2017年12月18日 (月)

樹木は生えていた方向で使用しろ

今私が業務している社屋は昭和30年代の半ばに建てられた。
ここ数年「そろそろ耐久年数が」と言われているが、私の好きな趣味の世界で言えば、戦後に復元された城(天守閣)も同じような状況にある。
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最近話題になっている「名古屋城天守閣」も同じ耐久年数の関係で、「入場禁止」の動きもある。
鉄筋コンクリートの建物の耐久年数は5~60年らしい。
ところが「現存12天守」「法隆寺」「東大寺」など木造建築の方が今も建っている。
もちろん姫路城のように解体して修復して再組み立てすることができるのは木造建築の特徴でありメリットのようだが、それにしても木造建築のほうが鉄筋コンクリートよりも遥かに耐用年数が長いというのは面白い。

だから名古屋城の天守閣木造建築復元には基本的に賛成だ。
「そんな予算は高すぎる」とか「今、その必要があるのか?」など反対意見があるようだが、きちんと復元すれば、鉄筋コンクリートなんかよりも長く保てるのであれば、却って安いのではないかと思う。そして木造建築の技術も後世に残すこともできると思う。

11月のある休日にNHKアーカイブ「あの日 あのとき あの番組」という番組で「よみがえる大伽藍~薬師寺 復興事業50年~」を放送していた。
放送は1976年だから今から40年以上前の番組だが、この時の棟梁「西岡常一」が唯一弟子に教えた言葉を聞いて「なるほど」と感心した。
「樹木は生えていた方向で使用しろ」

これは、自然の材料は建物になってからも生きているということを、十二分に知っているからこそ言った言葉だろうと思うが、この言葉の中に、自然から得た材料の素晴らしさを言い表しているのだと思う。
実際には、自然の材料それも状態の良いものを使用して建築するのは、本当に高額で一般には手に届かない。
日本の気候に合う建物は、床下の通気を良くして、湿気が滞らないようにして、そして障子やふすま(木や紙)で呼吸し、土壁で乾燥や湿度を調整できるものが一番良いのだそうだ。
実際、土壁で家を作るとしたら、塗って乾燥させてととんでもなく時間を掛けないといけないから、お金も期間もどっちも超贅沢な状態でないと実現不可能だ。

ただ、何でもデジタルでお気軽に、そして低コストで創作できるようになった分、大事な「すごさ」を失っている気がする。
これは建物だけでなく、職人という人たちが携わってきた仕事のすべてに言えるのではないだろうか?
私の出身である「デザイン」も、時間とお金の掛かるものは出来なくなってきて、そういう意味でちゃんと考えるデザイナーが少なくなっている状態だ。

「樹木は生えていた方向で使用しろ」
今こそ、この言葉の意味を、しっかりと考えて捉えておく必要があると思うのは、私だけなのだろうか?

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2017年12月11日 (月)

日本はいつから日本らしくなったのか

12月になった。
主だったところはブログで紹介してきたが、今年もいろいろなところに出かけた。
これまでわりと江戸時代もしくは戦国時代の歴史的史跡を中心だったが、9月には奈良・明日香村に出かけ、ついに古代の歴史にも触れるようになった。
この時の話は「歴史と海と台風と」 に掲載したが、史跡や博物館を訪れて思うのは「歴史的な背景を知っていることが大事」だと最近思うようになった。
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例えば明日香村の遺跡の時代、飛鳥時代はおそらく今私たちが感じるような「国」のイメージではなかったのではないだろう。
当時の政権は今のようにしっかりした体制ではなかったようだし、石舞台古墳の蘇我氏などを初めとして多くの朝鮮系の民族が日本にいたようだった。

と同時に、今考えるよりは遥かに中国(当時は唐とか随か?)や朝鮮(新羅とか百済とか)は、日本(倭国かな?)にとって、かなり密接な関係でそして先進国として見ていたようであった。
こんな背景を知りながら史跡を見ると、日本の歴史というより「これから日本になっていく時代」を見ているような気がしてくる。

と知ったように書いているけれど、この時代のことはまだまだまったく知らない。
江戸時代は結構資料があるし、幕末は歴史の時間で言えば「ほんのちょっと前」だから、かなり詳しく分かりそうだが、信玄、謙信、信長、秀吉、家康などの戦国時代はちょっと怪しい。
なぜなら「歴史は勝者のもの」なので、残されている資料が真実を語っているとは限らないからだ。

そして、それ以上前になると「想像部分」が多いのではないかと思っている。
さっきも書いたが、空海や最澄などの遣唐使の時代や飛鳥時代になると、日本というよりも中国に近い感じの政治だし、そもそも仏教感などは、空海・最澄以前と以後ではまったく違うようである。
そう考えるとその頃の中国(唐)は、今のアメリカやロシアのように世界の中心だったように世界的に力のある国だったということを感じもする。

こうして史跡を巡ったり、本で読んだりすればするほど、どんどん「もっと歴史の流れが分からないといけないなぁ」と思う。
そして私たちが思っている「日本人」は、やっぱり江戸時代に醸成された「日本人」らしさで、飛鳥時代、室町・平安時代の「日本人」は、きっと今の日本人とは違うのではないかと思う。
最近「日本人のおもてなしの心」と言われるが、これだっていつ芽生えてきたものか分からない。
実はつい最近の日本人感なのではないかと思っている。
江戸時代以前の史跡や資料を見て、今の日本人の感覚で「すごい」とか「昔からそうなのだ」と勝手に勘違いしないように気をつけないといけないと思うようになった。

