けない花になるな Rolling30 飛び立つ鳥になれ
Rolling30 Rolling30
 
この歌詞を噛み締めながら「次の世代」には「一言だけ」のアドバイスを、そして「次の次の世代」に対しては「黙って見守る」ように、さらに「その先の世代」には「おじいさんの昔話」と分けながら、「ついて来る世代に恥じないよう」に60代を生きていこうと思っている。

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2019年1月15日 (火)

沢田研二のすごさ

昨年、変なふうに話題になってしまった「沢田研二」
 
20190115
私の年代だと「タイガース」時代から知っている人だが、ソロになってからも今風に言えば「中性的な魅力」で人気のあった歌手だ。
 
あまり良くないことで話題になったが、その影響で「インターネットラジオ」でちょくちょく曲がかかるようになった。
このブログでは、ちょくちょく昭和の歌謡曲が良かった話題を出すが(年齢的にどうしても懐古的になってしまう)、「沢田研二」はそのなかでも珠玉だ。
 
「どんな曲があったっけ?」と思ってYouTubeを見て驚いた。
普通はMP3の音源だけのものが多いが、やっぱり沢田研二ことジュリーは、昭和のTV歌謡曲の申し子なんだろう、TV放送からの動画が数多かった。
 
いくつか聴いてて「ああ、こんな曲もあったなぁ」と思っているうちにCDが欲しくなって、楽天で見ていたら「沢田研二 A面コレクション」を発見。
「こりゃいいや」と買ってしまった。
 
届いて、ちょっとワクワクして聴いたら「おお、そうそうこの曲もあった」「今、聴くと良い曲だなぁ」と、まぁ還暦過ぎたオッサンなので、超懐古的に喜んでしまった。
そして、いくつかギターコード譜を入手して、唄ってみたら、意外と難しい。
さらに、音域が広かったりする。
 
沢田研二は、ぜんぜん楽そうに唄っているので気づかないが、やっぱり昭和の歌い手はスゴイ。
音域が広くても何ともない顔して唄。
バックオーケストラがいても、モニタースピーカーやイヤホンがなくても音は外れない。
この辺りの人たちを聴いた後に、AKBとかTVで唄っている姿を見ると、もう幼稚園の学芸会レベルだ。
 
「危険なふたり」「時の過ぎゆくままに」
「勝手にしやがれ」
「憎みきれないろくでなし」
「サムライ」
「ダーリング」
「カサブランカ・ダンディ」
「立ちどまるなふりむくな」
「OH!ギャル」
「TOKIO」
などなど記憶にあった曲は、改めて聴いてみて「いいなぁ」と思っていた。
 
「君をのせて」
「あなただけでいい」
「追憶」
このあたりの曲は「おお!そういえばこんな曲あったなぁ」と喜んだ。
さらに「背中まで45分」は井上陽水として聴いていたので、「これって沢田研二の曲として出ていたのか!」と発見させてもらった。
 
最後に、YouTubeで見つけたけれど、購入した「A面コレクション」に入っていなかった「あなたに今夜はワインをふりかけ」がなかったので、ダウンロード購入した。
こう振り返ると、昔はただでTVで良い曲を聴いていたんだなぁ。
 
 

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2019年1月 7日 (月)

年末に見たNHK番組2本

新しい年になったが、話題は昨年末というか12月初旬に見たテレビのこと。
昨年の1月のブログを見直したら、同じように年末番組の話題を取り上げていた。
やっぱり年末は少し時間があるし、TV局(といってもNHKが多いが)も良い番組を年末年始に出してくる影響だろうか?
20190107
 
●アナザーストーリー
 ~運命の分岐点。衣笠祥雄
私世代の人間だと「赤ヘル軍団」とか「連続試合出場記録の鉄人」とかいう言葉が最初に浮かぶ人だ。
ただ、この人の野球人生を詳しく知らなかったので、入団するまで、そして入団当時の様子など初めて知ることが多かった。
 
