2016年11月28日 (月)

温泉と城巡り2016(その2)

「北斎館」 のある小布施からナビで調べると、目的の「渋温泉」までクルマで30分くらい。
201611030412ゆっくり向かえば、ちょうどチェックイン開始の15時に着ける感じで、出発。
もう少しで「渋温泉」という場所で「道の駅」の看板を見つけて、2回目の寄り道。
最近は「道の駅」も、いろいろ地域色があって、面白い。
ここは、信州中野の「ふるさと豊田」という道の駅で、リンゴ・葡萄・梨・芋・野沢菜など、格安で販売。お客さんがバンバン箱買いしていて、「こういうのを見ると実りの秋を実感するなぁ」と日本の四季の感謝してしまった。

そしてやっと「渋温泉」に到着。
「野沢温泉」「有馬温泉」「下呂温泉」など昔からの温泉街を訪ねてきたが、ここもやはり昔ながらの細い道。
でもそんなに入り組んでいなくて、まだクルマの運転は楽だった。
事前に連絡していた時間より少し早くだったけれど、予約していた宿泊先に到着。

楽天トラベルで、かなり高評価なのにリーズナブルな価格の施設だったので、どうなのかなぁと思っていたが、とても丁寧にチェックイン手続きをしてくれ、部屋まで案内されるなど、「おもてなし」も最高だった。
そして、さっそく「外湯巡り」へ。

渋温泉の「外湯」は、全部で9カ所。
しかも温泉街も小さく、ちょっと歩くだけで次々と「外湯」に出会う。
宿の3軒ばかり隔てた所にも「外湯」があり、最初は、そこから入湯。
野沢温泉は、どこも「熱湯風呂」のように熱く、「これじゃまるで、罰ゲーム」と思った記憶があり、渋温泉も「熱め」と聞いていたので、少し覚悟して入ってみた。

ところがちょうど誰かが入った後なのか、とっても良い湯加減。
しかも温泉独特の匂いもするし、外湯の施設も趣きがあって、満喫満喫。
渋温泉は宿泊すると、その施設から「外湯」の鍵を渡され、それで開錠して入る。野沢温泉は、「心づけ」を払う仕組みで誰でも入れるから、宿泊してない人でも来るが、仕組みとしては渋温泉の方が良いと思った。

食事前ということで、軽く2軒巡って宿に戻り、一休みしてから食事。
この宿、「おもてなし」も良かったけれど、食事も良かった。
大イワナや鯉の刺身、そしてリンゴを食べさせて育てた地元のポークに牛肉が2~3切れずつと、量は少ないけれど、私のような年齢にはちょうど良い。
デザート食べて、ちょうど満腹。
最近は、こんな感じで、少しずつの美味しい物を食べて、ちょうど良い量の食事を用意してくれる宿が増えてきている。
ある意味、こういうことを気軽に楽しめるのは、幸せな時代なんだと思う。

食後と、就寝前は宿の温泉に。
宿は露天風呂もあり、季節がら「ちょい寒」で、いつまでも入っていられる最高のお湯だった。
外湯を巡る下駄の音が聞こえる「温泉街」を耳でも感じながら、就寝となった。

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2016年11月21日 (月)

温泉と城巡り2016(その1)

もう6年も前のことだが、2010年の7月に野沢温泉 に行った。201611030403

そこで初めて「外湯巡り」と言うものを体験し、「こりゃ、面白い」と思ったものだ。
その時に「渋温泉も外湯巡りがあって良いよ」と耳にしていた。だから、「いつかは出かけねば」と思っていたが、なかなかその機会は訪れず、このたびやっと6年越しの念願を果たしてきた。

出掛けたのは11月の初め。
1泊2日で出かけたが、2日間とも天気は良く、紅葉シーズン真っ盛りの長野方面だったので、高速道路の渋滞も覚悟して出かけたが、かなり順調に行くことができた。

今回はやはり「渋温泉の外湯巡り」がメインのため、どこか他の観光地に寄ることもあまり考えてなかった。
でも、「せっかく長野まで行くから」と調べたら、小布施にある「北斎館」 を見つけた。
「確かここって、北斎が晩年に祭屋台の天井絵を描いたところのはず」と思い、渋温泉の近くでもあるし、寄り道することにした。

「小布施PA」で蕎麦を食べ(PAの蕎麦だったけれど、これが手打ちで美味しかった!)、そのままETCのスマートICで降り、小布施へ。
目的の「北斎館」 に近づいて、びっくり。
観光バス専用の駐車場はあるし、周りは観光土産売り場がどっさりだし、紅葉シーズンに合わせて出かけた観光客は溢れているし、「めちゃめちゃ観光地じゃん」と驚いてしまった。

ところが面白いことに「北斎館」 に入場する人は多くなく(これは観光バスのコースに入っていないからかもしれないけれど)、館内はかなりゆったりと観賞できる状態。
企画展はちょうど「氏家コレクション『肉筆浮世絵の美』」
北斎を始め菱川師宣、喜多川歌麿、勝川春章、歌川広重などなど巨匠の肉筆がたっぷりと展示してあった。

これが私の住む街の美術館なんかで催されていたら、もの凄い来館者で、なかなかじっくり鑑賞できないけれど、この「北斎館」 はゆ~~~ったり。
1つ1つの作品は、かぶりつきで解説文もしっかり読みながら観ることができた。
そして常設展では、祭屋台が展示され、見事な「北斎の天井絵」を始め、屋台のさまざまな飾りもじっくりとゆっくりと観賞し、眼福の時間を過ごすことができた。

