2019年4月15日 (月)

便利なのか?不便なのか?

この「nobulog」も、早いもので、始めてから10年以上続けてきている。20190408
これはNiftyの「ココログ」というサービスを利用しているが、先日システム・リニューアルがあった。
事前に案内はあったので知っていたが、いきなりトラブルが発生した。
いつも、登録したあとに日時を設定してタイマーで公開されるようにしている。
ところが、その時間が過ぎても公開されていない。
「おかしいな」と思い、ログインして少し操作をしたら無事に公開された。

このようなトラブルが起きるたびに思うことがある。
30年前に初めて「ワープロ」に触ったが、今の世の中は「デジタルなし」の生活が難しくなっている。
スマホにPC、ガラケイと言われるものでもネット接続が可能になり、「ネット経由」というものが特別なことではなくなっている。

そしてより便利に、より安全に使えるようになるために「リニューアル」「アップデート」と言うものが行われるが、そのたびに「憂鬱」な気分になる。
今、一番頭が痛いのは会社で使っているWindowsだ。
現在のOSはWindows7なのだが、Microsoftのサポートが今年で終了することになっている。
これは「今後、安全性は保証しませんよ」と言っていることと同じなので、OSそのものをアップデートしなくてはいけない。

私のPCは、導入時に「Windows10」のアップデートサービス付きだった。
だからOSを入れれば良いだが、単純なOSアップデートではなく「初期化」したうえで、Windows10をインストールしなくてはいけない。
これが結構、手間がかかる。

データのバックアップはもちろん、インストール後もデータ互換性の確認やアプリの不具合、プリンタやサーバとの接続状態など、今までと同じように使用できるか確認することが盛り沢山だ。
そうなると日々の業務が忙しい時などは無理だ。
1~2日くらい少し空いた時期でないと、なかなか難しい。

こんなことは、デジタル機器を使わなかった時代にはなかった悩みだが、PCにしてもスマホにしても2~3年に1回くらいは大掛かりなアップデートがある。
そのたびに「憂鬱」な気分になる。
確かにデジタル機器が生活の中に溢れ、仕事も遊びもまったく行動が違ってきて、すごく便利なことが増えた。通販なんかは、その筆頭だ。
いろいろ問題はあるが、ネットで注文すれば当日もしくは翌日には届くし、単身住まいには嬉しい日時指定もできる。世界的に見ても、アマゾンなど通販企業が経済を席巻しているということは、それだけ世界中の人が「便利」と感じている証拠だろう。

けれど、このようなアップデートなどによりトラブルに見舞われると、いったい「本当に便利になっているのかなぁ」と疑問が頭を過ぎる。
とは言え、近々アップデートをしないといけないなぁとタメ息をつく毎日である。

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2019年4月 8日 (月)

新元号「令和」発表騒動

子どもの頃、こんな体験をすると思わなかった。20190408_4
私はもちろん「昭和」生まれなのだが、「昭和」という時代はとても長かった。
昭和天皇が崩御される前に「次は何という元号になるんだろう」と話したことを覚えている。
そして「平成」になった。
「人生の中で新元号発表の瞬間を味わえると思わなかった」
とあの時は思ったが、それが2度も体験するなんて、想像もしていなかった。

そのおかげで、前回の「平成」発表との違いをとても感じることができた。
前回は「天皇陛下崩御」という日本全体が悲しみというか喪に服している最中だった。
今回は「生前退位」となったため、雰囲気からして違っていた、
まず今回のように、テレビで「〇〇時代を振り返る」とか「新元号予想」のような浮かれた番組がなかった。

さらに新元号が「令和」と発表される時も、細かくスケジュールを発表し、テレビもネットもSNSもフル稼働した。私も会社のネット経由でライブを見ていたが、発表が近くにつれ、ネットのスピードが落ち、視聴が難しくなった。
そして「令和」と発表された途端、同じ漢字の名前の人や、地名にはないとか、国内だけでなく海外の企業名まで「関連づけ」て記事にされていた。

この現象を見ていて、「昭和から平成」に変わった時とは随分違っていると感じた。
その1つは、先に書いたように前回は「崩御」を受けての改元だったが、今回は「生前退位」による改元で、どこかで少し「お祝いムード」の感じがあった。
会社でもそんな話が出て「これなら生前退位も良いよねぇ」と言う人もいたが、歴史を見てみると「権力の二重構造」を生む場合もあるので、単純に制度化するわけにはいかないだろう。
それはそれで別の課題だけれど、こんな「お祝いムード」で改元されるのは、悪いことじゃないなぁと思った。

もう1「平成」に変わった時と圧倒的に違うのはネットの普及だ。
これも先に書いたけれど、「同じ漢字の名前」「地名」「企業名」などなど、ネット時代得意の「検索機能」をフルに活用して次々ネット上に紹介されていた。
同じような傾向が、次の新聞記事にも載っていて、それを見て「ずいぶん30年前と違うなぁ」と驚いた。
そして次の日には「企業名に『令和』を入れるところが出てきた」のような便乗というか後追いの記事まで紹介されていて、もう「令和」つながりなら何でも記事になるようだった。

私の年齢から見れば、昭和には2つのイメージがある。
子ども頃は、まだまだ「戦争」に関連する議論が高く、その後「高度成長」につながり国も街も豊かになった。
平成は「災害の時代」と言われるが、今回の改元発表騒動を見ていると「ネットの急激な進歩」も特徴的な側面だろう。
さて、来月から始まる「令和」はどんな時代なのだろう。
個人的には「老後の時代」になることは間違いない。