ただいつの時代でも驚くのは移動距離。
飛鳥時代や平安時代に命がけで中国に渡っていることは、本当に驚きだが、江戸の各藩の歴史、遣唐使など、今、私たちが思っている以上に頻繁に人が移動していたということは事実として確かなようだ。

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2017年12月 4日 (月)

意識してブレーキを掛けること

タイトルからすると、最近問題になっている「高齢者ドライバー」の話みたいだが、違う。20171204
12月になり、再雇用社員3ヶ月が経過した。
今年の4月で管理職を役員定年となり、いろんな会議や管理資料などの煩わしさから開放され、かなり気軽にはなっていた。
さらに再雇用社員となり、営業からの依頼も「案件受注のプランニング」というよりも、もっと前段階の事例紹介としての「営業同行」が多くなっている。
実際に案件になったら、私の元の部下たちで十分らしいのが、その前の「種まき」的な活動のフォローは、まだ頼りにしたいと営業スタッフは言ってくれる。

下調べや出来るだけポジティブな会話など、少し気を使う必要はあるが、競合プレゼンや案件獲得などのプレッシャーはないから、これも気軽といえば気軽だ。

他にも昨年から統括本部の業務をサポートするようになって、社内の広報ツール作成をしている。
これはこれなりに気を使うが、やはりお客様相手でないので、プレッシャーは少ない。

このように、いろんな面で気軽になっているが、反面収入は激減している。
給料日に明細を見るとかなり「ガッカリ」する手取り額で、「節約しないといけないなぁ~~」と毎回思う。
と同時に定時になったら「さっ」と終わることを心掛けるようになった。

今までだったら「もうちょっとキリが付くまでやろうかな?」と思ってしまう。
もうこれは何十年もやってきた習慣なので、かなり意識的に「ハイ、やめ」と思う必要がある。
そしてスケジュールも、今までのように「ここで少し頑張れば」と思わないように、かなり余裕のある形にして、無理な場合はNGを出すようにしないといけない。

40年以上も「前掛かりに仕事を進める」姿勢が身に付いてしまっているので、適度にブレーキの掛け方を身に付けないなぁとこの3ヶ月思っている。
キーワードは「給料日を思い出せ」なのだが、あまりダラダラ仕事をするのは、性格的に無理だし、会社に必要な人材と思ってもらえなくなるのも困る。
正社員・管理職時代とはかなり次元は違うが、それなりに悩みではある……。

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2017年11月27日 (月)

メンテナンスが必要な年齢

今年60歳になった。
個人的にはとてもエポック的な出来事なので、何度も話題にしてきた。
これから60代が始まるわけだが、益々身体のメンテナンスが必要な年齢になってきた。
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私の場合、この「身体のメンテナンス」を意識したのは厄年くらいだったから40代から始まった。
初めての「肩関節周囲炎=いわゆる四十肩・五十肩」になり、寝返りも打てないほど激痛で病院にいった。
その翌年ぐらいには「不整脈」が酷くなり、これも病院で診察してもらった(幸い大丈夫だったが)。

50代になるとコレステロール値改善で通院するようになった。これについては10年前に「コレステロール改善薬」 として記録している。
相変わらず会社で行われる健康診断では、いろいろ「要観察」チェックが入るが、まあ定期的に通院しているということで、一応安心はしている。

さらにこれも何度もこのブログで書いているが、小さい頃から「アトピー体質」で年齢とともに肌をちゃんとケアしないと、すぐに痒くなる。特にジーンズのように目の粗い生地のものを穿いて、たくさん歩くと腿の肌が摺れて痒くなるようになった。
昨年「突然のめまい」 で激しいめまいが起きたことを書いたが、実は今年も10月に酷いめまいが起きた。
さすがに気になったので病院にいき検査してもらった。これも取り合えず問題はなかったようだが。
そして先日、歯科医に行けば「ここちょっと歯茎が緩くなっているから」としっかりケアするように言われた。

と、このようにあれやこれやとケアしながら生活しているのだが、先日10歳下の部長が熱と喉の痛みで休んだ。風邪かと思っていたら「溶連菌感染症」とのこと。通常は幼児が罹るのだが、稀に大人も罹患するようだ。

その部長が私のところにやってきて「溶連菌感染症」の後、血液検査をしたらγ-GTPは通常の3倍の値になって病院から連絡があったと話してきた。いつも健康診断ではぎりぎり基準内だったのに、中性脂肪もコレステロールも3倍くらいの高い値になっていたとか。

彼には「もう50代でしょ?身体をメンテナンスしながら働く年代になったということだよ」と伝えておいた。
50歳といえば、クルマで言えばそろそろ10年以上のころに差し掛かっているのではないだろうか?まして60代は20年以上のオールドカーみたいなものだ。
こんなご時勢だから、80・90歳のような長寿は望まないけれど、メンテナンスしながらの生活が必要になってきたと実感するこの頃だ。

【追記】
上記の内容でアップしたら、会社で昔私の部下で、今はフリーランスでデザインをやっている知人が亡くなったと耳にした。
確か彼は私より10歳くらい年下。詳しいことは分からないけれど、路上で倒れて亡くなったとのこと。
今年は会社でもずっと年下の人が急死する話が多い。
そういう意味で、無事に還暦まで生きてきて、なお今でも元気で働けているということに年末が近くなって、改めて感謝しないといけない。
しみじみと思うニュースを、たった今、耳にした。