この「小布施」
あまり知識なしに出掛けたけれど、幸先の良い寄り道だった。
北斎を観るたびに思うが、「やっぱり北斎はいいなぁ~~。やっていることがアートだし、デザインだし、凄いなぁ」と琴線がビリビリさせてくれる。

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2016年11月14日 (月)

終活の用意

5月に姪の結婚式に行ったことは「姪っ子の結婚式」 に書いた。
結婚式の場所が軽井沢で、1番上の兄をクルマに乗せて往復したこと、そしてその兄は、少しメンタルの疾患があることも書いた。20161114_syukatu
だから、軽井沢に向かう時には、兄は薬と年齢の影響で、やたらとトイレ休憩が必要だった。

ここで、都合上、この兄の話を・・・。
この1番上の兄と、良く出てくるすぐ上の兄と私は、母親が違う。
本当は1番上と2番目の間には、姉がいるが、一緒に育っていないし、親父が死んだあとは一度も会っていない。
さらに、この1番上の兄には、二人子どもがいて、息子の方は中学以降グレてしまい、警察や少年院のお世話にもなっている。
もちろん息子も今では社会人になり、結婚し、独立して仕事をしているようだが、私自身はもうずいぶん会っていない。
いずれにしろ、この兄夫婦は、いろいろと課題を抱えているなぁというのが私の感覚だ。

無事に結婚式も終わり軽井沢を出発したのは午後7時過ぎで、もう真っ暗。
しかも小雨模様だけれど、兄夫婦のクルマのある私たちの田舎まで出来るだけ早く帰らないと、お互いに家に到着するのが真夜中になってしまう。
そんな状況で私の運転で帰ってきたが、その車中でいろいろ話をした。

そのうちに親父が死んだときの遺産の話や、私とすぐ上の兄貴の母親のこととか、1番上の兄の長い間の不満を吐露はじめた。
親父が亡くなったのは、もう45年も前のこと。
そんなことを「フツフツ」と抱えながら生きて、いつも周りに不満を漏らしてきたのかなぁ・・・だから、いろいろ課題が降りかかっているんじゃないだろうか?・・・などと思いながらの帰着となった。
こちらとしては、決して良い気分じゃないが、文句も言わなかったが・・・・・。

すぐ上の兄貴とは、今でも良い関係でいると思っている。
でも、1番上の兄貴の、そんな話を聞いた後は「ちゃんといろいろ整理しておくことがあるなぁ」と思い始めている。
決して資産価値はないけれど、私と兄の共同名義のものがある。
お互いに子どもがいるが、私たちが健康なうちに、そんな整理もしておかないといけない。
私の娘は特に、私の家の方のことはまったく知らないから、このままにしておくと困るだろう。

来年は還暦。
そろそろ終活を始めることを考え始める年齢になったということなんだろう。

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2016年11月 7日 (月)

育っていく二人の三世

3月に二人目の三世が生まれたことは書いた。
その後、お宮参りの時に会って以来、娘家族とは会っていないので、当然二人目の三世にも会っていない。
会っていないが、最初の三世の時から7年、時代は進歩している。
あの時だってフォトフレームや携帯に三世の写真が送られてきて、微笑ましく楽しんでいた。20161107_nakayoshi

しかし、今は違う。
Cloud(クラウド)を使って、ムービーだって見られるようになっている。
だから、二人目の三世には5月以降会っていないが、寝返りしたり、おもちゃを手に「あぁ~うぅ~」と遊んでいたり、そしてお座りして、輝くような笑顔を見せたり、さまざま姿をムービーで見ている。

生まれてから「ベビーカー」の話があったが、さすがに二人目の夫婦で「7か月くらいから使えるのが良いから」と言ってきたので、時期を待っていた。
先日、「そろそろ購入したら?」と購入資金を送ったらさっそく買ったようで、また写真がアップされていた。

上のお兄ちゃんは、7年間両親の愛情を独り占めしてきたが、二人が生まれてからは、すっかり脇役になってしまった。
本当は淋しいのだろうが、もう小学生だし、妹が赤ちゃんだから可愛くもあり、我慢しているのだろう。
お宮参りの時も、みんなが二人目の三世ばかりに集まるので、ちょっと可哀そうかな?と思って、一緒に遊んであげた。
そうしたら、私が帰る時にはちょっと心残りな感じで、玄関からしばらく付いてきた。
やっぱりちょっぴり淋しいのだろう。

でも送られてくる写真やムービーを見ると、それなりに可愛がっているし、もっと面白いのは二人目の三世にとっては、生まれた時からいるお兄ちゃんを、いつも見ているようだ。
お兄ちゃんが連れてきた友達を遠くのベッドから見ていたり、一緒に鏡を覗いていたり、妹の足がお兄ちゃんの頭の上に乗って二人ともお昼寝中だったり、そんな微笑ましい写真も送られてくる。

そんなある日、今回掲載した「仲良し兄妹」の写真が送られてきた。
やっぱりお兄ちゃんのやることには興味があるようだ。
娘のコメントによりと「大切なTVゲームを妹が触りに行っても、怒ることはなく、そっと優しく避ける」のだそうだ。

