2017年4月24日 (月)

英雄たちの選択~大村益次郎の回で感じたこと その1

またまた「英雄たちの選択」の話題から。
ここ2~3年の中で、一番楽しみにしている番組でもあるので仕方ないかもしれない。

この番組の3月の放送で「大村益次郎『武士よさらば 大村益次郎 常識を破壊する組織革命』」 があったが、なかなか面白かった。
そしていつも以上に磯田さんのコメントや中野さんの解説がとても面白く、「そうか、そうだよね?」と今の自分の周辺で起きるいろいろなことへの「答え」のようなものを感じ、2回に分けて書くことにした。
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ちなみに「大村益次郎」とはウィキペディアでは、こう説明している、
幕末期の長州藩の医師、西洋学者、兵学者である。維新の十傑の一人に数えられる。
長州征討と戊辰戦争で長州藩兵を指揮し、勝利の立役者となった。太政官制において軍務を統括した兵部省における初代の大輔(次官)を務め、事実上の日本陸軍の創始者、あるいは陸軍建設の祖と見なされることも多い。靖国神社の参道中央に像がある理由もこのためであるとされる。元の名字は村田、幼名は宗太郎、通称は蔵六、良庵(または亮庵)、のちに益次郎。

今回の言葉はこれ。
「会社を生活の場と考えるか?会社を自己鍛錬の場と考えるか?」

これは、磯田さんが幕末の旗本を中心とする幕閣たちと大村益次郎のような種類の人間との差を言い表したコメント。
当時の幕府(大老・阿部正弘を代表として)の武士は、代々家禄の受け継いでおり職場を「家禄をもらうための生活の場」として考えていて、吉田松陰や大村益次郎など西洋の技術にいち早く着目した人たちは、社会を「自己鍛錬の場」としていたという解説だ。

このコメントは、とても私には刺さった。
最近、少しご無沙汰気味だが、古い友人の「揚巻」さんが40年以上前に私に話してくれたことがある(覚えているだろうか?)
「毎日8時間働くとしたら、1日の1/3は働くから、好きな仕事に就く方が良い」

まだ10代の終わり頃だった私は単純に「そうか!」と思う反面、「でも、お金も欲しいよね」とも思った。
なので、今の職業に落ち着くまで、いろいろな仕事に就いたが、どうやら私は「つまらない仕事をお金や遊びのために我慢して勤める」タイプではないことに気付いた。

それから40年、紆余曲折あって、時に温泉旅行に出かけるくらいの暮らしが出来るだけの収入を得られるようになったが、やっぱり私にとって「会社は自己鍛錬の場」の方に重心があると気づいている。
磯田さんのコメントのように「全面的に自己鍛錬と思っているか?」と問われれば、少しうつむいてしまうが、胸を張って「生活のためだけで働いているわけじゃない」と言うことは出来そうだ。

そう、磯田さんのコメントのように、社会には多くの種類の考え方で物事に取り組む人たちがいる。
そして、その人たち全ての胸の中に「正義」があって「損得」があって「思想」がある。
そんな複雑な中で、自分も見失わないように生きていくことは、とても大事で、大変なことだと、やっと最近わかるようになった。

そして、それは今始まったことでなく「歴史を見ていくと今の課題が紐解ける」という磯田さんがいつも話すことだが、今回は本当にその言葉が胸に落ちた。

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2017年4月17日 (月)

付いてくる世代に恥じないように、仰ぎ見る世代に恥じないように

4月になって、半分過ぎた。
新しい年度であり、いよいよ「定年」というものを迎える年度になった。
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免許証をはじめ、いろんな証明書を見ても8月に60歳を迎えることは間違いのない事実だし、ここ数年ずっと認識していることだが、まだまだイマイチ「ピン」と来ていない。
役職はなくなったし、おそらく給料もすごく減るだろうから、それを見ると実感するのだろう。

今から10年前、このブログを始めて1年少し経った頃に「Favoritesシリーズ」を開始し、その2回目に今回のタイトルとなった吉田拓郎の「ローリング30」 を取り上げた。
あの時は50歳。
それなりの実感を持って、ピックアップしたのだが、冒頭に挙げたように記念すべき「定年」の年に、改めてあの曲の内容をしみじみと思う。

ついて来る世代に恥じないように 届かない世代に恥じないように
Rolling30 動けない花になるな Rolling30 飛び立つ鳥になれ
Rolling30 Rolling30

私は「ついてくる世代に恥じない」ように生きてきただろうか?
それは「ついてくる世代」の感じ方だから、本当のところは分からない。
でも「届かない世代に恥じない」ようには、生きてきたつもりだ。

とても身近な同世代を見ていると胸中では「もやもや」したものが、この新年度を迎える時にあった。
会社の人事規程には、こう書いてある。
参事=部長の役職定年後の役職
参与=参事の定年退職後の役職

だから、私は誕生日が来るまでは「参事」だし、定年後は「参与」となる(はずだ)。
なのに、新しい年度の組織図を見て、びっくりした。
私と同じ年の人が「参事部長」のまま役職にいるし、執行役員で定年になった人は「参与部長」になっていた。

「参与」は定年退職後の役職名なのに、なぜ「部長」が出来るのだろう?
もう規程があるようなないような、抜け穴だらけのものになっていて、それを知って私自身は「もしかして、ちょっと損した?」などとも思ってしまった。

なかでも、前の上司だった人は執行役員定年となり「参与室長」になっていたが、同じ年の執行役員は「上席執行役員」になって、「なんで俺は降格なんだ」と怒っていたそうだ。
「参与室長」でも恵まれていると思うけれど、彼はそう思っていないようだ。
でも会社から打診のあった大きなプロジェクトは断って、いろんな部署にちょっかい出しているだけの1年を過ごしていれば、そうなるんだが、自分は「ちゃんとやっている」と思っているようだ。

などなど、いろいろ思うことがあるが、これから今まで以上に
「ついて来る世代に恥じないように 届かない世代に恥じないように」
胸に刻んで生きて行こう。

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2017年4月10日 (月)

マスクを付けているのが普通?