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2017年11月20日 (月)

今までの延長では難しい時代に

今回のタイトルは、最近会社で話していて、よく感じる言葉だ。
4月に役職を、8月には社員を定年になり、再雇用というある意味経営的に無責任な立場になったから、余計にそう思うのだが、前回の「残業問題」も含め、大変な時代になってきていると感じている。
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私のいる会社の基幹業務は印刷だ。
ご存知のようにデジタル化とかWEB化などで、印刷需要は減り続けているし、印刷用紙の出荷も毎年減っている。
そこで、「印刷以外の分野へ拡販する」なんてことは、どこの企業でもやっているし、工夫している。
でも、「拡販する」時に、「今まで仕事の仕方の延長」でしか判断できていないってのは、これもどこの企業も同じような気がする。

日本の企業は「転職する人」をあまり「良し」としない風潮がある。
ネットで読んだことがあるが、海外赴任をしていた広告代理店の人が、現地の人に「なぜ5年以上も同じ企業いるのか?」と言われたそうだ。
海外では(特に欧米だろう)転職していない人は、「転職できるだけの能力が無い」と判断されるようだ。

ところが日本は「入社してずっと同じ会社」にいる人が多い。
だから、私のような転職を繰り返してきた人が意見を言うと「君は、うちの会社を分かっていない」と軽くいなされる。役職に付いてからは、そんな意見は慎んできたが、腹の中では「おかしいのは、この会社だよ」と思ってきた。

そんな人ばかりが集まって「これから拡販するにはどうするか?」と話しても、画期的な意見が出るはずがない。
トヨタグループの創立者の豊田佐吉氏は、言ったそうだ。
「窓を開けよ(正確には障子だったかも)、外は広い」

これを格言と崇めていることで日本企業の体質が良く分かる。
社会の変化が緩やかで、消費者の嗜好も緩やかに変化してきた今までなら、一生懸命「良いもの」を作っていて「明日も今日以上に頑張ろう」と言っていれば良かった。

でも今のようにすべての価値や機能が劇的に変化する場合は、抜本的に課題を見つめないといけないと思う。
「今までと同じで良いのか?」
これをいつも問い続けることが、30代の社員にはとても大事なのではないだろうか?
仕事の中で「本当に大事なことは何か?」
「自分はこれから、どんな立ち位置で仕事をしていくのか?」
毎日忙しいけれど、自分自身がきちんと考えていないと、本当に困る時代が来ている気がする。

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2017年11月13日 (月)

残業規制とお客様第一主義と責任感

今年の5月に「『便利な社会』の見直しが始まるか」 という記事を書いた。
例の大手広告代理店D社の自殺問題に端を発した「過重労働問題」だ。
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あれから数ヶ月、マスコミではこの裁判の様子や亡くなった女性の親御さんの意見などを取り上げていたが、それを見るたびに「どうして『企業が悪い』という一方向で報道するのだろう」と思っている。
5月の時にも「社会構造」が間違っていると結んだが、私のいる会社ではまさに「過重労働の本当の論点はここにある」という事態が起こっている。

【その1】
すでに数年継続受注させていただいているお客様。
しかし予定より1ヵ月半以上原稿入稿が遅れているのだが、それでもお客様側のトップは「予定通りの納期で納品を」と言ってきている。
本来、このような場合は(1ヵ月半も遅れる前に)フロントである営業側からお客様に「アラート」を出す。できれば頻繁に出す。そして「頑張ってきましたが、もう無理です」と交渉する。

しかし、このお客様の担当営業はそれをやってこなかったので、このような事態になっている。
で、結局そのしわ寄せは制作スタッフに来ていて、「深夜残業」「休日出勤」を連発し、果ては「会社で徹夜」なんてことになっている。
でも、このご時勢なので、人事部からは「長時間残業をやめてください」と再三通達が出る。

制作スタッフのトップは、営業にもその上司にも「もう対応できない」と連絡し、制作スタッフにも「もう留めていいから」と指示を出すが、お客様側の担当者も長時間残業で原稿を何とか作ってくるので、対応してしまう。

【その2】
荷物の入出荷を担当する部署で、本来システムを使用しての入出荷連絡されるだが、ある事情でFAX対応になっている。詳しく書くとどこの話なのか分かってしまうので省くが、この「ある事情」は、うちの会社の責任では、まったく無い。

でもお客様のお客様から依頼される入出荷には対応せざるを得ず、FAXを見てデータ入力しているが、そのために通常の倍以上の時間が掛かる。
そのためやっぱり「長時間残業」となり、他の業務との関連もあり「休日出勤」となる。

この2つの他にも、さまざまな事業でやむを得ず「長時間残業」は未だにある。
もっと言えば「長時間残業」の残業代はコストに跳ね返るために、例えば「みなし残業」とするとか「代休処理」にするとかで、法に触れない範囲で残業代が掛からない方法を取る。

会社の経営層からは「売り上げ」を求められ、人事部門からは「残業削減」を、そして実際のスタッフたちの「責任感」と、この3つの要素に挟まれて、この問題は簡単には解決しない。
こんな状況を見ていて、結局発注する側を何とかしないといけないのではないかと思うようになった。

●発注時に決めたスケジュールと見積もり項目に変更がある場合は、再度見直しする
●業務時間外に業者等に連絡しない
●業務時間外に対応しないと間に合わないような指示・依頼・修正を出さない

これに違反した場合は、発注側が罰せられるような法改正がいると思う。
知らない人が見たらびっくりするだろうが、先の3点は「これぐらい普通です」というのが現状だ。
特に最初のなんて、見積もりもスケジュールも途中から無視されるような依頼がどんどん来る。
これをビジネス的に断れない国って、本当の意味での先進国って言えるのだろうか?

