2016年8月22日 (月)

ロボット掃除機がやってきた(その2)

先週、目出度く(?)59歳になった。
いよいよ定年&還暦まで、あと1年となった。還暦だって!なんだかびっくり・・・・20160822_robotto02

さて、前回に少し書いた「空気清浄器」は、本当にリーズナブルに購入させてもらったので、今回の「ロボット掃除機」は、どれくらいまで価格を下げてくれるんだろうと期待していた。
ネット通販とデジタル社会というのは、面白い。
「価格.com」で品番を打ち込むと一発で「今の最低価格」が表示される。

通販ビジネス事業と同じ部屋になってわかるが、この「価格.com」の価格はとんでもない場合が多く、仕入れ原価割れしてしまうこともある。
だから「さすがにそこまでは・・・」と思っていたが、最初に提示された価格は、けっこう高かった(とは言え、通常価格より20%以上は値引いてくれたが・・・)。
「この金額以下なら買うから」と私の希望の価格を会社の担当者に話しておいて、販売フェア当日を迎えた。

クルマで会場に行くと、けっこうウチの社員たちが家族連れで来場してくれていて、賑わっていた。
ビンゴゲームをやったり、ドリンクをもらったりして、最終価格を見せてもらったら、希望の価格に合わせてくれたので、購入。
「ま、こんなきっかけがないと買わないしね」
で、待つこと3週間。
何だか倉庫に在庫がなかったとかで、ずいぶん時間が掛かって納品された。

これについても、前回登場したバイヤーの方が「そういう時は、お客さんが待っているから、ワンランク上の機種で良いからすぐ納品してくれって、メーカーに交渉するんだよ」とウチの担当社員にゲキを飛ばしていた(結局、最初の機種で3週間待ちになったけれど)。

会社で商品を受け取って帰宅。
次の週末、さっそく使ってみた。
ウチのマンションは6畳くらいの部屋が3つあって、11畳くらいのリビングがある(これを一人で使っているから贅沢だ・・・と娘に言われる)。

最初は玄関先の廊下。
次は浴室の床、トイレ、そして寝室。
毛足の長いカーペットは、やはりトラブルになるようで、停止してしまったが、それ以外は順調。
特に寝室は打込みのカーペット床になっており、一番心配していたが、思った以上に掃除する。
あっという間に、ごみ集積ボックスは満タンになるくらいに掃除する。

さらに購入する前は「いらない機能」と思っていた「しゃべる」機能。
使ってみると設定の確認や、掃除やトラブルの状況を音声で教えてくれるので意外と便利。
ただし、ロボットを動かすときには、椅子やいろいろな物を退けておくので、それなりに手間はかかるが、予約設定しておけば、会社に行っているうちに掃除してくれる。

それなりに人気の製品群というのは、やっぱりあると便利と感じるものだ。
そのうち独立歩行で、掃除も家事もやってくれるロボットが本当にやってくるかもしれないと、便利半分、ちょっと未来予想をした「ロボット掃除機」購入顛末だった。

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2016年8月 8日 (月)

ロボット掃除機がやってきた(その1)

きっかけは、この春の組織変更だった。20160808_robotto01
この辺りの状況を書くと、とても長くなるし多分読んでも分からない話なので、省くことにするが、要は私の会社で数年前から実施している「通販ビジネス」 の部署が私のいる部屋にやってきた。

私の前の席には、以前、我が社の顧客の取締役営業部長だった大ベテランのバイヤーの方が顧問としており、「モノを売っていくための施策」「メーカーとの交渉」など活動し、私としては面白く興味深く眺めている。
仕事柄、いろいろな分野の仕事を取材したり、撮影したりするが、TVなんかではなかなか分からない、こうゆうビジネスの裏側を見るのは、なぜか歳を取るほど興味深くなる。

それは良いとして、そのバイヤーの方のパイプで、ある家電メーカー(つい最近台湾の企業に吸収された・・・)の販売フェアに当社の通販ビジネスは参加する。
それ自体、もう数回開催しており、そのたびに会議などで担当となっている執行役員が「通常よりかなり安くするので、ぜひご来場を」と言っていた。
でも、取り立てて欲しい家電もなく、わざわざ休みに出掛けるのも・・・と思い今までは参加しなかった。

ところが、今回の場合、部屋は同じだし、その通販ビジネスの業務は、私のいる本部に強く繋がったために、知らん顔は出来なくなった。
さらに、通販ビジネスも「とても売れている」とは言えず、かなり売上に苦しんでいる。
「このフェアでなんとか挽回しないと」
などという会話が毎日私の周りで飛び交っていると、これまたさらに知らん顔は出来ない。