いつの頃からだろう?
通勤中はもちろん、仕事中でも時には商談中でもマスクをしている人が増えた。
花粉症対策、インフルエンザ対策など、人にはそれぞれ理由があるのだろう。
実際に私も寝る時にマスクをする。
昔は「そんなの寝苦しい」と思っていたが、最近すぐに喉から風邪をひくことが多くなり、マスクを付けて寝ると良い感じになり、いつも付けて寝ても平気になった。
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今から3~4年前にお付き合いが始まったお客さまがある。
その企業のある部署の室長が、商談中もずっとマスクをしていた。
「花粉症だ」とおっしゃっていたので、「仕方ないか」と思い、受注した制作物が完成し打ち上げの会で、初めて「マスクのない室長」を見て「初めて拝見しますよ」と笑いあった記憶がある。

その時は、そんなに気にしていなかったが、今年になって朝のテレビで「マスク依存症」で悩む女性を取り上げていた。
マスクをしていないと人前に出られないとか。
まるで「化粧をしてないと出られない」という感じだったが、当人として他人とのコミュニケーションに問題を感じ、セミナーやリハビリなどを積極的に行い始め、少しずつ気持ちが変わってきたと言っていた。

確かに「花粉症」が市民権を得た(変な言い方だけれど)頃から、風邪でもないのに日常的にマスク装着の人が圧倒的に増えた。
いろんなデザインやカラーや柄などのマスクも販売され、「おしゃれアイテム」的なものになってもいる。

しかし、商談中や会議などにもマスクをしたまま話すのは良いのだろうか?
いくら相手がお客さまで、こちらが業者だとしてもエチケット的に問題ないのだろうか?
風邪なら「相手に伝染してはいけない」という配慮なので、エチケットとしては成立する。
花粉症もかなり譲って仕方ないかなぁとも思う。
でも「予防のため」という理由で、マスク装着のままで商談するのは、やっぱりエチケットしてはどうなんだろう?

社内でも社長や経営層が出席する会議に、営業などマスクしたまま話す人もいる。
全体朝礼で司会進行する総務課長もマスクをしたままマイクを持って話す。
派遣社員で初めて出社してきて挨拶に来た時もマスクしたまま「よろしくお願いします」と頭を下げる。
ある時に、食堂でそんな話を再雇用のお二人の先輩と話したら、お二人とも「非常識だよ」とおっしゃっていた。
でも、今の世代はきっと気にしないんだろうな?

時代は常に変化するから、目くじら立てる必要もないと思うが、「依存症でマスクを外せない」までなってはいけないし、日本では許されても海外のビジネスシーンでは失礼に当たるかもしれない。
そこのところをキチンとわきまえておく必要があるなぁと、マスクを常に付けている人を見るたびに思うようになった。

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2017年4月 3日 (月)

それぞれの正義

新年度が始まった。
いよいよ定年となる年度となった。

年度(正確には「会計年度」というらしい)は国によって違うが、日本はお正月を大きな節目として迎える習慣があるので、1年に2回も「新しい1年」を迎える感じだ。
もっとも、私は商売をしている家で育ち、いくつもの会社を転職してきたが、それなりの規模の企業でないと「新年度」を大きな節目として感じることはなかった。
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昨年末の「変化の際(キワ)」 にも書いたが、「トランプ大統領」「イギリスのEU離脱」など、いよいよ大きなうねりが現実化しつつある。
それに関連して「ポピュリズム」という言葉がネットや報道で流れる。

ポピュリズム=一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、大衆の支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとする政治思想、または政治姿勢のことである(ウィキペディアより)

今までの常識的な目線から見れば「そんなことは受け入れられない」と思うが、現実には大統領になるし、実際に日本だって「ヘイトスピーチ」「教育勅語を唱和する幼稚園」などの問題があって、排他的な空気は身近にある。

そんなニュースを目にしたり聞いたりするたびに「第一次・第二次世界大戦前の世界は、こんな感じだったのかもしれない」と感じるようになった。
世界中の国や人々は「まずは自分の国を」と考え、それ以外を「仮想敵」とみなし軍備補強を行う。
当時日本は、軍備補強を大国に制限され、それがきっかけで輸入規制を掛けられ、戦争に入って行った。大胆に言えば、世界大戦はそんな感じで始まったと思っている。

その時日本には日本の「正義」があり、他国には他国の「正義」があり、みんな「自分たちが正しい」と思っていたのだと思う。
この「自分の思う正義」と言うものが厄介なものだと最近感じる。
国には国の、自治体には自治体の、企業には企業の、労働者には労働者の、そして個人には個人の「正義」がある。

沖縄の基地問題で、知事と国がぶつかるのも「正義のぶつかりあい」だし、春闘も「企業の正義と労働者の正義」のぶつかり合いだ。
そして夫婦げんかも「それぞれの正義」のぶつかり合いだ。
「自分の思っていること、考えることが正義」と思えば思うほど、ぶつかる衝撃は大きくなり、「譲れない衝突」になっていく。

これを避けるためには「他人の正義」を分かろうとしたり、認めようとしたりするしかないのだが、どうやら最近の世界中の動きを見ていると、まだまだ人類はそのレベルに上がる準備が出来ていなかったことが分かる気がする。
そんなことを感じながら定年の年度が始まる。
私の正義は「再雇用はしてほしいけれど、少し仕事はセーブしたい」だが、果たして周りの正義はそれを認めてくれるだろうか?