もう少しで「ハイハイ」しそうだが、これから移動できるようになると両親は心配だし、世話も大変になるだろう。
そして、ヨチヨチ歩くようになると、ずっとお兄ちゃんの後を付いていくかもしれない。
そんな三世の写真やムービーを見るたび、今、こういう状況でいられることに、とても感謝の気持ちが湧き出てくる。

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2016年10月31日 (月)

崩れる時は、一瞬で

今年もあと2か月。
年が明けると、いよいよ「定年」の年になる。20161031kowareru

本当だったら、この4月で部長ではなくなり、次の世代が私のいる組織の中心に運営されるはずだったが、このブログでも書いたように、急転直下で1年延期になった。
延期になったけれど、来年はもう間違いなく私は部長から解放されるわけで、今年度は私の上司である本部長の判断で、実質的な運営は、他の2名の部長に任せる形でここまで来ている。

ところが、これが全くうまく行かない。
2名とも管理ができないが、そのうちの1名(もと私の部下)は、見積もりの確認も、部下の業務内容も、もう何も分からなくなってしまっており、私から見れば「こいつ、いったい何が出来るんだろう?」という状態になっている。

その元部下だった問題の部長が入社させた長くフリーランスでやってきて、当社の業務も対応してたスタッフがいる。
そのスタッフが昨年度から私の部下になり、課長代理になったが、これがまたまったくマネジメントが出来ない。
そして、会議や売上などの資料もちゃんと作れない。
で、下期から来年度への組織検討の話し合いの中で、オーバーヒートして1ヶ月休業となった。

このスタッフ、犠牲者のように見えるが、私から見れば自業自得そして、無責任だと映る。
「実務で100%にすると、マネジメントが出来ないから、少しバッファを持て」
と言っても、営業に依頼されれば全部引き受け、途中から自分の部下に投げる。
そして今回の休業も、特に申し送りもなく、自分で採用した派遣社員もほったらかしで、休みに入ってしまった。

他にも春には他の社員もメンタルで休職。
とにかく私の上司である現本部長(私より、10歳下だが)は、頭を抱える状態で
「とにかくもう1回、組織を作り直す時期だな」
と言っている。

そういうことで、私は「来年、定年だから」と距離を持った状態で、この状況を見ているが、我が組織が出来て20年。
長い時間を掛けて紆余曲折して、構築してきたのに、壊れる時は一瞬なんだなぁとしみじみ感じている。

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2016年10月24日 (月)

突然のめまい

20161024memai今から1ヶ月以上前のことだから、9月の下旬だったと思う。
ある朝目覚めて、ベッドで上半身を起こしたら景色が「グルグル」回る。
「あれ?ちょっとやばいかな」と思って、しばらくしたら少し収まった。

それから洗顔して、着替えてても、ちょっとおかしい。
おかしいけれど「まぁ、なんとかなるかなぁ~~」と思って玄関を出てクルマへ。
会社までクルマで20分くらいなのだが、やっぱりいつもと違う。

無事に会社に到着して、始業のベルを聞いて仕事をしようと思っても、やっぱり「グルグル」回る。
30分くらい様子を見ていたけれど、「グルグル」は治まる気配はないので、前席の上司に
「めまいがすごいから、帰ります」
と帰ってきた。

実は、20代後半から、たまに「フワフワ」することがあり、30代半ばには、今回よりも酷いめまいに襲われた時がある。
この時は本当に酷くて、起き上がれない状態で、1日寝て少し治まってから病院に行った。
聴力検査や脳のCTスキャンなど、散々検査したけれど
「原因は分からないね?自律神経かな」
で終わってしまった。

その後も「フワフワ」はあったが、最近はほとんどなかったけれど、久しぶりに酷いめまいだった。
結局、帰宅してベッドで横になり、翌日は休みだったので、ずっと寝て、かなり治まったのだが、本調子にはなかなか戻らない。

まぁ季節の変わり目でもあるし、年齢も年齢だし・・・ということで、そのまま病院にも行っていないが、今回のことで思わぬホットラインが確認された。
「帰ります」と報告した上司から、同じ部門にいる婿に連絡が行き、そこから娘に。
そして寝ていた私にはLINEで娘から「大丈夫?」と連絡があった。

一人暮らしだけれど身内が会社にいると、こんなホットラインがあるんだなぁと変な感想を持ちつつ安静にしていた。

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2016年10月17日 (月)

北海道の人

今年の4月の組織変更の関係で通販事業の人と同じ部屋になったことは以前書いた。
そこに元お客様企業の取締役だった方が、バイヤーとして顧問契約で在籍していただいていることも書いた。20161011hokaido

この人は北海道の人。
私より(多分)年齢は上の方で、ご実家は函館にあるようだ。
お互いに年齢もそこそこ行っているし、男同士なので、あまり細かなことを話すこともない。
ちょうど私の前の席にみえるので、その時々の話題でお互いを知りあっていくような感じで、この半年間過ごさせていただいている。

私も元々は岐阜県人なので、今住んでいる地方の暑さは辛い。
しかし、この方は北海道の人。
若い時やこちらに来る前には、少し東京赴任の経験もあるようなのだが、この地方は初めて。

夏前には「すごく暑いので覚悟してくださいね」と話しておいた。
6月頃に少し暑い日が続くと「これくらいが最高?」と聞いてくるのだが、「いやいやまだまだ序の口です」と答えるたびに「もう限界」とげんなりしていた。

