2021年9月20日 (月)

[はくぶつ館講座]晩年の秀吉

今年から始めた歴史関連の講座参加だが、リアル・オンラインともに経験してきて、ずい分慣れてきた。
今月の初め、家から自転車で10分の所にあり博物館の講座があり、またまた参加してきた。
天気が悪かったので、贅沢にクルマで行ったがここの駐車場「1回300円」とリーズナブルなので助かる。
いつものように手続きして着席してしばらくすると、受講時の「注意」としていくつか説明が流れた。
その中で「撮影は、他施設のものもあり、周囲の人にも迷惑になるので、やめるように」というのがあった。20210921

実は以前スマホで説明画面を「バシャバシャ」撮影していたオバさんがいて「え?撮影して良いの?」と思っていたのだが、そのような人たちへの注意喚起なのだろう。
仕事であちこちのセミナーや展示会に出かけた経験から言えば、通常「原則、撮影・録音は禁止」が常識だと思うのだが、そういう常識がない人もやはりどこにでもいるのだろう。
勝手な推測だが、結婚後専業主婦が長い人には、このような「世の中の常識」を知らずにマナー違反をしてしまう人が多い気がする(すいません、勝手な言い分なので、許してください)。

さて今回の講座テーマは「秀吉没前、数年の文書」
冒頭で担当学芸員から「豊臣秀吉文筆集」の説明があった。
この講座を受講するようになって、このような施設の学芸員で展示会の準備や展示品の整理だけでなく、このような研究資料作りなどもあって、本当に「好き」「造詣」が深くないと出来ないなぁと感心している。
この「豊臣秀吉文筆集」は2014年から刊行を開始し、今年第7巻が発刊されたとのこと。
刊行開始の理由として「秀吉出生の地」として秀吉研究の「メッカ」になっていけばという思いがあると説明していた。

秀吉と言う人は「生涯8,000通」の文書があると言われているが、実はその数は毎年増えているのだそうだ。
ただ今まであったものの「写し」もあれば、「真贋」もあるし、本当に「新しく発見」されたものなどがあり、その実数は常に変化しているとのこと。
これもまた学芸員の活動に感心する要因の一つでもある。
講座の中では、秀吉が亡くなる直前「慶長の朝鮮出兵」の頃の文筆を中心に紹介されたが、当時の「追伸」が書かれる位置の説明など、古文書に全く知識のない私としては、なかなか興味深い内容だった。
そして、今回初公開となった「おとら宛」の自筆書状についても取り上げられた。。
この「おとら」は蒲生氏郷の妹で、秀吉の側室。一説では京都の三条にいたために「三条殿」と言われたらしい。
秀吉の「女好き」はドラマや小説に良く出てくるが、生涯10人以上の側室を持ったと言われ、その出自が家来の娘とか姻戚とか、ある意味「人質」的な意味もあったのかもしれない(もしくは、単に女好きかも)。

講座の内容を詳しく紹介は出来ないが、最後の説明の中でなぜ秀吉が多くの文筆を残したのかという説明があった。
知られている通り、秀吉は正確な出自は分からないが一般には貧しい百姓だったと言われる。
そのため信長や家康のように若い頃から自分に仕えてきた家来もおらず、本当に信頼を置ける部下もいなかった。
そんな秀吉が、いろいろあったにせよ「日の本を統一」「豊臣政権」を設立したために、非常に多くの文書を書き、今風の言葉で言えば「考えや命令を見える化」したのだそうだ。
学芸員が作成した資料の最後には、こう書かれている。
「秀吉という個性によって築き上げられた奇跡の政権。秀吉にしかできなかったこと」
こんな視点から秀吉のことを考えたことがなく、そんな新しい発見も講座参加の楽しみでもある。

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2021年9月13日 (月)

人生相談に見る感覚の差

新聞には「人生相談」という欄がある。20210913_20210906103201
この「人生相談」、遥か昔からあってどの新聞にもあるし、若い頃職場で流れていたAMラジオでもそんな番組があった。
ラジオの場合は、相談者と回答者が電話で話すので、結構生々しかった記憶がある。
「今もラジオでやるのかなぁ」と思って調べたら、ラジオはもちろんYouTubeにも数多くチャンネルがあって「いつの時代も相談したい人が多いんだなぁ」と思ってしまった。

「人の不幸は蜜の味」と言われるが、この人生相談がいつの時代もあるのは、見知らぬ他人の悩みは、まさに「蜜の味」なのだろう。
私自身、そこまで思っているわけじゃないが、新聞を見ているうちに、時として目に留まることがある(これは、タイトルが上手いんだろう)。
今回、この話題を取り上げるきっかけになった人生相談のタイトルが「知人段男性からの長年の年賀状~悩む」で40代の女性会社員の相談だった。
その内容そのものは割愛するが、回答者の答えに、ちょっとびっくりした。

そこには「年賀状は年末に、今年送られてきたそれを一枚一枚見ながら書きます。おおかたの人がそうだと思います」と書かれていた。
それを読んで「この人、今の年賀状のこと知っているのかな?」と疑問に思った。
回答された方は70代後半の人なのだが、確かにその年代の人は「一枚一枚見ながら書く」かもしれないが、40代の人はそうだろうか?
私は仕事の関係もあって、結構早くから年賀状の宛名書きはPCでやるようになった。
今ではいろいろなアプリもあるし、最近ではネットで対応もしてくれる。
このネット対応など、郵便局そのものが対応している時代だ。

60歳を過ぎてから、年賀状の枚数は意識的に減らしてきているが、それでもありがたいことに未だに送っていただいている人が何人かいる。
そのほとんどがプリンタ印字の宛名書きになっている。
60代半ばの私でさえ、そうだ。
相談者は40代の女性。
おそらくPCも使っているだろうし、もしかするとスマホからの年賀状印刷かもしれない。

そんな人が「一枚一枚書くよね?」なんて言われて果たして「はい、そうです」と思うだろうか。
私自身、印字の前にはもらったか確認するし、住所が変わっていないかも確認するが、そうでなく以前のデータのまま、何となく印字する人も多いと思う。
それくらい回答者の方と、今の年賀状の作り方は違ってきてしまっていると思う。
相談に対する回答は、決して変とは思わなかったが、その前提の説明があまりに時代と合わない言い方だったため「この人、分かってないなぁ」という思いが強くなってしまった。

