2020年1月 1日 (水)

2020年 謹賀新年

明けまして、おめでとうございます。

ここのところ浮世絵や日本画を題材として年賀状を創っていますが、

最近では親戚の叔母から「今年はどんなのにするの?毎年、楽しみにしてる」と言われ、少々プレッシャーを感じています。

 

今年の題材は広重の名所江戸百景から「亀戸天神境内」

江戸時代小説には必ず登場するこの場所を一度は訪れてみたくて

昨年、東京出張の時に、寄り道して訪ねてきました。

浮世絵の当時と同じ風景が見られることに、一人にんまりしながら、日照りの強い境内を歩いてきました。

 

ジャポニズムに湧く当時のパリでは、クロード・モネがこの浮世絵に影響され「自宅に日本庭園を造った」とか。

日本人として、ちょっと嬉しいエピソードです。

 

今年も、また一年どんな年になるのか、楽しみにしつつ、よろしくお願いします。

 

2020nenga

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2019年12月23日 (月)

2019年を振り返る

20191223 平成まではこの日は「天皇誕生日」として休みだったが、時代が変わり祝日ではなくなった。
会社も今週で終わり。
土曜の28日は出勤日となっていて「大掃除」となるのだが、再雇用の立場ということで「休んでも良いよ」と言ってくれているので、それに甘えようかと思っている。
ということで、このブログも今年で最後。
恒例のこの1年を振り返ってみたい。

●令和時代、始まる
昨年から分かっていたが、5月1日に「令和」になった。
しかも先の天皇陛下が「生前退位」され、1ヶ月前の4月1日に「新元号」が発表され、報道もネットもちょっと狂騒曲状態だった。

天皇陛下と元号が変わるのは「昭和から平成」の時に経験したが、あの時は「昭和天皇崩御」であり、国も街も報道も静かだったが、今回は「生前退位」ということで全面的に「おめでとう」という空気が満載だった。

それと皇后となられた「雅子様」が、それまでメンタル的な病気もありどちらかというと「バッシング」の空気が強かったのに、世界中のトップの訪問を受けても、「通訳なしで応対する姿」がスポットを浴び、一気に「新しい皇后陛下はステキだ」となったのが印象に残っている。
この雰囲気は11月に行われたパレードでも、「雅子様中心」の報道と、続いている感じだった。

●下の3世の幼稚園
これはついこの前に「七五三」の話題でアップしたが、3世たちの成長を見ていると本当に「あっ」と言う間に時間が過ぎていることを感じる。
「七五三」でお参りに行った時に、元の奥さんが娘に「来年、前厄だっけ」と言っているのを聞いてかなり驚いた。
「うそ~~」と思ったが、考えてみれば小学5年生の子どもがいるのだから当たり前だ。
早くの結婚と出産だったので、それでもまだ「前厄」の年齢だろうが、自分の子どもが「厄年」の時期になるのを聞くのはかなり衝撃的な経験だった。

●キーボードを始めてみた
これもブログに載せたが夏前くらいから始めた。
全くの我流でとりあえずコード弾きだが、少しは弾けるようなった。
元々人とは違うキーでないと唄えない声なので、市販で売っている楽譜だと使えない。なので、結局キーを変更するので、譜面が意味なくなって読めないままになっている。
しばらくギターを触らなかったら、指先が柔らかくなってしまい、最近はキーボードとギターの両方触るようにしている。
そんなある日、会社の関係で大きなイベントを訪問した時、有名な「ヤイリ」というギターメーカーの職人さんが立ち上げた新ブランドのギターを見かけた。
しばらく見ていたら「弾いてみる?」と言われて試奏したら、めちゃめちゃ弾きやすく音も抜群。
「エレアコにすることも出来るよ」と言われて、欲しくなってしまった。
でも20万円は超えるものなので、「今はムリ」という結論になっているが、いつかは購入したい。

●クルマの安全サポート機能
これは社会的な話題になった「高齢者の運転事故」がきっかけ。
今のクルマが7年を超え、次のクルマを考え始める時期に来ているために、ついついそんな話題が気になった年となった。
各メーカーがどんどん安全サポート機能を充実させてきているので、これからも注目しておかないといけないと思う1年だった。

今年も無事に1年が終わりそうです。

1年間ありがとうございました。来年も良い年でありますように。

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2019年12月16日 (月)

年金シミュレーションをしてみたら

20191216来年は63歳になる。
還暦を迎え、定年退職後も再雇用の立場で、相変わらず毎日会社に来ているので、あまり変化がないような気がするが、確実に「年金受給者」になる時期が近づいている。
我々の年齢は「段階的受給引き上げ」がモロに影響する世代で、半年違うだけで「受給開始年齢」が異なっている。
「損だなぁ」と思った時期もあるが、そんな私でも、来年には「報酬比例部分」の年金受給資格を得る年齢になる。
毎年誕生月に送られる「ねんきん定期便」を見ると65歳からは老齢年金も支給開始となるため、本格的な年金が支給されるまで、もう少し時間が要る。

そんなことを考えていて、「今のように働きながらだと、どれくらい年金がもらえるのだろう?」と思い付いて調べてみた。
「ねんきんねっと」にログインしてみたら、以前より詳しく「シミュレーション」ができる機能があった。
毎月の給料と賞与の支給額を入力して、70歳まで働くという設定でやってみた。
結果は「愕然!」
このままだと65歳の老齢年金までの年金受給額は、月に1万円ちょっとしかない。