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2019年4月 1日 (月)

訃報 萩原健一

今日から新年度、そして今日のお昼には新元号が発表される。
いよいよ平成の最後の時期になってきた。

そんな時に第一報は、風呂上りにTVを点けたときだった。 20190401
いつもはそんなことをしないのに、たまたまTVをオンにしたら、このニュースが流れていた。
「ウソッ」
これが、最初の感覚。
そのあと、私が高校時代の頃が、走馬灯のように思い出された。

「萩原健一」「ショーケン」と呼ばれるこの人は、私の同世代から見れば
「片島三郎」であり「あにき」であり「マカロニ刑事」であった。
特に「片島三郎」は、強烈である。
これは「前略おふくろ様」の役名。

今のようにネットのない時代だし、ビデオ録画もない時代だったので、毎週放送を楽しみにして、その時間に合わせて宿題をやっていた。
そして、学校に行くと「かすみちゃんが、こうだった」とか「半妻さんが、どうだった」とクラスでわいわい話したものだ。
私の同級生の中には「前略おふくろ様」に刺激され、調理師になったやつがいる。

「傷だらけの天使」も我々世代には強烈な印象だった。
水谷豊が「あきら」と呼ばれ、軟弱な若者で、いつも「あにき~」と言っては萩原健一演ずる「おさむちゃん」にくっついていた。
このドラマは、おしゃれだったし、型破りだったけれど、一番カッコよかったのはオープニングだった。

この2つのドラマは、書き出すと停まらないくらい想い出がたくさんあるし、今だってYouTubeに載っていたり、スカパーで放送されたり、時にはパロディになったりするくらいインパクトのあるものだった。
音楽も演出も脚本も周りの役者もスタッフも、すごく良かったし、贅沢な創りだったが、やっぱり萩原健一の魅力が、私たち世代を魅了させたのだろう。

破天荒でいろいろな事件も起こしたけれど、今の奥さんと出会ってからは平穏な人生のようだったし、何より私たち世代の青春時代を、楽しく彩ってくれた彼に、ありがとうと言いたい。

合   掌

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2019年3月25日 (月)

撮影できる浮世絵展に行ってきた

先日「特別展 挑む浮世絵 国芳から芳年へ」に行ってきた。
20190325
このような展覧会は、普通なら土日に出かけるが、ちょうどマンションの電器検査立会いもあり、平日に有休を取って行ってきた。
事前にHPで確認したら、この展覧会なんと「撮影可能!」
ただし以下のような注意書きが掲載されていた。
 
◎展示作品はすべて撮影OK!
本展の展示作品はすべて撮影いただけます。撮影にあたっては以下の条項をお守りください。
他の来館者の鑑賞の妨げにならないよう、ご注意ください。
他の来館者が映りこまないよう、ご注意ください。
シャッター音や周囲にご配慮の上、長時間の撮影はご遠慮ください。
会場の状況によっては撮影をご遠慮いただく場合がありますので、ご了承ください。
本展の展示作品は額装されているため、ガラスによる反射・映りこみがあります。
フラッシュ、ライトの使用は禁止。
動画の撮影は禁止。
三脚や一脚、自撮り棒等の使用は禁止。
その他、作品の保護・安全のため、当館の指示に従ってください。
 
◎撮影した画像の使用について
画像の使用は私的なものに限ります。それ以外の用途での使用は固く禁じます。
Webサイト・ブログ・SNS・電子メール等での掲載は個人での使用に限ります。
営利目的での使用は固く禁じます。
投稿や公開等の際、来館者の肖像権に触れる場合があります。ご注意ください。
画像掲載による第三者とのトラブルに関して当館では責任を負いかねます。画像の取り扱いにくれぐれもご注意ください。
 
まぁ、仕事柄、知的財産権のことは普通より詳しいので、「至極当然の注意点」と言えるのだが、普通は「撮影不可」が当たり前なので、楽しみにして行ってきた。
 
国芳は何度も見ているが、「撮影可能」は初めてで、前述のように行ったのは平日。なのに結構混んでいる。どうも最近は「江戸絵画」は人気が高く、なかでも有名な作家による「浮世絵」は大人気だ。
「北斎」「若冲」なんてビッグネームの展覧会、ものすごい入場者数になる。
 
会場に入るとさっそく「カシャ」というシャッター音が聞こえる。
これが通常だったら「なんて非常識な!」と思うのだが、今回は違う。
「じゃ、こちらも」なんて思って、スマホを手に持ったが、なにせ慣れていない。
会場係員の人の姿が気になって「そこはダメです」って怒られるのでないかと、最初はドキドキしてしまった。
 
最初に撮影したのは「吉野山合戦」という超縦長のもの。
(ここに掲載したので見てください。クリックすると大きく見えるはずです)
国芳の大判3枚連作のワイドなものはたくさん見てきたけれど、縦に長いのは初めて。
「やっぱり国芳は面白いなぁ」と思いつつ、段々撮影にも慣れてきて「おっ!」と思う作品は、出来るだけ解説付きで撮影した。
 
この展覧会は国芳だけでなく、その弟子たちのものも多く、明治以後のいわゆる「ちょっとグロ」的な作品もあった。
「怖いものは見たくない人は、飛ばしてください」とコースが分かれていたが、「せっかくだから」とそちらのコースもしっかり見てきた。
最近では残虐性の高い事件をネットやニュースで見聞きするせいか、それほど残虐とは思わなかったが、まだ写真や映像の無い時代に、血しぶきが飛び散るような浮世絵は衝撃的だったのだろう。
 