それまで、真剣に野球に取り組んでなかった衣笠さんに対し、根本監督から「お前、プロ野球選手やんな?何売れるの?」と言われて、初めて自分自身の力を見直すきっかけになったエピソードは、野球選手に限らない「深い言葉」だった。
 
野球選手じゃあなくても、これを聞かれて答えられる人って、そうそういないんじゃあないかと思う。
私自身を振り返ると、それを考えた時期が確かにあった。
今の会社の前に勤めた制作プロダクションに入社した時、自分より10歳以上年下のデザインを見て「あんな発想は俺には無理だなぁ」と思ったことがあった。
じゃ、それに負けない武器を持つならと、当時導入されたばかりのMacintoshのことを詳しくなろうと思ったことを思い出す。
 
途中から「連続試合出場」の話、そして「人としての優しさ」、さらに有名な「江夏の21球」の場面など、衣笠祥雄さんの人となりが分かるエピソードで盛り上がっていった。
そして、番組はエンディングへ。
エンディングロールが流れる中、衣笠さんが「スポーツは誰に向かってしてるんですか?」とディレクターに問いかけた。
「それは子供たちですか?」と答えるディレクターに「だから、子供達が見て正しいと思ってる道しか歩いちゃいけないんです。」「そして、マスコミもそれを忘れている」
この最後の言葉は、衣笠さんの遺言のようなもので「重い言葉だな」と心に染入っていった。
 
●昭和の選択「開戦を回避せよ!
 ~近衞文麿・日米交渉の挫折~」
「近衛文麿」と言う人は名前ぐらいしか知らなかったが、今回初めて詳しく知った。
今回、この番組を取り上げたのは、1つは「ポピュリズム」の危うさが分かったと言うことだ。
トランプ大統領が出たことから「ポピュリズム」と言う言葉を知ったが、大衆の望み通りに動く政治家は実は国民のためにならないことがあると知った。
 
最後の締めで、磯田氏が「ポピュリズム」で大衆迎合し「ワンフレーズ」で単純化し、判断を間違える危うさを話していたが、それを聞きながら「小泉総理」ってもしかすると、その道を歩んだんじゃないかと思えた。
「ワンフレーズ」「自民党をぶっ壊す」と言い、政策も知らず熱狂的に「小泉ファン」を作り、高い支持率を保ち続けた。
ただ、信念どおり政治を行う場合、あまり支持率ばかりを気にするのは良くないんだなぁと思えた。そういう意味では、マスコミも「支持率」ばかりスポットをあてて報道するのは考えものだ。
 
最後に「松岡洋右」と言う人と「ハル国務長官」と言う人の話が印象に残った。
「あり得ない前提(この場合はドイツが確実にイギリスに勝つ)でモノを考える人」が松岡氏。だから「日独伊三国同盟」を締結してしまったと言う話。
そして、何とか戦争を避けようとする日本の総理とアメリカの大統領がいても「原理原則」を第一とする法律家出身の「ハル国務長官」という人間の影響で、戦争に進んでいってしまった話。
国と国の戦争なのだが、実は「個人のパーソナリティ」が最終的に大きな影響になっていく怖さを知った番組だった。

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2019年1月 1日 (火)

2019年 謹賀新年

あけまして、おめでとうございます。

ここ数年「浮世絵」を題材にした年賀ですが、
今年は「歌川広重 名所江戸百景『びくにはし雪中』」を選びました。

本当は、前年に訪ねたり見聞したものと関連付けようと思っていたのですが、
今回は、干支と関連することを思い付いて、この版となりました。
 
本文にも書きましたが、ご法度されていた「獣肉」
「山くじら」と呼んで、食べていたなんて、なかなか洒落た知恵です。
 
そう言えば、以前友人から「うぐいす色やえんじ」といった日本的な落ち着いた色は
「贅沢禁止令」の網を潜るために生まれたとか。
 
人ってのは「規制」「禁止」など、不自由な状況になればなるほど、知恵を絞って新しいものを生むものなのかもしれません。
今は、何もかも自由な日本になってしまって、なかなかこんな「洒落た知恵者」はいなくなりました。
私も、少しはそんな「洒落た知恵者」に慣れたらよいなぁと想いを込めた賀状となりました。
 