フェア用のパンフレットを渡され「頑張って交渉して安くするから・・・」と言われて「何か必要なものは」と探すのだが、なかなかない。
今までブログで紹介したように、このところギターにベッドにいろいろ購入しているし、さらには2人目の三世が生まれた時には「空気清浄器」をほとんど原価で売ってくれるというので、2台購入し、1台は娘夫婦にあげたりもしている。

どうしようかと何回もパンフレットを見ていたら「ロボット掃除機」が目についた。
以前、部下の女性は「実は持っています」と聞いていたし、それよりも春に姪っ子の結婚式のことで兄夫婦の家に行ったら、持っていたのを覚えていた。

「これって、どうなのかなぁ」と思っていたが、こうゆう機会がないとなかなか購入の踏ん切りがつかない。
取りあえずこの「ロボット掃除機」は例の超有名なのではなく、販売フェアを行なう家電メーカーの製品で、いろいろ調べ「まぁ、このクラスだったら良いか」と決めて、値段交渉の段階になった(続く)

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2016年8月 1日 (月)

支援ふたたび(頼られているうちが花なのだ)

6月だったかな?
ある日、婿からメールが来た。20160801sienn
「うちの会社って、アルバイトとか副業した場合、届けた方が良いですか?」
かなり突拍子もない質問だったので
「基本的は、アルバイトは禁止だけれど、会社の要請などの場合は許されるんじゃない?」と返した。
(ちなみに婿は、過去にブログに書いているが、いろいろあって、私と同じ会社で働いている。)

なにか、どこかから頼まれたのかと聞いてみると、そうではなく、少し生活費に足しにしようとのこと。
確かに2人目の3世が生まれ、しばらく2人の母親になった私の娘はバイトも出来ないだろうし、何より婿は同じ会社の同じ部門なので、彼の等級も知っているし、その等級からおよその給料も分かる。

「ウチの会社の給料で、家のローンも払い子ども2人と奥さんを養うのは厳しいわなぁ」
そう思って「少し援助しようか?」とメールしておいた。
ところが、それからしばらくしても、何も言ってこない。
そりゃ、そうだろう。
会社に入るのも、最初の子どもが生まれてからも、そして家を購入する時も、そうそう1人目のランドセルや2人目のベビーカー(これは、もう少し後に購入予定)も、なんだかんだと援助している。
だから遠慮もあるだろうし、一家の主としてのプライドもあるだろう。
私が、婿の立場だったら、「自分でなんとかしよう」って思うから。

でも、私は自分が家庭をうまく築けなかったこともあり、働いてばかりで「お父さんがいつもいない」家庭になるのは良くないなぁと思った。
ウチの会社の婿のセクションは残業が多い、
たぶん夜8時前に帰る事すら稀なんじゃないか?
それに加えて土曜日曜もバイトなんて、身体のことも考えて絶対にやめた方が良いと思う。

2週間くらい様子を見て、娘にLINEで「昔の銀行口座あるか?」と聞いて見た。
やっぱり「いつも世話になっているし・・・」とか「お父さんの老後の生活費が・・・」と言って遠慮していた。
特に「老後の生活費」は、私が冗談でそう言いながら支援してきたので、気にしていたようだ。(確かに悠々自適に老後を過ごせる状況ではないけれど)

このブログで昨年書いたが、マンションもクルマのローンも終わり、今は少し楽な家計になっていること伝えて、ほんの少しだけ振り込んであげることにした。
「ごめんね、いつまでも頼ってばかりで」
と言ってきたけれど、
「頼られるうちが花だから」と返した。

早くに両親を亡くした私には、そんなことは出来なかったけれど、まぁ頼ることが出来る親がいることは、本人たちがちゃんと分かっていれば、幸せな状況なのだと思う。
娘が5歳くらいで離婚したけれど、2人目の孫が生まれた今になっても、こうして親子の関係が続いているのは、ある意味幸せなのかもしれない。
でも、来年は定年・・・・いつまでも支援はできないなぁ・・・・・

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2016年7月25日 (月)

好事魔多し……久しぶりのクルマ接触(その3)

(余談だが、会社のPCがウィルス汚染にさらされ、一部書き溜めてたブログ記事が消滅というか暗号化されて使い物にならなくなった・・・)
修理工場が引き取りに来てくれた時に「どれくらいの期間掛かりますか?」と聞くと「約2週間」と言われた。20160725_kuruma
「え~~そんなに掛かるの?」と聞くと、「保険会社が見に来たりして、けっこう時間が掛かるんですよ」とのこと。
う~~ん、仕方ないなぁと思い、代車生活となった。

最初は「ちょっと乗り心地が・・・」と思っているうちに、人間というのは面白い。
それなりに慣れてくる。余談だけれど、代車は私のクルマより新しいので「アイドリング・ストップ機能」が付いている。会津若松に旅行に行った時に借りたクルマにも付いていたが、どうもこの「アイドリング・ストップ機能」は好きになれない。
信号で停まるたびにエンジンが止まり、スタートするたびにセルモータが回ってエンジンが掛かる。
これってクルマに負荷は掛からないんだろうか?
と思っちゃうので、いつもこの機能はオフにしてしまう。