ずんずん作品を見ていき有名な「里すずめねぐらの仮宿」では、一部をズームして撮影してみた。
これは「吉原」の仮宿に冷やかしに訪れる男衆や大籬(おおまがき)越しに見える花魁たちが全部「スズメ」で描いている国芳得意の擬人画だが、いろんなポーズや表情のスズメたちが画面いっぱいに描かれているので、ズームして見るのも楽しかった。
 
気に入った展覧会では、図録集を購入することにしているが、この展覧会のお土産コーナーでは図録だけでなく、手ぬぐいなど多くのグッズが販売されていた。
怪奇ものや洒落ものは部屋に飾るかんじではないが、いかにも国芳らしい「宮本武蔵の鯨退治」の手ぬぐいを買ってきた。
久しぶりに「浮世絵展」を見たが、再雇用の身でもあるので、これからは有休を取って平日にゆっくり鑑賞するのも良いなぁとウキウキしながら帰ってきた。

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2019年3月18日 (月)

「デザイン」の範囲が違ってきた

仕事の関係で、デザイン系の専門学校の課外授業をすることがある。
最初にやったのは20年くらい前で、一時期その学校の「社会人向け講座」を受け持ったこともある。
20190318
そんな流れから、3年くらい前から「ある検討会」に出席している。
詳しくは「守秘義務」があるので書けないが、学科の講師や他の企業の方も出席しての会合だ。
   
私はもちろん「企業側のスタッフ」として出席するのだが、私を含め他の企業の人達がまったく同じようなことを発言した。
それは「ただ絵を創るだけのデザイナーは、もう要らない」ということだ。
「グラフィックデザイン」は、昔は「図案」と呼ばれていて「ビジュアル制作の専門家」という位置付けだった。
 
私たちの若い時代、「グラフィックデザイン」「印刷物制作」にとても近い関係で、プロフェッショナルな領域だった。
しかし、デジタル化が進んだことにより「誰でも簡単に、それっぽいビジュアルができる時代」になった。この系統の話題は、このブログで何度も取り上げたが、ついに「デザインの定義」を見直す時期が来たことを、その会合では実感した。
 
ある企業の方は「とりあえず制作スタッフで入社してもらうけれど、ちゃんと考えることができる人材でないと必要ではない」と言っていた。
あるプロダクションの社長は「パッケージのデザインでも『売り方』とイメージできないと使えない」とも言っていた。
私は、常々会社の中で「ビジネスプランが理解できなければ、デザインとして使えない」と言ってきているが、他の人の発言を聞いていて「やっぱりどの企業も同じことを感じているんだ」と確信した。
 
この変化はとても重要だ。
私自身を振り返れば、学生時代に教科書のスミにマンガばかり描いていて、写真やイラストにも興味を持った。
今だって多くの若い子は「ビジュアル作りが好き」っていう子が多いだろう。
ところが社会は「ちゃんとビジネスが理解できて、考えられるデザイナーが必要」と言い出した。
そうなると「ビジュアル作りが好き」と言う子は、これからどうしたら良いのだろう?
 
グローバルな時代なので、英語がわかるデザイナーがいると良いが、そもそも英語に興味があれば「デザイナーになろう」と思わないだろう。
「デザイナーになりたい」という気持ちと社会から「こんな生徒を育ててほしい」は、大いなる矛盾を生む状態になりつつある。
 
私たちがいる企業も大きな変化にいち早く対応しなくてはいけない時代だが、学校もそうなのだと、そして今は、どの業界、どの分野、どの職業でも劇的変化が起きている真っ只中なのだと感じざるを得ない会合だった。

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2019年3月11日 (月)

選択が難しい高齢者の問題(免許証返納と認知症)

数年前から高齢者のうっかり運転での事故が話題になるようになった。
私自身、まだ60代に入ったばかりの年齢なので、大丈夫だと思っているが、昔に比べれば長距離の運転は疲れるようになった。20190311
一度なんか日帰り温泉の帰りに、高速道路でウトウトしそうになって車線からはみ出し、びっくりしたことがある。
なので、今後もしクルマを買い換えるとしたら、オートブレーキなどのセーフティシステムを搭載しているクルマにしようかと思っている。
 
ちょっと話題が変わる。
私は父母ともに早くに亡くしている。
私が二十歳になった年には、もう両親とも亡くなっていたから、世間的には「かなり早くに」両親を亡くしている。
ただ今この年齢になってみると「親の介護」で悩まなくて済んでいる。
 
いつだったか兄貴とそんな話をしたが、大抵50代くらいになると皆、「介護問題」にぶつかるが、おかげさまで、それはない。
なんて思っているうちに、今度は自分が「介護される」年代が徐々に近づきつつある。
 
ある時、会社でこんなことが話題になった。
「義父が75歳以上になったので、親戚や周りから『免許証返納した方が良い』と勧められて返納したら、外に出かけなくなり、あっと言う間に認知症になった」
そんな話をする人がいた。
 
その方は定年後も毎週、クルマで喫茶店に出かけ、昔の仕事仲間と談笑していて、免許証返納後も「電車行けば良い」と周りは勧めたそうだ。
でも、いつもクルマで動いていたからか「電車に乗ってまで行くのは」と行かなくなってしまったとか……。
 
また、ある人は「身体が健康なうちは働いた方が良い」というが、定年・還暦を越えてくると「そろそろのんびりしたい」というのも本音だ。
ただ朝起きて「今日は何しようか?」なんて思うような日を繰り返すのは嫌だ。
 
さらに今みたいに思いついて「クルマに乗って日帰り温泉」なんてことも、免許証返納したら出来ない。
そもそも自然に囲まれた日帰り温泉なんて、公共交通機関なんかで行けないところが多い。
 
じゃ、ずっとクルマの運転できるかと言えば、冒頭に書いたようにいつまでも若いときのように運転できるわけじゃない。
そして「危ない」と言って免許証返納したら、「出不精」「家にこもりがち」になって認知症になってしまう。
どっちを選択しても、異なる心配事が頭を駆け巡る。
まだまだ先のことだけれど、選択の難しい問題だ。

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2019年3月 4日 (月)

再雇用者にこんなに頼ってて大丈夫か?