今も昔も「人生相談」は続いていると冒頭に書いたが、デジタル化やコロナ禍で急速に変化したさまざまな活動の変化をしっかり認識していないと「ちょっとずれた」答えになってしまった。
変化のスピードが凄まじい勢いで増している今、年齢だけ重ねて相手の状況がイメージできない年寄りにならないように、気を付けようと思った記事だった。

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2021年9月 6日 (月)

妄想 日本人がマナーと江戸の身分制度

ある時、スマホを見ていたら、こんなページを見つけた。20210816
日本は“マナー大国”?謎マナー乱立の理由をマナー講師に聞いた
まずは、この内容を見てほしいのだが、ここに書かれているように日本には不思議なマナーがある。
座る位置の「上座・下座」は当たり前だし、「エレベータやクルマの乗った場合の位置」まではギリギリ分かる気がするが「書類のハンコの傾き」になると、もう笑いを取りにいっているのかと思いたくなるようなマナーがある。
この記事にもあった「ビールの注ぎ方」などは、若い頃年長者に教えられた記憶がある。
ただし、ラベルを上にする理由は、ちょっと違った気がするが。
それに、コロナ禍で一気に市民権を得た「ビデオ会議」などの画面の位置なんて話になると「そんなこと気にするくらいなら、言葉遣いや挨拶をちゃんとする方が先じゃない」と思えるようなマナーもある。
いずれにしろ海外から見れば「不思議なマナーの国ジパング」ということだろう。

話しは変わるが、最近若い頃に読んだ「司馬遼太郎氏の本」を読み返していることは、以前書いた。
それは相変わらず続いているが、その中で「江戸時代は実に細かく身分を分けていた」という説明があった。
江戸時代に制度に詳しい人には余分な話だが、ここにいくつか例えば「大名」と一括りに言うが、譜代と外様がある。
譜代は「関ケ原前から徳川方だった大名」で外様は「関ケ原の時に、敵方だった大名」と分けられているし、同じ「譜代」でも「御三家」「御三卿」は別格だ。
さらに、「お目見得」という「将軍に会える」クラスと「お目見得以下」という「会えない」クラスに分けられている。
もちろんそれぞれのグループにも「役職」があって、これまで細かく上下関係が設定されている。
そして「僧」「医師」は、この身分制度の外にいるために剃髪して「人間ではない」という位置づけにしたりしている。
このような細かく分類することによって、相互監視ができる制度を家康が作り上げたと思うのだが、ここから私の妄想。

日本と言う国は、同一民族だ。
詳しく見れば沖縄の「島人」とか北海道の「アイヌ」、それに「弥生人」「縄文人」など全くの「1つの民族」とは言えないが、世界の雑多な民族から見れば比較的同じ民族と言える。
だからこそ、江戸時代のように、細分化構造を作ったのかもしれない。
その名残りが、お客様とか上下関係とかに対する過剰(もしくは異常)なまでのマナー主義を生んでいるのではないだろうか。
そして「マナーが出来ている」ことで人間の能力を図ろうとしている人がまだまだいて、わが社の経営陣にも「話し方」「振る舞い」で能力を評価していることを見聞きする。
「話し方」「振る舞い」も大事だけれど、それがすべてではないことは、長く社会人をやっていると分かると思うのだが、その価値観に縛られて生きてきた人には、分からないようだ。
今回は、あるネットの記事からの妄想だったが、江戸時代の身分制度や上下関係については、こんな記事もあるので、読んでみてほしい。

武士と日本のマナー
江戸幕府から始まった上下関係を明確にする文化

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2021年8月30日 (月)

近場の史跡 田原城跡と渡邉崋山

20210830今回の史跡は「田原城」
全国的にはあまり有名ではないが、例のお笑い芸人の「オアシズ(大久保佳代子と光浦靖子)」の出身地だ。
もう亡くなってしまったがデザインの学校に行っていた頃の友人の出身地でもあったので、昔から馴染みのある土地名だが、史跡的には全く知らなかった。

ある時に小説を読んでいて「渡邉崋山」の名前が出てきた。
「蛮社の獄」とか「高野長英」など、歴史の授業や小説で耳にするワードだが、恥ずかしながら全く詳しいことは知らない。
さらに「渡邉崋山」などは、私と同じ苗字ということで、強烈に記憶に残っている名前なのに「いったい何をした人なのだろう」という情けない知識だ。
調べたら、私の住む場所からは、高速道路で1時間半くらいで行けるということで7月の後半に行ってきた。
ちょうど夏休み最初の週末で混むかと思ったが、そうでもなくスムーズに行くことができた。

訊ねたのは以下の場所。
・田原城跡
・田原市博物館
・崋山神社
・城宝寺
・城宝寺古墳

この中で博物館では「渡邉崋山」を中心に紹介していた。
なかでも「蛮社の獄」では「鳥居耀蔵」の名前が出てきてちょっとびっくり。
この名前は、いくつかの小説に出てきて覚えた名前だが、歴史的にどのような人だったのか、これまた恥ずかしながら知らない。
ただ、小説には概ね「嫌な奴」「悪い役人」という感じで登場するのだが、ここで名前が出たことで「ちゃんと調べよう」と思った。

蛮社の獄
天保10年(1839年)に起きた言論弾圧事件。高野長英、渡辺崋山などが、モリソン号事件と江戸幕府の鎖国政策を批判したため、捕らえられて獄に繋がれるなど罰を受けた他、処刑された。(Wikipediaより)
この言論弾圧事件は、老中・水野忠邦の命により目付の鳥居耀蔵が探索を行い実施した。
鳥居耀蔵と渡邉崋山は、当時浦賀の測量を命じられ、洋学的な崋山の測量が採用されたことを恨みに思ったとの通説がある(博物館でも、そのように説明していた)。
これは鳥居耀蔵の実父が、林大学頭であったことから「洋学を認めない」との見方により唱えられたようだが、実際はそうでもなかったようだ。