本年も、よろしくお願いします。
 
 
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2018年12月25日 (火)

2018年を振り返る

今日で今年のブログはおしまい。
なので、恒例の2018年を振り返ってみたい
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●近場の史跡めぐり
やっぱり今年の印象は、これかな?
きっかけは何だったかとブログを振り返ってみたら2月に「薩摩義士の話」 に書いてあった。
昨年の末にイルミネーションを見に「木曽三川公園」へ行った時に、偶然「治水神社」があったことだ。
それをきっかけに、今年は「近場の史跡めぐり」を意識した。
 
その後「清洲城」「小牧山城」「岐阜城(稲葉山城)」「鳳来寺山」「鳳来寺山東照宮」「美濃市」「明治村」と巡った。特に前半の「織田信長」の足跡を追うように巡った3つの城は、何十年振りかに「国盗り物語」を読み返すきっかけになった。
 
●史跡と温泉の旅
近場も多かったが、今年はここ数年行きたいと思っていた史跡に行ってきた。
「奈良」「日光」と修学旅行コースなのだが、大人になり少し歴史的知識も分かった上での見学は「ワクワク」の連続だった。特に古都「奈良」は、今まであまり興味を示さなかった時代や仏像へのアプローチで楽しかった。
 
これは「明日香村」に行ったことが大きなきっかけだった。
「日光東照宮」は中学以来の再訪だったが、いくつかの「東照宮」を巡った後に行き、もう見落とすことのないように隈なくじっくり見られたのは嬉しかった。
 
さらに「渋温泉」。巡れてなかった「外湯」は全部制覇できた。
ただ「地獄谷野猿公苑」は残ってしまったので、遠距離運転が出来ている間に、もう一度トライしないといけない。
 
●自転車通勤
もしかすると、これが一番大きなニュースだったかも。
会社の駐車場が使えなくなり、地下鉄通勤に切り替え、ある時の夢をきっかけに「自転車通勤」にトライし始めた。
タイヤの空気圧が少ないことに気づかず、歴史的な酷暑にも関わらず、毎日往復10kmを自転車で通ったことは、目的ではなかったが、結果的に健康的な習慣になった。
 
●そして2019年へ
こうして振り返ると毎日毎日少しずつの変化だけど、1年経つと昨年とは違う生活や興味関心になっていることに気づく。

3世の姫は、娘がたまに送ってくれる写真で「変顔したり」「剣を持って睨んだり」「可愛いポーズ」を取ったりと、女の子ならではの成長をしていて楽しい。
さらに王子の方は、4年になり英語の授業が始まったらしい。
どう?」と聞くと「楽しい」と言っていた。
どうやら外人の先生で、授業中は全部英語。でもほとんどが遊びの延長で英語を使っているらしく、クラスみんなの人気者なのだそうだ。
きっと、3世たちが社会人になる頃には、私たちの世代と違って、「英語」がとても身近に感じる人が多くなるのだろう。
 
また来年も、こんな感じにマイペースで、少しずつのトライができたらよいかと思う。
ただし、来年は「平成」が終わるし、「消費税」もアップするから、大きなうねりのある年になるのだろう。
 
今年一年、ありがとうございました。
多分、また来年もこんな感じで、ブログを続けていると思いますので、よろしくお願いします。
良いお年をお迎えください。

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明治村へ行ってきた

東海地方に住んでいる人は、昔からあるところだから知っている「博物館明治村」
明治時代の建物を移築して保存している観光施設だ。
のちに、「大正村」「昭和村」と同じく東海地方に生まれたが、ここが発祥なんだろう。
なにせ、私が小学校のころからある。
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名古屋からクルマで1時間くらいの距離なので近いのだが、実は行ったのは小学校の遠足(だったと思う)以来なので、50年ぶりと言うことになる。
 
