2012年1月30日 (月)

【備忘録】成長させてくれた仕事たちNO.2「ディーラー※のチラシ(版下編)」

前回の「食材宅配メニュー」よりも本当は今回の仕事の方が先に経験している。
「小さな印刷会社」で書いた製版会社から「いつ出来る?」と聞かれ「生まれて初めてだから、分からない」答えたのは、この仕事だ。

Setyou02今は、ディーラーのチラシもカラーで印刷されるが、当時カラー印刷は高価だったので、1色か2色のものだった。

この仕事では先の「食材宅配メニュー」よりも、もっともっと基礎的な「版下作業」というものを叩き込まれた。
そして「チラシ」というものの作り方も覚えさせてもらった。

皆さんが何気なく見ている「チラシ」だが、実は配布される地域に寄って異なっている。
一番分かり易いのは、販売店や営業所の名前や地図だ。
折込地域に一番近いところが載っているのだが、これを印刷では「差替え版」として何種類も作る。

例えば販売店が20店舗あるとしたら20種類の差替えを作る。
そして販売店ごとに催し物や記念が違っていたら、これも差替え版を作る。
当時はアナログだったので、透明なセル板を何枚も重ねて、異なる種類のものを作っていくのである。

今でもチラシの場合、差替え版は作成するが、デジタルになっているため「レイヤー」という機能を使って作るが、アナログにしろデジタルにしろ、初めて作るに人間には、かなり複雑なパズルのようなものを作ることになる。

しかも「小さな印刷会社」にも書いたように「何時に出来る?」と時間に追われる作業のため、今から思えば入社した日に、よくこんなヘビーな仕事をしたものだと思う。

ただ、この経験は印刷では良く出会う「差替え版」の制作を理解する上で非常に役に立ったし、チラシを作ることの勉強にもなった。
でも、今はもうできないなぁ~~~。細かい文字が見えないもん(泣)

※ディーラー
自動車ディーラー(カーディーラー、car dealership)とは、新車や中古車を小売する事業者(販売店)のことである。 中でも、自動車メーカー(または、その販売子会社等)と特約店契約を結んだ販売業者のことを指す。 販売だけでなく、点検整備などのサービスも提供する。(ウィキペディアより)

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2012年1月23日 (月)

戻ってくる財布

シリーズ始まったばかりですが、スポット的に違うネタを。

皆さんは、財布を落としたことありますか?
そして、それは戻ってきましたか?
私は今まで100%の確率で戻ってきています。
ありがたいことです。

Otosimono若い頃は、今の時代と違って「男がバッグを持つ」なんてことがなかったので、財布をGパンの後ろポケットに入れていた。
その状態で自転車に乗って移動していたので、本当に良く財布を落とした。

最近はバッグに入れているので、ずっとそんなことはなかったのだが、この正月に久しぶりにやってしまった。
しかも、ちょっと遠出した時なので、高速道路のサービスエリアで落とした。
さらに「小銭入れ」で金額も少ないため、「今回は戻ってこないよなぁ」と諦めていた。
入っていた金額は数百円だったので、諦めもつくが「マナカ(中部地区のSuicaのようなICカード)」があったので、その残金がちょっと心残りだった。

諦めて新しい小銭入れを買った次の日、仕事中に携帯が鳴った。
なんと「マナカ」の管理事務所から「落し物の連絡が警察からあった」と伝えられた。
それというのも「マナカ」「記名式」で作成していて、その「持ち主データ」で連絡してもらえたというのだ。

その後、警察に連絡し、遠方のため書類のやり取りで返却してもらえることになったが、拾った人はトイレの清掃のスタッフ。しかもお礼の権利は放棄してもらっている(少額過ぎて・・・)。

冒頭に書いたように、何度か落としても還ってくる。
一度なんか、海水浴に行って落とし、その土地の女子高校生がわざわざ郵便で送ってくれたことがあった。

正月早々に落として、ちょっとがっくりしていたけれど、善意の心に触れて嬉しい年の始まりとなった。

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2012年1月16日 (月)