じっくりと資料を見ていくと、家計のために始めた画業の作品では実に「写実的」で、きっと「モノを正しく見る」という気持ちの非常に強い人だったのではないかと思える。
さらに田原藩の家老となっても「意見書」などを具申し、変な言い方をすれば「空気を読んで、あまり荒立てない」というような人ではなかった気がする。
そして幽閉中に自刃して生涯を終えるだが、なかなか強情で適当な世渡りのできない人だったと思え、周りはハラハラし、苦労もあったのではないと妄想してしまった。

そしてその「渡邉崋山」の菩提寺を周ったがそこには「城宝寺古墳」というものがあることを今回行く前に調べて初めて知った。
城宝寺古墳
渡辺崋山の墓所で有名な城宝寺の境内にある、6世紀末から7世紀初頭に築造された古墳。現存する石室は全長が8.7mで、うち玄室が長さ6.4m、幅2.4mである。羨道は長さ2.3m、幅1.2m、高さ1.5mだが、羨門部は破壊後に積み直された形跡があり、本来の羨道は現在より2mほど長かったと考えられる。(Wikipediaより)

明日香村に行ってから興味を持つようになった古墳だが、こんなに良い状態の石室が見られる古墳があるとは知らなかった。
日帰りで行ってこられるような場所に、まだまだこんなにいろいろな史跡があり、さらに知らない歴史的なことがあると思うと、やっぱり「行かれる年齢の時に、行っておこう」と改めて思う。
そのためには、毎日会社に行く生活を、きちんと考える時期に来ている気がする。

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2021年8月23日 (月)

小和田先生 オンライン講座

今年の春から「会社に行かなくなった時の趣味」として興味のある講座に出かけるようになり、さらに近場の史跡にも行くようになった。
その影響で、小ネタの掲載が続き、「週1」でアップすると決めているこのブログは、実際に出かけたり受講してから1ヶ月以上経過してからの公開になり、遅れた情報になってしまっている。
まぁ、このブログは「備忘録」としての役目も兼ねているので、勘弁してもらいたい。20210823

NHK文化センターで行われている小和田先生の講座に行ってきたことは、4月の「小和田先生のセミナーに行ってきた」で紹介した。
こういう講座は一度申し込むと、定期的に講座の案内がメールで届くようになる。
そのため「次の小和田先生の講座も行こう」と思っていたところ、メールで案内が来た。
テーマは「第3回 戦国時代の名武将たち~北条早雲(伊勢宗瑞)~」で、さっそく申し込むと前回より、少し金額が安い。
「2回目だからかなぁ」と呑気に考えていたら、開催日の少し前にメールで資料が届いた。
「前回、資料来たっけ?」とこれまた呑気に思っていたら、今度は「オンライン講座」の案内が届いた。
「あれ、リアル受講のはずなのに」と案内を良く読むと、申し込んだのが「オンライン講座」だったことに気づいた。
「しまった、先生に会えないなぁ」と悔やんだが仕方ない。

会社でPCを使ってのオンライン会議や3世たちのテレビ電話は経験してきたが、この講座で使う「Zoom」の受講は初めて。
WEBの案内を読みながら、事前にアプリをダウンロードして、接続のチェックをしてみたが、割と簡単だった。
そういえば、ブログに書いてなかったが、この春ノートWindowsを購入した。
昨年の夏に「Macを続けるか?Windowsに乗り換えるか?」を書いてから悩みに悩んで、今年の春にリフレッシュノートPCを購入した。
スペック的には問題なく「これで4万円を切っているなら、かなりお得」と思い、今では前からのノートMacと2台使っている。
このようにWindowsを持つと、オンライン講座などの設定説明が「Windows前提」が多いため、本当に楽でこれだけでもWindowsを買ってよかったと思った。

そして講座の当日、PCでアクセスして受講。
若干、会場スタッフのもたつきで資料が追い付かなかったりと気になる点はあったけれど、講座の内容は面白かった。
詳しくは規則があるので書けないが、これまでまったく知らなかった「北条早雲」の出自や、さらに新しい史料によって、どんどん歴史の認識が変わっていくというお話はこういう講座でしか聞けない話で実に面白かった。
後日「見逃し配信」の案内も来て「先生に会えないのは残念だけれど、わざわざ出かけなくてよいし、資料も事前に来るし、見逃し配信もあるなら、オンライン講座も良いなぁ」と思った。

そして次の講座の案内が来たのだが、良く読むと「オンライン講座」「リアル受講」より1ヶ月以上早く案内されることが書いてあった。
「だから、オンライン講座になっていたのか!」とやっと気づいたというお粗末さだが、おかげで「オンライン講座」も体験できたし、リアル受講で先生と歓談できる時間があるわけではないので次回も「オンライン講座」を申し込むことにした。
次回は「織田信秀」、楽しみにしている。

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2021年8月16日 (月)

豊国神社・秀吉清正記念館・初代中村勘三郎銅像

夏季休暇中に2回目のコロナワクチン接種があった。巷では2回目の方が副反応が出やすいといわれ、しかもその発生率の高い「モデルナ」の方だったので覚悟していたが、やはり出た。
接種会場は前回以上に順調に進んだが、夕方から接種部分が痛くなり、翌日には倦怠感、午後から熱っぽくなり、さらには一部関節痛、そして接種した側の脇のリンパ節も少し痛かった。
3回くらい市販の鎮痛剤を飲んで安静にしていたが、風邪の時のように辛かったが、翌々日の夕方からは楽になっていった。
一応、これで無事にワクチン接種は終わった。

このように新型コロナワクチン接種や東京オリンピック開幕など「今、その時」の話題を続けたので、今回はその影響で少し遅くなってしまった話。
昨年末にクルマを買い替えたこと、そして長期間のコロナ禍自粛が続くことへの息抜きなどで、年明けから近場の史跡を訪ねていることを、このブログで何度か紹介している。20210719
その中で「戦国時代の史跡」は私の住む地方には豊富だと書いたことがある。

このブログでもかなり紹介しているが、例えば「清須城」「小牧山城」「犬山城」「岐阜城」「岡崎城」「大垣城」などは、クルマに乗れば、1時間程度で行けてしまうところにある。
他にも先日紹介した「関ケ原」もそうだし、何より戦国時代の三英傑と言われる「信長」「秀吉」「家康」は、もちろん昨年の大河ドラマで脚光を浴びた「光秀」も私の住む地方の出身だ。