昨年あたりから「近場の史跡巡り」をブログに載せたりしてきたが、その流れから「そういえば、近くに良い所があるなぁ」と思っていた。
さらに言えば、本を読んだり史跡を訪ねたりしていくうちに、歴史の流れも分かってきたことも興味が高まってもいた。
 
日本人の多くは、京都や奈良、日光など修学旅行で行く。
けれど、歴史やその背景も知らずに(もしくは興味を持たずに)見ている。
大人になって、歴史の流れや背景が分かってから、そのような場所を訪れると興味は倍増するし「良く保存されているなぁ」と感心する。
なにせ子供だから、机に座って勉強しないだけで嬉しいから、修学を目的で旅行はしていないので、仕方ないのだろう。
 
と言うことで、明治維新後、日本が欧米文明に必死に追いついていこうとする時代の中を生き抜いてきた建物を「ちゃんと見ておこう」と思って出かけてきた。
行ってみて思ったが、広い。
なにせ50年振りで、前回の記憶はほとんどない。
10時に入場して、午後5時から始まる「イルミネーション点灯」過ぎまで、ほとんど休みなく歩いて見学したが、それでも途中では「サラリ」と見る感じで、飛ばして廻ってきた。
 
行ったのは11月後半の3連休だったので、ちょうど紅葉の時期。
私のように純粋に「明治の建物を見学しよう」と言う人もいたが、それよりも多かったのはイベントに参加している若い人たち。
行った時には「帝國ホテル支配人の偉大なる推理」というイベントが開催中で、建物の部屋に隠されたアイテムやパズルを解きながら進むリアル脱出ゲームをやっていた。
展示物など見向きもせずに、ゲームに熱中する人が多く、何の展示物もないところや建物の外にたくさん座り込んで遊んでいる人がやたらと沢山いた。
 
これはこれで、リピート入場者を増やすには良いようで、一時期よりも入場者は増えていると後日会社で同じ部署の人間に教えてもらった。
確かに、私みたいに「歴史的視点」だけで来る人だけでは、莫大な広さにある各施設の保存に掛かる費用を賄うのは大変だろう。
それに多くの人が来た方が、売店や食事するところ、そしてトイレやいろいろなものが充実するし、綺麗になる。
 
ただ、私の視点からすると、もう少しだけ建物の説明が書いてあるパネルがあると嬉しかった。
いくつかの建物では、「時間で区切られたガイドツアー」でないと入場できないようになっていて、マイペースで見たい私のような人間には「がっかり」と思う部分もあった。
 
「平成」という時代はあと4ヶ月で終わる。
そんな年の終わりに「明治」という時代の建物を見てきたのはある意味、感慨深かった。
いつものように、左にアルバムを掲載したので、興味があったら見てください。
そうそう、たまにコメントをいただく楽美さん が、紹介していた「江戸東京たてもの園」 にも、いつかは行って見たいと思って「明治村」を後にした。

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2018年12月17日 (月)

司馬遼太郎の戦国時代再び

読みたい本は基本的に購入する。
なぜかと言えば、サイクルはそれぞれだけれど、読み返すことがあるからだが、図書館で借りると期限が気になるし、いつ読み返したくなるか分からないので、本棚が徐々に埋まっていく悩みもある。
 
20181210
最近は、「時代小説」のなかでも「江戸情緒」系の話が多いが、20~30代の頃は、司馬遼太郎氏の歴史小説オンリーだった。
この話は、このブログで何度か話題にしたが、ほとんどの小説は読んだのじゃないかと思っている。
 
先日、ふと本棚を見ていて、「久しぶりに司馬遼太郎を読もうかな」と思い立った。
幕末ものはやっぱり面白かったので、何度か読み返してきている。
今年、ブログに良く紹介しているが、近場の史跡巡りをしていて、ちょうどその舞台でもある「戦国時代」にしてみようと考えた。
 