【備忘録】成長させてくれた仕事たちNO.1「食材宅配メニュー」

昨年末に予告したが、年明けから始まったこのシリーズは、私が今まで働いてきて「良い経験だったなぁ」と思った仕事を備忘録として残すのが目的だ。

Seityou01今まで「備忘録」として職業やアプリケーション、それに「成長の実感」などいろんな角度で自分分析や自分を形成してきたものを書いてきたが、今回は具体的な「仕事」的な視点とした。
ただ、私が今の業界に定着するまでに、いろいろな仕事をしてきたことは、ずっと以前に書いたが、今回のシリーズは、今の私の業界に限らせてもらった。
やはり一番長いし、今の自分の仕事の仕方や判断に大きな影響を与えている点を考慮してのチョイスとなった。

最初は、専門学校を出て入社した「小さな印刷会社」 での仕事。
今から25年くらい前なのに、もう「食材宅配」というサービスがあり、そのメニューと食事レシピの版下(この職業や工程は、今はない)を制作する仕事だった。

確か毎週もしくは2週間分のメニューだったと思う。
だから、夏休みや年末になると、2~3回分が一緒に動くので、作業が大変だったことと、繰り返しのルーチン作業だったために「何曜日は何をして」を決まっていた。

この仕事ではページ物の印刷物を作る台紙(面付)や、版下作成に必要なすべてのスキルを覚えさせてもらった。
ルーチンだったので、「もっと効率よくできないか?」とか「この文字は取っておいた方が、修正の時に役立つ」とかイロイロ工夫することを覚えさせてもらった。

と後で振り返れば言えるのだが、その当時はとにかく毎日繰り返しで、初校を作りながら、再校や色校の修正にも対応し、「1日も休めないなぁ」と思っていた記憶しかない。

ただ、その思いがあって熱があっても会社に行って作業していたら、当時厳しくも可愛がってくれていた写植の大先輩が
「お前がいなくても、1日くらいは何とかなるのだから、そんなに無理して会社に来ることないよ」
という言葉をもらった時には、ほっとしたことを覚えている。

だから今でも「命や健康を削ってまで、会社に来ることないよ」と部下にも言う。
ただし、健康管理は必要だけど。

「小さな印刷会社」にも書いたが、ページ物印刷物制作の基礎を覚えさせてもらった思い出深い仕事だった。

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2012年1月10日 (火)

東日本大震災後の年末年始

本当なら、年末に予告した新しいシリーズを始めようと思ったが、ちょっとだけイレギュラーで。

Sinsaihoudou昨年から今年にかけての年末年始は、少し違う感覚があった。
何が違うかと言えば、やはり「東日本大震災」に関連するテレビ番組があったことだ。

あの震災が発生した後、このブログでは「報道」について触れたことがある。
最初は「東北太平洋沖大地震の記録その2」。この時は、まだまだ混乱の最中だったから、民放のテレビ局に関して期待したコメントを書いた。
2回目が「報道とバラエティの違い」として、震災後2ヶ月経過した後に、私だけの感想ではなく、雑誌のアンケートを参考に、「民放の東日本大震災の報道のダメさ」について書いた。

そんな経緯があったため、年末の各局の「あの震災」に関するテレビには興味を持っていた。
が、正直言って「全然ダメ」と思えたのである。
特にTBSで流していた「報道の日」は、あの震災報道当時に唯一民放で「震災時の報道の在り方」についてコメントしていただけに期待していた。

しかし、朝から丸一日の中で「巨大災害時の報道について」という観点から分析や報告されたことはほとんどなかった。もちろん年末の忙しい時期に、朝からずっとテレビ(しかもTBSだけ)見てたわけじゃないから、もしかすると見逃したのかもしれないけれど・・・・。