今のところ会社からは「必要な人材」と思われているようで、それなりに待遇も良いし、幸か不幸か盛り沢山に相談や業務の依頼もある。
ただ、会社の状況も決して良いとは言えず、再雇用もいつまで続けてもらえるか分からない。
一応社内規定では「62歳まで」は無条件に再雇用してもらえるが「63歳」を超えると「こちらがやりたいこと」「必要としてくれる部門」の折り合いがつかないと他の部門への配属か、最悪退社となる。

それにこれから契約社員の年間契約金額も下がることも予想されるし(実際、冬の賞与は業績が悪いので、下げさせてくれないかと言われた)、再雇用だっていつまで続けさせてもらえるか分からない。
何とか65歳の老齢年金が支給される年齢になるまで、このままの収入で続けさせてもらい、その後は収入が下がっても良いので、もう少しゆったりと勤めたい。
「何もすることがない日々」になるには、まだ働けるし、でも今のようにフル勤務でバリバリやっていても収入は増えない。
これから「働き方」「収入」「貯金額」「体調」と、たくさんの視点でどうやって暮らしていくか、考えなくちゃいけない年齢に近づきつつあるようだ。

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2019年12月 9日 (月)

アンテナ周りの整理整頓

我が家のテレビは「地上波、BS、WOWOW、スカパー」と贅沢なチャンネル・ラインナップになっている。
しかも「ケーブルテレビ」「ネットサービス」じゃない。
さらには、一人暮らしなのに「ブルーレイデッキ」が2台、そして「液晶テレビ」が1台と、これまた贅沢な状態なのだが、おかげでテレビやデッキの裏のケーブル周りは結構「ゴチャゴチャ」している。
さらにさらに、WOWOW歴やスカパー歴が長く、途中から使用しなくなった「BS/CSアンテナ」がベランダに設置20191209 されていて、外から見ると2台のアンテナが設置されている状態だ。

このような状態で、地上波もCSチャンネルもちょっと不具合が出た。
地上波の特定のチャンネルだけ電波が弱く、ギリギリ1台のブルーレイデッキ経由のみしか視聴できない。地上波のアンテナは、マンションの共同アンテナなので、自分で調整はできないし、そのチャンネルは元々電波が弱いこともわかっていた。
「何か解決方法はないか?」とネットで調べたら「ブースター」を取り付けると改善される可能性があることが分かった。
さっそく購入してきて、取り付けてみた。
「おお!他のデッキでもテレビでもアンテナレベルが向上した!」と一件落着した。

次は「BS/CS放送」
知っている人も多いと思うが、衛星放送は豪雨や大雪など天候によっては受信できなくなることがある。
近年、夏によくある「局地的な豪雨」などが来ると、全く見られなくなる。ここ1~2年その回数が多くなっていて、秋ぐらいからはCSチャンネルでブロックノイズが出るようになった。
「これはアンテナが問題かなぁ」と思い、まずはそちらから見てみることにした。
こちらのアンテナは自分の部屋のベランダに設置されているために、一応全部自分でできそうだ。

まず、「BS/CSアンテナ」の使っていない方を撤去。
あちこち錆びているし、ケーブルも外壁を回って部屋に来ているので、撤去するだけで2時間位掛かってしまった。
撤去中にアンテナを見たが、結構古く(10年以上になっているだろうか?)そろそろ替え時なのかもしれない。そう思って何気なくショップで見ていたら、もう「4K8K対応」となっている。
「そうかぁ、もうそういう時代なんだなぁ。そのうちアンテナもテレビもデッキも買い替えないといけないんだぁ」とちょっと憂鬱になってきた。

次に「BS/CS」のアンテナケーブルの接続を確認。
こちらも古くなっていて、特にデッキやテレビと接続するプラグ部分がかなり劣化してきている。
一応、抜き差ししてきちんと接続しなおして見たが、留守録で「アンテナ接続も問題で録画を失敗しました」と録画できなかったことが発生。
「こりゃダメだ」と新しい分配器やケーブルも購入。ついでもこちらも簡易的な「ブースター」も購入して、再接続。

一応アンテナレベルも向上したし、試験的に夜中に録画したが問題なかった。
これでしばらく様子を見るが、年末年始はテレビを見る時間も増え、特に「NHK、WOWOW、スカパー」などBS/CSにチャンネルを合わせることが多い。
これでダメだと、そろそろ4Kを念頭にアンテナやデッキ、テレビの買い替えを考えないといけないかなぁと思いつつ、今回のテレビのアンテナ周りの整理を終えた。

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2019年12月 2日 (月)

親孝行の真似事

もう12月になり、今年もあと終わりが近づいてきた。
前回のブログに少し書いたが、これは10月の終わりで少し前のこと。久しぶりの出来事だったので、記しておくことにした。20191202  
昨年の夏に、叔母が交通事故に遭ったことを書いた(始まりは、いとこのメールから)
この時と同じように、今回も同じ従姉妹からメールから始まった。

この「従姉妹」というのは、私の母方の兄妹の子供たちで、小さい時には良く一緒に遊んだ。その従姉妹の父親が私の母の弟で、男性は一人なので跡取りの家になっている。
その母方のお墓は、これも以前書いたが(小さい頃の風景、再び)3年ほど前に思い出しながら辿り着いたところだ。
(実はその時、帰りに兄の家に寄って話したら「墓仕舞いしてるはず」と言っていたが、今回のことでどうやらそれは違っていたことが判明した)