このような「戦国時代ファン」の方なら羨ましく思われる場所で生活しているのだが、不思議なことにあまりにも身近なところにいると、なかなかそのような史跡に訪れない。
冒頭に書いたように、このコロナ禍を利用して、そんな場所を訪れているのだが、今回は表題の3つの話。

「3つ」と書いたが、場所がすべて同じ「中村公園」というところにある。
この「中村」という場所名、現在は「中村区」という区名になっているが、かなり古くからある土地名のようだ。
通説ではあるが秀吉の生まれた地名とされている(ちなみに秀吉の母である「大政所」の出身とされている「御器所村(ごきそと読む)」は、今も地名として残っていて、地下鉄駅もある)。
そして「加藤清正」も熊本城が超有名だけれど、出身は秀吉と同じくこの「中村」という地区だ。

このことは古くから有名で、秀吉が祭られている「豊国神社」は地元では有名なところだ。
名古屋駅から西に行くと大きな赤い「鳥居」があるが、これが「豊国神社」の大鳥居だ。
行ってみると社は公園の中にきれいに整備されて鎮座しているが、そんなに大きなものではない。
また、同じ公園内の図書館に併設されている「秀吉・清正記念館」は無料で見学できる施設だ。

若い頃、幕末の歴史はいろんなものを読んだり訪ねたりしているので、ある程度詳しいが、戦国時代はそうでもない。
今回、この記念館で清正の生涯を紹介する説明を読んだが「賤ケ岳の七本槍」とか「虎退治」などから想像する「豪傑」というイメージは、どうやら江戸時代に創作されたもののようで、一度しっかり戦国時代の本を読まないといけないなぁと思った。

場所が公園なので、散歩がてら歩きながら廻っていると何だか不思議な格好をした銅像が目についた。
「なんだろう」と思って近づくと「初代中村勘三郎」の銅像だった。
不思議な格好は「猿若舞」の姿とのことで、その謂れなどが銅像ヨコのプレートで紹介されていた。
惜しくも若くして亡くなってしまった十八代中村勘三郎が「この中村は、中村屋の発祥の地だよ」と言っていたのをテレビで見たことがあるが、どうやらこれが「中村屋が公式に認めた」ということになり、この地域の人たちが協力して銅像を建立したのだそうだ。
この銅像名を検索すると現在の勘九郎と七之助のご兄弟が、この銅像の除幕式に訪れた記事が出てくる。

こうして書いていると、本当に身近に歴史的な場所があることに気づくが、今までどうしても「江戸時代」ばかりに目が行ってしまって、自分の足もとのこと知らないということに、改めて気づいてしまった。
これをきっかけに戦国時代のことを調べて、近場の史跡を訪ねる楽しみが増えるのであれば、コロナ禍もなかなか悪いものではなかったのではないだろうか?
今まで罹患せずに無事に暮らしていられるから、こんな気楽なことを言えるのだが……。
明日には64歳になる。

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2021年8月 2日 (月)

iPhone 2台持ち生活へ

私がiPhoneを手にしたのは、ブログを検索したらちょうど10年前だった。
その時も書いたが、そのiPhoneは個人所有ではなく会社からの貸与だった。20210802
おかげで、自分でコスト負担することなく、この10年間iPhoneを利用させてもらっていた。
「スマホの料金が高い」ということが話題になっても、会社経費だったので気にすることなく使っていたし、新しい機種が出ると2~3年ごとに機種変更をしてもらっていたので、かなりありがたい立場にいた。
定年後も「そのまま持っていて良い」と言われたので、ずっと使わせてもらっているが、さすがに役職者じゃないし、定年再雇用者なので、最新機種は遠慮しているが、それでもiPhoneXなので、不便なく利用してきた。

しかし個人持ちは、ずっと携帯電話(いわゆるガラケー)のままで、しかも3Gというかなり古いタイプ。
現役の時は、電話と言えばほとんど会社関係者なので、iPhoneがメインで、個人携帯への連絡は親戚か友人で、ほとんど使っていない状態だった。
この携帯電話も、何年か前に「この機種は〇〇以降、使えなくなります」と何度もメールで案内がきて、仕方なくショップに出かけて機種変更してもらった。
そして昨年くらいから「2022年4月から3Gは使えなくなる」というメールやDMが届き始めた。
「え~~また」と思ったが「そろそろ個人ものもスマホしないとダメかぁ」と意識し始めた。
そうなるとまず問題になるのは料金。
何といっても携帯電話はほとんど使っていないので、月額2,000円もしない。下手すると1,500円以下になる月もある。
これが完全に会社から辞めてしまって、貸与されているiPhoneが使えなくなったらある程度のコスト高は覚悟するが、まだ使えるのであまり高いスマホ代は、ちょっと困る。

でも調べると3大ブランドは最低でも月額数千円する。
まもなく年金生活者になるのに「毎月数千円はないなぁ」と思って、ちょっとペンディングにしていた。
そうしたら昨年くらいから各社のサブブランドがいろいろな格安プランが出てきた。
他にも楽天のように新しく参戦した企業が、もっと安いプランを出すなど、ダンピング合戦になってきたが、そうなると「いったいどこが一番良いんだろう」と違う悩みが出る。

あまり変なブランドではちょっと不安なので、やっぱり3大サブブランドが中心を調べてみた。
持っている携帯はソフトバンクだったので、本当はYモバイルが良かったが、プランもiPhone本体もちょっと高い。
「どうしようかなぁ~」と思っているところに、UQmobileがiPhone11を割と安く販売し、一番少ないギガプランだと、2,000円もしないことが決め手となって、ショップに行ってきた。
当然、携帯電話と同じ電話番号のままでの移行で依頼。その他いろいろオプションを薦められたが、その店員の成績になると分かっているけれど「ごめんね」と断った。ただ1つだけ「1ヶ月は無料で、すぐ退会してもらってよい」と言われ、退会方法まで教えてくれたので、それだけはオプション追加した。

ショップでの店員の対応は、ほとんどタブレット端末で、こちらも記入する書類は少なく、申込時も受け取り時も店員さんが一生懸命タブレットで操作しているのを見て「大変だなぁ」と感心してしまった。
それと、ショップでは「料金の仕組み」を何度も聞くお年寄りや、「電話の出方がわからない」と順番待ちなどお構いなしに店員にいきなり訪ねる高齢者を見掛けたが、ああいうお客様への対応も大変だ。
私みたいな人間には、絶対にあんな対応はできない。