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2017年3月27日 (月)

Favorites=世界!ニッポン行きたい人応援団

「和風総本家」(テレビ大阪) のことをこのブログで紹介したのは、今から9年前の4月だった。
ブログで書いた頃はまだ始まったばかりで、「どうなるのか?」的に書いたが、その後、世界的に「日本ブーム」になった。
この時には「和風ブーム」と書いたが、その意味ではこの番組は「日本ブーム」の先駆け的だった。
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その後、「日本に観光に来る外国人」が増えに増え、「インバウンド戦略」なる言葉も、我々レベルでも良く耳にする時代になった。
そのおかげなのか、ここ数年「海外から見た日本」を紹介する番組が増えた。
「世界が驚いたニッポン! スゴ~イデスネ!!視察団(テレビ朝日)」
「YOUは何しに日本へ?(テレビ東京)」
「所さんのニッポンの出番(TBSテレビ)」

また最初に挙げた「和風総本家」 でも「世界で見つけた Made in Japan」などの回には、海外のユーザー目線で日本の道具などを紹介する。

そして、1年くらい前から、私がとても気に入っている番組がある。
これもやはり「テレビ東京」系で、最近このチャンネルは本当に面白い。
他のチャンネルが大事件の時に、一斉に同じような報道番組になるのに、このチャンネルだけは通常番組を流すように徹底した独自路線で有名だ。
その「独自性」が、今はとても良い方向に向かっているのだろう。
その番組は「世界!ニッポン行きたい人応援団」

これらの番組で共通するのは、私たち日本人自体が「へぇ~~そうだったのか!」の日本文化の再発見に気づく点だが、この番組は、そこが徹底している。
まず、海外の人の「日本のモノLOVE」をプレゼンテーションしてもらう。
毎回、そのシーンを見るだけでも面白い。
インターネットだけの情報から、味噌を作ったり、藍染めしたり、鎧兜を作ったり、もう「日本の伝統」に対して「LOVELOVE」を一生懸命熱弁を振るい、そして「ぜひ日本へ招待して!」と呼びかける。

先に挙げたような「日本の伝統」とか「独自の道具」などは、その職人さんが(しかも業界トップクラスの)外人さんをもてなす。
2月初めに放送された盆石が大好き!なアメリカ人男性をご招待! の回では、開場前の「竜安寺」の枯山水の見学を「サプライズプレゼント」として招待する。するとそこに粉雪が舞い、招待された外人さんは、静かに感涙を流す。
「日本人じゃなくても、この静寂と枯山水の世界は感動するんだなぁ」と思わず一緒に涙が浮かんでしまった。

そして、こんな回もある。
「ニッポンに行きたい」のは、ポーランドの12歳の女の子。
この子のLOVEなものは「錦鯉」「フグ」
そして「“錦鯉”愛すポーランド小学生ご招待!!納涼2HSP」 としてニッポンにやってきた。
もう鯉を見るたびに「Oh~~Koi」と叫び、普通の人が知らないような模様によって種類として「紅白」「大正三色」「昭和三色」などなど、もの凄い「錦鯉知識」見せてくれる。

またまた「たい焼きLOVE」なロシアの女性を招待した「“たい焼き”愛してやまないロシア美女ご招待!!」 も面白かった。
数枚一緒に焼ける鉄板で作ると「養殖」と呼び、昔ながらの1枚ずつ焼く場合は「天然」と呼ぶとか、見るたびに日本のことなのに、「へぇ~~~」と思うことがたくさんある。

どの回も共通するのは、向い入れる日本人側がとても良い人が多く、そして親切なことだ。
最後にはとびっきりの「お土産」をプレゼントする。先の「たい焼き」など、彼女が訪れた鋳物工場で、「天然もの」の焼型をプレゼントされたり、「錦鯉」では、錦鯉そのものをプレゼント。

日本の文化や道具や職人や、いろんなことを感じさせてくれる番組だが、一番日本が海外に誇れるものは、やっぱり「もてなし」なのじゃないかと、いつも最後には思う。
それと、「和風総本家」でも「世界で見つけた Made in Japan」の回では、こういった職人さんを、日本は大事にしているだろうかとも思う。

最初に挙げたいくつかの番組の中で、ある外国の人が言っていた。
「こんなに素晴らしい文化を受け継ぐ職人たちの賃金が、異常に安いことが一番の驚きだ」
この一言こそ、日本という国が一番学ばないといけない気がする。

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2017年3月21日 (火)

気になる人、脳科学者「中野信子」さん

「気になる人」の最後は「中野信子」さん。
今までの2回は、歴史とかお城とか私の好きな物の延長にいる人だったが、この人は違う。
最初にTVで見たのは、さんまの「ホンマでっか」だったろうか?
昨年、彼女が「さんま御殿」に出演した時に、そう言っていたから多分間違いないと思う。
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(ウィキペディアより)
日本の脳科学者(医学博士)、作家。
東京都出身。東日本国際大学特任教授。株式会社ビッグベン所属。元MENSAの会員。既婚。
1998年東京大学工学部応用化学科卒業後、東京大学大学院工学系研究科修士課程、2004年東京大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程修了、2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。博士論文「高次聴覚認知における知覚的範疇化の神経機構 fMRI・TMSによる複合的検討」で医学博士号取得。

彼女の場合、こういう経歴やTVでの話ではその「面白み」は分からないと思っている。
以前「情熱大陸」では、ラストになって「かつら?ウィッグ?」を取ったら金髪で、カラオケでロックを熱唱するところが映し出された。
「脳科学者である中野信子を演じている」と言っていたけれど、金髪の女性が中野信子のすべてとは言っていない。こういうパターンは、古くは「桃井かおり」にもあって、もうすでに彼女の場合「俳優の桃井かおり」が、元々の人格を覆っているようになっている(と私は思っている)。

そして先日NHKでやっていた「脳科学者 中野信子ができるまで」 で話していたが、とにかく幼少時代から天才的に記憶力が良く、周りに溶け込めなかったとも話している。
この点、1回目に紹介した「磯田氏」と共通している。
そういえば「情熱大陸」の磯田氏の放送の時、「磯田会」の中に中野信子さんがいた。
このような学者になる人たちは、子ども時代が割と不遇で、中野信子さんは周りと違うのは「脳がおかしいのでは?」と思ったことが脳に興味を持つきっかけだったと、この番組では話している。

そんな彼女だが、この人が面白いと思うようになったのも、やっぱり「英雄たちの選択」 がきっかけだった。
磯田さんともおそらく相性が良いのか、良くこの番組にも出演する。
歴史的人物を「脳科学的に分析」して話してくれる。