傷つけてしまった隣のクルマが代車に変わったら、保険会社から状況報告としてメールで随時連絡が来るようになった。
2週間は掛かると言われていたので、「そろそろかなぁ?」と思っていたら、修理工場から「お待たせしました!」と連絡があり、無事に治ってきた。
「こちらのドアは交換しましたぁ」と言われて「え~~」と思ったが保険使うから、そうしたんだろうか?
とにかくクルマは治ってきた。

変なもので、代車に慣れてしまっていて、今度は自分のクルマの感覚に慣れなくて、少し困ってしまった。
「2週間も借りていたけれど、代車の料金は大丈夫かな?」などと思っていたら、保険担当から電話が掛かり、そのことを聞くと調べてくれた。
修理工場はきっちり保険で賄える料金の代車を用意しており、その後、メールとハガキでまずは「代車レンタル代」として明細が報告された。

その後、隣の傷つけてしまったクルマも治ってきて、またメールにて報告。
そのうちに修理工場からは免責分の請求書が届き、さっそく銀行振り込みで処理。あとは私のクルマの修理代金と相手の修理代金が明確になったら報告が来ることになっている。
と、最初は不安だった「ネットの自動車保険」は、思いのほか面倒でなく、さらに電話とメールを使い分け、「ネットだから困る」ということはなかった。
もちろん、今回は単純な接触事故で人命に関わることがない軽いものだったからだろうけれど、本当にこれくらいで済んだと、これからも気を付けないといけない。

「好事魔多し」。改めて胸に刻んでおこう。

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2016年7月19日 (火)

20160719_好事魔多し……久しぶりのクルマ接触(その2)

(前回の続き)
「う~~~ん、どうしようか?」20160719_kuruma
と思ったが時刻は9時過ぎ、しかもぶつけたクルマの持ち主も分からない。
と、いうことで「取りあえず明日だな」と思って、用事に出かけた。

運転しながらも「ディーラーの担当に電話すれば良いか?」と思ったが、そういえばクルマの保険が高いので、今回からネットの保険に切り替えたんだった。

これも「好事魔多し」だなぁ。
今まで通りディーラーの保険だったら、いつもの営業に電話を掛ければ、全部対応してくれる(以前、他のクルマにぶつけられた時、そうだった)。
ところが今回はネット保険。
もう切り替えた時に限って、こういうことをやっちゃうんだよねぇ。

とにかく次の日になり、駐車場の大家さんに連絡して、クルマの持ち主の連絡先を教えてもらってから、ネット保険の「事故対応」窓口に電話。
マニュアル通りと言えば、それまでだけれど、キチンと順番に聞いてくれたので、状況を説明。

途中で「もう保険を使うから」というと休日事故対応担当者に変わり、修理工場の手配や相手への連絡などやってくれると言う。
私のネット保険は、TVのCMで織田裕二は「私が専任担当者です。ただいまお相手の方と連絡取れました。これからはすべてお任せください」とやっているが、私の専任担当者は女性だという違いはあるが、現実でもそれに近い形で対応してくれた。

しかも相手との話や進捗状況などを逐一電話で報告してくれる。
私が電話したのは、土曜だったので、臨時で「休日事故対応」の担当だったが、月曜になり改めて「専任担当者」から連絡があった。

修理工場はすでに日曜に来てくれて、私のクルマは引き取り、そして代車も持ってきてくれた。
保険の契約では代車は「1日5000円限度」とあったので、軽自動車や小さな普通車を覚悟していたが、私の乗っているゴルフと同じメーカーのワンランク下のポロを用意してくれて、びっくりした。(さらに続く)

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2016年7月11日 (月)

好事魔多し……久しぶりのクルマ接触(その1)

このブログでは来年、定年になることをここ2~3年書いている。20160711_kuruma

若い頃は、早くの両親の死や転職、結婚そして離婚と非常に波の激しい人生を送ってきているので、あまり大きなうねりのない日々が続くと、「ふっ」と不安になることがある。

美輪明宏氏が「人生は死ぬまでに50対50」になるんだよとTVで話していた時に、妙に納得したものだ。
私自身も若い時の経験から「良いことがあると悪いことが起きる」と思うようにしている。
所謂「好事魔多し」という格言を割と胸に刻んでいる。
特にクルマの運転している時には、昔いろいろヘマをやっているので、注意するようにしている。

ところが、本当に「好事魔多し」通り、やってしまった。
ある金曜の夜、帰宅後用事で出かけるために、クルマに戻った。
乗るときには私のクルマの左側に駐車しているクルマを目にしたのだが、乗ってから少し運転席で、ごちゃごちゃ雑用をしていた。