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2017年11月 6日 (月)

期日前投票と選挙公報

自分自身のブログの過去を「選挙」というキーワードで検索したら、けっこうな数の記事がヒットした。
そんなに政治的なコメントを書いたつもりはなくても、年齢相応に政治とか行政とか議員に思うことがあるということだろう。
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もしかすると、以前書いたかもしれないが、選挙権を得てから投票に行かなかったことは数えるほどしかない。
すごく政治に興味あるわけでも詳しいわけでもないが「投票にも行かずに政治を批判するな」という若い時に聞いた言葉が残っており、行くようにしている。
今はなき「民主党政権」になってまた自民党に戻った時「政権を変える」ということは幻想だったのか?と思い、一時期投票に行かなくなったが、先の言葉が蘇って、また行っている。

思い返せば、あの時すごくいろいろ公約でアピールしていた「民主党」が、実は主導する能力がないことが露呈したわけだが、会社でも政治でも今そこにある中心勢力を批判することは簡単にできる。
「じゃ、お前会社の経営者になってみろ」と言われてもできないように、政権批判する野党には本当に政権運営する気があるのだろうか?と選挙になるたびに思うようになった。

先月あった衆議院議員総選挙も同じで、特に自民党や安部政権を支持していないけれど、他の選択肢の中に、信頼して政権を託せる集団がいないと感じる。
特に今回の場合、希望の党と民進党のドタバタは、吉本新喜劇のようで半分面白く、半分腹立たしい気分だった。
誰が言ったか知らないが、小池さんを「緑のたぬき」とは実に良いキャッチフレーズで、ぜひ今年の「流行語」に選ばれてほしいと思う。それより「排除」の方が有力かな?

さて、ここまでが前段で、これからが本題。
実はここ数年、選挙は「期日前選挙」で投票している。
夜8時まで受け付けるので、会社帰りに寄れるし、そんなに混まない。とは言え、最近は「期日前投票」に訪れる人は年々増えている気がするが・・・・・。
今回は、台風の影響で、期日前投票で「●時間待ち」なんて珍現象もおきたが、それも期日前が浸透してきているからこそなのだろう。

選挙の案内はがきは、公示日に大体届く。
だから、現実的には公示日から「期日前投票」に行くことはできる。
なのに、立候補者や政党の公約や最高裁判所裁判官国民審査の情報が掲載されている「選挙公報」などは、投票日の1週間前にしか配布されてこない。

どうしてこのような「空白期間」が生まれるのだろう?
今は、インターネットなどで見れば立候補者や政党の情報は分かるが、最高裁判所裁判官国民審査についてはわからない。

今回のように突然「解散、総選挙」で間に合わないというわけでもないようで、通常の選挙でも同じような「空白期間」がある。
「選挙公報」が間に合わなければ、「期日前投票」の時期を遅らせればよい気がするが・・・・
そう思って、検索したら自治体の選挙管理委員会のHPに掲載されていた。
そうか、今度からこれを見れば良いんだな。1つ賢くなったが、ネットで見られない人は、やっぱり「空白期間」が生じる。

そういえば期日前投票に行くと、出口調査に当たる確率が高いが、今回は3人いて、どうやら別々の報道機関のようだった。
私が答えたのはNHKだったが、タブレッドでタッチするだけの最新の調査だった。
「出口調査」もどんどんデジタル化して進化している。
選挙の方法や情報開示の仕方も、どんどん変化していくのだろう。

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2017年10月30日 (月)

歴史と海と台風と(その3)

(続き)
少し早めにホテルにチェックイン。
夕食なしのプランで宿泊だったので、少し休憩してから事前に調べておいた「日帰り温泉(スーパー銭湯?)」に出かけた。
金曜の夜だったので、混むかと思ったがそうでもなく夕飯も「紅葉定食」とリーズナブルのものがあったので、それで満喫した。
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明日香村は夜になると本当に真っ暗で、ホテルに入る前にコンビニに寄ろうと思ったら、10分くらい回り道しなくていけなかった。
寝る前に、ホテルの大浴場(といっても、数名くらいの規模だが)に入ったが、誰もおらず、翌朝のお風呂でも貸切だった。

翌朝の朝食では他のお客さんと顔を合わせたが、それまでは若いカップルの一組しか会わなかったので、天気の関係や翌週に大きなイベントがある(らしい)ことなどから、空いている施設だった。

天気予報どおり朝から雨。
チェックアウトしてナビで「海遊館」へ。
大阪は慣れていない上に、高速は複雑だし雨降りで、途中でもスリップ事故があったりで、かなり気を使った運転になったが、何とか無事に到着。
近くの駐車場はとても高いと聞いていたので、少し離れたところで、しかも土日も同じ金額の駐車場に停めた。

入場券購入で並びやっと入場。
今回は、会社の厚生サービスを利用したので、通常より安い金額で入場できた。
雨のせいか3連休のせいか、入り口からしばらくかなり混雑していたが、会場アナウンスで言われていた通り、下のほうに降りていくと割りと空いていた。