たしかに私は仕事で散々使ってきたし、ネットでいろいろ調べてからショップに行ったけれど、そうでなければ、料金の仕組みは複雑だし、スマホもいろんなことができる機能を満載にしたので、高齢者には難しすぎると思う。
それもあと10年もすると、普通に使いこなす高齢者ばかりになっていくのだろう。
これで会社を辞めるまで「iPhone2台持ち生活」になってしまった。

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2021年7月26日 (月)

始まった東京オリンピック

本当は先日受講した「はくぶつ館講座」の話を書きたいが、テーマが「教育勅語」という繊細なものだったために、ネットと言ういろんな考えが交錯する世界に公開すると誤解やリスクを生むだろうということでやめにした。20210726
実は途中まで書いていたが、講座の中でも「勅語を現代文などに訳すことができない。なぜなら誰かの意志のフィルターが掛かってしまうから」との説明を受けて、その言葉を思い出したために、やめる決断をした。内容的には面白かったので、残念だけど。
SNSなどネットツールの発展によって、誰もがいろんな意見を発信することができる世の中になったけれど、より注意して発信しなくてはならないというのは、テクノロジーと進化とそれを使うリテラシー(特に心の部分が)は、同時に進化しないということが証明されているようなものだ。
ずい分以前、まだ「パソコン通信」と言われていた時代に、変な言いがかりをつけられた経験があり(記憶では、このブログで書いたと思う)、あまり気持ちの良い経験ではなかったから、出来るだけそういうことは避けておきたい。
 
さて、そういう意味では「東京オリンピック」の話題も、さまざまな意見が噴出し繊細な状態なのだが、ついに先週開幕した。
昭和の「東京オリンピック」は私が小学校に入った年で、学校は休みだったし(記憶だが)、「夢の超特急」と言われた新幹線や首都高速が開通など、インフラの大発展のきっかけになった。
そしてこれも以前ブログに掲載したが、いまや全世界で使われている「ピクトグラム」を生んだきっかけにもなった。
だから開会式でも、ピクトグラムを使ったパフォーマンスがあった。
このように振り返れば、昭和の「東京オリンピック」は、ポジティブな大会だったように映るが、実施するまでには一度戦争の影響で返上したなど、順風満帆ではなかった(ようだ)。
 
今回も、そのような視点から見れば未曽有のコロナ禍で行われる祭典となった。
たしか誘致の時には「復興をアピール」とか「日本のおもてなし」とかステキなキーワードが並び、胸躍る想いがあったが、「緊急事態宣言」のもと、「無観客」とか「人数制限」とかの規制が掛かった状態では「復興」「おもてなし」も何の意味もなくなってしまった。
他にも直前になって過去の言動が原因で責任者が辞退したり解任されたりと、とにかく混沌とした状態だ。
振り返ってみると、シンボルマークの盗作騒ぎや、新国立競技場の設計者問題など、もう遠く過去の話に思えるが(シンボルマークの話なんて、何年前だろう?)、今回の新型コロナによる延期や、すでに起き始めている選手の陽性者など、いろんな意味で記録されるべきオリンピックになるのは、間違いなさそうだ。
 
私のような一般人にはわからないが、いろんな権利、お金、選手の気持ち、団体の意見、経済効果など複雑に絡みあい、さらにコロナ禍で行われるオリンピックは「安全管理」「国民マナー」など、いろんな事が試されることになるのだろう。
始まったらTVはオリンピック放送ばかりになってきたけれど、やっぱりマスコミも「ネガティブ」な視線ばかりじゃなく、一緒に成功させるように舵を切ってほしい気がする。
幸いこの週末には金メダルを取った種目も出てきて、地上波でがほとんど「オリンピック放送」だらけとなり、話題として盛り上がってきている気がする。
もちろん批判的な人もたくさんいるけれど「成功させよう」と一生懸命に頑張っている人のことも忘れないようにしてほしい。
そして願わくば、とにかく無事に終了し、振り返った時に「いろいろあったけれど、やっぱりやってよかったね」と皆がいうようなオリンピックになることを願いたいものだ。

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2021年7月19日 (月)

新型コロナワクチン1回目接種

私は65歳以下である。
来年には65歳になるが、例の「新型コロナワクチン65歳以上接種開始」には該当しなかった。20210719_20210718081701
会社の規程とか年金受給金額など年齢で区切られることがあるが、どうもきわどい所で該当から外れる(ような気がする)。
春先から始まった「新型コロナワクチン接種」
まずは医療従事者、そして65歳以上の高齢者、さらに基礎疾患のある人や高齢者施設従事者と決められ、やっと年齢順として私の順番が近くなってきた。
 
ところが、ちょうどその頃から「職域接種」がさかんに行われ、当社の顧客先でも私より若い人たちの接種が進み始めた。それはそれで良いことなのだが、今度は急に「ワクチン不足」が言われるようになった。
「やっと順番が回ってくる時期になったのに」という気持ちが正直なところだが、私の住む地方では先週から私の年代への予約券配布が始まった。
「2~3日はかかるかなぁ」という予想に反して、配布開始当日に届いた。
ちょうど、その週は3カ月に1回の通院日があるその病院は「通院患者には対応する」とWEBに記載してあったので、電話して聞いてみたところ、来院した時に「予約申し込み」して、後日接種日の連絡があるとのことだった。
通院している病院の方が安心だと思って、いったんはそのつもりだった。
 
翌日テレビを見ていたら、私の住む地方では「大規模会場で使用されるモデルナは余裕があるようです」と言っていたので、試しに予約サイトにアクセスしてみた。
実は、7月から始まった「大規模会場」は、我が家のすぐ近くだったので、そこでも良いと思っていた。
サイトにアクセスして会場を検索してもなかなかヒットしなくて「全然、予約取れないじゃん」と思って、良く説明を読んだら「ログイン」が必要となると書いてあった。
「ID・パスワードなんてどこにある?」とさらに良く読むと「IDは予約番号、パスワードは生年月日の8桁数字」とあり、やってみたら無事ログインできた(正直、この予約システムはPC操作に慣れていないと難しいかもしれない)。
 