雑用も終わり「さて、出発」と思い、アクセルを踏んで、公共道路に出るために左にハンドルを切った。
その時には完全に左側にクルマが停まっていることを忘れていた。
だから、当然ぶつかるわけで、左の後ろ側でいきなり「ガリガリ」と音がした。

もう本当に完全に左のクルマのことは忘れており「なんだ?」と思って気づいたが後の祭り。
降りてみたら、左リヤのドアを中心にけっこうな傷。
そしてぶつけたクルマにも傷。

「あ~~あ、やっちゃった~~~」
「なんで忘れたんだろう」と後悔しきり・・・・・・
これが夢だったら良いのにと思うが、そんなわけはなく、
やっぱり「好事魔多し」なのである(続く)

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2016年7月 4日 (月)

弱者の暴言、許容範囲はどこまで

一時期ブログに登場していた旧本部長は異動(まもなく定年のはず)になり、私自身も来年定年ということで、会社の中で日常的にストレスを受けることは少なくなった。

とはいえ、あとを託すはずの2人の部長、特に元部下だった部長の感度のなさと管理職としての無能さを目にすると、少々ストレスを感じるが、「困るのは君たち」という今の私のスタンスだと、そんなに強いストレスではない。
20160704jakusyanobougen
そんな最近、とても強くストレスを感じることがある。
我が社は、いろいろな背景があって、一部通販ビジネスを展開している。
その部門が、この春組織変更などの影響で、私のいる部屋にやってきた。

それは良いのだが、その部門に組織変更前まで在籍していた女性が、日に2度ばかりやってきて、通販ビジネスの担当男性を罵倒していく。
ずっと一緒にやっていたスタッフなので、本人は冗談のつもりで話しているが、もう内容がひどい。

その彼女は、とても優秀な社員なのだが、ずっと以前セクハラにあったとか、いろんな事情でメンタルを病んだ経験がある(らしい)。
だが、とてもコミュニケーションに問題があり、私の部門の女性スタッフは「まともに話せない」と嫌っている。
そのことは聞いていたが、いざ、自分の部屋での言動を見ていると「こりゃ、この女性の問題も大きいよね?」と思うようになった。
大体、春まで自分の働いていた部門とは言え、3ヶ月経過しても「心配だから」という名目で毎日やってくるなんでやっぱり問題だと思うんだよね。

だが、なんせ「メンタルを病んだ女性」と一般的には「弱者」的に見られる立場。毎日毎日、男性社員への暴言を耳にするこちらとしては、かなりストレスになり、ついつい「いい加減にしろよっ」と言いたくなる。

確かに、言われる男性社員は年齢の割に能力が低く、営業から外されてしまった人だが、それにしても酷い言い方だ。
「給料どろぼう」
「なんで無視するの」
「聞いてないフリするな」

などなど、これが健常者で男性が言った言葉なら、今の時代完全に「パワハラ」発言となる。
しかし、なにせ「メンタル経験者の女性」という弱者的立場。どうしたら良いのか、個人的には気持ちのやり場に困っている。

「弱者は何を言っても許されるのだろうか?」
毎日、そのシーンに出会っているうちにそんなことを思い出した。
まるで沖縄基地問題でYouTubeに載っている「プロ市民」「暴力左翼」みたいな感覚だなぁと思えるようになってしまった。

「私たちは弱者だから、何を言っても良いのだ」
そんなわけねーだろ!と怒鳴りたくなる毎日を懸命に我慢している。

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2016年6月27日 (月)

近隣の子どもの声……

確か今年の4月だったと思う。
住宅街に開園する予定だった保育園が、近隣住民の反対で断念したというニュースがあった。
賛否両論あることがネットでも取り上げられていた。20160627_kodomo

昔、何かで小学校近隣の人の声を読んだことがある。
「今日で夏休みが終わる。この1カ月静かだったけれど、明日からまたうるさくなる。」

自分たちが子供のころに、近隣の人がどう思っていたか知らない。
だけれど、近隣に迷惑かけないように学校生活を意識したことなんてない。
子どもなんて、そんなものだ。
だから「静かにしろ!」と言っても無駄なものだと思っている。

頻繁に東京出張していた頃に、シーズンになると修学旅行生によく出くわした。一度同じ車両になったことがあり、騒音の嵐の中、東京に向かったことがある(大ボリュームで音楽を聴いて凌いだが・・・)
いずれにしても、子どもの嬌声は個人的には騒音だと感じている。

とここまでは、一般論。
わが家のマンションは、両隣りにマンションがあり挟まれている。
私の部屋や角部屋で、すぐ隣のマンションの屋外階段に面している。

いつの頃からか、この隣のマンションの子どもたちが、屋外階段の踊り場で遊ぶようになった。
これが、けっこううるさい。
特に休みの日の昼に、テレビを見ながらくつろいでいると(うとうと寝ていると)子どもの嬌声でびっくりすることがある。