この「自分たちの報道がどうだったのか?」については、他のテレビ局でも全く触れられておらず、「なぜ地元FMが必要だったか?」「なぜラジオの方が有効だったか?」「テレビ報道に問題がなかったか?」など、いろんなテーマがありそうなのに、これっぽちもない気がした。

「奇跡の生還」「あの時の命」
そんな感動のシーンや出来事ばかりで、しかもチープな再現ドラマなどでお金をかけるなら、もっと「報道企業のの責任」としての視線も入れてほしかったなぁと思う。
こんなことを思って見てたのは私だけだったんだろうか?
これもあの震災の記録として、残しておきたい出来事だったので、ブログとして残すことにした。

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2012年1月 1日 (日)

2012年 謹賀新年

今年は、ついに7年目になりnobulogです。

昨年、念願かなって「江戸巡り」の実施は、ますます「江戸時代の風景」に想いを寄せることになりました。

そして昨年からの継続で、今年も広重の「名所江戸百景」から。しかも訪れた「飛鳥山」を選びました。

今年は、もっと「江戸」を楽しむ時間を楽しもう!年頭の誓い(希望?)です。

本年もよろしくお願いします。

2012nenga_2


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2011年12月31日 (土)

2011年を振り返ると

今年と言う年は、やっぱりずっと記憶に残る年なんだろう。

東日本大震災

2011_2このブログでもしばらく取り上げた
改めて見返してみたら、地震後の2ヶ月くらいはほとんど関連記事だった。
毎年、1年単位でこのブログをまとめて本を作り、手元に1冊だけ置いておくが、あの地震発生後の日常の感覚として、大切な記録になりそうだ。

そういえば、今年は今まで「やりたいな~~」と思っていたことが少しだけ出来た。

まずは「鬼平犯科帳のロケ地巡り」。
これは調子に乗って、2回出かけたが、実はもう1回出かけたいと思っている。
それと「江戸の旅」

この2つは、楽しかった。
これが順調に楽しめた大きな理由は「iPhone」にある。
なにせ、クルマのナビよりもピンポイントで自分の位置が分かり、事前に行きたい場所を登録しておくと、かなり詳細に距離や方角が分かる。
おかげで「ちょっと時間が余ったから、もう1ヶ所」と欲張りな楽しめ方が出来た。
「江戸の旅」も、また出かけていきたいと思っている。

他にも高校の同級生の死や、20代に知り合った懐かしい野人の話など、どうしようか迷いながら続けているブログにしては、話題がイロイロあったのかもしれない。

あんな大きな災害があった年。
さんまの名言じゃないけれど「生きているだけで儲けもの」。
無事に年が越せることに感謝したい。

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2011年12月26日 (月)

成長させてくれた仕事たちシリーズの始まり

まもなく1年が終わろうとしている。
今年は夏が長く秋が短かったせいか、年末への雰囲気がイマイチ盛り上がっていない気がするが、さすがに12月も後半になると違ってくる。

Setyou00会社では冬の賞与(ものすごく下がったが・・・)支給や来年のカレンダーが配布されたり、営業や顧客とも「年内には」「年明けには」なんて言葉を交わすから、否応なく「年末」が近づいた感が強くなっている。

そんな時期なのに、これから「新しいシリーズ」が始まることを書いているが、時期も時期なら、「新しい」という点でも我ながら苦笑している。
なぜなら、つい最近も「これからも続けるのだろうか?」なんて書いたりしているのに、こんな「新しいシリーズ」を始めることを宣言したり、なんて一貫性のない奴なのだろうと思われているだろうと思っている。

ま、これも私の個性と言うことで・・・・そして気ままに書けるブログだからということでお許しいただきたい。

この新しいシリーズを思いついたのは、先日昔お世話になった顧客担当者と10数年ぶりに商談したことだ。
もちろん「仕事的に」思惑があって、営業に頼まれて訪問したのだが、とても懐かしく、そして良い経験をさせてもらったことや、「仕事的成長」のステップだったことを改めて客観的に感じたことが、大きい。