例えば「織田信長は、かなりの確率でサイコパスであっただろう」と話す。
そして「織田信長」とその妹「お市の方」の関係は、「サイコパス」「常識人だがサイコパスを嫌悪しながらも惹かれる、もしくは寄り添うタイプ」として話していた。

私の好きな歴史的な話は、磯田さんが得意な古文書の他に、言い伝えや史跡があって、そこから想像も手伝いながら「真実らしきもの」に近づいていくことが多いが、中野信子さんのように「脳科学的」な視点でアプローチすると時に「へぇ~~」と思うような解説されることがある。
それによってまた史実の見方や意味が少し違う風景に見えることが、この人の面白さだと私は感じている。

磯田さんと中野さんがディスカッションするような講演会やセミナーがあったら、是が非でも行ってみたいものだ。

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2017年3月13日 (月)

気になる人、城郭考古学者「千田嘉博」さん

「気になる人」の2回目は「千田嘉博」さん。
この人は(おそらくは)前回の「磯田」さんほど一般的には有名ではない。
ただ(多分)お城好きの人たちには有名な人だと思う。
この人を知ったのは、前回にも紹介した「英雄たちの選択」 という番組(だったと思う)。

20170321_senda(ウィキペディアより)
日本の城郭考古学者。奈良大学 文学部 文化財学科 教授、前学長。愛知県生まれ。中学1年生のときに遠望した姫路城に感銘を受けて、中・近世の城跡探険をはじめる。日本各地の中世・近世城郭の発掘調査・整備に関わるほか、ヨーロッパ・モンゴル・ニュージーランドなど世界の城と日本の城の比較研究を行っている。2015年に濱田青陵賞を受賞。2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」の真田丸城郭考証者。 

最初は誰の話の時だったか?
「天草四郎」の時だったか?
島原の乱での最後の「原城」籠城戦についての時に、「原城」を解説する人として登場した。
最初に目についたのが、肩書。
「城郭考古学者」
そんな分類分けの学者がいるんだ!というのが、その時の正直な気持ちで、「千田」さんそのものに興味を持ったのは、その後からだった。

普通、お城を解説する時は、「ここにこういう守りがあり、ここに仕掛けが施されている」といったものが多い。
近年の「お城ブーム」のきっかけとなった「ロンブーの淳」なんかもバラエティ番組で、このような解説をする。
「狭間とは」とか「野面積みがどうだとか」みたいな「城が好きなら、こういうこと知っていて当たり前だよね」的な解説は多い。
いろいろなお城を見るようになって、確かにそういう名称的な知識はあった方が見学する時に楽しい。
でも、その知識を聞く側が、同じように楽しいか?と言えば、どうだろう?
お城に興味のある私ですら、BS放送でやっている「お城」の特集など、だんだん眠くなってしまう。

そんな経験からして、この「城郭考古学者」である「千田嘉博」さんは、おそらくと~~~っても学問的な解説をするのかと思った。
ところが、この人は違った。
のちのちこの人をTVで見るようになって確信を持ったが、千田さんは、もう「お城LOVE」の人なのだ。

もちろん「城郭考古学者」なので、建築物としてのお城の仕組みや構造の解説をする。
でも、この人は語り口が非常に優しくて、その時代の城主や領民の心情まで、城跡の痕跡から想像して話す。
そこが、他の「お城解説」と違うところだ。
もちろん「心情」は、千田さんの想像と思い込みがほとんどだろうから、史実として間違っているかもしれない。
でも、「心情」という視点から「城郭」を語ると、ずいぶん歴史的建物が身近に感じるようになる。

昨年、NHK大河ドラマで放送された「真田丸」
このドラマの終盤の見どころになった「真田丸」の再現セットは、千田さんがプロデュースした。
知っている人もいるだろうが、実は真田丸はどこにあったか、正確には分かっていない。
徳川幕府は、敵であった豊臣の大阪城や真田丸は、全く痕跡が残らないように破壊し埋め尽くされたとされている。

その幻の真田丸の痕跡を探す番組にも千田さんは出演していたが、これはもう「LOVELOVE光線」が出まくりで、「この人、本当に大学教授なのか?」と微笑ましくなってしまう場面が何度かあった。
前回の磯田さんと同様、この「千田嘉博」さんの講演も一度出かけてみたいものの1つだ。

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2017年3月 6日 (月)

気になる人、歴史学者「磯田道史」さん

前回、「Favorite」を久しぶりに書いていて、「そう言えば、この人たちのことを書いてないなぁ」と気づいたので、今回から3回続けて「気になる人」としてピックアップすることにした。
「Favorite=お気に入り」ではなく「気になる人」にしたのは、全員が「気に入っている」と言うよりも、TVや活字でこの人たちの名前を見ると「気になる」から、そうしてみた。

最初の「気になる人」「磯田道史」さん。
3年くらい前にNHK-BSの「英雄たちの選択」という番組をこのブログで紹介したが、その番組のMCで、詳しく知るようになった。
最初に知ったのは「武士の家計簿」という映画にもなった話の作者ということだったと思う。
20170313_isoda
(ウィキペディアより)
岡山市出身。磯田の実家は鴨方藩重臣の家系で、家には古文書などが残されていた。子供のころから歴史好きで、岡山市立御野小学校、岡山市立岡北中学校を経て、岡山大安寺高等学校在学中、『近世古文書解読辞典』を使って実家や岡山県立図書館の古文書の解読を行う。
著作『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』で第2回新潮ドキュメント賞、2010年には森田芳光監督によって『武士の家計簿』として映画化された。2010年、「専門分野である歴史を視聴者にわかりやすく解説し、放送文化の向上と地域活性化に貢献した」として第15回NHK地域放送文化賞。2015年、『天災から日本史を読みなおす』で第63回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞する。

と通り一遍の紹介をさらに省略して載せたが、この人の面白さは、こういうものでは伝わらない。
私が、「この人面白いなぁ」と思うようになったのは、「英雄たちの選択」 を見ていて、番組の最後に「締め」の一言を話す時の姿を見るようになったからだ。
その時によって違うけれど、もの凄く熱っぽく語り、(おそらく編集ではカットされているようだが)話し終えた後にちょっと「困った」ような何とも言えない表情を浮かべる。
「ああぁ、また熱くなってしまったぁ」みたいな後悔の表情にも見える。