以前、そのマンションの子どもで少し問題になり、警察通報まで至ったことがあった(らしい。マンションの総会で説明があった)。
その子どもは親側にも問題があり、今は引っ越していないとのことだ。

でも、今も嬌声は聞こえてくる。
大人ぶった言い方をすれば「そもそも屋外階段の踊り場で遊ぶのは良いのか?」ということになる。
特に2つの建物に挟まれた位置に屋外階段があるため、ただでも耳に付く嬌声が響く。

最初の保育の話ではないが、最初からそういう環境だったら文句は言えないけれど、あとから子どもたちの嬌声が聞こえる環境となるのは、終の住まいとして移住してきた住民としては、やっぱり「ひとこと」言いたい気持ちになる。

たまたま今年は、マンション組合の役員になっている年でもある。
一度、議題にしてみても良いかなぁと思っている・・・・

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2016年6月20日 (月)

減るお菓子で感じる時間

もう6月後半になっている。
今年の前半は、何だか慌ただしく過ぎた。
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今までブログに書いてきたように、ベッドを購入したり、ギターを買ったりと久しぶりの非日常的な買い物をしたかと思えば、2人目の3世が誕生して、お宮参りに行ったり、そしてそして姪っ子が軽井沢という遠方で結婚式を挙げたりと、ちょっと思い出すだけでも、いろいろあった。

と言って、いつもの温泉や史跡巡りをしていなかったというとそうでもなく、4月中旬から咳だけの酷く長引く風邪をひくまでは、けっこう出かけていた。
仕事はもちろんだが、プライベートの遊びでも、あまり毎週予定が入って、あちこち飛び回ることは好きじゃない。
どこかで自分のテンポとか人付き合いの範囲を、リラックスした状態にしておきたいというのは、30代くらいから思うようになったが、そんな私としては、かなり慌ただしい半年間だったことは確かだ。

この慌ただしい出来事のなかに、お祝い事が含まれている。
ということは「内祝い」とか「お土産」と言った感じで、和菓子の箱がリビングに重なることになった。

多くの数が揃うなら、会社に持って行って食べてもらうのだが、1つ1つは少ないためにそうはいかず、かと言って、賞味期限が来ていないのを破棄するのは気が進まない。
ことにお祝い事の和菓子なので、やっぱりちゃんといただかないといけない気がしたので、どうしても期間中に食べられないものを除いて、リビングに積んでおいた。

好き嫌いもあるが、食べていく順番としては賞味期限が近づく順となり、さらに餡を中心とした和菓子系なので、毎日大量に食べられるわけでなく、すべての和菓子の箱が空になったのは、6月の声を聞く頃になってしまった。

「やっと箱がなくなった」
と思ったが、この箱が無くなったリビングを見て、それだけ時間が経過したのだなぁと、妙な気持ちになった。
これも年齢のせいなのだろうか???

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2016年6月13日 (月)

ミニ江戸の旅~国芳・国貞編

「若冲展」の寄り道、2回目。
これは本当にたまたま前日に知ったイベント。
会社の関係でY新聞という全国紙を購読しているがその中に「ボストン美術館所蔵『俺たちの国芳 わたしの国貞』」の記事があり、急きょ寄ることにした。
20160613kuniyoshikunishada_2
場所は「渋谷Bunkamura」
渋谷などという街は、20代のころに寄ったことがあっても、基本的には若者の街だと思っており、まったく近づかない街。
駅から歩き始めて、有名なスクランブル交差点では、もの凄い多くの人が行き交う。

そしてここでも外国人旅行者を見かけた。
どうもこの「スクランブル交差点」は世界的には名所になっているらしく、多くの行き交う人をバックに記念写真を撮っていた外国人をたくさん見かけた。
何が珍しいんだろう???

「渋谷Bunkamura」に到着。
さすがに「ボストン美術館所蔵」だけあって、浮世絵として非常に状態が良く、刷色の鮮やかさも十分残っていて、眼福眼福の連続だった。

しかし、さすがに東京。
「若冲展」ほどではないけれど、ここも多くの人が来ていて、結構並んでの見学だった(とは言え、目の前でじっくりと見ることが出来たけれど)。
多くの人がいたけれど、平日のせいなのか、江戸文化や浮世絵、そして歌舞伎題目など基礎的な知識のない人がいた。
感想を口に出しながら、同行者と見学しているのだが、その感想が「違うんだよね~~」と思わず突っ込みたくなるものが多かった(笑)。

作品群が良かったので、我慢できずに図録を購入。
これで「若冲展」と2冊の図録を抱えて帰ることになった。
帰りの新幹線にもちょうど良い時間となり、座席に着くと、隣のおば様二人連れから「もしかして、一緒のところにお出かけ?」と声を掛けられてしまった。
(これが若い子なら、嬉しいけれど・・・・)