今回の従姉妹のメールは「その墓に自分の父親と叔母さんを連れていきたいので協力してくれ」というものだった。
春先に叔母が息子といったら、ずいぶん荒れてしまっていたらしく、みんなで墓掃除に行きたいという話になったのだが、叔父叔母の二人は、もう80歳を過ぎて、ちょっと距離があるので、もうクルマで運転するのは無理。
それに叔父もあまり外に出たがらないので「みんなと一緒なら行くって言うかもしれないから」との相談で、まあ早くに両親も亡くなっている私としては「親孝行の代わりかな」と思い、協力することにした。

当日はそれぞれの家に迎えに行き、故郷で兄貴夫婦と待ち合わせ、まずは昼食。
なかなか皆が揃うことがないので、なんだかんだと話して時間だけが過ぎていく。
「本題の墓掃除にいかないと」と腰を上げ、クルマでやっとお墓まで辿り着いた。
お天気も良く、少し雑草が生え、汚れていた墓石だったが皆で綺麗にし、その間に叔母から私たちの知らない昔話をたくさん聞きながら、1時間ぐらいお墓にいた。
叔父は思ったより元気だなぁと思っていたら、従姉妹によると「今日は特に元気」と言っていた。
やっぱり故郷で、みんなと一緒なのは良いことなのかもしれない。
それに二人共綺麗になったお墓を見て「良かった良かった」と嬉しそうにしていた。

その後、今はもうないけれど、叔父叔母の実家があったところを通り、さらに最近有名になって観光客で混雑するようになった「苗木城址」の方を回った。そのままお土産を買いに街に行くかと思ったら、兄貴がその城址の下にある「地元の人しか通らない道」に入っていく。
どこに行くのだろうと付いて行くと、私自身、高校生以来に通る懐かしい道に入っていく。

そこを走りながら叔母が「昔、ここで美空ひばりの映画の撮影があって、学校から皆で見学に来た」とまたまた昔話を聞かせてくれる。
途中廃線跡の鉄橋下で少し停まり写真を撮ったり、叔父叔母と話したりした。
この「廃線跡の鉄橋」は、これも先日ブログに載せた「残っていた北恵那鉄道の映像」の鉄道のもの。
ただ木曽川に架かっている「奇跡の鉄橋」ではないが、すごく高さがあって、これはこれで立派な「観光資源」と思えるものだった。

その後、街で土産を買い、帰路につき、叔父叔母をそれぞれ送って帰ったが、もし私の両親が生きていたら、きっとこんな感じで世話したり、どこかに連れて行ったりするのだろうと、少しだけ「親孝行の真似事」をした貴重な経験だった。

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2019年11月25日 (月)

三世の姫の七五三

上の三世が七五三をやったのは、ブログで見たら2012年だった。20191125
その子はもう5年生になったが、今年は「下の姫」の七五三だった。
普通は11月なのだろうが、少し早めの10月の終わりにやると連絡があったので、行ってきた。

前の日まで雨だったが、少し風が強かったが、おかげで晴れてくれた。
事前に撮影したテスト写真を送ってもらって見ていたが、この日はその可愛い着物姿でやってきた。
上の三世の時は、紋付き羽織袴でペンギンのように「よちよち」歩いていて可愛かったが、女の子はやっぱり綺麗にしてもらうのが嬉しいようだ。
会ってすぐに「今日は綺麗にしてもらった?」と聞くとすごく嬉しそうに「うん」と頷いた。
それに風で前髪が流れると、いちいち直していて、婿と「やっぱり女の子は違うねぇ」と話していた。

前回と同じように祈祷してもらい、社殿前でみんなと並んで写真撮影。
その後お昼を食べることになっていたが、少し時間が余りそうだったで、先に姫の着物を着替えさせるためにクルマで移動。
娘夫婦と私と、元の奥さんと3台の移動でちょっと大変だったが、なんとか済み、お昼の場所へ。

それぞれに食べたいメニューを注文して、いろいろ話しながらご飯を食べた。
意識したわけじゃないが、なんとなく娘の両隣に私と、元の奥さんが座り、特にギクシャクすることもなく普通に話ながら食事をしていたが、「いろいろあったけれど、こうやって男の子と女の子の孫がいて、一緒にご飯を食べられるのは幸せなのだろうなぁ」と思っていた。

その後、三世たちは「公園で遊ぶ」と言っていたが、私は次の日に用事があったので(この話は次回)、「ゴメンね」と言って帰ってきた。
上の三世は、ちょっと引っ込み思案で人見知りもするので、最初はあまりくっついて来ないが、一緒にスマホでゲームしたりするとだんだん慣れてくる。
いつも慣れた頃に別れることになるが、ちょっと名残惜しいと追いかけてきて「バイバイ」と言うのだが、今回もそうだった。

夜になって娘からLINEでお礼を言ってきたが、本人もみんなで一緒にご飯を食べられて楽しかったようだ。「幸せ」とか「楽しい」っていうのは、こんな素朴な時間のことで、それを忘れずにしておかないといけないと思わせる姫の七五三だった。

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2019年11月18日 (月)