もう3月になった。
来月になると4月で新しい年度になる。20190304
さらにその次の月には新元号になる。その影響と関係ないだろうが、今年の1~2月は信じられないくらい忙しかった(正確には、昨年12月中旬くらいからだが)。
理由はいろいろあるが企業内の事なので、あまり詳しく書かない。
 
再雇用者になって、所属する部門のほかに経営部門(総務とか人事とか経営企画とかがある部門)の業務を手伝うようになった。
管理職だった頃も、年度末は忙しかった。
新年度の組織編制や予算、さらに部門や部下の目標設定など、いつも気がつくと3月末になっている状態だった。
役職定年になって、その業務はなくなったが、今度は経営部門を手伝っているので、やっぱり年度末はとても多忙になった。
 
経営部門の業務を手伝うと言っても、本格的に経営業務に携わるのではなく、必要となる資料やツールなどを作成することが主な業務だ。
現役時代に、お客様の広報的なツールを主軸に企画をやっていたので、そのノウハウが活かせるし、組織的にも多くヘルプできていると思っている。
それは、それで再雇用の必然性に繋がるので、個人的にはありがたいと思っている。
 
が、しかし……。
今年の年度末の忙しさを思うと「再雇用者にこんなに依存していて、良いのだろうか?」と感じてしまう。
経営部門の各部から2件ずつくらい依頼があって、それが3つの部署からあると、もう堪らない。
さらに、そのほとんどが「自分たちではどうしてよいか分からないので」と相談レベルからやってくる。
で、「こんな感じ」と説明してあげて、自分たちでやるのかなぁと思っていると、結局良く理解していなくて、全部私がやってあげることになる。
 
他の業務が満載でとても手が回らないのは分かる。
そして、難しいので私にヘルプが来るのも分かる。
でも、自分がやらないと次から困るのではないだろうか?と思いながらやっている。
結局「そのうち自分がやらなくっちゃ」と思っているわけでなく「やれる人に頼めば良い」「やれる人がいなくなったら、出来ませんって言えばいい」と思っている気がする。
 
私自身「分からないけれど、試しにやってみる」を繰り返して、いろいろなことが出来るようになったり、分かるようになったりしたが、「試しにやる」ことをしないのなら、きっとこれからもずっと「できない」ままで済ませていくのだろう。
私の会社には同じ世代の「再雇用世代」が結構な数いる。
でも、その世代が本当にリタイヤしていなくなったら、「これは当社ではできません」ということがどんどん増えていくのではないか?
再雇用者が要らぬ心配をした年度末であった。

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2019年2月25日 (月)

「働き方改革」は、大丈夫なのか?

先週、TV(具体的に言えば「ワイドなショー」)を見ていた「働き方改革」の影響について、とても身近な感じで話しているのを聞いた。
例えば、こんな感じだ。20190225
 
・長時間のロケ撮影だとマネージャーを交代しないといけない
・同じく長時間だと、制作や撮影スタッフが途中交代しないといけない
・アナウンサーも残業時間のチェックを頻繁にする
 
そもそも、長時間拘束されること自体が大きな問題で、それを「改善」しようというのが「働き方改革」の狙いだというのは、とても分かる。
「働き方改革」が声高に言われるようになったのは、例の「代理店の社員の自殺」が発端だ。
このことに関して思うことは、何度かブログで書いてきたので省くが、単に「長時間残業や勤務をやめましょう」って話じゃない。
 
さっき挙げたようにマネージャーやスタッフを交代しなくちゃいけないってことは、それだけ多くのコストが必要になるってことだ。
これは、実はどこの企業でも起きる問題だ。
ウチの会社でも、もう何年も前からこの問題に頭を抱えている。
仕事柄、やっぱり残業が多い。原因は、お客様からの原稿が遅れたとか大幅な修正が入ったとか、まぁお客様側の都合が多い。
それを「社内努力」と言う名の「長時間残業」「休日出勤」で何とかしているというのが現状だ。
 
これを「働き方改革」と言う名のもと、「長時間残業」「休日出勤」を禁止したら、どうなるか。
「そのような対応はできません」とお客様に断りを入れれば、二度と仕事をいただけなくなる。
だから、二交代・三交代シフトにして人員を増やすとなると、今度は「コスト高」になるから、これまた「企業の利益」が少なくなる。
「企業の利益」が少なくなると、「企業の継続が難しくなる」「社員の給料を下げる」しか方法がない。どっちにしても企業で働いている人には、「うれしくない」話になりそうだ。
 
今の「働き方改革」の論調は「長時間労働させる企業が悪者」的な感じだけれど、じゃあ多くの人員を抱えて、日本の企業全体が「コスト高」になり、世界マーケットに対して「競争力の無い企業」になってしまうってことになるのは、想像に難しくない感じがする。
他にも「女性活躍推進」のために「産休・育休制度の充実」「時短勤務の充実」などなど、制度の充実化が進んでいるが、これも「人件費が膨らむ」要因になる。
 