今までも「就いた職種や会社の変遷」「クリエイターとしての感じ方」などを綴ってきたが、今回もその延長戦、しかもやっぱり備忘録として記しておこうと思う。

本格的には、年明けから。
こうしてやっぱりブログは続けてしまうのである。

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2011年12月19日 (月)

Favorites63 今昔散歩

今年の秋に出かけた「江戸の旅」「再び鬼平ロケ地巡り」などで、ちょくちょくiPhoneの便利さを書いているが、実は最近までブログに書かなかった新しい江戸時代小説の楽しみ方をiPhoneで行っている。Konjaku

「今昔散歩」というiPhoneアプリがある。
東京限定の地図なのだが、「現代」「明治」「江戸」の3時代が分かるアプリだ。
調べてみたら2007年の2月に「古地図の楽しさ」で書いてあるが、あの時はPCがないとダメなのが、今回はiPhoneで持ち歩けることが素晴らしい。
余談だが、こうやって過去に書いたことを調べられるのもブログのメリットだなぁ。

例えば東京に出張に行く。
そして現代の地図で位置を確認してから、江戸時代に切り替える。
そうすると
「おお、江戸時代からこの道はあったのか」とか「この辺りは武家屋敷だったんだな」なんて、一人で悦にいって歩くことが出来る。

本来は、この楽しみ方が開発者の狙いなのだろうが、最近私は、もう1つ違う楽しみ方をしている。
江戸時代小説を読みながら、地名や道順が出てくる。
それをこのアプリで江戸時代地図を見ながら、位置や道順を確認する。
ありがたいことに、現代の地図に切り替えられるので、かなりリアルに距離感が分かる。

例えば「芝七軒町から大門通りを東海道に向かい、そこから露月町、源助橋を渡り、芝口まで一気に走る」なんて文章を地図を見ながら読む。
そして現代の地図に切り替えると「あら、東京メトロの駅がある」「今は、新橋駅なのか」などと思いながら、また本を読む。

世の中が進んでデジタル化されることで、クリエイターの質が下がることをこのブログでは良く書くが、これは進化して生み出された新しい楽しみ方だ。
そして、このアプリ。iPhone版は無料だということが一番うれしい。

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2011年12月12日 (月)

ソフトのことを分かっている人たちは、どこに

どうも違う・・・・。
ここのところ、仕事関連の話が続くが、今回も同じく・・・・。
とにかく「紙にインクを乗せて」稼いできた業界は、ここ数年悪くなる一方だ。
そんな大きな市場変化に対し、印刷業界とか出版業界は、どうしようとしているのか???
そんな話が、社内回覧で回ってくる業界ニュースや、一般のWEBなどに連日掲載されている。
でも、何か違うのである。

Soft何が違うのかと言うと、結局「紙にインクを乗せる」のを諦め「ディスプレイに表示」しようとしているだけのような気がする。
そうじゃないんじゃないかと、この10年以上、いろんなところで見聞きし、会社でも話してきたのだが、どうも通じてないようだ。

デザインが、デジタル化となり「ワンソース・マルチユース」という言葉が流行った時期がある。
あの頃は「言葉」だけだったけれど、現在は、まさにその時代になっている。
特に「マルチ」の範囲が、10年前には想像もできなかったメディアに広がっている。

だから、本当はそれらを発信する「内容」が大事になるんだと言われてきたし、私もそう思っている。
けれど、実際は「発信する中身」の話はほとんど出てこず、「発信する媒体の多様性」の話ばかりのような気がする。

市場や企業の本当のニーズは、そこにある気がするのだが、受け手の企業が「多媒体への発信性」ばかり考えていて、すれ違っているんじゃないかと思う。
そんなことを繰り返しているうちに、実際に創っている人たちも、アプリケーションの「機能」ばかり覚えて、満足するようになってしまった。