そんな磯田さんだが、気になるようになってから、こちらも記憶の留めるせいかバラエティ番組にもたまに顔を覗かせる。そしてどの番組でもエラく熱っぽく語っている。
1月後半に「情熱大陸」で磯田氏 を取り上げていた。
この番組の感想は、ググっていたら出てきた「trend-neta.com」にその感想として「情熱大陸 磯田道史さんってバカなの?番組を見てがっかり。その理由が・・・」 に書かれていた。

そこに書かれていることが概ね私が感じたことと同じだった。
磯田氏は興味のあること以外、まるで注意力が行かない。
だから小学校の時は漢字もダメだし、九九もダメだったとか。
なのに、異常な記憶力がある。高校時代にはすでに古文書をスラスラ読めていたとか。番組中に「中野信子さん」「磯田さんは第一次資料が読めることが最大の強み」と言っていて、それが妙に納得のいく説明だった。

私の知識のほとんどは、あるフィルタを通った資料で学んだもので、「第一次資料」を見て直感的に理解できたことはない。ま、大概の多くの人は、そういうものだろう。
しかし、磯田さんは違う。
番組中にも以前私も訪ねたことのある「関宿」 のある和菓子店を訪問し、そこにある古文書を片端からスラスラ読む。
そして、どこにいても誰が相手で、熱っぽく語りだす。

番組中磯田さんのことを「平成の司馬遼太郎」と紹介していた。
若い頃、司馬遼太郎の小説をたくさん読んできた私としては、やっぱり磯田さんは「気になる人」であり、一度講演会などで熱いお話を聞いてみたいと思っている。

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2017年2月27日 (月)

Favorites=カロリーメイトのCM

このブログを始めたのは2006年の1月。
もう11年も、こんな戯言を書いている。一時期は「いつやめる?」とも思ったが、その勇気ときっかけを無くして続けている。
20170306_karoriたま~~に最初の頃のものを見直すと文章が短かったことに気づく。
いつから、こんな「ダラダラ」文章になったのだろう?

この11年ので、私の今の職業に繋がる「CM」に関することが、たまに登場する。
今回は、「カロリーメイト」のCMについて。
ピックアップした3点に共通するのは、セリフもテロップもないけれど、気持ちも伝わるし、商品告知にもなっている。
ここ10年くらい、「いいなぁ」と思うCMが、ちょくちょく見かけるようになったのは、一時期の「つまらないCMばかり」の時代を抜け出した気がして、うれしい。

●満島ひかり、ファイト「とどけ、熱量。」篇
カロリーメイトのCMに「おっ!」と大きな変化を感じた最初のCM。
もう何年前のバージョンか忘れてしまったけれど、思わず「ウマい」と思った。
若かった頃に感じた「TVCMの魅力」がたっぷりと詰め込まれていると思う。
シナリオと場面と歌と・・・・すべてがマッチするとこんな高いクオリティを発揮するのだと改めて背筋がシャンとさせられた気がした。

●平祐奈「動く黒板アート」篇
YouTubeで見ると1年前のバージョンかな?
昨年この「黒板アート」と言うものが流行っているとTVで見て、「デジタルと真逆の超アナログ的表現」に興味を持っていた。
ただ、それを土台に「アニメ的」に見せることは思いも寄らず、このCMを見て改めて、その可能性に心躍った。
もちろん、シナリオと黒板アートの表現のウマさが抜群なのだが、最後にいろんな人の顔が出てくるシーンは、まるでドラマや映画のラストシーンのような気持ちになった。

●藤巻亮太「夢の背中」篇
カロリーメイトが「受験生を応援する」CMになっていて、その最新の受験シーズン版。
これまで「受験生の気持ち」に焦点をあててきたが、このバージョンは「受験生を見守る母親」になった。
これを見ると「受験」は、家族全体の戦いなんだなぁと思う。
このバージョンがジーンと来てしまうのは年齢のせいもあるだろうが、ずっと「背中」ばかりで表現している演出もウマいと感じる。

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2017年2月20日 (月)

城と温泉とパンダの旅(その3)

さて、泊まったホテルは「アドベンチャーワールド」がすぐ近く。
開場時間に合わせて、チェックアウトして出発すると、前後のワンボックスカーも同じ目的地に向かって走る。
やはり「前日温泉、翌日アドベンチャーワールド」というのは、誰もが考えるコースのようだ。20170220_panda

到着したのは開場したばかりの時間。
すぐにチケットを購入して入場。開場したばかりだったで、スタッフが手を振ってお出迎えしていた。
まずは「パンダの赤ちゃんを」とMAPを見ながら向う。
入り口近くのコーナーには2頭が朝ご飯中。それを少しだけ見て、「赤ちゃん」のいる施設まで(一番奥だった!)まで急ぎ足で向かった。
ちょうど前日から「お母さんパンダと一緒に公開」とニュースでやっていて、それなりに混むのだろうと覚悟した。
到着したら、かなりの人だったけれど、東京のように「もの凄い数の人で何時間も待つ」という状態ではなった。
スタッフの説明が少しあって、「このあとお母さんが登場です」となり、「歩きながら見学を」とアナウンスされたら、流れながら、けっこうしっかり見られた。

「赤ちゃんパンダ」は、まだ後ろ足がヨチヨチで、スタッフが離れると一生懸命追いかける。
スタッフは、出来るだけ見えやすい位置に運ぶのだけれど、すぐにスタッフの後を付いていく。その姿が可愛くて、口元が緩んでしまった。昨年生まれた二人目の三代目を見ているようだった。

ここはパンダが7~8頭。
お父さんとお母さんの相性が良いのか、上手く飼育できているのは、2年おきくらいに赤ちゃんが誕生しており、ゆっくり確認すると「2歳」とか「4歳」とかの子供たちがいるのが分かる。
朝一番の入場だったために、どのパンダも朝ごはん中で、笹をバリバリ。
上手に手に持って、柔らかい葉っぱのところを歯で削いで食べる。その音まで聞こえて、ずいぶん活動的なパンダの姿をじっくり見られた。
ただ、あとから見直した時は昼寝中もいたけれど。