司馬遼太郎氏の「戦国時代」小説は、「国盗り物語」「新史太閤記」「関ヶ原」「城塞」と揃っている。
「国盗り物語」は、斎藤道三から織田信長の時代の話、「新史太閤記」は、秀吉。
そして「関ヶ原」では、秀吉から家康への移行、最後の「城塞」は大阪の陣で、徳川政権確立までと、順番に流れに沿って読める小説だ。
 
この辺りの小説を読んだのは、はっきり記憶がなく、多分30年くらい前だったと思う。
だから全く覚えていなくて、まるで初めてのように、とても新鮮に読み始めた。
そして、ここのところ訪れた「岐阜城(稲葉山城)」「小牧山城」「清洲城」が舞台となるので、さらに面白い。
 
小説が書かれた頃から、新しく分かった史実もある。
例えば「小牧山城」の場合、「岐阜城(稲葉山城)」の前に初めて「城下町」を造ったのではないか?とか、つい最近新聞に載っていたが、城主と家来の住まいの場所を高さとしてはっきり区別したとか。
それをより具体的にしたのが「岐阜城(稲葉山城)」だったのじゃないか?とか。
 
それに「楽市楽座」は、信長ではなく道三が始めたこととか。こういうのを読むと、またその場所に行き「この風景、この角度から彼らは街を眺めていたのか」と感じてみたくなる。
特に「岐阜城(稲葉山城)」を訪れた時の、眼下に広がる長良川の蛇行した様子を想像しながら読むのは、実にワクワクする。
 
まだまだ今は「国盗り物語」を読み終わりそうな段階。
これから本格的に秀吉、そして家康、最後には真田幸村と続く「城塞」まで、ワクワクしながら読み返すことにしよう。

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2018年12月10日 (月)

文章能力は大丈夫か?

昨年、夏に無事に定年となり「再雇用」になっていることは、今まで何度か書いてきている。
そんなふうに社員としての立場が変わったことと、上司である本部長、そして総務部門の思惑もあり、「お客様向けの活動」から「社員向けの広報活動」に業務がシフトしつつある。

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その中でも一番負荷が大きいのは「社内報」という社員向けに情報を伝えるツールの制作がある。
いろんな部門の情報を掲載して、社員全体の共有感や啓蒙などに役立てるツールだが、その特性上、社員が作った文字原稿が送られてくることが多い。
その中には、かなり文章が怪しいものが見受けられる。
 
怪しい文章で多いのは営業部門からの原稿だ。
我が社の営業部門のスタッフは、基本「大卒」が入社している。学校のレベル差はあるにしても「大学」と言えば、一応「最高学府」なのだが、とてもそういう学校を卒業してきたと思えないような文章を書いてくる。
 
よく言われる「ら」抜き言葉は、当たり前と言うか時代の流れで「仕方ないかなぁ」と思う。
なかには全く「何を書いているか分からない」という文章もある。
ツール制作する時に、一生懸命文章を読んで、何とか語彙を汲み取って、添削して組みなおしてあげることもある。
しかし、全く「何を言おうとしているのか?」分からない文章の場合は、修正すらできないので「何を書いてあるのか分からないので、書き直してください」とコメントを付けて返す。
 
30代中版から下の若い世代は、送られてくるメールを読んでも「文章力」の無さを感じることがある。
LINEのような短い文章でやり取りするSNNが普及した影響なのか、短文ならすごく速く返してくるが、ちょっと説明的な文章になると、途端に「?」となる文章になる。
 
私も経験したから分かるが、今後、年齢や役職が上がると、どんどん「文章で報告」することが増えてくる。
そういう意味では、今の私の上司も苦しんでいて、以前はよく私に「ちょっと文章チェックして」と頼んできたが、最近は少し慣れたみたいだ。
結局、自分で努力して解決するしかないけれど、今のような文章能力だと「大丈夫か?」と思わざるを得ない。
 
と、ここまで、偉そうに書いてきたが、いつも思うことだが、「今の人たちは」という話題の時には「私たちもそう思われていたのかも」と感じる。
それでも何とかなってきているので、次の世代は次の世代なりに、何とかなっていくのだろう。
逆にそれだけ、私たちの世代は終わりつつあるのだと思うようにしている。

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2018年12月 3日 (月)

「自己責任」は街中に溢れていないか?