今までのように月に「100時間以上の残業」とか「何日も休みなく働く」ことが良いこととは思わない。
でも、この「働き方改革」も行き過ぎてしまうと、「企業の競争力」減少という元も子もなくなる結果になるんじゃないだろうか?
若い頃のように「ああ、休みが欲しいなぁ」とか「早く帰りたいなぁ」と単純な一面的な見方だけでなく多面的に企業を見られる年齢になったからこそ、感じる根本的な課題だと思う。

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2019年2月18日 (月)

盛り上がったガンダム THE ORIGIN

偶然だが、ちょっと先週の続きのような「オタク的な」話題。
 
20190218「ガンダム」という有名なアニメがある。
初めて「ガンダム」という名前を聴いたのは、デザインの学校に行っていた頃なので、もう40年くらい前だ。
今年「ガンダム誕生40周年」ということだから、記憶に間違いはない。
ただし、私はデザイン学校のクラスメイトが、そんな話で盛り上がっていたが、観ていなかったのでよく分からなかった。
 
その後、社会人になって再放送を観てハマった。
何しろ私の世代だと「ロボット」と言っていたのに「モビルスーツ」とカッコイイ言葉に変わっていたし、「ニュータイプ」とか「スペースノイド」とか、とにかくカッコイイワードが次々出てくる。
そして設定自体もそれまで観ていた「正義の味方vs悪者たち」ではなく、特に敵役側のメカがカッコよく、なかでも「シャア」は、敵ながら一番人気があったのではないか?
 
それに「セリフ」も、なかなか味があった。
「親父にも打たれたことないのに」
「連邦軍のモビルスーツの性能とやらを」
「僕が一番ガンダムを上手く操れるのに」
と、なぜか印象に残るセリフが多いのも、この「ガンダム」の特徴だ。
 
その後、シリーズ化され今でも「ガンダム○○」という名で続いている。
さすがに最近は全く観なかったが、昨年あたりYouTubeに「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」という動画がアップされているのを観た。
最新のCGでモビルスーツや艦隊戦を描いたアニメは、その動きと品質に久しぶりに「カッコイイ」と思っていた。
 
この「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」は、全6本で構成される劇場公開ものだ。
「いつか見たいなぁ」とぼんやり考えていたら、年末の「スカパー!」ガイドブックに「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 全シリーズ一挙放映!」の記事を見つけた。
「これは録画しなければ」とさっそくチャンネル契約し、お正月休みにずっと見ていた。
あまりに面白く、会社でうっかり前の席の本部長に話したら「見せて欲しい」と頼まれた。
 
彼は私より10歳年下。完全な「ガンダム世代」だ。
ただそれまで「ガンダム」の話題を話したことはなく、そんなに好きだったと思っていなかったので、今回の「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 全シリーズ一挙放映!」はしなかった。
自分の保存のブルーレイに焼いていたので、それを貸すと「メチャクチャ面白い」と言ってきた。
その後、彼は同じ部の副部長と営業本部長と3人で飲みに行って、ずっとその話で盛り上がったそうだ。
 
「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」はとても良く出来ていて、初代「ガンダム」が好きな人には堪らないキャストが出てくる。
「ランバ・ラル」「クラウレ・ハモン」が出たかと思うと「ララァ・スン」「フラウ・ボゥ」「カイ・シデン」そして最後には「カツ、レツ、キッカ」まで出てくる。
私のブルーレイディクスは、そんなわけで今、次々人の間を回って観られることになったわけで、予想しない盛り上がりとなってしまっている。
 
そんな中、4月からNHK総合テレビで、「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」を再編成して放送されると聞いた。これはこれで、また観てしまうのだが、コンテンツのデキが良いと、40年経っても活かされるものなのだと思い知らされる出来事だった。

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2019年2月12日 (火)

トクサツガガガは「あるある」ドラマ

番組の宣伝を見てちょっと興味を持っていた。
ただあまり「ドラマ」を観ない方なので、どうしようかなぁと思っていた。
TVドラマは最近まったく観ない。
理由はいろいろあって、ここに書けるほど「これ!」という理由があるわけじゃない。
ただこの「トクサツガガガ」は、「トクサツ」と言う言葉で興味を持った。
20190211
 
もっとも私の好きな「トクサツ」は、年齢的に「ゴジラ」「ガメラ」とか怪獣ものが主流で、戦隊ものが流行り始めた頃には大人になっていたので、興味を示さなかった。
しかし番組の宣伝を見ていると「心に秘めた何かハマッている人」には、響く内容に思えた。
そう思っていたが第1回の時には、うっかりしててチャンネルを変えた時には「トライガーの君(ドラマを見ている人には分かるはず)に地下鉄で出会い、目と目とで分かり合えるシーンだった。
 
「これは面白そう」と思い、第2回からは録画してみることにした。
観るまで知らなかったが、このドラマは私の住んでいる街のNHKが制作していて、ロケがこの地方で行われている。
だから、第2回に出てくる「ヒーローショー」は、有名なスポットだったり、商店街も「ああぁ、あそこだ」と場所が分かるのも個人的には楽しめる。
 
しかし、この「トクサツガガガ」の最大の面白さは、何かにハマッている人たちの「あるある」だ。
私自身、この主人公のように内緒にしていたわけではないが、先に挙げたように「怪獣的な特撮」が好きだ。
北代さんじゃないが(これもドラマを見ている人には分かる)声高に言うことでもないと思っているので、会社でその話題を人に話したことはなかった。
ただ、どんなきっかけだったか忘れたが、10歳以上年下のある社員と、その分野について話すようになった。
 