どうも今回購入した「50+」サービスの利用者は、このようなおば様たちが多く、私のようなサラリーマンとは違い、平日にあちらこちらに出かけて人生を満喫している様子だった。

日帰り東京で、「若冲展」だけでなく、欲張ってあちらこちらに寄った。
さすがに体力的にはきつかったけれど、楽しい「ミニ江戸巡り」を満喫できた。
人の多さには閉口したけれど、やっぱり名所旧跡めぐりは楽しい。
これからも出かけて行きたいものだ。

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2016年6月 6日 (月)

ミニ江戸の旅~歴史巡り編

前回書いたように、私の住む地方のJRには「50+(フィフティプラス)」というサービスを利用して往復の新幹線を購入した。
そのため行きは早朝7時、帰りは東京を19時と、ある意味空き時間はたっぷりあった。20160606rekisimeguri_2

「若冲展」がいくら混雑しても、そこまで時間は潰れないだろうと思って、「せっかく東京に行くなら」と寄り道計画を立てた。
今日の話はその「寄り道」の1回目。

2013年に2泊3日で「江戸巡り」をして、その時に「靖国神社と江戸の旅」 という記事を書いた。
今回は、その時、工事中やコースから外れて、見学や訪ねることが出来なかったところから、上野からアクセスの良いところをピックアップして楽しんできた。

●上野東照宮
ここは、以前に寄ったけれど、ちょうど工事中で拝殿に入れなかったところ。
全国に数ある東照宮でも、これだけ金ピカの社はなかなかないだろう。
ここだけじゃないが、この日訪ねたどこにも、外人や私より少し高齢な夫婦や女性連れなどが目に付いた。
特に外人は多い。
今風で言えば「インバウンド」真っ盛りといったところだった。

そしてここもフランス人のご高齢女性と日本女性のコンビがいて、フランス人はやたらと感嘆の感想を口にしていた(と思う)。
そして「立ち入り禁止」とあるところにも入ってしまってカメラを向けていたが、付添いの女性は「多分わかっているけれど、行っちゃうみたい」と苦笑いしていた。
こんなところにも日本人と外国人の差異を感じるなぁ。

●湯島天満宮
以前「湯島聖堂」には行ったが、こちらはコース外だったので行けなかった。
上野から10分程度歩いて到着。
思った以上に「こじんまり」していたのと、上野でも見かけて修学旅行生が拝殿前で固まっており、お参りしただけで、サッと帰ってきた。

●谷中霊園~徳川慶喜の墓
日暮里まで移動して、谷中霊園へ。
東京の人にはわかるが、広大な霊園なのだが、面白いことにここにもやたらと外国人に出会った。
私の目当ては「徳川慶喜の墓」だけだったので、気づいてなかったのかもしれないけれど、なぜあんなに外国人とすれ違ったのだろう?

慶喜公の墓碑は柵に囲まれて、傍まで行けなかったけれど、歴史ブームの証拠のように、高齢のご夫婦や女性連れの方など、常に誰かが訪ねてきていた。
「慶喜公は、幕末の英雄だったのか?それとも・・・・」とずっと心の中で「本当はどう思っていた?」と聞きながらの見学だった。

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2016年5月30日 (月)

ミニ江戸の旅~伊藤若冲展編

「伊藤若冲の展覧会、しかも動植綵絵が展示される」
この話を最初に聞いたのは、2月位だったか?
会社のある人が、以前私が好きだと言っていたのを覚えていてくれて、教えてくれた。
20160530jakutyu
調べてみたら、場所は「東京都美術館」
う~~ん、東京かぁ。以前のように毎週出張で行っているなら、どこかで時間を都合してと思うのだが、今は、ほとんど東京には行かない。
でも、私の住む地方に回ってくるという情報もないし、「若冲」は見逃したくないし・・・・。

そう思っていたら朗報が舞い込んだ。
私の住む地方のJRには「50+(フィフティプラス)」というサービスがある。
50歳を超えている人だけが入会できる(と言っても会費は無料だが)サービスがあり、私はそれに登録している。
その会員誌に「若冲展ツアー」として新幹線と入場券のセットがかなりリーズナブルに販売していた。
ただし乗られる新幹線の便は早朝と夜に限られていたが、この価格は魅力だとさっそく購入した。

「若冲展」だから混雑は必至と思い、平日の日程で購入。
その後、NHKを初めとしてテレビで「伊藤若冲」を紹介する番組が連日放送され、これはますます混雑は避けられない様相だった。

で、当日。
朝7時の新幹線で出発し「東京都美術館」には9時過ぎに到着。
ところが、すでに入場を待つ人で大行列。
結局1時間20分くらい並んでの入場となった。

会場も混んでいたが、中でも今回のメインである「動植綵絵」はスゴイ人数。
それでも出来るだけ前列まで割り込んで見てきたが、東京の人たちはこういうことに慣れているのだろう。双眼鏡持参の人が多く見られた(その観賞方法にはちょっと疑問を持つが・・・)。