雪化粧:松山千春

今日はちょっといつもと違う感じの話。
このブログの初期の頃には、昔よく聞いた音楽の話を載せていたけれど、久しぶりにそんな感じだ。
とは言え「すごく気に入っている曲」というわけではない。
好きな曲ではあるけれど、何というか……もし「青春」というものを表す感情があるとするなら、それを呼び起こす曲と言える。20191118

ずっと以前に初期の頃の「松山千春」のことを書いたことがあるが、彼のことはデビューした頃から知っていたし、好きだった(あくまでも初期の頃だけれど)。
そのきっかけは思いつきで購入したフォークソングやニューミュージック(2つの言葉とも死語ですが)が数多くミックスされていた「カセットテープ(これももう化石です)」だった。
そのテープに「旅立ち」が入っていて、当時「大好きだけれど、離れなくてはいけない」という関係の当事者だった私には、とても身に沁みる曲だった。

そこから彼の音楽を聞くようなり、アルバム(当時はLPレコードだったな)が出ると買っていた。
その3枚目のアルバム「歩き続ける時」の中に、今回取り上げた「雪化粧」が収録されていた。
この曲を聞くと、あるシーンを思い起こす。

それは、先の「大好きだけれど、離れなくてはいけない」の女性のアパートの部屋。
かぐや姫の「神田川」に出てくるようなアパートで(当時は、そんな所がいくらでもあった)、小さな一間しかない部屋にいる自分が浮かんでくる。
最初はそのアパートに彼女一人が住んでいたが、そのうちに私も同じアパートに引っ越してしまい「大好きだけれど、離れなくてはいけない」のに、結局離れられないままになってしまった。

この曲を聴いたのは、同じアパートに引っ越しする前なのか後だったのか、その辺りの記憶が曖昧なのだが、「これからどうなっていくのだろう」という時期だったことは間違いない。
「寒い夜に 彼女の部屋でコタツに入って、ベッドにもたれている」
この曲を聴くたびにそんなシーンが浮かび、ちょっぴり胸が疼く。
「これからの不安と大好きな彼女の部屋にいる」という相反する感情をきっと思い出すのだろう。
年齢を重ねていき、そんな「漠然」とした感情が少なくなり自分なりの「理路整然」とした感情が増えていったが、20代前半の青春時代特有の感情。
この曲を聴くたびに、その感情を思い出し、なんとも言えない気持ちの「雪化粧」だ。


「雪化粧」

作詞:松山千春、作曲:松山千春

町は とても 静か 白い雪が降り続く 寒い部屋の隅で 僕は溜息
そんな時も君は 長い髪をかきなでて  僕に笑いかける 寒くはないと

何が悲しいとか つらいわけじゃないけど  ただ 今は君のこと抱きしめていたい
強く 強く 強く 僕のこの両腕で  君を 君を 君を 愛し続けたい

僕の胸の中で 涙こらえきれないね  そんな君がとても いじらしく思う

何が悲しいとか つらいわけじゃないけど  ただ 今は君のこと 抱きしめていたい
町は とても 静か 白い雪が降り続く  僕と君のために せめて雪化粧 せめて雪化粧

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2019年11月11日 (月)

6秒ルールの利用法

ある朝、自転車で出社中、交差点で停まっていたクルマを見たら、スマホをガン見して操作していた。
その道はクルマ1台が通れるくらいの道幅で、交差する車線をクルマが走っていた。
なので、おそらくドライバーは「一旦停止」状態の間にスマホを操作していたのだろう。
自転車に乗る私は、そのクルマに行き先を塞がれて、やはり一旦停止。20191105

そのドライバーは私と同じ、もしくは少し上と思われる高年齢の人だった。
交差する車線のクルマが行き過ぎても、そのドライバーは、そのまま「スマホ操作」を継続中で、まったく周辺に視線も送らない。
私は、朝の通勤中ということでもあり、ちょっと「ムッ」としてしまい、そのクルマの運転席側のガラス窓を「コンコン」と叩いた。
するとドライバーは顔をこちらに向け「何か?」みたいな顔をした。
それで余計に腹立たしくなってしまい「こんな交差点で停めないでよ!」と怒ったら「あぁ、すいません」と悪気がなく言ってすぐに動いた。

そのクルマの後ろにもクルマが続いてしまっていたが、おそらくそのことにも気づいていないようで、「わずかに一旦停止した交差点でスマホを操作しなくちゃいけない緊急なことって何があるんだろう?」と思いながら、また自転車で会社に向かい始めた。

「ながらスマホ」の話題は、自転車通勤を始めるようになって、ちょくちょく話題にした。
でも、その対象は「自転車に乗っている人」「歩いている人」で、「クルマに乗っている人」のことを取り上げたことがない。
そりゃそうだ、運転中の(一旦停止していたとしても)「ながらスマホ」なんて、一時期ニュースなどで騒がれ、厳罰化されてきて、危険なことは誰もが理解している。
なのに、ほんのちょっとした「一旦停止」の間にスマホを操作するなんて、ちょっと信じられない。

会社に行くまで自転車に乗りながら「自分だったらどうかな?」と思った。
元々「ながらスマホ」はしないし、電話が鳴っても出ないようにしている。
どうしても電話に出なくちゃいけない時には、路肩に停めてから出るようにしている。
ただスマホでなくても、何か気になるとそちらに意識が行ってしまうことはある。
そんな時「6秒ルール」をうまく活用するのはどうだろうと思った。