それからどのくらい経ったか覚えていない。
私とその社員と「例の」と言った調子で分かる人にだけ分かる符丁で話していたら、後日さらに年下の社員が「もしかして、あちらの方?」とこれまた符丁で尋ねられ、盛り上がってしまった。
私を含めたこの「怪獣的な特撮ファン」は、私が一番の年長者、そして10歳下、15歳くらい下と年齢差がある。
私以外の二人からすれば、私は「創世記のゴジラをリアルタイムで観た人」と一目置かれる立場なのだが、これも「オタク」の中だけで、通じる価値観だ。
 
「トクサツガガガ」で言えば「吉田さん」的なポジションなのだが、私自身「吉田さん」のように「良い年齢して」と迷ったことはない。
なにせ私の2歳上に、もっと詳しい友人がいて、昔は古いゴジラ映画を見ながら「ああだ、こうだ」と夜中に語り合ったものだ。
これを他の二人に話すと、「羨ましい」と言うが、これも「オタク」のあるあるだ。
 
こんなふうに「トクサツガガガ」には、分野がイロイロ違うにしても何かにハマッている人(あえて、オタクとは言わない)たちにとって、とても「あるある」なシーンや言葉が次々出てくる。
最近NHKは「チコちゃんに叱られる!」「トクサツガガガ」のように、以前のNHKでは考えられないような番組がどんどん出てくる。
そして、制作費が豊富にあることもあり、どれもなかなか良質なデキだ。
まずはこの「トクサツガガガ」は、今のところ楽しみな番組の一つとなっている。

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2019年2月 4日 (月)

変化の時代、真っ只中

再雇用とはいえ、まだ企業の一員でいるからだろうか?
2~3年前から「ものすごく大きな変化の時代になっている」と感じることがある。
 
20190204
すごく大きな目線で言えば「トランプ大統領」で有名になった「○○ファースト」とか「イギリスのEU離脱」のような自国優先的な出来事だ。
ほんのちょっと前には「グローバリズム」とか「世界は1つだ」みたいな流れだったのに、あっと言う間に変化してしまった。
 
日本も「昭和」から「平成」、そして今年5月は、新元号となる。
もうちょっと生活に近い話だと自動車の「自動運転」
ちょっと前まで「まだまだ実現は遠い未来」と思っていたが、どんどん現実的になりつつあって、本当に近い将来には「高速道路での自動運転」が実現しそうだ。
それに「通販ビジネス」の拡大だ。なんとかタウンの○澤社長のことが、よくネットニュースに出るが、そのことは別にして、無理だと言われていたファッション系の通販ビジネスの成功など、今や「ネットで買えない物はない」と言う感じだ。
そうそう、そんな時代なのに消費税アップ時の景気刺激施策として「ポイント還元」を提唱したら、どこかの野党の人が「カードを利用するのは裕福な層の人達で、金持ち優遇施策だ」と言っていたのには、笑った。これだけズレた感覚で堂々と話してしまうようじゃ、今年も野党には全く期待できない。
 
あと「Eスポーツ」なんかも、ある。
私のように古い感覚からすると「体を動かしていないのに、スポーツって言えるのか?」と思ってしまうが、こんな感じで言葉の「定義」自体もどんどん変化してきている。
そんなふうにちょっと前では想像できないほどのスピードと規模で変化しているし、その範囲もあらゆる分野で起きている。
 
私の勤めている会社だって、今までの基幹事業はずいぶん前から「斜陽」となっており、もう待ったなしで「ビジネスモデルの再構築」をしないと厳しいところにきている。
そんな時期に「社長交代」のビッグニュースが飛び込んできた。
ただ「社長→会長」「副社長→社長」のスライド人事なのだが、それよりも私と同年代人達が部長とか役員としている部署は大変だ。
 
今まで「頼りにしていたり」「文句を言っていたり」して上の層がごっそりいなくなる日が、カウントダウン的に近づいている。
私の部署は、私のあとの世代がいてくれたので、うまくリタイヤ移行できているが、下が頼ってばかりしていたところは大変だ。
なのに、まだまだ「大丈夫」と思ったり「無理だって」と言っている下の世代を見ていると、「おいおい」と思うが、まあ彼らはそうなった時に、頑張るだろう。
最初に書いたように、大きな大きな変化が現在進行中だ。
 
この変化がどう落ち着くか分からないが、振り回されることなく、だけど変化についていけなくなるようなことはないように、日々を送っていかなくちゃいけない。

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2019年1月28日 (月)

悩める3世の正月

このブログも長い。20190128
3世が生まれたのは2009年で、もう10年になる。
だから3世は今年5年生になる。
とは言え、3月生まれなので、身体は小さいし、細い。
今の体型からは信じられないが、私自身も高校1年生まではクラスで一番小さく、超ヤセポッチだったから、そんなに心配していない。
 
3世はとても優しい子だし、身体が小さいことも影響してか引っ込み思案だ。
そんなことも気になっていたので、以前には少し怒ったり、ちょっと乱暴な言葉で「クソ坊主」なんて呼んだりしてみた。
そうしたら、ある日娘から長文のラインが来て苦情を言われた。
 
彼女自身もまもなく思春期に差し掛かる男の子を持つ「母親」として、時に、どう扱って良いか悩んでいたらしく、その思いをぶつけてきた。
その気持ちに対して、私も素直に謝ったし、さらに「こちらもジイジとして、どう対応していこうかって悩んでるよ」と伝えてあげた。
 