メインの水槽にはジンベイザメが2匹(頭?)、他にもたくさんの種類のエイやサカナが一緒に悠々と泳いでいた。
面白かったのが、餌をもらうことに慣れきってしまって、まったく覇気のないラッコと、いわしの群れがあんなに大きな口を開けて泳いでいる姿など、他ではなかなか見られないものがあり、本来の目的だった「ジンベイザメ」より妙に印象に残った。

11時前に入場して出たのが2時過ぎ。
どうも最近はどこに行っても、ゆっくり見るようになってしまって、きっと団体ツアー旅行のペースには付いていけないなぁと思っている。
ホテルで朝食を食べただけだったので、お腹が空いて隣接する商業施設で昼食。
時間がずれているから大丈夫かと思ったが、休みの日でもあるせいか、どこも並んでいる。
結局「せっかく大阪だから」とお好み焼きの店舗に少し並び「お好み焼き」+「焼きそば」+「とん平焼き」+「ゲソ焼き」のセットを食べた。

お腹が膨れて帰路へ。
雨は相変わらず降り続いていて、行きと同じ道で帰ったが、西名阪の山の方は雨で視界が悪く、さらに対向車からの水しぶきにも怯えながら運転になった。
今まで京都とか江戸時代のものを巡る旅行はしてきたけれど、奈良はもう少し時代が古いのでなかなか行けていない。
私の住む地域からも京都と同じくらい近いから、これからも行ってみようかなと思っている。

このブログでも何度か紹介するように、いろいろなところに出かければ出かけるほど、行ってみたいところが増える。
それはそれで、健康なうちに行けるように気をつけるから良いとしようか・・・・・

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2017年10月23日 (月)

歴史と海と台風と(その2)

(続き)
「道の駅 針テラス」 (ちなみに「針」は土地の名前らしい)で少し休憩して再出発。
最初のナビでは「天理」から南下して明日香村に向かう予定だったが、この「針テラス」は分岐点でもあったようで、「桜井市」「大和橿原」へ経て明日香村に到着するコースに変更になった。0402

明日香村は事前に調べて「レンタサイクル」で回る予定にしていた。
ネットで調べると複数の場所でやっているようで、駐車場が無料のところを選んで行って見た。
到着した営業所はちょうど無人で、電話したら「他のところではダメですか?」と言われてびっくりしたが、電話の向こうで「いいよ」と声がして、しばらくしたら係りのオジサンが来てくれた。

手続きして午後5時まで800円。さらにネットのクーポンを見せて200円引きにしてもらって自転車を借りた。
電動自転車もあったが「大丈夫じゃない?」と思ったので普通のものを借りたが、後から考えれば「電動」にすれば良かったと思う道もあった。

このレンタサイクルで巡ったのは「亀石」→「橘寺」→「岡寺」→「石舞台」→「飛鳥寺」→「酒船石」の順番。最後に借りたレンタサイクルの営業に戻ったのが3時過ぎになり、「余裕があったら長谷寺」なんて全然無理だった。
それと、当たり前かもしれないけれど、それぞれにお金が必要で、レンタサイクルとセットでパスポートチケットみたいのがあると便利なんじゃないかと巡ってみて思った。

●石造物類
巡れたのは「亀石」「酒船石」そして「橘寺」にあった「二面石」だけだったが、明日香村にはこのような石造物があちらこちらにある。
なんのためのものなのか分からないものもあるようだが、自転車でしか行けないようなところにあったりして、なかなか面白かった。

●寺社
巡ったのは「橘寺」「岡寺」「飛鳥寺」の3箇所。
事前に知っていたのは「飛鳥寺」くらいで、ここは日本最古の仏教寺であるとTVで知ってから来てみたかった。
「橘寺」は知らなかったけれど「聖徳太子(今は厩戸皇子)」の生誕の地と言われていた。お庭には昔の金堂や五重塔跡もあり、もしも現存していたら大きな寺社だったのだろうと楽しく想像できた。
「岡寺」もたまたまコースにあったので寄ったが、これが山の上にあるお寺で、息切れしてしまった。
ここは日本最大の塑像の観音像が有名らしく、そして楼門や三重塔などもあり、苦労して上がってよかったお寺だった。
そして苦労して登ったおかげで、三重塔から明日香村を見渡すことができた。
「飛鳥寺」も昔は大きな敷地だったようだが、今は本当に小さくしか残っていない。
けれど、ここは「飛鳥大仏」などの仏像を撮影して良いとのことで、せっかくなので撮らせてもらった。

●石舞台
明日香村といえばここが一番有名。
一説では蘇我馬子の墓とも言われているが、詳しくは分かっていないらしい。
外から見る姿はよく写真で見るので、そうでもなかったが、中に入って大きさを実感した。
石棺があったとしたら、どんなふうだったのだろうと妄想は膨らむ広さだった。

距離はそんなに動いていないが、1つ1つ「へぇ~~」などと思いながら見ていくので、思ったより時間が掛かる。
石舞台のそばの「旬菜館 ポカ フレール」 でランチにしたが、ここの「旬の野菜と古代米のワンプレートランチ」が美味しかった。
古代米も野菜もとても素材の甘さが良くって、1000円だったが、これが都会だと倍くらいの値段だろうけれど、ある意味とっても贅沢なランチなんだろう。