それで近くの「大規模接種会場」を指定したら、全枠「〇」になっていて、いつでも予約できる。
ちょうど病院に行くために有休を取っていたので、その日が都合良いと思って、午後に予約した。
「病院でやるより早く接種できるなぁ」と、まずは一安心。
「ファイザー」じゃなく「モデルナ」というのがちょっと気になるが、もし副反応が出ても会社を休んで良い緊急措置が取られているから、まぁ良しとしよう。
予約日には、まずいつもの病院に行き、いつものように診察(というか、問診だけだか)。その時先生から「もうワクチンは打った?」と聞かれ「この後、昼から行ってきます」と話し、予約が空いていた話をしたら、先生は今月初旬、会場に担当医として行っていたとのこと。
「その時は、結構混んでいたよ」と話してくれた。
 
診察も終わり、いつもの薬をもらい、いったん帰宅。
予約時間になって会場まで歩いて行ったら、駐車場も空いているし、席で待っている人も少しいる程度。
問診表も事前に記入していて、少し待ったら呼ばれて、書類を確認され、どんどん次の部屋に案内されて、医師の問診を受け「ちょっとアトピーの傾向がある」と話したら「念のため30分経過観察にしようか?」と言われた。
で、最後に接種の先生のところで注射。「筋肉注射」と言われていたので痛いのかと思ったら、会社のインフルエンザ予防接種より全然痛くない。その後、30分経過して帰ってきた。
夕方になって接種した部分が痛くなり、翌日が一番痛かったが、そのあと痛みは引いていった。あとは今のところ、副反応と思われる症状は出ていない。2回目の接種は、ちょうど夏季休暇に入った時期で、これなら会社を休み必要もない。
まずは1回目の接種が済んで、少しだけ安心している。

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2021年7月12日 (月)

言葉の定義

このブログでたびたび取り上げている「英雄たちの選択」で、6月後半に放送されてた「徳川慶喜・パリ万博大作戦 〜600万ドルを確保せよ〜」を観ていて「やっぱりそうだよねぇ」と思うことがあった。
そうそう、この内容はちょうど昨夜「青天を衝け」で放送されいて、前もって知っていたのために、なかなか面白かった。
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その時のゲスト出演者である「島田 久仁彦(※1)さんがおっしゃった「話し合いに入る前に、言葉の定義付けをする」という発言がそれだ。
※1=島田 久仁彦 (しまだ くにひこ) 1975年生まれ。大阪府出身。国際ネゴシエーター・紛争調停官・地政学リスクアドバイザー。

この時の番組や島田さんが話していたのは「外国と交渉する場合」の注意ポイントとしての「言葉の定義」だった。
国際紛争の場で、話し合う前に「単語ひとつひとつの定義を確認する」という作業と行うと話していた。
このことは、異なる言語圏では必須なのだろうが、実は自分たちの身の回りでも良く発生しがちで「そういう意味じゃない」と感じることがある。

私が新人研修でよく話をするのは「赤」という言葉を聞いて、それぞれがイメージする色は、実は異なっているので「見本で確認するか、数値で表すこと」が大事だということだ。
私たちがデザインの世界に入ったころはアナログの時代だったので、色も大きさもすべて数値で表していたが、デジタル化になったためにその習慣がなくなり「もっと大きく」とか「もう少し赤く」とか、曖昧な表現で伝えるようになってしまった。
このようにちゃんと「定義づけされていた」ものでも、その定義がなくなっているのに加え、会議やお客様との打ち合わせでも定義付けされていない言葉を使用して「お互いに理解した気持ちになっている」と言うことが、よく見受けられる。

管理職だった頃に、部下の企画書を確認していて例えば「社員の理解が拡がる」に効果があると書かれていたとする。
この言葉はよく聞くが、私は「例えば、この理解ってどういう定義なのか?」と訊ねた。
「うん、しっかり分かって今後に活かせる」
「なんとなく主旨は伝わった」
「大事だということは分かった」
これら全部「理解」と言い表せるのだが、そこをきちんと定義付けしていないと、この企画の「本当の効果」は相手に伝わらないと注意していた。

若い人から見れば「年寄りが細かいことを気にするなぁ」と思われるだろうが、デジタル化になってSNSなどで、短い言葉でコミュニケーションを取っているからこそ、定義付けされていないことで誤解や伝わらなさなどが、昔以上に起きていると感じている。
これも年寄りの杞憂なのであれば良いのだが、TVを観ていて「言葉の定義」ってやっぱり大事だよねと改めて思った次第だ。

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2021年7月 5日 (月)

[はくぶつ館講座]高力猿猴庵(こうりきえんこうあん)と安永大洪水

今年の3月に「はくぶつ館講座『天下人と清須』」のことを書いた。20210705
今日は、同じ「はくぶつ館講座」「高力猿猴庵(こうりきえんこうあん)と安永大洪水」というテーマの講座の話。
そもそもこの「高力猿猴庵って誰?」と思ったのだが、私の住む尾張藩が江戸時代に被災した災害記録の話という案内だったので申し込んで出席してきた。

まず問題の「高力猿猴庵」のことだが、学芸員の話からすると開催している博物館が注目して研究し資料集シリーズを刊行中とのことだ。
高力猿猴庵
高力猿猴庵(1756~1831)とは尾張藩中級藩士。
天明5年(1785)に家督を継承して300石・馬廻役、寛政4年(1792)には大番役。文化4年(1807)志願して馬廻役に戻る
学芸員によると「番方と役方」は江戸時代の職制区分で、番方は軍事的な役割、役方は文官的な役割だったそうだ。馬廻役・大番役ともに番方であり、江戸時代は戦もないため、暇な役職だったとのこと。
こういう暇な役職だったために、あちらこちらに出かけ絵入りの記録本を残しているのだそうだ。
尾張藩の藩政史料は明治の初期に、今の愛知県として固まるまで各省をたらい回されるうちに失われてしまい、藩士などが個人的に残した記録は貴重な情報源で、その中でも猿猴庵は記録の質が非常に高いとのことだ。

今回の記録は「安永大洪水」という安永8年(1779)8月25日に豪雨(おそらく台風)のため発生した洪水のことで、庄内川流域を中心に尾張藩領の広範な地域で浸水被害をもたらした大災害。
尾張藩の記録にも高力猿猴庵の記録でも「一面が海のようになっていた」というから、近年テレビに映るような大規模な洪水災害だったようだ。