よく「6秒ルール」は怒りを覚えた時の「感情コントロール」で言われる言葉だが、別に「怒り」じゃなくも「感情」をコントロールするのは共通なので、例えば「何か」が気になった時に「それって、今考えなくちゃいけないことか?」と思うようにしたらどうだろう?
それは、おそらくどんな場面でも有効だが、クルマの運転中など「集中しなくちゃいけない時」には、「行動の優先順位」を整理する時に「6秒ルール」を利用して見ると良いかもしれない。

そう考えてながら自転車に乗っているうちに「あそこで、6秒ルールを使って、ドライバーに何も言わない方が良かったのか?」と思ったが、私がガラス窓をノックするまで気づいていなかったから、あれはあれで良かったと思うようにした。
少なくとも私は、クルマの運転中には上手に「6秒ルール」を使おうと思った朝の通勤中の出来事だった。

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2019年11月 5日 (火)

少子高齢の実感

新聞やテレビで報道されると「全体がそんな雰囲気」と捉えることが多いが、実際は「そうでもない」ということがある。20191028
ちょっと古い話だが、中国の国内が日本バッシングで暴動っぽくなった時、連日テレビでは報道されたが、当時中国に出向していた社員に聞いたら「全然、そんなことないですよ」と言っていた。
だから、「日韓関係」とか「香港のデモ」などは、テレビで見て感じることと、現地に行って感じることは違うのかもしれない。

実際に起きていることでもそんな違いを感じるのだから、例えば統計から導き出される「傾向」と、個人的な「肌感覚」は、もっと違ってくる。
これも昔話だけれど「バブル時代」だってそうだった。
世間で言うほど給料が高かったわけでもなく(業界的な問題もあるが)、個人的に裕福な感じはなかった。ただタクシーが捕まらなかったことや顧客の予算がたっぷり使えたくらいが「バブル感」を味わった程度だ。

そんな中で、ここのところ感じるのは「少子高齢」だ。
「高齢」は分かる。
自分自身がそちら側になろうとしているし、ウチの会社も「再雇用者」の割合がどんどん増えている。
また一時期の病院など「高齢者の集まる場所」になってしまった感もあり「高齢化」の実感はあちらこちらである。

ただ「少子化」となると、ちょっと違う。
統計的には、毎年出生数が減少しているので間違いないのだろうが、個人的には周りを見ると子供がいる家庭がたくさんある。
身近で言えば、私自身にも孫が二人いるし、会社でも結婚した多くの社員が「育児休暇」を取っているので「子供が少ない」という感じはしない。
もちろん昔は「育児休暇」なんてなくて、子供がいてもいなくてもバンバン働いていたし、おじいちゃんとおばあちゃんに面倒見てもらうことが多かった時代なので、今と単純比較はできないが。

それに買い物に行ったり、日帰り温泉に行ったり、テーマパークに行ったりするとほとんど子供連れの家族に出会う。
今年の夏季休暇中には、娘夫婦と孫2人でレゴランドの水族館「シーライフ」に行ってきたが、場所柄もう子供だらけだった。
また世の中的に「子供優先」みたいになっていて、子供たちは自由に「はしゃぎ回る」し、「騒ぎ」まくるから、全然「少子化」なんて感じはしない。
買い物に行っても子供を連れて来ているお母さんは多く「大変そうだなぁ」と思ったりもする。
そんな子供の喧騒の中、いつも「少子化って本当なのだろうか?」と思ってしまう。

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2019年10月28日 (月)

一緒にやってきたすぐ下の世代たち

私は8月生まれだ。
再雇用の契約は基本的に1年毎で、もう2ヶ月近く前のことだが、今年も無事に更新申請が認められた。
これで一応、来年8月まではまた今の会社にお世話になることになった。
最近は、社内でも同じような立場の人たちと「いつまで働く?」なんて会話をすることが増えた。
それは、良いとしても他にちょっと気になることがある。20191015

今、所属している部署のトップである本部長は、私より10才の人だ。
彼は、部長職まで私と一緒に昇進していった人だ。一時期、以前の本部長のことや彼のことを愚痴も含めてブログに書いていた。
なので、年齢は10才下だが、部署の創生時期から同じような立場で業務していたし、お互いに愚痴を言い合ったり、業務補完をし合ったりしてきた。

私が役職定年、定年退職などの時期を迎えた時に、彼は副本部長、本部長になり執行役員になった。
それだけ彼の責任は重くなったし、会社の役員との接点も増え、大変そうだ。
それに引き換え、再雇用となった私はもちろん給料は大きく下がり、その分責任もなくなった。
最初は本部長に「いない時に、書類とか押印してくれない?」と言われたが「いやぁ、それは再雇用だから嫌だし、ダメだよ」と答えたら「それもそうだね」と分かってもらった。

さらに今の本部長は、私を相談役とか愚痴聞き役とかそんな立場に置いておきたいので、常に彼の近くの席になっている。
ところが、私は気軽な身分。
本部長はいろいろな相談は来るし、役員会を始め多くの会議に出なくちゃいけないし、ミスが発生すると怒られ、成績についての説明もしなくちゃいけない。
さらに、今はどの業界も大きな変革期を迎えて「今後、どんな方向に進むべきか?」といったことも考えなくちゃいけない。他にも例の「働き方改革」により人事規定はどんどん変わるし、コンプライアンスにも注意しないといけない。