そして、最近は本当に大事な「中身」のことを心配している人にはあまり会わない気がするようになった。。
いったいどこにいるんだろう?
そういえば、先日押井守氏が「今の日本のアニメは、コピーのコピーでしかない」と言って物議を呼んだが、これも「中身」の話だ。
どこも「中身」の薄さに苦しんでいるのだなぁと、我が業界も含めてタメ息が出るこの頃である。

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2011年12月 5日 (月)

舵を取れない舵取り屋

Kazi何の舵の話かと言えば、「会社経営」のこと。
前回の記事に書いたように、わが社は非常に苦しい売上状態だが、会議に出ていると
「この経営陣じゃ、ダメだよね」
と思える。
先に言っておくが、私はクリエイター出身なので、今は管理職だけれど、全く経営的なノウハウや知識はない。
そんな私でも「こりゃダメだ」と思うのだから、相当ダメなんじゃないだろうか?

売り上げ達成できない部署には、売り上げのことを。
利益率達成できない部署には、利益のことを。
新規獲得が低いところには、新規の話を。
そして、最後には「部長として、どんな方針なんだ」。
その前に「社長として、どうする気ですか?」と全員が聞きたいんですけれど・・・・・。

こうしブログで、自分の会社の恥を書いているわけだが、実はこれって、日本中どの会社にも起きているんだと思う。
バブルが弾けた時も混乱したけれど、あれはまだまだ「高度成長」の蓄えがあったし、「バブル自体」が問題だったから、その問題点を排除すれば良かった。
でも、今回は世界的にも経済は不安定だし、特に我が業界の場合「市場変化の問題」なので、自分たちで努力して新たな道を見つけなくてはならないはず。

ところが、今の役員の年齢層は、長く働いてきても、そんな経験は初めてなので、どうしていいか分からないんじゃないかと思える。
どっかで聞いてきた他社の成功事例を話して激を飛ばしても、今から、明日から、来週から「どうするのか」見えない話をしても無駄なんじゃないかな?

経営陣の人たちが大好きなノウハウ本や、経営本に、そう書いてないかな?
変革を恐れている人が、舵を持ってはいけない時代と気づいてほしいものだ。

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2011年11月30日 (水)

ナニワ・サリバン・ショー

急遽、予定にない記事を・・・・・
知らなかった。
朝、トイレの中でiPhoneをいじっていたら、偶然見つけた。
「え~~~、すごいなぁ~~~」
と思わず言ってしまった。
調べたらもう1年半も経っているんだ・・・・

何の話?
「忌野清志郎」大先生の話です。

彼が亡くなったのは「2009年の5月」だった。
あの時は、ずいぶんニュースにもなったし、揚巻さんの嘆きと落胆も尋常ではなかったことが思い出される。

そんな彼の伝説のライブ「ナニワ・サリバン・ショー」が映画になり、11月終わりから公開されていた。

2009年にこの世を去ったロック歌手の忌野清志郎をホスト役に開催されたライブを収録した音楽映画。清志郎と愉快な仲間たちによる一夜限りの夢の饗宴。それが“ナニワ・サリバン・ショー”である。大阪のラジオ局FM802の主催により2001年に開催、好評を得た同ライブは、その後、2004年に〈続 ナニワ・サリバン・ショー〉、そして2006年に〈新 ナニワ・サリバン・ショー〉として、いずれも大阪城ホールで行われた。出演は、石田長生、内田勘太郎、木村充揮、宮藤官九郎、斉藤和義、清水ミチコ、竹中直人、Chara、トータス松本、仲井戸麗市、中村獅童、間寛平、間慎太郎、ハナレグミ、HIS(細野晴臣・忌野清志郎・坂本冬美)、藤井裕、布袋寅泰、松たか子、矢野顕子、山崎まさよし、ゆず、Leyonaほか。

あるサイトにこんな解説がされていたが、彼の凄さはその出演者の多彩さを見ればわかる。
亡くなった時には話題になる人は多いが、亡くなってから、しばらくしてこんな風に蘇る人はそういない。
映画館には全くいかなくなったけれど、ちょっと見てみたい映画だ・・・・
youtubeに予告編がアップされていたの、リンクしてみた。少しだけれど雰囲気を味わってください。