講座の中で面白かったのは、尾張藩の公式記録と高力猿猴庵の私的記録の違い。
当時の尾張藩主である「徳川宗睦(尾張藩9代藩主)」の命により御小納戸役所は直ちに現場へ向かわされたが、混乱の最中でもあり体裁を整えながら住民の救出・避難に対応し、その心労で担当役職者は寝込んだと報告されているが、高力猿猴庵の記録では、被災住民は「藩は何もしてくれない」と訴えていたとなっている。
東日本大震災以来、今のコロナ禍でもそうだが、自治体の人たちはかなり一生懸命やってくれていて、このような苦情はあまりないと思うが、いつの時代にも「お役所仕事」という感じのものはあったようだ。

この猿猴庵と言う人、文字の記録も貴重だが、それよりもほとんどの記録が「絵入り」で残されていて、この絵がまた緻密で、大きな鳥瞰図的な描き方から、クローズアップされた描き方など非常に分かりやすく描かれており、博物館が注目しているのもうなずける。
この「安永大洪水」は、1回だけでなく、この時期頻繁に大きな洪水が発生していたらしく、原因は陶器づくり(瀬戸焼は地元の名産品)の燃料として、無計画に樹木を伐採して「はげ山だらけ」になっていたとのこと。
その後、長い時間を掛けて植林をしたり治水工事を繰り返していくことで、今のような川筋や地形が確立していったのだそうだ。

しかし、講座を聞きながら「いったいこの人は、どれだけ暇な人だったんだろう?」と苦笑したくなる気持ちだったが、今になれば、こういう「記録魔」みたいな人のおかげで250年以上前の災害の状態を知ることが出来るのだから、歴史的価値ってのは分からないものだ。
このような地方の記録はなかなか知る機会がなかっただけに、面白い講座だった。

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2021年6月28日 (月)

虚偽が蔓延する世界

20210628_20210615104101 2週間くらい前の朝、新聞を見て驚いた。
「架空の顔で『お客様の声』『大満足』…AIで生成、90サイトで宣伝に悪用」という見出しで、記事は以下のようだった。
AI(人工知能)で作り出された架空の人間の画像が、あたかも実在するかのような形で多数の業者の宣伝サイトで使われていることが、読売新聞の取材でわかった。商品やサービスを推奨する客などを装って掲載されていた。すでに海外では悪用が問題になっており、歯止めなく使われれば、取り扱いのルールを巡って議論になる可能性がある。

画像は、大量のデータから特徴を学ばせるAIの深層学習(ディープラーニング)の技術で精巧に自動生成できる。国内では大阪市のIT企業「ACワークス」が、イメージ写真や仮想モデルなどとしての利用を想定し、会員登録すれば無料でダウンロードできるサービスを2年前に開始。実在の客を装っての掲載などは規約で禁止していた。

しかし、読売新聞が同社から提供を受け、103人分の画像の利用状況を調査した結果、規約に反するとみられる方法で掲載しているサイトが少なくとも90に上ることが確認された。

この記事の中の「商品やサービスを推奨する客を装う」という部分は、私の若い頃には頻繁に行われていた方法だ。
おそらく当時から禁止されていただろうが、とても緩い時代だったので、制作関係者の奥さんや子供の写真などを使ったことがある。
しかし、今ではAIで作成された「実在しない人物」を使っているというは、技術の進化がもたらした新たなる虚偽の世界だ。

この記事に載っている「ACワークス」は私も知っている素材ダウンロードサービス企業だが、このようなサービス企業を利用する場合、人物が映っていると「モデルリリース」が必要となる。
要は撮影されたモデル自身が「使用を許諾してるか?」という肖像権の問題だ。
よくTVで街の風景で人がぼかしてあるのは、この「モデルリリース」の許諾を得られていないからで、コンプライアンスが厳しい今の時代、実在の人物を使用するというのは、とても手間の掛かることになっている、

この「AI人物画像」はそのような面倒さやコンプライアンス的なリスクを回避する狙いの新しいサービスだと思うが、そこを逆手に取って虚偽の宣伝に使用することを知って、「虚偽の世界のものを使って虚偽のアピール」という虚偽の2乗状態だと変な関心をした。

デジタルとかインターネットの技術が飛躍的に進み、トランプ大統領じゃないが「フェイクニュース」は世界を駆け巡っているし、我々世代には、どうにも職業として感じられない「ユーチューバー」なる人たちもいる。
さらに私たちの身近にもデザインアプリが使えるというだけで「デザイナー」と呼ばれる人や上からの指示を聞くだけの「企業の発注者」だったり、実際の現場実績がほとんどなくて提案だけするプランナー(この場合、やはり受注に繋がらないが)だったり、私が若い頃にあこがれた「本物の人たち」っていうのは、少なくなってきている気がする。

技術は進歩していくけれど、虚偽の世界の方が膨らんでいる。マトリックスの世界が近づいている気がする。

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2021年6月23日 (水)

立花隆氏 逝去

すごく熱心なファンだったわけじゃない。20210623
ただこのブログの過去記事を検索したら2度ばかり名前を挙げさせてもらっている。
どちらもネット社会の到来に関して「人類史上、制御されてない情報が溢れる時代」と予想したことを紹介している。
この言葉は著書でなく、TV番組の発言だったと記憶しているので、もしかすると言い回しは異なるかもしれないが、趣旨としてはそのような発言だったと思う。

振り返ってみると、実際にネットでの「誹謗中傷」「ステルスマーケティング」(このあたりはダークゾーンだけど)、それに「ビッグデータ」など、立花隆さんがネット社会の話をした頃には、あまり想像できないような情報社会になっている。
コロナ禍の人の動きなどもスマホや携帯の位置情報から割り出すなど、あの発言をしたご本人でさえ想像していなかった状況になっているのではないか?