そんな彼を見ていて「いい時期に部長じゃなくなって良かった」と思っているし、本部長の悩みを聞いてても「まぁ、俺は責任ないから、勝手なこと言うけど」と話したりする。
私と一緒に長くやってきた本部長からすれば、そんな立場の私が羨ましいのか、この1年くらい「早期退職しようかなぁ」とつぶやくようになった。
10才下だけど、ずっと一緒の立場だっただけに「まだ自分は10年、責任ある業務をしなくちゃいけないのか」と思うようで、さらに「執行役員」になったことで「これ以上重い責任の立場になりたくない」とも思っていて、そんな言葉が漏れてくる。

彼の気持ちも分かるが、あまり口にすると部下にも良い影響を与えない。
事実、本部長と年齢の近い副部長も最近「早期退職しようかな」と言い出した。
逆に言えば、それだけ大きな変革期に入っており、それなりの役職の人たちが大変な時期になっている証拠だ。
残念ながら、私より年齢が上の役員の人たちは「次世代の若い役員が考えるべきだ」と逃げてしまって、ますます彼らの責任は重くなっている。
きっと日本の多くに企業は、今こんな状態なのだろう。
私たちのすぐ下の世代の人達は、私たちとは違う苦労に直面している、大変な時代だ。

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2019年10月21日 (月)

凶器という意識が必要

再雇用前は東京にも大阪にも良く出張に行っていて、その時も少し思っていたのだが、地下鉄通勤になって、頻繁に思うようになった「ちょっよは気を使ってほしいなぁ」という話。20191007

今、通勤は自転車か地下鉄。
地下鉄を利用するのは自転車通勤できない雨の日が多い。
その時には、当然「傘」を持っている人が多い。その「傘」を持って歩いている人が前にいると、ちょっと怖い。
極端な人は「傘」を刀のように持って、前後に振りながら歩く。
そこまでじゃない人でも、結構前後に振って歩いている人は多い。これは「振っている」意識はなく、歩いていて自然に手が動き、一緒に傘が動いているのだろうと思う。

こんな人が前を歩いていて、さらに階段を上がるようになると、傘の「先端」が目の前に迫ってくる。
「ちょっと間違うと後ろの人に刺さってしまうんじゃないか?」と思いながら、その「先端」が当たらないように注視して歩く。
「後ろの人が『危険だなぁ』と思っているとは、きっと思っていないだろうなぁ」といつも思うのだが、すごく危ないわけじゃないので、いつもそのまま通り過ぎる。

他にも自転車通勤を始めた頃に書いたが、スマホの「ながら」は本当に怖い。
自動車や自転車の「ながらスマホ」は論外だが、歩きながらのスマホも結構怖い。
正面からスマホ画面を注視して、さらにヘッドホンしている人が向かってくると怖い。
「ああ、こっちに気づいてないなぁ」と分かるので、少し避けようするのだが、避ける方へ避ける方に歩いてくる。いよいよ近づいてくると「鈴」を鳴らすのだが、ヘッドホンをしているので気づかない。
それでギリギリになって、気づいてくれてビックリしているのだが、ビックリしたいのはこちらの方だ。
これでぶつかって怪我でもされたら、こちらが悪いことになるから、本当に恐ろしい。

一度自転車でヘッドホンしている高校生がいて、後ろから抜こうとしたら左右にフラフラしているので「鈴」を鳴らしたが気づかない。
仕方ないので、少し強引にすり抜けたら、何を勘違いしたのか、次の信号ですごい勢いで抜き返されたことがある。

こんなことがあると「まったく気をつけてくれよ」と思うのだが、最近は「自分自身は大丈夫か?」と思うようにしている。
もしかすると気づいていないけれど、他人への凶器となっている行動をしているかもしれない。
今年またまた大きな話題になった「あおり運転」も、そうだ。
もしかすると「あおられる側」にも問題もしくは誤解を招くような行動をしているかもしれない。
「自分は絶対にそんなことしていない」と思うよりは「もしかすると凶器になってないか?」と振り返るほうが、お互いに安全安心な暮らしを送ることができると思える。
少なくとも「傘は縦に持つ」ように気をつけたいものだ。

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2019年10月15日 (火)

ついに衝突!

昨年の夏前に自転車で通勤するようになった何度か「危ないなぁ」という場面に遭遇したことを書いてきたが、ついに衝突した。
その日は、朝から「ちょっと危ないなぁ」という予兆があった。
私が自転車で交差点に差し掛かっても、クロスする車線を減速も一旦停止もせずに、結構なスピードで走っていく自動車に出会った。しかもそのドライバーは女性で子供さんがいるくらいの年齢だったので、余計にそう感じだのだけれど。20191015_20191007102301

「気をつけないといけないな」と思いながら通勤を続けた。
本格的な自転車で通勤していた会社の人に「自転車は基本、歩道を走ってはいけない(「自転車用」とある場合以外)」と教えられて以来、歩道に自転車専用と書いてある大きな道路以外は、歩道を走らないようにした。
走っていたのは住宅街。
私の走っていたところは自動車1台が通ることができるくらいの幅で、一方通行。
クロスする道路は同じく一方通行だけれど歩道のある道路で、その交差点に差し掛かった。

先の「危ないなぁ」という予兆もあり、スピードを緩めて一方通行の自動車がやってくる右側を見た。
その瞬間左から「ドン!」と学生の自転車がぶつかってきた。
私もしっかり停まっていたわけじゃなかったので思わず「すいません」と言ってしまったが、おそらくその学生は結構なスピードで突っ込んできたのだと思う。
なぜなら、その学生の走ってきた道路は軽い登りになっていたからだ。