確かに「動植綵絵」は素晴らしかった。
でもいくつかの作品を見るうちに、「ああ、これはデザイナーになる頃にブームだった『スーパーリアリズム』の分類だな」と思うようになった。
もちろん、エアブラシもアクリル絵の具もない時代だけれど、きっと若冲が目指したのは「どこまで本物に近づけるか?」なのだろうなと感じた。

もう1つ若冲には魅力がある。
それは墨1色で、そして単純な線のみで書き上げるとてもデザインチックな図画表現。今回の中には「虻と双鶏」がそれに当てはまる。

全部で3フロアに分かれていたが、最後にあったのは米国人プライスが収集した作品。
私が初めて「若冲」を見たのは「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」だが、やはりこのコレクションの作品は良質だ。
個人的には「動植綵絵」よりも色の発色やバリエーションからすれば、こちらの方が好きだ。

見ている人の多くは、若冲の精密性ばかり話題にしていたが、私は、その瞬間の観察力と、墨で簡易化する技は、大好きな北斎に共通していると改めて感じた展覧会だった。

ちなみに混雑ぶりは図録を購入する時もあり、会計が20分待ちだった。
さすが、東京です・・・・・

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2016年5月28日 (土)

【備忘録】米大統領の広島訪問

今日は、土曜の出勤日。
さらに言えば、有給取得促進日(会社から、出来るなら有給取得してね?という有給取得施策の1つ)なので、普通なら休む。
実際に、会社に出社している人数は、とても少ない。20160528

しかし、先月は体調不良で、今月は「姪の結婚式」「若冲展」などで、立て続けに有休を取った。
欧米人から見れば信じられないだろうが、そんな状況のためにちょっと遠慮して今日は出勤している。

今週「伊勢・志摩サミット」が行われたが、それは私の住む地域に近い。
「オバマ大統領が中部国際空港に降り立った」というニュースを見て、何だか変な感じを持ったし、サミットの1カ月以上前から、高速道路には「サミットのため規制がある」と情報発信されていた。

私自身に直接影響はなかったけれど、「トラック便に影響が出る」とか「営業は時間の余裕を持って」などと社内でも注意喚起が行われていた。
さらに、サミット前日にはわが家のマンション上空を夜9時くらいに飛んでいくヘリコプターの音が聞こえ、やはりいつもとは違う感じではあった。

サミットそのものは、あっと言う間に終わり、特にテロのようなことも発生せず「やはり日本は安全な国」と思った(それなりに厳重な警備だったが・・・)
そのサミットよりも関心を呼んだのが、オバマ大統領の「広島訪問」

滞在時間わずか1時間。
ショートスピーチの予定が17分間におよぶ演説だったこと。
被爆者(そういえば、演説の中で「HIBAKUSYA」と語っていたのは、驚いた)と少しだけ語り、握手し、抱擁したこと。


謝罪は求めない。
謝罪してほしかった。
もっと、ゆっくり資料館を見てほしかった。
長崎にも来てほしかった。


立場やその人の送ってきた人生や、そして立場によっていろいろな意見があるようだ。
でも、私は素直に「アメリカの大統領が広島にやってきて語った」ことを大きな出来事として嬉しく思った。
原爆ドームを背景に、アメリカの大統領が哀悼のメッセージを含めたスピーチを行った姿には、胸を打つものがあった。

私は常々「原爆投下は正しい判断だった」と公言するアメリカの人には「どんな意見を持っていても良いから、一度原爆資料館を見てほしいなぁ」と思っていた。
アメリカの軍人だって、中国や韓国のように日本に占領されて攻められた国の人にだって、いろんな意見や考え方があると思うし、私はそれを否定はしない。
ただ原爆資料館を見てほしいなぁ。
あの展示物や説明を見て「何か」を感じてほしいなぁと思う。

今回、オバマ大統領が広島訪問したことがきっかけで、いろんな国の多くの人たちが広島や長崎に訪れ、資料館を訪れてくれるならば、それだけでも意味のあったことだと私は思う。

私の住む地方の近くでサミットがあったこと、そしてアメリカ大統領が広島を訪れたこと。
この2つを備忘録としてブログの話題にした。

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2016年5月23日 (月)