レンタサイクルを返して「高松塚古墳」へ。
これがまた思ったより狭い道を入っていって(あとからそれは裏道と分かったが)、復元された古墳と近くの壁画展示館に寄り、ホテル近くの「飛鳥資料館」 に入り、明日香村散策は終了。
全体を通して、飛鳥や古墳などの基礎知識がなくて、とっても表面的だけの散策になってしまったが、これをきっかけにこの時代のことも興味を持てそうだった。
ただ、江戸や幕末と違い資料が乏しいので、半分以上が「想像」になっていることがこの時代の特徴と言えるかも知れない。
(さらに続く)

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2017年10月16日 (月)

歴史と海と台風と(その1)

定年再雇用になって良かったのは、今までよりも「有休とって旅行に」が言いやすくなったこと。
役職の時には、なんだかんだと会議があったり、部下のメールも確認したりしていたが、役職が外れ、さらに再雇用になり、自分の業務の都合さえ付ければ良くなった。
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良くないのは当たり前だが収入が減ったこと。
だから「旅行には行きやすくなったけれど、リーズナブルな心がけ」が必要になった。
今までも決して贅沢な旅を楽しんだわけじゃないけれど、これからは一層緊縮財政で計画しないといけないと思っている。

と言いつつ、やっぱり「出かけられるうちに」とも思うわけで、9月に1泊2日で奈良と大阪に行ってきた。
大阪は「海遊館」、奈良は「明日香村」とずいぶん目的が異なるが、前々から「行ってみたい」と思っていたことと、私の住む地域からは同じ方向にあることで、この組み合わせにした。

最初は初日に「海遊館」に行って、奈良に宿泊。2日目に「明日香村」を巡り、もしも余裕があれば新薬師寺か長谷寺に行くというざっくりした計画でいた。
なので、奈良と明日香村との中間ぐらいにリーズナブルなホテルがあったので、そこを予約していたが、意外に距離があり、「朝から明日香村を散策」するなら、もう少し近い方が良いと思い直し、明日香村近くの施設に予約をし直した。

1週間くらい前までには「2日とも晴れ」の天気予報だったが、だんだん台風が近づいてきて「大丈夫か?」と思えるようになった。
結果的にこの台風は九州・四国・本州・北海道と日本中を上陸し、各地は大きな被害にあったのだが、とにかく「台風の動き次第の旅程」になったのは間違いない。
3連休の1日前を有休にしていたが、当初の「海遊館」→「明日香村」を逆にして「明日香村」→「海遊館」に急遽予定を変えての出発になった。

予報によると遅くなればなるほど台風が近づくことになっている。
明日香村まで3時間くらいだからゆっくりの出発でも良いけれど、とにかく天気は不安なので、少し早めに出た。
東名阪までは高速道路で行き、亀山からは西名阪国道。この道は白浜に行った帰り に使ったから、少し慣れていた。
東名阪は、いつもは渋滞する道路だが早めの出発が良かったのか、とにかく順調にクルマを走らせた。

2時間過ぎた頃から「ちょっと一休み」したくなったが、走っているのは自動車専用国道で、サービスエリアはない。「道の駅くらいは」と探しながら走っていたら、ちょうど「道の駅 針テラス」 の看板を見つけた。
入ってみたら大きな「道の駅」で日帰り温泉施設があり、かなり広い駐車場もあり、どうやらトラックドライバーには有名なところのようだった。
(つづく)

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2017年10月10日 (火)

還暦になって学ぶこと(その3)

(さらに続き)

思わぬ長い最初は1回のつもりで書いていたが、長くなって3回シリーズになってしまった。
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【じいじとして】
最後に、ちょっと違う世界の話。
時期がちょうどこの1ヶ月の中だったからだが、これはこれで「学ぶべきこと」だと思ったので、入れた。
夏休み明けに娘夫婦と食事をした話を「60歳、そして定年へ(娘一家編)」 で書いた。
そこで書いたように、上の男の子の孫への「こら、我がままくそ坊主」という言葉に娘はずいぶん引っ掛かっていたようで、ある日長文のLINEが来た。

出だしからして「今までほとんど一緒に住んでなかったら、なかなか本音で言ったことがないけれど」で始まり「何だろう」と思って読むと、上の孫への事だった。

今、娘は二人の子持ち。
特に下はまだ1歳半で大変で、小学校3年になる上のお兄ちゃんにどうしても厳しくなり怒ってばかりいるらしい。
さらに、男の子としては優し過ぎる子だが、少しずつ「男の子」ということで、どうしたら良いか分からなくなってくることがあるとも・・・・・

そんな状況の時に、私が「お兄ちゃんだから、厳しくした方がいいのじゃないか?」と思って怒ったりしないでくれとのことだった。
冒頭に「本音で言ったことないけれど」と書いているから、娘はかなりイロイロ考えてのLINEだったと想像はつく。

そして「子供は子供なり一生懸命考えているのだから」と締めくくられていた。
私自身もブログには軽く書いていたけれど、ちょっと気にしていたことだったので、さっそく返事を書いた。
「こちらも気にしていたこと」
「孫との付き合い方を、これからまだまだ学ばないといけないと思っていること」
そんなことを書いたら、翌日
「真剣に考えてくれて、そして受け取ってくれてありがとう」
と返事が来た。

結婚生活に失敗した私は、娘にとってはよい父親ではなかった。
でもこれからは「じいじ」として学ぶべきことがあるなぁと娘のLINEで気づかせてもらった。
翌日のLINEには「せっかくおじいちゃんもおばあちゃんも健在なんだから」と、娘は一生懸命考えていることが分かる内容だった。