そして真夏。
連日の35度と非常に高い湿度。それが昼だけでなく夜まで続く毎日。
「もう耐えられない・・・・」と弱音が出るようになったが「まだ昔のように外回りじゃなくて良かった」と言ってみえた。
北海道の知人から夜電話があって「こちらは、少し寒くてホットワインを飲んでいる」と言われて頭に来たなどと話していたが、とにかくこの地方の暑さは堪えているようだ。

さらにこの人の話は面白い。
夏になり営業同行で外出した時にこと。
あとで同行した営業から「あの人、面白いね~」と言ってきた。
「なんで?」と聞いたら「『セミがすぐそこで鳴いている』と言って驚いていたよ」と話してくれた。
北海道ではセミは高い木の上で鳴いているだけで、街中のすぐそばで、あんなにうるさく鳴くことがないんだそうだ。

とにかく本土のしかも日本で京都に次いで、暮らしにくい夏である私の街で、驚いたり辛がったりしている。
でも反対に冬の話が面白い。
東京もそうだけれど、我が街も少し雪が降ったりすると、すぐに交通マヒになる。
特にクルマは、すごくゆっくりした運転になる。

私の出身地は、雪は降らないが真冬は氷点下になることもあるため、道路が凍結する。
その時には、出来るだけクルマに乗らないようにするが、北海道のその人は全然平気なんだそうだ。
もちろん、冬用タイヤなのだろうが、相当の吹雪でも普通にバンバン走ると話していた。

日本は広い。
そういえば、函館は五稜郭がある。
行ってみたい歴史の街でもある。

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2016年10月11日 (火)

歴史上の人物像

10月になり、今年も残り1/4になった。20160920_sakamotoryoma

最近はあまりブログに書いてないけれど、今年もいろいろな人の訃報が流れている。
特に私のような年齢には感慨深く昭和を賑わした人が次々と亡くなる。
世代交代の時期と言えばそれまでだけれど、有名なところで言えば
「永六輔」「大橋巨泉」「北の湖」「千代の富士」などなど。

その人たちが亡くなるとネットを始め新聞やTVなので、その人物像を紹介し、亡くなったことを惜しむ。
ところが最近は、その人たちが一番輝いていた時代を体感しているので
「う~~ん、ちょっと違う気がする」
と思うことがある。

大橋巨泉はその態度や話し方など、割と批判されていたし、北の湖は若くして横綱になったために、その言動に横綱らしさがないとも言われた。
さらには、千代の富士は、肩の脱臼を防ぐために筋肉モリモリの体にしたのだが、それはドーピングとは違うのか?といった記事を読んだこともある(真偽は知らないけれど)。

このように、ついこの前まで健在だった人たちでさえ、その実像を知っているとズレを感じる。
それはきっとその人が活躍している時代の「空気」が一緒に伝わらないことがズレの原因だと思うし、日本人の感情として「死者に鞭打たない」的なものが相まって、こうなるのだろう。

となると、亡くなって100年以上経っている歴史上の人物ってのは、どうだろう?
このブログでは、あちこちに出掛けたことも紹介するが、概ねそれは史跡を訪ねることが多い。
それほど歴史的なことに興味があるわけで、今は巡り巡って「江戸時代物語」を読むが30代までは、司馬遼太郎を中心とした「歴史小説」を次々読んでいた。

だから、坂本龍馬や西郷隆盛、勝海舟・・・・そして織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などなどの人たちは、それぞれのイメージがあるわけで、やっぱりその延長上で大河ドラマや時代ドラマなどが創られている。
最近では今まで定番とされていたこれらの歴史上の人物を従来のイメージを払しょくするようなドラマもある。
今年珍しく見続けている大河ドラマ「真田丸」など良い例で、真田昌幸などは、肖像画を見る限り、不細工だし背も小さいのに、高身長・イケメンの草刈正雄が演じている。
(ま、このドラマ自体、三谷幸喜なので、ある意味メチャクチャなものなのだが)

特に「徳川家康」などは、伝わっている人物像は江戸開府し、三代家光の頃から整理された資料に基づいていることが多く、最初から「偉大な人物」的に伝わっているけれど、本当は分からない。
近年「本当の西郷隆盛は、こうだった」とか「明治維新は、本当は」的な本が話題になっているが、これだって今までの定番を否定はしているが真実とは限らない。

坂本龍馬は、みんなは偉大だと言うが、私の今の感じ方は違う。
そりゃ「龍馬がゆく」を読み、20代の心酔していた時期は「りっぱな奴」と思っていたが、本当はちっとも皆と強調しない「嫌なやつ」で、いろいろ世話しないといけない「面倒な人」であり、結局話ばっかりでちゃんと実現できない「大ぼら吹き」として今だったらネットでめちゃくちゃ叩かれるような人だったのではないかと思っている。

本を読んだり、史跡や生家跡などを訪ねてみても、やっぱり本当のことは分からなくて、歴史的に過ぎてきた事実だけが真実として残っている。
それを、ああだこうだと自分勝手に想像して、妄想の世界で楽しむ。
これも歴史の楽しみ方なのかもしれない。
だから、歴史上の人物像なんて、曖昧でいい加減の方が良いのかもしれない。

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2016年10月 3日 (月)

やっぱり三谷幸喜は・・・・・

今年の1月に「『真田丸』は期待して良いのか」 という記事を書いた。
あの時も三谷幸喜の「僕って面白いでしょう?」が気になると書いたが、まだまだ始まったばかりで、期待を持っていた部分もあった。20161017sanada