隣人の孤独死

今から考えれば、その兆候はGW前にあった。
隣には私より年上の男性が一人暮らししている。
その人は2年くらい前に定年になったみたいで、ある朝すれ違ったら「ヒマでヒマで」と話していた。
マンションの総会にも欠かさず出席されるし、理事長を誰も受けない時には、2年連続でやってくれたりして、私とは割と親しくさせてもらっていた。
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GW前に新聞が4日くらい溜まっていて「どこかに行っているのかな?」と思っていたが、その後、溜まった新聞がなくなったので、安心していた。
GW残り2日のある日、前日姪の結婚式で軽井沢までの往復でグッタリしていたら、インターホンが鳴った。
「新聞店ですが、隣の方が10日くらい見えないのですが、知りませんか?」と尋ねられた。

知らない旨伝えて引き取ってもらったが、どうにも気になる。
2014年9月「一人暮らしのマンション珍騒動」 の時には大騒ぎしたが、ひょっこり本人が現れ、笑い話で終わった。
今回も、笑い話になるかもと、しばらく考えていたが、やっぱり気になりマンション管理会社の営業担当に連絡してみた。

「さっそく連絡してみます」と返事のあと、しばらくしたら「弟さんが連絡しても出ないようで、翌日警察と訪ねることになりました」と連絡があった。
翌日の朝、玄関先で物音がしたので、見てみると警察官が2名。

一応、最初の連絡者なので、状況を話しておいた。
しばらくして鍵を開ける音もし(分譲マンションなので、鍵屋さんを呼んで開けたようだった)、お昼すぎた頃に、警察がやってきた。

「残念な結果でした」とのこと。
玄関先から隣のドアを見ると、鑑識の人もおり、少し開いているドアから、少しだけ異臭もした。

親しくさせてもらっていたから気になって連絡し、少しでも早く見つかったのはせめてもの慰めかなぁ~と思ったけれど、離婚後ずっと一人暮らしをしている私としても他人事ではない。
一人暮らしは気ままだけれど、こんなふうに人生の終わりを迎えたくないなぁと思う出来事だった。

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2016年5月16日 (月)

姪っ子の結婚式

3月に「通販でギターを購入(その1)」 に書いたが、姪っ子の結婚式があった。
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結婚する姪っ子は、すぐ上の兄貴の2番目の娘で、結婚式に出るのも、さらに兄貴とギターを弾くのも初めてではない。
だから、式そのものはそんなに大きな問題ではない。
今回の大きな問題は、式を行う場所。

婿になる彼は、東京の人。
姪っ子は何年か前に突然「東京に行く」と言って、1~2年前には「そろそろ帰るかも」と噂を聞いていたが、東京で運命の婿と知り合って、結婚となった。

当然、婿の親や友人は東京方面。そして姪っ子の親や親せき・友人は名古屋方面。
どうするのかと思っていたら、式を「軽井沢」でやると連絡が来た。
しかもGWの間の平日である5月6日!

私の住んでいる街から往復で700km。
さらに一番上の兄は、私より10歳以上離れており、さらにさらにメンタルの病のため「電車は嫌だ」「知らない人の車も無理」「前日に軽井沢に泊まるのもダメ」とエライ難題となってしまった。

一時は私が迎えに行き送るとの話にもなったが、それもこちらはとんでもなく大変で、結局、私は前の日から、一番上の兄は早朝に、兄の家に集まり、出発することになった。

前の日から私が行くことになり、花嫁の父である兄はちょうど良いとばかりに散々ギターとハモの練習をさせられた。
ちなみに「海の声」「スタンド・バイ・ミー」「ひょっこりひょうたん島(花嫁の姉一家の踊り付)」と3曲。

どうも兄は人前に出たがる性質で、とても娘を嫁にやる「花嫁の父」ではなく、ひたすらギターと歌の練習に熱を上げ、おかげで、風邪が治りきらない私は、声も出にくく、エライ迷惑だった。

当日、一番上の兄の体調に合わせ、休憩ばかりして軽井沢まで向かったが、平日とは言えGW中だから、少しは渋滞していると予想。ところが全く空いており、早く着き過ぎてしまった。

と何のかんのと準備が大変だった結婚式だが、式自体はガーデンで「人前式」で行った。少しだけ雨模様だったが、それも姪っ子の「雨女」、婿の「晴れ男」らしい結婚式だと友人たちはしきりに話していた。

予定していた3曲も何とか終わったが、一番感動して迎えてくれたのは花婿のご両親。特にお父さんは握手まで求めてくる感激振りで、これでまた兄貴の出たがりは癖になりそうだった。

結局、パーティが終わったのは7時前。
なんども「両親、友人ありがとう!!」のビデオメッセージを見せられ「今の人たちは、いったいどれだけ自分たちが好きなんだろう?」と変な感想を持ちつつ、終了。

小雨の中、一番上の兄夫婦を同乗して帰路につき、何とかその日中には自宅に帰ってくることが出来た。
もう遠方のロングドライブは年齢的には、少し怖くなってきているから、兄の一番下の息子の時には、近場で結婚式をしてほしい・・・というか、本人は全くその気がないのも、ちょっと心配だなぁと思う結婚式だった。

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