「子供たちは別の人格だから」と頭で分かっていながら、ついつい「自分のこども」という甘えがあったことにも気づかされたし、私にLINEを送ることも「母親としての意識」があるからこそ、勇気を振り絞ったのだろうと思う。

このように60歳過ぎても、公私共に学ぶべきことがたくさんある。
このことを忘れないためにも、今回ブログに認めてみた。

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2017年10月 2日 (月)

還暦になって学ぶこと(その2)

(前回の続き)20171002_kabu

【仕事上の話】
私は本部長の隣の席にいる。
部長時代や正社員時代には、本部長が不在の場合の承認印の許可や、他部署から依頼に代理で対応していた。
先日、本部長が休暇を取る時に、今までのように不在時の承認印の許可を私に取るように社員に話していた。
しかし「いや~~、それはまずいでしょ? 再雇用社員が決済承認許可はないって」と話した。

最初、本部長は「信用しているから」と言っていたが、そういう問題じゃないので断固拒否した。
長い付き合いだから、本部長の言っている事もわかるけれど、仮の承認にしてもその責務の給料はもらってないのだから、それは嫌だ。
「自分だったら、嫌でしょ?」と本部長に話したら納得してくれたが、この辺はズルズル今まで通りにしていると、お互いにまずい事になる。
自分もそうだけれど、周りも定年~再雇用という立場だということを単に業務的なことじゃない責務も含めて理解してもらうことが大切なのだと改めて学んだ。

【株の世界】
もともとこの世界は苦手だし、怖いし、そもそもそのような資金もなかったので、今までまったく縁がなかった。
しかし会社の持株会に長く入っていて、かなりの株数になったので、今回個人株主にした。
そのための口座開設などNISAの申し込みなど、まったく知らない世界の言葉に四苦八苦しながら書類を書き、何とか口座開設され、自分の会社の株主になった。

せっかく口座開設したのだからと、いろいろ株のことを勉強し始めた。実は3年くらい前に「気軽にできるネット・トレード」という本をコンビニで買って、「そのうち読もう」とそのままになっていた。

【退職金】の時に書いたけれど、今は銀行に預けていてもお金はまったく増えない時代。
株主優待とか仕事でちょっと知っている企業の値動きを見たりとか、まだまだ分からないことだらけだけど、これまた学ぶべき世界であることは間違いない。
「株で儲けて」なんてことまでは思っていないけれど、こういうきっかけで、学べるのだったら少しやってみようかとも思っている。
(さらに続く)

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2017年9月25日 (月)

還暦になって学ぶこと(その1)

定年退職~再雇用社員となってまもなく1ヶ月経過する。20170925_taisyokukin_2
相変わらず毎日会社に行っているし、今年度が始まる4月に比べれば大きく変化していないように見える。
もちろん給料は大幅に下がったことは、大きな変化なのだが、実はそれ以外にもいくつか変化してきている。

【退職金の話】
今の会社には、子会社時代も含めて25年以上いる。
若い頃には転職を繰り返していたが、こんなに長く同じ会社にいて定年を迎えるなんて、あの頃には想像すらしていなかった。
それで、そんなに多くはないけれど、少しは老後の生活費に当てれそうなくらいの退職金がでた。

確定給付付企業年金もあったが、運の悪いことに、今年度から利率が5.5%から2.0%に下げられ、さらに元金も多くないので、10年分割して税金払っても、一時金でもらってもそんなに差が出ない。
「10年先まで、今の会社と繋がっているのもなぁ」
そう思って一時金で払ってもらった。

その両方のおかげで、ちょっとだけ銀行にお金が増えて、そのままだと欲望に駆られて使っちゃいそうなので、定期預金にすることにした。
ところが、今は「マイナス金利」時代。
定期預金で0.01%の金利って、もうお小遣いにもならない。
ならないけれど、使わないためにも定期にしようと思った。

これらは全部ネットでやるのだが、これがなかなかドキドキもので、それなりの金額を動かすのって、ちょっと怖い。画面上で数字だけが動くので、余計実感がなく、操作ミスでとんでもない事になりはしないかと心配しながら操作した。

「マイナス金利」が大きなニュースになった時は、そうでもなかったが、こうやって自分のことに関係してくると、「このまま銀行に入れたままで良いのだろうか?」と思えてくる。
元来、投機的なことは嫌いだから、変な投資勧誘には乗らないが、こう金利がないと「少しでも増えるなら」と他の道を考えがちになる。
これもまたお金に関することを学び直すきっかけになりそうだ。
(続く)

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2017年9月19日 (火)

近場の美術館巡り

ちょっと時間が過ぎてしまったが、夏休みに近場の美術館を巡ってきた。
20170911_mistukan_2ニュースによると今年は「山の日」の曜日の関係があり、各企業の夏季休暇期間が重なり、どこも大渋滞・大混雑だったようだ。
そんなこともあり、どこにも出かけない予定にしていたが、何となくiPhoneを見ていて「チラシミュージアム」 というアプリを見つけた。