確かに、上田を中心とした話は、草刈正雄演ずる「真田昌幸」が良くって、時に無責任に「まったく分からん」とかギャグっぽい展開になるのも、「重々しい大河ドラマ」じゃなく面白く見ていた。

とは言え、例えば長澤まさみ演ずる「現代語でチャラチャラしゃべる、きりちゃん」
現代語でしゃべるのまでは良いとしても、信繁の行くところにかなり無理無理に付いて来たり、細川ガラシャとのくだりは(そもそもこのネタは必要だったのか?)、自由に屋敷を出入りして「キリシタンになります」と言ってみたり。
これって「真田一族の話じゃね~の?」など、回を重ねるごとにいろいろ突っ込みたくなるシーンが増えた。

特に大阪編からは、小日向さんの秀吉に関連して話は進むけれど、本当はここって、後々信繁が大阪の陣に参加する「動機づけ」として、かなり重要な部分のはず。
でも、なんかいろいろな逸話を散りばめ、極狭の茶室での利休だったり、茶々との秘め事だったり、揚句には小田原攻めでは単なる伝令みたいに、もうかなり無理して信繁を関連付けるばかりで、太閤秀吉との繋がり感はまったく見えない感じで、ダラダラと続いてくる。

さらに秀吉没後の石田三成との関連になると、もう「ここって信繁、いる?」みたいな話になってくる。
結局、「小ネタ」もしくは「ショートストーリー」を45分間繋いでいる気がして仕方なくなってきた。
そして、「小ネタ」もしくは「ショートストーリー」「ね、ね、僕って面白いでしょう?」という空気がプンプンして、「僕がやると、ちょっと違う脚本にするんだよ。だって三谷幸喜だもん」という言葉が聞こえそうな気がした(言い過ぎかな?)。

そういう三谷幸喜が好きという人も多いようですが、私はやっぱり合わないなぁって、ここまで「真田丸」を見てきて感じている。

昔、中村勘三郎さんが
「『型破り』ってのは、まずちゃんと基本、型が出来て、その上で破るからこそ意味がある。型が無いなら、それは『形無し』なんだ」
と話していたのを思い出したが、果たして三谷幸喜さんは、「型破り」なのか「形無し」なのか?

そう散々、文句を言いながら「もう見るには耐えられない」「八重の桜」の時のようにやめるほどでもなく、このまま年末まで見ることになりそうだが、せめて「大坂の陣」では盛り上がっていって終わってほしいと思っている。

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2016年9月26日 (月)

小さい頃の風景、再び

小さい頃、私の生まれた家は「おもちゃ屋」だった。20160912_hurusato

1年のうち元旦ぐらいしか休まず、親父とお袋だけで営んでいる小さなお店だった。
だから、春と秋のお彼岸、夏のお盆、そして正月のそれぞれの前にするお墓掃除は、子どもたちの役目になっていて、私自身も物心ついた頃から、兄貴と一緒に掃除に行っていた。

掃除するお墓は自分の家とお袋の実家側の2か所。
自分の家は歩いて行ける距離だけれど、お袋側は、少し離れており、私が免許を取ってからは、お袋を乗せて一緒にお墓に行ったりもしていた。

このようにお墓の風景は、私の幼い頃は日常風景だった。
が、お袋が亡くなった頃(私が20歳くらい)から、徐々にお墓、特にお袋方のお墓には行かなくなった。

お袋は52歳で亡くなったので、自分がその年齢になった頃だろうか?
思いついてお袋方のお墓に行ってみようと出かけたが、すっかり道を忘れてしまい行きつけない。
ナビと風景を見ながら「こんな感じのところだったけどなぁ~~」と探したけれど見つからない。

その後、2~3回出かけて行き、近くをウロウロしながら、やっと見つけた。
「おお、ここだったなぁ」と思い、お袋方のお墓をお参り。
見回すと、小さい頃見ていた風景とあまり変わらない。
確かに、私はクルマで来るようになったし、昔は路肩に停めるしかなかったのに、ちゃんと停められる場所が確保してあったり、ちょっとずつは違っているけれど、周りの田んぼと畑の風景、そして私の故郷の風景の象徴である恵那山も変わらずに見ることができる。

その時には、妙に胸がキュンキュンして、お袋がお墓に来ると持ち帰っていた水仙の花のことを思い出したりした。
このことは数年前の出来事だけれど、先日ふっと
「小さい頃、いつも見ていた風景がそこにあることは、とても幸福」なのではないかと思った。

私の故郷の街の中は、もう昔の風景はない。
風景どころか、新しくバイパスが出来たり、母校である高校の下にトンネルが出来ていたりと、クルマで走っても昔からの道を走らないと「我が故郷」と思えないように変化している。

それでも、50年以上前の風景を故郷に持っていることに感謝し、そして今住んでいる街から、クルマで1時間少しの距離にあることを、改めてありがたいことだと気が付いた。
う~~~ん、今回はちょっとジジイのセンチな内容になってしまった。

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2016年9月20日 (火)