自転車通勤を始めてからまもなく半年近くなる。
暑かった夏を乗り切り、タイヤの空気圧を調整したら、ずいぶん乗るのに楽になった。
そのおかげがどうか分からないが、健康診断で今まで5~6箇所くらい「要注意」マークがあったのが減った。クルマで通勤するよりは運動しているということなのだろう。
 
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ところで、少し前に「ニュースの多様性」 にも載せた話題以来「自己責任」という言葉が氾濫している。
そんな言葉が耳に残った状態で、街中を自転車で走っていると「歩きスマホ」の多さに驚く。
感覚としては「2人に1人くらい」だ。
 
真正面から自転車で近づいていくのに、本当にギリギリの近さまで気づかない。
こちらも「当然気づいていないな」と思い避けながらすれ違う。
一度はちょうど曲がり角で出会い、あぶなくぶつかりそうになった。
向こうも「びっくりした」と言っていたが、「これが自転車なく、クルマだったら轢かれてるよ」と思った。
 
じゃ、自転車側はどうかというと、これまた酷い。
「スマホしながら、手放しで運転」なんて論外だが、意外とやっているのは学生が多い。
以前、女子大生がお年寄りにぶつかり、死亡させたニュースを見たが、自分は大丈夫だと思っているのだろう。
 
それと「信号無視」は多い。
自転車に乗っていると、停まるのが面倒と言う気持ちは分かるが、小さな交差点ではまず守らない。
さらに、信号のない交差点では、左右も見ずに突っ込んでいく自転車は多い。
こんなふうに「危険だなぁ」と思う自転車に乗っている人は、学生やオバサンが多く、想像だが免許とか持っていないので、交通ルールがあることすら知らないのではないだろうかと思う。
 
自転車は昔からあるし、私も子どもの頃から乗っている。
でも最近は、あの頃のとは比較にならないくらい、街中に「危険」が溢れている。
これは、「スマホ」と言う便利なツールを手に入れたことで発生した、新たな「リスク」なのだろう。
人類が「クルマや電気や暖房器具」など、便利なツールを手にすると、新たなリスクが増えることを繰り返している。
これが限界まで行くと、規制やルールができるのだが、それまではこれらのリスクを「自己責任」で片付けていて良いのだろうか?
 
おそらく、近い将来「歩きスマホ」の危険性を法的にも規制されるのではないだろうか?
そんなことを思いながら、毎日、冷や冷やしながらの自転車通勤を続けている。

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2018年11月26日 (月)

今日は昨日の続きでなく、明日は今日の続きじゃない

久しぶりにTVニュースを見て、ひっくり返った。
NHKの9時のニュースを見るまで、知らなかったので、最初は「何のニュース?」と思って見ていた。
そのまま夜10時に行われた「日産社長の会見」も見た。
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その後、ネットや新聞で詳しく報じられていた。
今回、日産と言う企業にも「有価証券報告書の虚偽報告」という罪もあるわけだが、日本でも行われるようになっ「司法取引」により、検察に協力したとの事。
「50億円」なんて数字を言われても、ピンと来ないけれど、日本の基幹事業の1つである自動車産業に、大きな激震が走っていくことに間違いない。
 
このニュースを見て、最初に浮かんだ言葉は「驕れる者久しからず」
もっと短い言葉だと「驕る平家」ともいうが、ことわざってのは面白くて、いろんな場面に当て嵌まるものがある。
江戸時代小説を読んでいて覚えた言葉に「天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)」があるが、今回、まさにそれだった。
 
ゴーン氏の話は金額も巨額だし、立場が雲上人なのだが、もっとスケールが小さい話になると、自分たちの周りに同じような話がゴロゴロある。
 
長くいろいろなところで働いていると、いろんな事件に出会う。
個人的な感覚としては、企業内の小さな不正は営業系、経理系が多い気がする。
私の身の回りで起きたのは、営業系が多い。
 