衝突してお互いに転倒することもなく、学生の自転車のタイヤが私の足の上に乗っていたことと、同じく学生の自転車の前カゴが私の脇腹に当たって、少し痛いだけだった。
学生もびっくりしたのか「大丈夫ですか?」と声は掛けてくれたが転倒しなかったこともあり、そのまま「ス~~ッ」と行ってしまった。
というかきっとびっくりして「逃げた」感じだったかもしれない。

こちらも「ちょっと脇腹が痛いなぁ」と思いながら自転車に乗り始めて会社に向かった。ところが途中で気づいたら前タイヤが少し歪んでいる。
乗れなくはないけれど、走っているとほんの少し左右にブレる。
「え~~!」と思ったがぶつかった学生は、どこの誰かもわからないし、会社に到着して修理方法を調べた。
どうやら素人に難しそうだったので、会社近くの自転車屋さんにお願いしたら2,500円も修理代が掛かってしまった。
さらに、脇腹も結構痛くて会社で話したら「肋骨は簡単に折れたりヒビが入るから気をつけた方が良い」と言われた。

このブログに自転車通勤で感じる「危険」を何度も書いたが、ついに事故に遭ってしまった。
修理してもらった自転車で「参ったなぁ」と思いながら帰路についたが、考えてみれば「自転車」ってのは一番危険度が高い乗り物なのかもしれない。
自動車にしろバイクにしろ、それなりに「免許」があって、それなりに「交通規則」を知っている人たちがハンドルを握る(ちゃんと守っているかは別として)。
ところが自転車は、そんな免許もないし、交通規則も学んでいない老若男女の人がある意味「勝手」に乗っている。
衝突して改めて「自転車通勤のリスク」をそんなふうに感じたが、ルールを知らずに勝手に乗っている乗り物だからこそ、こちらが細心の注意を払って乗らないといけないと感じる事故だった。

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2019年10月 7日 (月)

お彼岸に咲かなった彼岸花

20191007_20191001112401 「彼岸花」「曼珠沙華」とも呼ばれる。
調べてみると「彼岸花」は、ちょうど秋のお彼岸の頃に咲くことで、「曼珠沙華」は仏典に由来するということで、いずれにしても「あの世」を連想させる名前だ。
あの独特の花の姿のせいか、多くの異名を持つらしいが、日本では「死人花」などダークな感じの名前が多い。

このブログでは「彼岸花の土手歩き」として2015年と「彼岸花の花嫁行列」の2回話題にした。
今年も「そろそろかな」と思い、9月の「お彼岸」に行ってみた。
近くまで行って気づいたが、いつものように渋滞していない。
それに(本当はいけないけれど)クルマを停める近くのスーパーも空いている。
「なぜかな?」と土手に向かうと、一面「緑色」
あちこちに数本咲いているだけで、ほとんどがツボミ状態だった。

「お彼岸なのに、咲いてないんだぁ」と思ってその原因を考えたが、どうやら「暑さ」らしい。
近くの学校の校舎脇には咲いているのだが、考えてみるとそこはあまり陽があたらない場所。
で土手はと言えば、どこも日差しが降り注ぐ場所なので、まだまだ暑い。
びっくりするくらい全く咲いていないので、その日は諦めて帰った。
ありがたいことにその「彼岸花の土手」は、私の住んでいる街から、高速で走って30分くらいなので翌週にもう一度出かけてみた。
この時は事前にネットで調べて「八分咲」となっていて、近くまで行ったら渋滞しているし、駐車場も満杯だった。
1週間前に比べれば綺麗に咲いていたが、まだまだツボミの株も多く、毎年見ていて「土手一面、真っ赤に咲き誇る」時を知っているので、「あと一歩だなぁ」と思いながら歩いた。

場所によっては綺麗に咲いているところもあり、土手下に多くのカメラを持った人が集まっていて「何だろう?」と思っていたら「花嫁行列」を待っているようだった。
昨年、たまたま出かけた時に遭遇したが、本来は「お彼岸」の時にやることになっているイベント。
でも、今年は「全く咲いていなかった」ので、どうやら延長したようだった。
あと2日で10月になるというのに、まだまだ暑くて「花嫁衣装の下は汗だくだろうなぁ」と思いながら、土手歩きを楽しんだ。

翌朝、新聞を開くと「この地方のニュース」として「満開の彼岸花の土手をいく花嫁行列」を紹介していたが、同じ日の同じ時刻にいたこちらとしては「上手に満開の雰囲気に撮影しているなぁ」と変な感心をした。
まぁ、このあたりの演出は、こちらも同じような仕事をしてきているので「自分でもそうするよね?」と思わないでもなかったが……。
地球温暖化がどんどん進んでいくと、そのうちに10月終わりとか11月初めくらいにならないと満開にならないようになってしまうかもしれない。
そんな時代まで生きていることはないだろうけれど。

ちなみに今年の田んぼアートは「牛をつないだ椿の木」で、新美南吉の中では有名じゃないかもしれないが、個人的にはとても好きな作品だ。
中学1年の「現代国語」にこの話が載っていて、妙に印象深く残っていて、2~3年前に近くの「新美南吉記念館」でもう一度読み直した物語だ。
いろんな意味で印象に残る今年の「彼岸花の土手歩き」だった。

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2019年9月30日 (月)

日本は密度が濃くなるとマナーが向上する国?