ウィルス来襲

7月の3連休の時の話だから、2か月も前のこと、それは起きた。
3連休が明けて、出社したら私の席の近くの本部長が「金曜にPCウィルスが発生して、蔓延を防ぐためにネットワークケーブルが抜いてあるから」と言われた。
20160905_uisuru
私はWindowsをメインとして、Macintoshをサブ機として(贅沢にも)使わしてもらっている。
ケーブルが抜いてあったのはWindowsだけ。
「で、どうすれば良い?」と聞くと、本部長も「何の指示もない」と言い、「でも3連休にシステム担当者が出社して駆除したみたい」と言っていたので、普通に電源を入れた。
ちなみに、その後も正式に状況通達がなく、社内的には大問題となった。
幸い被害を受けたのは、私の所属する部署だけで、営業や他部門まで広がらなかったから良かったが、これが全社に広がったら、下手すると顧客にも被害は広がったかもしれない・・・・・。

それは良いとして、主な状況は感染したPCから部署で利用している共有サーバを通じて個々のPCに広がった。
ウィルスのタイプとしては、特定のファイル(マイクロソフト系)が暗号化され、
「戻してほしかったら、お金払えよなぁ」
と脅迫するランサムウェア系のものだった。

主な被害は最初の感染PCと共有サーバで、サーバ側は24時間ごとにバックアップしているため、最小の被害で済んだ。
「へぇ~~そうなんだ」
と最初は他人事的に聞いていて、自分のPCは?と調べていたら、メインで使用してディスクは大丈夫で、直接的に業務に困ることはなったが、古いデータの保管や個人的なデータを入れていたディスクは感染していた。

「こりゃやばいじゃん」と思ったが、こんなこともあろうかと、毎日Macintosh側の外付けディスクにバックアップを取っていたので、「じゃ、こっちから」と開いたら、そこも同じように暗号化されていた。
どうも3連休に入る前に、私がバックアップを取っていた時点で、感染は広がりつつあったようで、まだ誰も知らない時間帯だったようだ。
だから、Windowsで感染した状態のものをMacintosh側にバックアップしたから、もう何ともならない。

暗号化されたファイルは4,000以上あり、最初は1つ1つ確認したが、最後は拡張子で検索して一気に削除した。
もう暗号化されたファイルは戻らないので、泣く泣くあきらめたが、おそらくダメになったファイルは、古いデータで「取っておこうか」というレベルのもの。
だから、すぐには困らないけれど、そのうち「あのデータなかったかぁ」ということが起きるかもしれない。
一番困ったのは、このブログの記事のネタとしてのメモ書き。
でも、まぁこの程度なら仕方ないとあきらめた。

感染したデータの処理には2日間費やしたが、私たちの業務はお客さまとのメールは頻繁だし、添付ファイルでのデータのやり取りも日常化している。
後日、「怪しいメールは開封しないように」と何の効力性もない注意喚起の社内回覧が来たが、問題はもっと深刻だ。

開封してしまったスタッフはシステム系スタッフで、十分そういう関係の知識のある人間。
そして今回は英語名のメールだったが、これからグローバルに対応していく業務が増えていくのに「英語名メールは怪しい」なんて取決めも通用しなくなる。
現に私の個人メールには「クロネコヤマト」を名乗る添付ファイル付メールが来て、アドレス見ても件名見ても不審なものでなかった。
ただ、添付ファイルが付いているのが「ちょっと怪しいな」と思っていたら、2~3日後に新聞に「クロネコヤマトを名乗るウィルスメールが出回っている」と掲載されていた。

こんなメールが営業社員に届いたら、おそらく100%開封すると思う。
だから、一番良いのはガチガチのルールにして、パスワードを付けるとか、添付ファイルは禁止してストレージサーバでないとデータの送受信しないようするとかしないと防げないだろう。

こうなってくると世の中のPCを初めとしてIT化ってのは、便利なのか不便なのか分からなくなってくる。

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2016年9月12日 (月)

地方のリトル美術館

ちょっと古い話題になってしまったが、夏休みの唯一の出来事として。20160905mucha

今年は特にどこにも出かけず、先々週の話題じゃないが、ずっとオリンピックを見る毎日だった。
他には、私の住む街から少しだけ郊外にある小さな美術館に出掛けてきたが、これが良かった。

催しは「アルフォンス・ミュシャ デザインの仕事」
ミュシャはいつごろから好きになったんだろう?
最初は何も知らず直感的に「いいなぁ」と思ったことを覚えている。その後、アール・ヌーボー時代の代表的な人だとか、有名になったのは、ポスター画だとかで、私の仕事とずいぶんリンクする人だとわかって、さらに興味が湧いた。

だから、この人の大きな展示会には出かけてきた。
ミュシャは、やはり日本人は好きなのだろう。展示会に行くとワンサカ人がいて、なかなかじっくり鑑賞できない。
これは北斎など有名作家の展示会では良くある。
今年の春の「若冲展」は、その代表格だが「せっかくだから見たい」、でも「こんなに多くの人ごみだと」と矛盾した状態で、毎回悩みの種ではある。

ところが今回のミュシャ展は良かった。
たまたま何かで検索して知ったのだか、郊外の小さな美術館での催し。
まったく知らない美術館名だったが、よくよく調べて行くと、以前私が担当していたお客様企業の近くだった。
大都市近郊で、大きな企業がいくつか存在している小さな市町村では良くあるが、莫大な法人税が入るために立派な公共施設がある。

その美術館もその類のもので、美術館は地域の広場や図書館やコミュニティセンターと併設していた。
おかげで美術館の入り口がちょっと分かりにくくて、暑い日差しの中、少し歩くことになったが、まぁそれは良い。