そんなことが昨年あったので、今年の正月は上の3世を出来るだけ中心に遊んであげた。
イオンで「カードゲームが欲しい」と言うので、レジに行くと店員が「1セットで良いの?」と聞かれた。
こちらは意味がわからなかったが、セットによって内容が違うらしく、3世に聞いたらとても遠慮がちに「じゃあ、2セット」と言ったので「正月だから良いよ」と買ってあげた。
娘たちに寄ると「すごく嬉しそう」と言っていたので、本当に欲しかったものだったのだろう。
その後、私が本屋に行きたかったので、一緒に連れて行って「本は要らないの?」と聞くと「コロコロコミックが欲しい」と言ったので、「まぁ正月だから良いよ」だし、たまにしか会わないから良いかなぁとも思っていた。
 
その後、家に行き、3世の姫とともに一緒にゲームをした。
TVでCMしてる家族4人で遊べるゲームを持ってきてくれて、最初は分からなかったが、一緒になって夢中で楽しめた。
夜になって「焼肉が食べたい」と言うので、近くのチェーン店に娘がアプリで予約して出かけた。
 
ほんのちょっとのクルマの移動の間に、姫の方が寝てしまい、最初は娘と王子と3人で席に着いた。
そこでほんのちょっとしたことで王子が「自分の殻」に閉じこもり、約30分間ご飯も食べずに、最後にはメソメソ泣き出した。
私と婿がイロイロ言ってもダメで、娘が何度か話し「じゃあ、ママと食べよう」と言ったら、やっと食べ始めた。
 
「ママに甘えたいし」「妹がいるから我慢しなくいけないし」「でも、もう5年生になるからしっかりしなくちゃいけないし」と、いろんな感情が混じっていたのだろう。
彼は今、一番悩ましい時期なのかもしれない。
そんな王子を見ていて、私だったら「もう勝手にしろ」と怒ってしまいそうだったが、娘は我慢強く王子を導いていた。心底、「エライなぁ」と感心した。
その後ラインで、、私は「エライと思ったよ」と伝えると、娘は娘の悩みと不安を教えてくれた。
子供が出来ると「親として成長」させてくれるが、3世ができると「ジイジとしての成長」「子供が親として努力している姿」を学ばしてくれる。
そんなことを感じた正月だった。

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2019年1月21日 (月)

ついて来る世代を見て想う

20190121 再雇用となって、1年半を超えようとしている。
おかげさまで、それなりに会社からは必要な人材と思われているようで、いろいろな相談や作業を頼まれるし、現役の頃から続いている仕事もまだ携わっている。
 
ただし、もう役職者でもないし、いわゆる上司や部下がいる組織的なポジションでもない。
「本部付け」で本部長直轄(というか本部長の愚痴聞き)という気楽な場所にいる。
とは言え、業務している部屋には、ある組織が中心となって活動しているため、そのミーティングの模様を見聞きする。
 
その模様を見るとも聞くともなくしていたら、ある時吉田拓郎の「ローリング30」を思い出した。
この曲は、このブログの初期の頃、今から11年前に「Favoritesなもの No.2」 で紹介したガ、その時よりも歌詞の意味が実感として感じられている。
 
Rolling30 動けない花になるな Rolling30 転がる石になれ
 
過ぎ去った過去は断ち切ってしまえ 青春の長さ測るものはない
身体より老けた心など持つな 流れ行く時にさからって泳げ
自分のカラを突き破り 愚かな笑顔など見せるな
 
振り向いた昨日に恥じないように 仰ぎ見る明日に恥じないように
Rolling30 動けない花になるな Rolling30 夢吹く風になれ
Rolling30 Rolling30
 
 
なまぬるい日々に流される者よ 俺だけは違う身を切って生きる
三叉路があれば石ころの道を 躓いた痛みバネにして歩け
心の汗も流さずに やさしさなどとお笑いぐささ
 
ついて来る世代に恥じないように 届かない世代に恥じないように
Rolling30 動けない花になるな Rolling30 飛び立つ鳥になれ
Rolling30 Rolling30
 
この歌詞を噛み締めながら「次の世代」には「一言だけ」のアドバイスを、そして「次の次の世代」に対しては「黙って見守る」ように、さらに「その先の世代」には「おじいさんの昔話」と分けながら、「ついて来る世代に恥じないよう」に60代を生きていこうと思っている。

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2019年1月15日 (火)

沢田研二のすごさ

昨年、変なふうに話題になってしまった「沢田研二」
 
20190115
私の年代だと「タイガース」時代から知っている人だが、ソロになってからも今風に言えば「中性的な魅力」で人気のあった歌手だ。
 
あまり良くないことで話題になったが、その影響で「インターネットラジオ」でちょくちょく曲がかかるようになった。
このブログでは、ちょくちょく昭和の歌謡曲が良かった話題を出すが(年齢的にどうしても懐古的になってしまう)、「沢田研二」はそのなかでも珠玉だ。
 
「どんな曲があったっけ?」と思ってYouTubeを見て驚いた。
普通はMP3の音源だけのものが多いが、やっぱり沢田研二ことジュリーは、昭和のTV歌謡曲の申し子なんだろう、TV放送からの動画が数多かった。
 
いくつか聴いてて「ああ、こんな曲もあったなぁ」と思っているうちにCDが欲しくなって、楽天で見ていたら「沢田研二 A面コレクション」を発見。
「こりゃいいや」と買ってしまった。
 