2ヶ月前に久しぶりに泊まりで東京出張に行った。
再雇用前はかなり頻繁だったのであまり気づかなかったが、今回は久しぶりだったせいか、ちょっと気づいたことがあった。20190930

それは電車の乗り降りですれ違う人の多くが「リュックを前に抱えている」と言うことだ。
再雇用後、クルマ通勤をやめ地下鉄に乗る機会が多くなって気づいたのだが、リュックを背負ったまま混雑した電車に乗っていると、結構迷惑だ。
車内はもちろん駅構内でも、しきりにアナウンスで「前に抱えてください」と呼びかけているが、私の住む地域では、あまり前に抱えている人を見かけなかった。
それに、乗り込む人がドアの前に立ち塞がって、降りる人が避けながら歩くこともある。

これが東京へ行くと、そういう人をあまり見かけない。
もちろん「私が見た範囲」なので、かなり限定的で、東京駅や山手線、京浜東北線などメジャーな路線や駅での話だ。
最初は電車から降りくる人がリュックを前に掲げているので「どうしたのだろう?」などと思ったが「あっ、そうか!ちゃんとマナーを守っているんだ」と気づいた。
なぜ、不思議に思ったかと言えば、そんなに混雑していなかったからだが、きっともう習慣になっているのだろう。

そんな経験をして電車に乗り込みながら「日本人って、混雑した状態になればなるほどマナーが向上するのかな?」などと思いにふけった。
同じ東京の、同じ山手線ではこんな経験がある。
結構混雑した車両だったので立ったのだが、私の前に外国(白人系)の男性が足を組んで座っていた。
短パンで足を高くして組んで、ずっとスマホをいじっていて、目の前に立っている私としては「ちょっと迷惑だなぁ」と思っていたが本人は全くそういうことに配慮する気配がない。

その外国の方は「たまたま」だと思うのだが、東日本大震災の時に未曾有の大災害の最中に、非常に冷静でほぼ強奪もなく、キチンと列に並んで順番を待っていることに、世界中が驚いた。
またある時、戦争が終わった時の映像で、やはりキチンと列に並んでいるシーンを見たことがある。
戦後の混乱時で、お金もモノもなく、すべてが不安だったはずの「あの時期」ですら、そうだったのかと感心したことを覚えている。
自分たちが困った時ほど、人に配慮し、マナーが向上するのが、私たち日本人の美点だとしたら、これからもそんな感覚を失わないようにしてほしい。

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2019年9月24日 (火)

苦しんでいる時の姿を見てみたい

20190924_20190903134701 前回のワールドカップの南アフリカ戦で日本が大番狂わせで勝利して話題となったラグビー。
個人的に興味ある競技ではないが、メディアでは話題となっていたラグビーのワールドカップ日本大会が始まった。 
それにいよいよ来年は東京オリンピックの年。そのため各スポーツの大きな大会はもちろん、会場やチケットなど周辺情報も「いよいよ東京」の話題が満載だ。

そんな騒ぎを見ていて期待感が高まるのもあるけれど、実際の日本選手たちはどうなんだろう?と思う。
一般的な報道は、どうしても「勝った選手」が中心となる。
例えばゴルフで言えば「全英オープンで渋野選手が優勝!」となると、一斉に彼女中心の報道になる。
確かに42年ぶりの快挙だし、「スマイルシンデレラ」とニュースバリューの高い選手だから、「渋野一色」になっていくことは分かる。

でも、彼女が国内で初優勝した試合で「笑顔が魅力な選手です」と放送で紹介され、個人的には印象に残っていたが、報道的にはそんなに注目されなかった。
そんな「結果」を残した選手は、「子供の頃」「どんな家庭で」「今までの苦労」的に、もう洗いざらい掘り返して紹介する。
それはそれで「すてきな結果」を知っているから、見る側も感動するし感心する。

その一方でそんな「結果を出した」選手もいれば「出せない選手」がいることを忘れないでいたい。
例えば卓球。
福原愛がきっかけで、どんどん若い選手が活躍し、オリンピックの団体戦はメダルを獲得。その中心的な存在だった石川佳純選手は、世界ランクでは日本人トップだけれど、ここのところあまり「良い結果」が出ていない。
今では彼女はベテランとなり、10代の選手がすぐ近くまで迫ってきている感じだ。

それに男子100m。
「日本人も次々9秒台に」と騒ぐけれど、世界レベルで見たら決勝に残れるかどうかという位置だ。
確かに「9秒台」はすごいことだけれど、メダルなんて程遠い感じだ。
その他にもオリンピックに出られない選手や故障して苦しんでいる選手など、一人ひとりの物語が今も進行しているだろう。

そして来年、そんな選手たちがメダルを掴めば「感動の苦労話」として紹介される。
でも勝者がいれば、必ず敗者がいる。
そんな「夢は叶わなかったけれど、努力する姿」をきちんと伝えることも、報道しても良いのではないだろうか?
「夢は必ず叶うとは言えないけれど、頑張ることをあきらめない」姿を視聴者に伝えることもスポーツの素晴らしさを伝えることにならないだろうか?
さて、これからの1年間の「オリンピック狂騒曲」は、どんな報道していくのか、ちょっと意地悪な視線で眺めてみたいものだ。

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