入り口も小さく、建物のも小さい。
そして夏休みの最中というのにお客さんも家族連れが2~3組。
静かで空調も効いて、1つ1つの作品をじっくりゆっくり鑑賞することができ、しかも説明文も読んで、さらに見直したり。
小さい建物だから、そんなに多くない作品数だったけれど、有名な作品が揃っていたし、それまではポスターだと思っていたのが、1年カレンダーだと気づかされたり。
そして入場料も1000円以下と、と~~~っても嬉しい観賞だった。

そうか、こういう地方の美術館は狙い目だなぁ。
今度からは、そういうところの情報も仕入れておこうと思うほど、眼福のミュシャ展だった。

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2016年9月 5日 (月)

ちょっと腹立たしいNTT

いつの頃からだったろう?20160829_ntt
NTTから何度か「フレッツのプラン変更を」とメールが来るようになった。
単なる「乗り換えキャンペーン」だと思って、ずっとそのままにしていた。
1回「料金が安くなるのか?」と調べたら、そうでもない。
だから、余計にそんなメールは無視していた。

そうしたら6月位だったか?
「今お使いのフレッツプランは、来年3月で使えなくなるので、早めに変更を!」
と大きな文字でメールが来た。
「え?そうなの?じゃあ、変更しないといけないなぁ」と調べ始めた。

私はこのブログで分かるように「ニフティ」をプロバイダーにしており、フレッツとセットのプランで契約している。
だから、まずは「ニフティ側」で調べてみたが、良く分からない。
かなり何度も調べたが分からないので、今度はNTT側から調べた。
料金は変わらないことや3年間契約すると割引が増えるオプションなどは分かったが、料金の支払いなど良く分からない。
今までは「ニフティ」のセットで、支払いは1本化されていたので便利だった。
その辺りを聞きたくて「ニフティ」に尋ねたくてもメール受付はしていないし、相談電話にかけても全く繋がらない。

結局、いろいろホームページを読んでも分からず、取り合えずNTT側でプラン変更を申し込んだ。
すぐに「受付メール」が来て「ただ今、非常に込み合っていて、ご連絡が遅れる場合がある」と書いてある。
「ま、あれだけ促進メールを出してりゃ、そうだろ」
と思って気長に待つことにした。

でも1週間経っても10日経っても何も言ってこない。
「いくら何でも」と思い、「2週間経ってるけど・・・・」とメールを出してみた。
その数時間後、いきなり電話が来た。
メールを出して数時間後に連絡が来るってことは、忘れていたのか?と思いながら電話で打ち合わせ。

女性の電話対応オペレータから次々に確認の質問をされ、工事の日時も決まった。
で、例の回線とプロバイダーの支払い方法やカード対応を質問すると、「ああだ、こうだ」と説明。
締めの関係で支払がダブル期間があるなど、あらかじめホームページで読んでいたから理解できたが、カード支払いの話は「NTTから封書が届く」と説明された。
「それって何が届くの?」と聞くと「多分、書類だと思います」とすごい曖昧な答え・・・。
おそらくマニュアルに書いていないから、急に曖昧になったのだろう・・・・

とにかく1回説明が終わり電話を切ると、すぐまた連絡があって「先ほど伝え忘れたことがあり」とまた説明。
さすがにちょっと腹立たしくなり
「あなたに文句を言っても仕方ないけれど、そっちの勝手で今までのプランが使えなくなり、さんざん促進メール寄越したくせに、このプラン変更の手続きは分かりにくすぎるよ!」
と文句を言うと
「皆様から、そうお叱りを受けています」
なんだそりゃ!
「とにかく、上長にそういうクレームを受けたと報告しておいてくれ!」
ということで電話を切った。

なんか多いし腹立たしいね。
企業の勝手でサービス終了しておいて、消費者に手続きの負担や料金負担を押し付ける事って。
特にNTTは、もともと民間企業じゃなかったからね。
こういう怠慢は今でも残っているんだろうなぁ。

さらに後日談で、契約内容などが確認出来る会員サイトに入ろうとしたら、入れない。
何度か会員パスワードを入力していたら、ロックされた。
そしてロック解除の手続きしても、エラーになり、仕方ないので電話したら、かなり以前の登録だったので、使っている携帯電話の番号が登録されていないので、メールで仮パスワードが送れないとか。

その時にも、以前の支払いはどうだとか、とにかくイロイロ聞くんだけれど、以前はニフティとセットだったから分からないというと、ニフティとNTTは別なので、それでは分からないという。

結局、郵便でパスワードを送ってくることになったけれど、本当にNTT側の都合でプラン変更させられて、なんでこんなに不愉快で不便な思いをしなくっちゃならないのか!