届いて、ちょっとワクワクして聴いたら「おお、そうそうこの曲もあった」「今、聴くと良い曲だなぁ」と、まぁ還暦過ぎたオッサンなので、超懐古的に喜んでしまった。
そして、いくつかギターコード譜を入手して、唄ってみたら、意外と難しい。
さらに、音域が広かったりする。
 
沢田研二は、ぜんぜん楽そうに唄っているので気づかないが、やっぱり昭和の歌い手はスゴイ。
音域が広くても何ともない顔して唄。
バックオーケストラがいても、モニタースピーカーやイヤホンがなくても音は外れない。
この辺りの人たちを聴いた後に、AKBとかTVで唄っている姿を見ると、もう幼稚園の学芸会レベルだ。
 
「危険なふたり」「時の過ぎゆくままに」
「勝手にしやがれ」
「憎みきれないろくでなし」
「サムライ」
「ダーリング」
「カサブランカ・ダンディ」
「立ちどまるなふりむくな」
「OH!ギャル」
「TOKIO」
などなど記憶にあった曲は、改めて聴いてみて「いいなぁ」と思っていた。
 
「君をのせて」
「あなただけでいい」
「追憶」
このあたりの曲は「おお!そういえばこんな曲あったなぁ」と喜んだ。
さらに「背中まで45分」は井上陽水として聴いていたので、「これって沢田研二の曲として出ていたのか!」と発見させてもらった。
 
最後に、YouTubeで見つけたけれど、購入した「A面コレクション」に入っていなかった「あなたに今夜はワインをふりかけ」がなかったので、ダウンロード購入した。
こう振り返ると、昔はただでTVで良い曲を聴いていたんだなぁ。
 
 

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2019年1月 7日 (月)

年末に見たNHK番組2本

新しい年になったが、話題は昨年末というか12月初旬に見たテレビのこと。
昨年の1月のブログを見直したら、同じように年末番組の話題を取り上げていた。
やっぱり年末は少し時間があるし、TV局(といってもNHKが多いが)も良い番組を年末年始に出してくる影響だろうか?
20190107
 
●アナザーストーリー
 ~運命の分岐点。衣笠祥雄
私世代の人間だと「赤ヘル軍団」とか「連続試合出場記録の鉄人」とかいう言葉が最初に浮かぶ人だ。
ただ、この人の野球人生を詳しく知らなかったので、入団するまで、そして入団当時の様子など初めて知ることが多かった。
 
それまで、真剣に野球に取り組んでなかった衣笠さんに対し、根本監督から「お前、プロ野球選手やんな?何売れるの?」と言われて、初めて自分自身の力を見直すきっかけになったエピソードは、野球選手に限らない「深い言葉」だった。
 
野球選手じゃあなくても、これを聞かれて答えられる人って、そうそういないんじゃあないかと思う。
私自身を振り返ると、それを考えた時期が確かにあった。
今の会社の前に勤めた制作プロダクションに入社した時、自分より10歳以上年下のデザインを見て「あんな発想は俺には無理だなぁ」と思ったことがあった。
じゃ、それに負けない武器を持つならと、当時導入されたばかりのMacintoshのことを詳しくなろうと思ったことを思い出す。
 
途中から「連続試合出場」の話、そして「人としての優しさ」、さらに有名な「江夏の21球」の場面など、衣笠祥雄さんの人となりが分かるエピソードで盛り上がっていった。
そして、番組はエンディングへ。
エンディングロールが流れる中、衣笠さんが「スポーツは誰に向かってしてるんですか?」とディレクターに問いかけた。
「それは子供たちですか?」と答えるディレクターに「だから、子供達が見て正しいと思ってる道しか歩いちゃいけないんです。」「そして、マスコミもそれを忘れている」
この最後の言葉は、衣笠さんの遺言のようなもので「重い言葉だな」と心に染入っていった。
 
●昭和の選択「開戦を回避せよ!
 ~近衞文麿・日米交渉の挫折~」
「近衛文麿」と言う人は名前ぐらいしか知らなかったが、今回初めて詳しく知った。
今回、この番組を取り上げたのは、1つは「ポピュリズム」の危うさが分かったと言うことだ。
トランプ大統領が出たことから「ポピュリズム」と言う言葉を知ったが、大衆の望み通りに動く政治家は実は国民のためにならないことがあると知った。
 
最後の締めで、磯田氏が「ポピュリズム」で大衆迎合し「ワンフレーズ」で単純化し、判断を間違える危うさを話していたが、それを聞きながら「小泉総理」ってもしかすると、その道を歩んだんじゃないかと思えた。
「ワンフレーズ」「自民党をぶっ壊す」と言い、政策も知らず熱狂的に「小泉ファン」を作り、高い支持率を保ち続けた。
ただ、信念どおり政治を行う場合、あまり支持率ばかりを気にするのは良くないんだなぁと思えた。そういう意味では、マスコミも「支持率」ばかりスポットをあてて報道するのは考えものだ。
 
最後に「松岡洋右」と言う人と「ハル国務長官」と言う人の話が印象に残った。
「あり得ない前提(この場合はドイツが確実にイギリスに勝つ)でモノを考える人」が松岡氏。だから「日独伊三国同盟」を締結してしまったと言う話。
そして、何とか戦争を避けようとする日本の総理とアメリカの大統領がいても「原理原則」を第一とする法律家出身の「ハル国務長官」という人間の影響で、戦争に進んでいってしまった話。
国と国の戦争なのだが、実は「個人のパーソナリティ」が最終的に大きな影響になっていく怖さを知った番組だった。

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