「ナニワ・サリバン・ショー」公式サイトhttp://www.nanisari.jp/

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2011年11月28日 (月)

ただで学ぶことに慣れた人たち

暗い話が続くが、続かざるを得ないくらい今、会社の状況が悪い。
昨年「部長」とかいうものにされたおかげで、販売会議に出ている。そこで売上や利益の数字を見ていると、暗い気持ちになるくらい悪い。

Tadaneteru春先は「震災の影響」という言い訳も効いたが、本当は前回も書いたように「業界全体の落ち込み」なので、かなりドラスティックな改革をしないとやっていけない。
でも、なかなか出来ないのが現状で、この話は次回に譲るとして、今回の話は、その1つの対応策としての勉強会の話だ。

この勉強会、実は営業に向けて行っているが、ウチの会社の特に中部事業部は、セミナーとか勉強会とか良く実施する。
社内のもあれば、社外講師を招いたり、出かけていくこともある。

そんな状態で、先日私の部署が2週連続で、営業部の要請により勉強会を行った。
今までの経験で、「やってもあまり意味ないと思うけれど」と営業本部長には言ったが、「ぜひ」というので、部下にも頼み開催した。

で、結果はやっぱりという感じ。
遅れてくる、途中退席する、質問はない。
自分でお金払ってるわけじゃないから、全く「必死感」のない受講態度なのである。

偉そうな言い方をすれば、何年もかけて勉強したり、自分で投資して学んだり、顧客とのやり取りの中で、やっと得たノウハウを「会社のため」ということで「タダ」で教えてあげているのに、全くその価値に気付いていないのである。

「猫に小判」
「馬の耳に念仏」
「セミナーに慣れすぎた営業の勉強会」

これじゃあ、業績が上向く可能性は薄いよね~~~と確信する勉強会だった。もっと必死になれよ!

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2011年11月21日 (月)

コストの競争力とは?

昨年の今頃、このブログを続けるか迷っていた。
結局、結論を出さないまま今年も11月になってしまった。
何度も書いているが、最初は「ブログで何が出来るのか?」という仕事に近い視点で始めたが、ITの流れは速く、その後Twitter、facebookとソーシャルメディアは進化するし、iPhoneのような新しいツールも一般的になり、「ブログ」そのものの存在も「?」な状態になってきてしまった。

Kosutoだから、余計に継続する大義名分が無くなってきているのだが、何となく惰性的に「ま、日記代わりにもなるし」と続けているのが現状だ。

さて、今回のタイトルはえらく「経済的」なWordだが、これは日頃感じていたことなので、一度文字にすることにした。
私の働いている印刷業界とかデザイン・制作業界の低価格化はとどまることを知らない。
ただでさえ「紙離れ」と言われ、印刷物の絶対量が毎年目減りしているのに、拍車をかけて単価も下がっている。
おかげで、春先に倒産した印刷会社などは、仕事量は豊富だったけれど、利益が出なかったなんてことで、もう「ビジネスとして成立してない」状態になりつつある。

こんな状態でTPPのニュースを聞くのだが、テレビで少し聞きかじった程度で、深い内容は分からずに賛否の意見を眺めている。
そうすると
「日本の農業は、国に守ってもらえていいなぁ」
と単純に思ってしまう。

「より安全で、より高品質なものを」
消費者に届けるために日本の農業は一生懸命やってきていると言われている。
でも、日本の大部分の企業は「その上で」低価格競争に入っている。
もちろん「外国価格」との戦いも含めて。

一般の人は知らないけれど、印刷物だって同様な状態である。
だから「日本の美しい農業文化を守る」という意味の分からない言葉で、一定の業界だけを国策で守るってのはどうなんだろう?と思ってしまう。