久々に腹立たしく怒り心頭の出来事だった。

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2016年8月29日 (月)

リオ・オリンピック

始まる前は、そんなに楽しみにしていなかった。
報道も「治安」「会場建設納期」ばかりが目立ち、「大丈夫なのか?」みたいな空気が流れていた。20160829gorin

でも、終わってみると「日本のメダルラッシュ」があったせいもあり、毎日ニュースを見るのが楽しみな期間を過ごさせてもらった。
とは言え、本当は取り立ててブログで話題にする気はなかったが、これも「備忘録」と思い書くことにした。

★日本のメダルラッシュ
たくさんのメダルを取った。
合計41個は過去最高。金メダルも12個と関係者は大喜びの状態。
こんなに取れたからか柔道で「銅で謝るな」とか吉田沙保里の「4連覇ならずの号泣銀」、さらには卓球の「愛ちゃんの団体号泣銅」などなど、単にメダルを取っただけでなく、いろんな周辺状況込みの話題が多かった。
そういう「お涙ちょうだい報道はどうか?」という記事も見たけれど、単に結果だけの騒ぎより、オリンピックまでのプロセスを感じながらの応援は、それなりに良い応援の仕方とも思っている。

それに、バドミントンなどを見ていると「いかに競技人口を増やすか?」とか男子400mリレーでも「長年の研究」など、各競技界の長期計画の大切さが花開く大会だった。
これは、会社などの組織作りにも必要なアプローチで、「うまく行っている時ほど、次を考える大切さ」を改めて感じた。
良い例が男女マラソンや出場できなかった女子・決勝に出れなかった男子のサッカー、それに前回の男子柔道、今回の女子柔道、まだまだフェンシングにアーチェリーなどなど。
前回は良かったけれど今回は・・・・とか、いろいろ感じるものがあった。

ちょうど私があと1年で定年ということもあり、今、私の所属する組織も激変の時期だが、それと重なって「ずっとうまく行く組織運営は難しいんだなぁ」といつもと違う感想を持った。

★オリンピックらしいシーン
有名なのが女子5000mで衝突し転倒した二人の選手の助け合った姿。
他にも紛争地域であるコソボからの出場で金メダルを獲ったり、女子体操だったかで韓国と北朝鮮の選手のツーショット場面やバドミントンのタカマツペアの「前日の女子レスリングを見て、最後まで諦めないと思った」というような他競技との関連など、実にオリンピックならではのシーンが多かった気がする。

特に日本だけでなく海外の「出場するだけでも大変」みたいなシーンにスポットを当てることもオリンピックの本来の意義としてとても重要なことだと思う(主にNHKが多かったかな?)

こういうのを見るとやっぱりオリンピックは選手も観客も、そして世界中の人にとって特別ものだなぁと今回は特に感じるものだった。
ちょっとお金が掛かったり、いろいろな損得が絡んだり、きな臭いことも多いけれど。
次回は東京。
長生きしているので、前回の1964年を覚えているが、あの時とはまた違う盛り上がり方をするのだろう。

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2016年8月22日 (月)

ロボット掃除機がやってきた(その2)

先週、目出度く(?)59歳になった。
いよいよ定年&還暦まで、あと1年となった。還暦だって!なんだかびっくり・・・・20160822_robotto02

さて、前回に少し書いた「空気清浄器」は、本当にリーズナブルに購入させてもらったので、今回の「ロボット掃除機」は、どれくらいまで価格を下げてくれるんだろうと期待していた。
ネット通販とデジタル社会というのは、面白い。
「価格.com」で品番を打ち込むと一発で「今の最低価格」が表示される。

通販ビジネス事業と同じ部屋になってわかるが、この「価格.com」の価格はとんでもない場合が多く、仕入れ原価割れしてしまうこともある。
だから「さすがにそこまでは・・・」と思っていたが、最初に提示された価格は、けっこう高かった(とは言え、通常価格より20%以上は値引いてくれたが・・・)。
「この金額以下なら買うから」と私の希望の価格を会社の担当者に話しておいて、販売フェア当日を迎えた。

クルマで会場に行くと、けっこうウチの社員たちが家族連れで来場してくれていて、賑わっていた。
ビンゴゲームをやったり、ドリンクをもらったりして、最終価格を見せてもらったら、希望の価格に合わせてくれたので、購入。
「ま、こんなきっかけがないと買わないしね」
で、待つこと3週間。
何だか倉庫に在庫がなかったとかで、ずいぶん時間が掛かって納品された。

これについても、前回登場したバイヤーの方が「そういう時は、お客さんが待っているから、ワンランク上の機種で良いからすぐ納品してくれって、メーカーに交渉するんだよ」とウチの担当社員にゲキを飛ばしていた(結局、最初の機種で3週間待ちになったけれど)。

会社で商品を受け取って帰宅。
次の週末、さっそく使ってみた。
ウチのマンションは6畳くらいの部屋が3つあって、11畳くらいのリビングがある(これを一人で使っているから贅沢だ・・・と娘に言われる)。

最初は玄関先の廊下。
次は浴室の床、トイレ、そして寝室。
毛足の長いカーペットは、やはりトラブルになるようで、停止してしまったが、それ以外は順調。
特に寝室は打込みのカーペット床になっており、一番心配していたが、思った以上に掃除する。
あっという間に、ごみ集積ボックスは満タンになるくらいに掃除する。

さらに購入する前は「いらない機能」と思っていた「しゃべる」機能。
使ってみると設定の確認や、掃除やトラブルの状況を音声で教えてくれるので意外と便利。
ただし、ロボットを動かすときには、椅子やいろいろな物を退けておくので、それなりに手間はかかるが、予約設定しておけば、会社に行っているうちに掃除してくれる。

それなりに人気の製品群というのは、やっぱりあると便利と感じるものだ。
そのうち独立歩行で、掃除も家事もやってくれるロボットが本当にやってくるかもしれないと、便利半分、ちょっと未来予想をした「ロボット掃除機」購入顛末だった。

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