訃報記事では代表著作として「田中角栄研究」が紹介されているが、私が読んだのは「宇宙からの帰還」
駒かな内容は覚えていないが、宇宙に行った半数がその後「宗教関係」に進んだという話は覚えている。
それだけ「宇宙」というもの、そして漆黒の宇宙の闇に浮かぶ「地球」という存在は、神秘を感じさせるものだと想像しながら読んだものだ。

最初に「熱心なファンではなかった」と書いたが、そんな私でも記憶に残っているということは一時期「時代の寵児」的な方だったことは間違いない。
ご冥福を。



 

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2021年6月21日 (月)

気づかない能力

前回は「変化についていけない人」のことを書いた。
あの前提は「私は、何とか付いていっている」もしくは「変化していることを認識している」という視点で書いたが、今回は「これから自分が身に付けないといけない能力」について書こうと思っている。20210628

定年後も再雇用、さらに昨年再雇用の更新もさせてもらい、いよいよ来年には老齢年金の全額支給が始まる年齢になる。
そのような状況なので、再雇用更新後「65歳で完全に退職」という区切りを意識して会社勤めをするようになっている。
定年になったあとに「もう管理職じゃないから、いろいろ気になることがあっても目をつぶろう」と思い、そのように気を付けているが「気づいてしまう」ことは無くならない。
そりゃそうだろう。
それまで「いち早く気づいて対応する」ことに集中して40年以上も仕事してきたのだから、そんなに簡単に「気づかなくなる」のだったら苦労しない。

これは個人差があるようだが、デザイナーからディレクターと言う立場になった時に「わりと周りの動きに気づける方だ」と思ったことがあるから、おそらく平均よりは気づける方なのだろう(残念ながら女性に対しては、まったくその能力が欠けているようだが)。
かといって、最近は芸能人もカミングアウトするようになったHSP(非常に感受性が強く敏感な気質もった人)というわけでもない(人疲れする部分は若干、その症状なのかもしれないが)。
いずれにしろこの「気づいてしまう」ことは、今まではさまざまな面のメリットではあったのだが、今のような年齢や立場になってくるとデメリットというか、ちょっと邪魔な能力になってきつつある。

◆会社での気づき
仕事面はもちろん、自分たちが散々言われてきた服装や整理整頓など、いろいろ気になる。
ただ管理職だった時と違い、気づいても知らないふりをしているが、そのうちに上層部から「激震的注意」が落ちてくる。
でも直接怒られるわけじゃないし、自分たちの部署でないと関係ない顔をしている人たちが多く、結局部門として「襟を正す」ことはしないので、いつまでたっても「緊張感」が生まれない。

◆生活の中での気づき
住んでいるマンションの「ゴミ出しの日」に、カラスや猫除けのネットが設置されていても、誰も被せずにゴミを置いていくし、自転車置き場に「スコップやいろんなガラクタなど私物」を積んでいたり、もういろいろ気づいてしまうのだが、あまり荒立ててもいけないなぁと何も言わないようにしている。
通勤中の自転車でも、何度も書いてきたようにスマホ見ながら歩いたり自転車で向かってきたり、本当に怖い思いもするが、これも怒りたいのを我慢して、こちらが注意して避ける。

こんなふうに数え上げればキリがないが、ふと振り返ると、自分が10~20代の頃にもきっと先人たちも「我慢して気づかないふり」をしていてくれたのではないかと思う。
「まぁ、若いから仕方ないよ」とか「そのうちに自分で気づくようになるよ」と実に暖かい目で見守っていてくれたのかと、この年齢・立場になって思うようになった。
ただ願わくば「気づいてしまう」のではなく「気づかない能力」を身に付けたいものだ。
そうでないと「気づいているけれど、気づかないようなふりをする」というあまり心身に良い状態ではないことを続けるのは、なかなかしんどい。
これを続けていると「切れる老人」になってしまいそうな気がするから。

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2021年6月14日 (月)

変化する流れに付いていくことが必要な人たち

今年は「東日本大震災から10年」「熊本地震から5年」という区切りの良い年(変な言い方だが)なのだそうだ。
3月くらいに、その熊本地震をきっかけに「余震」という表現は使わなくなったという記事をネットで読んだ。20210614
たしかに熊本地震は1回目より2回目の方が大きく被害も甚大で、あとから「2回目の方が本震だった」というような発表があったような記憶がある。
余談だが、あの時夜中にスマホから連続して警報が鳴り響き、寝られなかったことを思い出したが、それくらい大規模な群発地震だった。
その経験から2ヶ月後には「同規模程度の地震」という表現になったということだ。
その記事を読んで、そういえば天気予報でも気圧の表現を「ミリバール」から「ヘクトパスカル」に変わり、最初は違和感があったが最近は慣れてしまったことを思い出した。

そこから「ずっと昔のままの考え方や判断で生きてはいけない時代」という考えが巡り始めた。
例えば身近なところで言えば、わが社の経営層。
ちょっと難しい話だが「ガバナンスコード」というものがどんどん厳しくなっている。この「ガバナンスコード」の話をすると長くなるのでやめておくが、簡単に言えば「ちゃんと会社の情報を開示しなさい」「経営責任を明確化しなさい」ということだ。
それに投資家が企業に求めることも「売上と利益」だけでなく「これからあなたの企業は、どこに向かおうとしているのか」といった戦略や社会的な意義になってきている。

こう書くと「そんなことは、一部の大きな企業だけだ」と思うかもしれないが、残念ながら違う。
「自分くらいの規模の企業は関係ない」と思っているところが、不祥事を起こし近年ニュースになっている。
私が勤めている会社も全く同じで、取締役と執行役員の区別がついていないとか、ガバナンスコードで求められていることが理解できていないとか、「トップがこれじゃあ」と思うことが多い。
50代に本格的に取り組んだ「CSRレポート」とか「統合報告書」などの案件に携わったことで、このような話は理解できるのだが、おそらく今の企業を取り巻く状況をしっかり理解できている社員は、わが社では数人だと思われる。
このような状況は、かなり大きな会社でも経営企画や総務などの部署にいる人は分かっているようだが、経営層でも分かっていない人が見受けられる。

少し注意すると「パワハラ」と言われ、芸能人もちょっとした言動で「大炎上」する時代。
「面倒な時代だ」「昔はこうだった」と私などもつい言ってしまうのだが、若い世代からすれば「時代に付いていけてない」と感じているわけで、やはり定年というものは良い区切りなんじゃないと最近は思ってしまう。
もう経営層も「付いていけない人」はいつまでもその場所にしがみ付かずに早く後進に譲ることが「良い経営者の条件」になっている気がする。

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