その後、イルカのショーの会場へ。
事前にアプリをダウンロードしていたので、各会場のショーの時間も分かって、ほんの少し待ったら始まった。
20年以上前の時は、シャチのショーだった記憶があったが、今回は3種類のイルカたちのショー。
スピード感があって、いろいろな芸を見せてくれて、周りの観客は大喜び。
それに、うまく演出してて、撮影しながらビジョンにスローモーションで再現したり、音楽に合わせてジャンプさせたり、完成度が高いなぁ~~と言う感想。

そして次は「サファリ号」でサファリワールドへ、「草食動物コーナー」はウォーキングでも見学できるが「肉食動物コーナー」は、この「サファリ号」のみの見学。
残念ながら、ここの肉食動物たちは、チータを除いてほとんど寝ていた・・・・。
そんな感じで、アプリのおかげで迷うことなくあちこち見学して回り、帰途へ。

今度は途中で西名阪道の無料自動車専用道路経由で行くように考えて走った。
やはり「西名阪」「自動車専用道路」とは言え「高速道路」ではないため、カーブもきつく山越えもあったが、渋滞することはなかった。
結局高速道路とあまり時間も変わらず、高速代は半分で済んだ帰り道だった。

松江城、出雲大社、厳島神社、由布温泉、道後温泉、城崎温泉、久しぶりに高知城・・・・・まだまだ行きたいところはあるなぁ・・・・(おわり)

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2017年2月13日 (月)

城と温泉とパンダの旅(その2)

タイトルの順番で言えば、今回は「温泉」の話。
正確には「温泉」というより「宿泊ホテル」の話・・・・。20170213_koganoi

こうやってどこかに出掛けるとブログに紹介するので「あちこち行って、美味しい物を食べて、お金があるなぁ~~」と思われそうだが、かなりリーズナブルなところばかり行っている。
口コミ評価は4点以上で、部屋食でなくって、食事も量より少しずついろいろ食べられて、出来れば禁煙で(そうでない場合は、空気清浄器で消臭済み)、そしてもちろん温泉もあり、値段は15000円前後。
あまり安いと、ちょっと不安だけれど、これくらいの予算だとうまく選ぶと良い宿に出会える。

この施設も旧名とあり、最近リニューアルし、HPでは「中庭のイルミネーション」押しで、「う~~~ん、若い人向けかなぁ?」「部屋とか綺麗かなぁ」と不安ではあったが、評価を信じて予約した。
こういう昔からの建物のリニューアルは、ちょっと入り組んだ道にあり、案の定すぐ近くで一回迷ったが、無事到着。
到着してびっくり!
かなりの大きなホテルで結構部屋数もありそう。
駐車場に停めてチェックインすると、定番の食事などの説明。
そこで「今回、海外の団体様が宿泊しており、明日の朝食は、団体様とは違う時間でお越しください」と言われた。
「海外?」・・・・「中国の人たちかぁ」

昨年、箱根に行ったときはちょうど春節だったから観光バスで乗り付けるツアーにもあったが、今回もやはり春節間近ということで団体様。
決して人種差別のつもりはないけれど、中国の人はやかましいし、ちょっとルール無用だし、苦手だ。
実際に夜入浴した時に、内風呂で2人の中国の人が大きな声で、ずっとしゃべっていて、ちょっと閉口した。
これから、春節近くは避けて予約しないといけないなぁ。

とにかくチェックインして、部屋に入ると意外に広く「全室オーシャンビュー」の通り、湾が一望できる。
さらに、眼下にはイチオシの「イルミネーション」の中庭があるし、お風呂も露天と内風呂が1つずつだけれど、広く大きい浴槽。
特に露天風呂は、円形の深底で、立っても胸近くまで湯船がある。思わず、夜に一人の時に泳いでしまった。

そして夕飯。
お腹が空いていたので、早めの時間にしてもらったが、かなり美味しく、贅沢な出汁の効いた料理が少しずつお皿に盛られて、「う~~~ん、至福至福」と悦にいって食べた。
全部残らず綺麗に食べたら、かなり満腹になり、一休みしてから再度お風呂へ。
中庭のイルミネーション見学も、寒さ対策で防寒着があり、それでも寒くなったら急ぎ温泉へ行けばよい。
やっぱりイルミネーションは家族連れやカップルが多かったが、ま、こんなことを味わうのも良いだろう。

次の朝のバイキングは、言われた通り、中国の人の団体を避けたが、そういう日本客が多いようで、子連れもたくさんいて、なかなか賑やかというか、煩いというか、ちょっとだけマイナス点を付けたくなった。
でも、温泉も食事も(特に夕食)とてもよく、さらに部屋も広く、総合的には、かなりの満足度の高い施設だった。(さらにつづく)

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2017年2月 6日 (月)

城と温泉とパンダの旅(その1)

このブログで振り返ってみると6年前に「南紀白浜温泉の旅 その1」に白浜温泉に出かけている。
20170206_wakayamajo
この地方は、私の住む街からは遠い。
というか「紀伊半島」は、高野山や十津川、そして熊野古道など山々が深く高速道路が走っていない。
だから、名神高速などがある琵琶湖側に行くか、半島を海沿いに走るしかない。
今まで、2度白浜に行っているが1度目は今から20年以上前に、アドベンチャーワールドを訪れた。
この時は、行きは高速、帰りは半島の海沿いを走った記憶がある。
そして2度目は前回の「南紀白浜温泉の旅 その1」 で、この時は高速道路での往復だったと思う。

今回の目的は「温泉とアドベンチャーワールド」
いつもは、「温泉と史跡」なのだが、今回は昨年「パンダの赤ちゃん誕生」もあり、せっかくなので、そちらを優先した。
前の週には西日本は大雪に見舞われて、ちょっと心配したが、心がけが良いのか(?)初日は少し曇り、2日目は晴天と天候にも恵まれた。和歌山より南に行くと、まだ雪の跡が結構あり、相当積もったことが分かったが、もし1週間早かったら、完全に行けなかった・・・・。