必要なお金を使って、良いものを創ることが出来るなら、こんなに楽なことはない。
「付加価値提案だ」と言いながら、結局「高いから、もう少し安くなりませんか?」と毎回顧客に言われている私たちから見れば、「国が守ってくれる」業界はいいなぁ~~と思えてしまうのである。

「コスト競争力の必要性」
これは、どんな業界にも平等であってほしいと思う。

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2011年11月14日 (月)

Favorites62 ずっとウソだった

1年半ぶりの「Favoritesシリーズ」で今更ですが、今年のことを象徴する音楽として。
「フォークソング時代」には、こういう歌が多く、何だか久しぶりに「すかっ」とした気持ちでした。

『ずっとウソだった』

この国を歩けば、原発が54基。 教科書もCMも言ってたよ、安全です。
俺たちを騙して、言い訳は「想定外」。 懐かしいあの空、くすぐったい黒い雨。

ずっとウソだったんだぜ。やっぱ、ばれてしまったな。
ホント、ウソだったんだぜ。原子力は安全です。
ずっとウソだったんだぜ。ほうれん草食いてえな。
ホント、ウソだったんだぜ。気づいてたろ、この事態。

風に舞う放射能はもう止められない。
何人が被曝すれば気がついてくれるの?この国の政府。

この街を離れて、うまい水見つけたかい?
「教えてよ!やっぱいいや…」もうどこも逃げ場はない。

ずっとクソだったんだぜ。東電も、北電も、
中電も、九電も。もう夢ばかり見てないけど。

ずっと、クソだったんだぜ。それでも続ける気だ。
ホント、クソだったんだぜ。何かがしたいこの気持ち。

ずっと、ウソだったんだぜ。ホント、クソだったんだぜ。

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2011年11月10日 (木)

そんなにいたのか?ジョブズ信望者

ジョブズが亡くなって1ケ月が過ぎた。
私のパソコン歴は、振り返ってみると結構長い。
30歳になった時に、ワープロを触り始めたのをきっかけに、MS-DOSを少し触り、グラフィックデザインという仕事を生業にしていたため、Mac歴が一番長い。

JobuzuMacintoshのことやWindowsとの違いなどは、今まで何度か取り上げてきたので、今回は書かないが、ジョブズが亡くなって最も驚いたことは
「こんなにジョブズって尊敬され、愛されていたっけ?」
ということだった。

今でこそAppleは「iPhone」「iPad」というスマートメディアの代表格の機器を製作・販売している世界巨大企業だけれど、ちょっと前まで、倒産寸前だったのだから。
PCの世界は今だってMacは少数派であり、iTunesなどを触ると絶対WindowsよりはMacの方が扱いやすく出来ている。

だからMac歴の長い私としては、AppleのPCを利用している人たちは「マニアックな人たち」と言われた時代の印象がとても強く、今回のように
「世界中でジョブズの死を悼んでいます」
と言われると、ちょっと違和感を覚える。

それにジョブズの言葉があちらこちらで取り立たされ、すごく「信念ある起業家」のような印象を与えているけれど、実はとっても意地っ張りで人の意見を聞かないし、自分勝手な変人だというのは、昔から言われている。
でなければ、Appleの創業者でありながら、追い出されるようなことはなかったのだから。
ただ、ジョブズが去った後のAppleは、迷路企業になってしまい、彼の復帰後にiMacが売れなかったら、今やAppleはなかったはずだから、彼の意地っ張りで変人なところは、ある意味、天才的なものだったことは間違いないと思うのだが。

ジョブズが亡くなった後に、一度も言われないけれど、私がApple創設時の将来のPCに対する目標は、最も心に残っている言葉だ。
もしかすると、それはジョブズが言った言葉ではないかもしれないが、Apple創業者たちは、こう言っていた。
「我々は3歳の幼児から、80歳の年寄まで、誰でも使えるコンピュータを提供する」

iPhoneは、ジョブズのイメージしたコンピュータだったのだろうか?

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