そのアプリは「全国の美術館・博物館・ギャラリーで開催されるアートイベントのチラシ」が見られるという私のような人間にはありがたい道具で、さっそくダウンロードして使ってみた。
すると「安城市歴史博物館」 と言う施設で「生誕220年広重 ‐雨、雪、夜 風景版画の魅力をひもとく」をやっていることを見つけた。
「これは行かねば!」と出かけたが、入場料は500円と格安だし、施設内は涼しいし(一部寒いくらいだったが)、そして予想していた以上に広重の作品が多く、しかもゆったりと見られて最高だった。

「広重」といえば「東海道五十三次」が有名だ。
もちろん展示の筆頭にずらりあったが、状態の良いのとそうでもないのと入り混じり、それでも全宿場+異版もあり、さらに違う版元のものや、国芳との合作版などバラエティに富んだ展示で、偶然見つけて思い付きで出かけたものとしては、とても「儲けもの」なものだった。

ここは今では「安城市」と言い、私の住む街の近郊だが、「安城市歴史博物館」 のある場所は、元々「安祥城」の城址だったとのこと。
施設を出て、少し周りを巡り、今はお寺となっているところに「安祥城址跡」の石碑を見つけた。
2015年4月に「近くの穴場~西尾城」 を書いたが、本当に私の地方は、このような城址がそこら中にある。
これは、定年後の楽しみの1つとして史跡巡りを考えている私には、とてもありがたい。

そして、同じ日ではなかったが、もう1ヶ所「この時期だから」という情報を聞きつけて出かけてきた。
それはミツカン酢でお馴染みの「ミツカンミュージアム」
通常は「予約」が必要な施設なのだが、お盆期間中は「無料・見学自由」とのことで、これも「ぜひ、行かねば!」と行って来た。
当然、企業の施設なので「酢の作り方」「歴史」がメインなのだが、これがかなりちゃんとしていて、驚いたのは復元した長さ約20メートルの「弁才船」

「夏休みの自由研究に」と子供や孫を連れてきている人も多かったが、それでもゆっくり説明文を読めるゆったりさで、「これで無料」と言うことなしだった。
さらに、このミュージアムの周りは、ほんの少しだけだが「歴史の散歩道」になっており、これもゆ~~ったりと見て周り堪能した。

こうやって近場でも十分楽しめることが最近感じることで、小牧城や岐阜城など、「鉄筋コンクリートの復元だから」と行っていない施設にも出かけなくちゃと、またまた「行きたいところ」が増えている60歳なのであった。

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2017年9月11日 (月)

60歳、そして定年へ(会社編)

前回は、プライベート中心の60歳報告。
今回は組織の中で生きてきた人間としての60歳の話。
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おそらくこの「60歳」「一区切り」と感じるのは、私のように会社勤めをしている人間の方が大きいのじゃないだろうか?兄貴のように自営業の場合は、また違う気がする。
当然、会社勤めだと一応「定年」となり、今までのような「正社員」ではなくなる。
でも「どうなるんかなぁ~~」と思っていたが、7月末になっても人事部から何も言ってこない。

私の会社は誕生月が「定年」になるので、新年度が始まる時には「再雇用希望」を出しておいた。
だから「7月には、なんか言ってくるんじゃない?」と思っていたが、何も言ってこない。
仕方なく人事部長に「どうなるの?」と聞いたら、慌てて本部長を通して条件提示がされた。

3月で正式に役職定年になり、部長職を退き、当然その時に収入は減った。
そして今回は定年・再雇用でまたもや条件変更。
1年に2回も収入が減っていくのは、痛い。でも、本来ならば2年前に役職定年だったから、ありがたいのだが、続けてくると、やっぱり痛い。

で、再雇用の条件。
通常だと60%程度の収入条件らしいが、人事部長も本部長もそれなりに評価をしてくれて70%程度で社長に稟議を出してくれるのだそうだ。
それでも、それなりの金額は減る。今月末に、定年後の初の給料なのだが、きっと「減ったなぁ~~」と一段と感じるだろう。

さらに8月も残り10日となって、盛り沢山の書類が人事から来た。
「再雇用契約書」「退職金の明細」「企業年金の明細と受け取り方法」「税務署用書類」「ハローワーク用書類」などなど、人事課長はサラサラッと説明してくれたが、分かりにくいこともあり、ネットで調べながら確認して署名した。

さらに「持株会」にあった保有株を個人に移設する手続きも7月ぐらいからやっていたので、今年の夏は「書類記入」ばかりしていた気がする。
そして、こうして具体的に年金や退職金が分かってくると、若い時には「収入なんかよりも、やりがいがあって面白い仕事」と思ってきたが、やっぱりある程度の収入を得て、厚生年金を納めていないと「年金収入が全然少ないなぁ」というのも本音だ。

とこのように、今から年金生活を考えると、心配になることもあるが、その前に「再雇用」の身分になり、ますます「必要とされる努力」をしないといけない。
最長65歳までは、双方合意なら雇ってもらえると規程には書いてあるから、当面の目標は「65歳」まで「必要だからいてくれ」と言ってもらえるようにすることだ。

とは言えなんでも自分でやってしまっては、次世代にノウハウは渡せない。
今までずっと部下だった社員は、もう安心して任せていける(わけじゃないけれど、あまり口を挟まずに見ていられる)。でも、昨年から手伝うようになった総務・広報系は、いろいろ教えなくちゃいけないことや、時には怒れることもある。
「でも、あんまり怒っても65歳まで雇ってもらえなくなるしなぁ」
と、正社員や部長だった時とは違う感覚で勤めなくっちゃいけないなぁ~~と感じながら再雇用社員となっている。

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