さて、冒頭に書いた「白浜までのルート」だが、事前にスマホのアプリで選んでいたが、実際にクルマでセットしたら、違うルートを出してきた。
「う~~~ん、どっちが良いか分からない・・・・」
結局クルマのナビで「オール高速道路」を選択して、出発。
大きな渋滞もなく順調に進んだけれど、高速代が・・・・・。

和歌山に到着して「紀州東照宮」に。
前回来たときはあまり興味がなかったが、2年前に「久能山東照宮」 に行ってから、東照宮に興味を持ったので、再度訪ねてみた。
前回の記憶が「階段があった」くらいしかなく、行ってみたら、そんな程度の記憶が当たり前で、かなりこぢんまりしており、久能山のように家康公の霊廟もなく、本殿で参拝するだけで、中に入るにはさらにお金が必要ということで、さっさと降りてきてしまった。

ホテルに行くには早すぎるので「じゃ、和歌山城へ」と行き先を追加して出発。
全国の平城跡は、県庁などになっていることが多いように、ここも官庁街の近くにあった。
天守閣は、コンクリートの復元で、中は資料館となっていたが、有名な「吉宗公」に関するものはあまりなかったが、お城の形としては重心が低く、それなりの存在感のある天守だった。
石垣をぐるりと回り重要文化財になっている「岡口門」を見て、駐車場に向かうと無料の市民動物園が。
市民の「サポーター制度」で成り立っているせいか、すごく狭いところに入れられ、決して衛生的でなく、動物たちが可哀そうに思えたけれど、小さい子が気軽に動物を見ることが出来るから、これはこれで必要なのかなぁと思いながら、和歌山城を後にした(つづく)

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2017年1月30日 (月)

「魅力ある街」と「居心地の良い街」

「都道府県別魅力度ランキング」「茨城が4年連続最下位だ」とネットに載っていた。
「茨城」は個人的には縁がなく、(おそらく)行ったこともないので「へぇ~~」という程度の感想だ。Sumiyasusa
ちなみに私の住んでいる街は昨年「全国の主要8都市の中で『魅力に欠ける街』最下位」に選ばれ、ニュースになった。
ところがいずれも実際に住んでいる人たちの「愛着度」はとても強いようだ。

私はもともと今住んでいる街の出身ではない。
クルマで1時間半ほど離れたG県の小さな田舎町の出身だ。
もう人生の大半を、今の街で生きているが、この「出身地」意識というものは変なもので、私自身未だに「G県人」と思っている。

余談だが、この「○○出身」という意識は不思議な意識だ。
私の知っている限りタモリにしろ、吉田拓郎にしろ人生を過ごした期間は圧倒的に東京の方が長いのに未だに「博多」とか「広島」とかよく口にする。
一度この「出身地意識」というものを、中野信子さんの「脳科学」的に誰か解説して欲しいものだ。

さて、冒頭に書いた「ランキング」に挙げた「魅力」というものとは一体なんだろう。
2つのランキングと愛着度の傾向を見ると、外から見る「魅力」と住んでいる人の感じる「愛着」とには、もの凄い差異があることが分かる。
この差異ってどこから来るのだろう。

私が住んでいる街と私自身を例に挙げると、その差異が少しだけ見えてくる気がする。
先に書いたように私自身がこの街の出身ではないけれど、長く住んでいる。
そしてこのブログでも紹介するように、けっこうあちこちに(温泉と史跡中心だが)旅行に行く。
そんなことを総合して今住んでいる街を「魅力的か?」と問われれば「NO」と答える。

戦国時代の三英傑の出身地も近いし、それに伴う史跡もあちこちにある。
お城だって復元ではあるが、かなり大規模な状態で残っている。
そして温泉だって、県内や近県にかなりある。
さらに言えば、国内的には、それなりの大都市であり交通の便も悪くない。
けれどやっぱり「魅力的」とは感じていない。

感じていないけれど「居心地良い街か?」と問われれば「Yes」と即答する。
私の出身地のように交通の便や働く場所に困ることはないし、買い物する場所や(個人的には興味ないけれど)アミューズメントな施設もけっこうある。
それに日本最大のクルマメーカーのお膝元でもあるため、クルマ中心の街で道路も広い。
先に挙げた「史跡」「温泉」が近いことも「居心地が良い」と感じる項目に挙げられる。

私の街の市長は、「全国の主要8都市の中で『魅力に欠ける街』最下位」だったことをかなり残念がっており各媒体で「なんとかしないと」と言っているが、住んでいる住民からすれば「魅力より居心地の良さ」の方を優先しているんじゃないだろうか?
たしか結婚前に、割と「魅力的な街」と言われる動物園が近くある住宅街の団地に住んだことがあるが、土日の休みには混雑するし、月極め駐車場はなかなかないし、決して「居心地が良い」と思ったことがなかった。

「魅力的」「居心地が良い」が決してイコールではない。
そう思うと、ランキングとかマーケティングと言ったものの怪しさが見えてくる気がする。

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2017年1月23日 (月)

広告だらけのアンケートサイト

何がきっかけだったか、ずいぶん前からやっているので忘れてしまったが、「アンケートサイト」と言うものに登録している。
20170123_anketoサイトからいろいろなアンケートが来るので、それに答えてポイントを貯めるという仕組みのものだ。
きっかけの一つには仕事柄「どんなアンケート項目があるのか?」と知りたかったからだが、最近では「ポイント」の方が目的になっている。

「ポイント」が貯まると、それをいろいろな特典に交換できる。
一時期は「アマゾンギフト券」にしていたが、最近は楽天ばかりのネットショッピングになってしまったので、やめた。
代わりに昨年やったのは「Edy」への変換。
カードに「Edy機能」が付いていたのを思い出したので始めたが、昨年だけで3000円分の「Edy」に変えたから元手なしとしては、悪くない収入だ。