●大きなお客様を獲得していた担当が、伝票不正発覚し、退職した。
 
●何度も社内表彰された営業部長が、経費不正発覚し、子会社への出向になった。
 
●お客様の販促物の管理を、伝票不正により長年隠蔽。部長は退職した。
 
●在庫管理ずさんなことが発覚し、降格の上、別部署への移動となった。
 
こんなふうなことがここ数年の間で、どんどん出てくる。
なので、定年になった時に、今の私の上司である(年下だけれど)本部長は「そういうこともなく、無事に部長を終えて、定年を迎えたことは目出たいと思うよ」と言ってくれた。
ただ、こんなに次々いろいろなことが発覚したのを近くで見ていると、冒頭に挙げた「驕る者久しからず」という言葉と、「明日も今日の続きのまま、バレずに済むと思うな」という言葉が頭を過ぎる。
やっぱり「お天道様に顔向けできないような」人生を送らないことが大切だと、このビッグニュースを見て、わが身を振り返った。

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2018年11月19日 (月)

懐かしい曲、2曲発見

YouTubeで懐かしい音楽を探して聴くことは以前「YouTubeで聴く懐かしのポップス」 で書いた。
それ以来、ちょくちょくこのブログでは「懐かしい音楽」を取り上げている。
今年になってからも「愛は傷つきやすく(ヒデとロザンナ)」 「荒井由美の時代」 を話題にしたが、最近この手の話題が多いのは、やはり年齢のせいだろうか?
こう思うたびに昔、親父お袋がTVで「懐メロ」番組を懐かしそうに見ていたことを思い出すが、今まさに私自身がその年齢になったとのことだろう。

今回は2曲。
ただ、1つはBSテレビを見ていて「そう言えば、この曲好きだったなぁ」と思い出した曲。もう1つはYouTubeを見ていて「ちょっと胸がキュン」となった思い出した曲と異なる方向からの発見だった。

坂本スミ子「夜が明けて」
これは、BSテレビで「なかにし礼」の特集を放送していて、何となく見ていたらこの曲が流れて思い出した。そもそも「坂本スミ子」という人すら忘れていたが、私が子どもの頃には、よくテレビに出ていた歌唱力抜群のオバちゃんだった。

夜が明けて
作詞:なかにし礼 作曲:筒美京平

夜が明けて手さぐりをしてみた ぬけがらのとなりには だれもいない
目をあけて部屋のなか見てみた 陽がもれる窓のそば だれもいない
夢を追いかけて ひとりふかすたばこのけむり 白い白い

夜が明けて夢をみたまくらに あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの灰皿の中には あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるをかんで ひいたルージュの赤が つらいつらい

われた手鏡に語りかける おんなの朝は ひとりひとり

加山雄三「僕のお嫁さん」
この曲は1969年だから私がまだ小学生くらいだ。
この頃の加山雄三の曲は、今聴くと「ちょっと恥ずかしい」歌詞が満載だ。岩谷時子さんの作詞だが、時代的にそんな時代だったのだろう。
まだ未来を夢見て、恋とか愛とかも分からないけれど、憧れを持って聴いていた頃を思い出す。
「作曲:弾厚作」のクレジットが、これまた懐かしい(加山雄三のペンネームというのはあまりにも有名)。

僕のお嫁さん
作詞:岩谷時子 作曲:弾厚作 

どこにでもいそうで どうしてもいなくて 世界中探した恋人
だれよりもきれいで だれからもまけない 世界一 素敵な恋人
皮のスカートの足首がほそくて 僕にかけ足で ついてくる
おやじにも見せたい 世界中探して見つけてきた 僕の大事な娘

よわそうでつよくて 泣虫で気まぐれ 世界でも珍らしい恋人
誰にでも愛され 誰だってふりむく 世界一 かわいい恋人
くちづけしたとき 襟足にほくろが ぼくにねだるのは チョコレート
おふくろにあわせて 気に入ってもらって そしてやがて ぼくのお嫁さん

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