最初の頃は全部で5つくらいのサイトに登録したが、ポイントの有効期限が短かったり、あまり参考にならないアンケートだったりと「イマイチ」のサイトは脱会して、2~3つに絞っている。

話は変わるが私のプロバイダーはニフティだ。
だからこのブログもニフティのサービスを使っているが、この「アンケート」もサービスとしてやっている。
このような「アンケートサイト」としては、ニフティはかなり後発だけれど、サービスを始めたので登録してみた。

ところが他のサイトと違って、やたらと広告が多く、しかも間違って広告部分をクリックするような開き方をする。
最初は我慢していたが、あまりに「広告だらけ」なので、キリのよいポイントが貯まったところで変換して、「広告なし」しか答えないように設定変更した。
そうしたら、毎日10項目くらいアンケートが来ていたのに、全く来なくなった。
「こんな広告だらけのアンケートだと、逆にイメージ悪いなぁ」と思っていたし、アンケートの内容自体が「本当に調査したい項目」とは思えないものが多かった。

そんなニフティのアンケートが気になっていたら、昨年後半、他のサイトでも「広告誘導型」のアンケートが増えてきた。
アンケート画面ごとにたくさんのバナーがあるニフティのようなものではないけれど、答えていくと「○○に興味があるか?」とか「上部の説明で、○○なことが理解できたか?」というようにサービスや製品説明ばかりの質問になっていき、最後には「資料を取り寄せるか?」となる。

ニフティ以外で、このような誘導型は少ないけれど、これからも増えていくようであれば、ちょっと考え物だ。
時には、もの凄く多くの質問や選択項目があり、とてもまじめにちゃんと答える気がしないアンケートもある。
こちらも「ポイント目当て」でやっているけれど、このようなアンケートサイトで得られた情報ってのは、いったいどこまで信用できるだろう?

昨年後半から私の会社のトップは「もっとマーケティングとかに力を入れろ」と言っているが、マーケティングの元となる情報がどれだけ信用に足るものなのか。
数年間続けてきた「アンケートサイト」の広告化を見ると、Webを利用したアンケートの信用性が下がってきているのではないかと思えてならない。

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2017年1月16日 (月)

二人の三世

正月休み中に、二人の三世を連れて、娘夫婦がやってきた。
「やってきた」というほど離れて暮らしているわけじゃない。
婿は同じ会社の同じ部門で働いているし、二人の住まいは、私の住む街からクルマで1時間のところに住んでいる。
20170116_2mei3sei
それに昨年はちょっと家計補助したり、会社で展開している通販ビジネスの関係で、空気清浄器や除湿機なんかを送ってやったりと、それなりに交流があったが、三世ともども逢うのは5月のお宮参り依頼だった。

昨年生まれた「姫三世」の様子は、クラウドで写真やムービーが確認できる。
だから昨年の10月の終わりに早くも「つかまり立ち」したり、何かひとり言を言いながら遊ぶ様子、そしてクルマの中で「ワウワウ」言いながら寝ぐずりするところなど、いろいろなシーンを見ている。
でも、逢うのは宮参り以来。

到着したとの連絡がありマンションの下まで降りで、クルマの中の姫三世を久しぶりに見た。
しばらく私の顔を見た後「うぇ~~~ん」と泣き出したが、娘に言わせると「もっと逢っているバアバでも泣く」とか。
姫だから人見知りするのか分からないけれど、どうやら両親以外にはなかなかご機嫌は良くないようだ。

同乗して、昨年お正月に「安産祈願」した神社にお礼参りし、帰り道にショッピングセンターでお昼ご飯。
姫三世はお腹も空いて「グズグズ」になり、ショッピングセンターの授乳室に駆け込みおっぱいタイム。
もう離乳食が始まっているのだが、なかなか食べないそうだ。
写真やムービーでも気になっていたけれど、姫三世は妙に舌を「ペロリ」と出したり、鼻の下に伸ばしたりする。
その姿がまた可愛くて、ついつい顔が緩んでしまう。
それに姫三世は好奇心が旺盛なのか、人の顔や仕草や動きを「じっ」と見ている。
このショッピングセンターにいても、他の人のことを「じっ」と見ていることが多くあって、本当に一人ひとり違うんだなぁと思ってしまった。

姫三世がお腹いっぱいになり満足するとご機嫌に。
それでやっと昼食となったが、これも大騒動。
2年生になっている殿三世は、3つあるお子様メニューで思案するし、姫三世はご機嫌が良すぎて、テーブルの上のものを触りたがる。
殿三世はおまけで付く「オモチャ」目当てで、お子様メニューを選んでいたが、実際に来たオモチャの中に、自分の欲しいのがないと「じゃあ、これ」と姫三世が遊べそうなものを選んでいた。
エライエライ。ちゃんとお兄ちゃんしている。

なんだかんだで、お昼を済ませ、娘夫婦は「無印良品」を見たいと言ったので、そのフロアに。
姫三世のご機嫌なタイミングを狙って、抱っこさせてもらったら、意外と「きょとん」として大人しくしていた。
しばらく私が抱っこして、娘夫婦はショッピングモードだったが、少し離れた位置でママの顔を見たら、急に気づいた感じで、またまた「うぇ~~~~ん」
そんなご機嫌の変わりようにも笑えてしまった。

その後、ウチに寄って、また授乳し、少し眠ったけれど、目覚めた後はご機嫌で、ハイハイしたりつかまり立ちして遊び、殿三世は怪獣映画を見たり、姫三世の面倒を見たりと、夕方まで遊んで行った。
婿の話によると、夏休みや冬休みになると殿と姫のダブル三世のお世話で娘はフラフラになるとかで、会社から帰ってくるとグッタリしているとか。
それに授乳で栄養分も取られているようだが、それでも一生懸命子育てし、なんとか家族4人で暮らしている様子が微笑ましかった。

そうそう、正月に兄貴の家に寄ったら、上の娘が年明け早々に二人目、昨年結婚した下の娘も今年7月に初めての子が生まれるとのこと。来年の正月はとんでもないことになりそうだと苦笑いしていた。
そんなこんなで過ぎた今年の正月。それなりに充実した正月だったと言えるだろう。

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