2017年2月13日 (月)

城と温泉とパンダの旅(その2)

タイトルの順番で言えば、今回は「温泉」の話。
正確には「温泉」というより「宿泊ホテル」の話・・・・。20170213_koganoi

こうやってどこかに出掛けるとブログに紹介するので「あちこち行って、美味しい物を食べて、お金があるなぁ~~」と思われそうだが、かなりリーズナブルなところばかり行っている。
口コミ評価は4点以上で、部屋食でなくって、食事も量より少しずついろいろ食べられて、出来れば禁煙で(そうでない場合は、空気清浄器で消臭済み)、そしてもちろん温泉もあり、値段は15000円前後。
あまり安いと、ちょっと不安だけれど、これくらいの予算だとうまく選ぶと良い宿に出会える。

この施設も旧名とあり、最近リニューアルし、HPでは「中庭のイルミネーション」押しで、「う~~~ん、若い人向けかなぁ?」「部屋とか綺麗かなぁ」と不安ではあったが、評価を信じて予約した。
こういう昔からの建物のリニューアルは、ちょっと入り組んだ道にあり、案の定すぐ近くで一回迷ったが、無事到着。
到着してびっくり!
かなりの大きなホテルで結構部屋数もありそう。
駐車場に停めてチェックインすると、定番の食事などの説明。
そこで「今回、海外の団体様が宿泊しており、明日の朝食は、団体様とは違う時間でお越しください」と言われた。
「海外?」・・・・「中国の人たちかぁ」

昨年、箱根に行ったときはちょうど春節だったから観光バスで乗り付けるツアーにもあったが、今回もやはり春節間近ということで団体様。
決して人種差別のつもりはないけれど、中国の人はやかましいし、ちょっとルール無用だし、苦手だ。
実際に夜入浴した時に、内風呂で2人の中国の人が大きな声で、ずっとしゃべっていて、ちょっと閉口した。
これから、春節近くは避けて予約しないといけないなぁ。

とにかくチェックインして、部屋に入ると意外に広く「全室オーシャンビュー」の通り、湾が一望できる。
さらに、眼下にはイチオシの「イルミネーション」の中庭があるし、お風呂も露天と内風呂が1つずつだけれど、広く大きい浴槽。
特に露天風呂は、円形の深底で、立っても胸近くまで湯船がある。思わず、夜に一人の時に泳いでしまった。

そして夕飯。
お腹が空いていたので、早めの時間にしてもらったが、かなり美味しく、贅沢な出汁の効いた料理が少しずつお皿に盛られて、「う~~~ん、至福至福」と悦にいって食べた。
全部残らず綺麗に食べたら、かなり満腹になり、一休みしてから再度お風呂へ。
中庭のイルミネーション見学も、寒さ対策で防寒着があり、それでも寒くなったら急ぎ温泉へ行けばよい。
やっぱりイルミネーションは家族連れやカップルが多かったが、ま、こんなことを味わうのも良いだろう。

次の朝のバイキングは、言われた通り、中国の人の団体を避けたが、そういう日本客が多いようで、子連れもたくさんいて、なかなか賑やかというか、煩いというか、ちょっとだけマイナス点を付けたくなった。
でも、温泉も食事も(特に夕食)とてもよく、さらに部屋も広く、総合的には、かなりの満足度の高い施設だった。(さらにつづく)

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2017年2月 6日 (月)

城と温泉とパンダの旅(その1)

このブログで振り返ってみると6年前に「南紀白浜温泉の旅 その1」に白浜温泉に出かけている。
20170206_wakayamajo
この地方は、私の住む街からは遠い。
というか「紀伊半島」は、高野山や十津川、そして熊野古道など山々が深く高速道路が走っていない。
だから、名神高速などがある琵琶湖側に行くか、半島を海沿いに走るしかない。
今まで、2度白浜に行っているが1度目は今から20年以上前に、アドベンチャーワールドを訪れた。
この時は、行きは高速、帰りは半島の海沿いを走った記憶がある。
そして2度目は前回の「南紀白浜温泉の旅 その1」 で、この時は高速道路での往復だったと思う。

今回の目的は「温泉とアドベンチャーワールド」
いつもは、「温泉と史跡」なのだが、今回は昨年「パンダの赤ちゃん誕生」もあり、せっかくなので、そちらを優先した。
前の週には西日本は大雪に見舞われて、ちょっと心配したが、心がけが良いのか(?)初日は少し曇り、2日目は晴天と天候にも恵まれた。和歌山より南に行くと、まだ雪の跡が結構あり、相当積もったことが分かったが、もし1週間早かったら、完全に行けなかった・・・・。

さて、冒頭に書いた「白浜までのルート」だが、事前にスマホのアプリで選んでいたが、実際にクルマでセットしたら、違うルートを出してきた。
「う~~~ん、どっちが良いか分からない・・・・」
結局クルマのナビで「オール高速道路」を選択して、出発。
大きな渋滞もなく順調に進んだけれど、高速代が・・・・・。

和歌山に到着して「紀州東照宮」に。
前回来たときはあまり興味がなかったが、2年前に「久能山東照宮」 に行ってから、東照宮に興味を持ったので、再度訪ねてみた。
前回の記憶が「階段があった」くらいしかなく、行ってみたら、そんな程度の記憶が当たり前で、かなりこぢんまりしており、久能山のように家康公の霊廟もなく、本殿で参拝するだけで、中に入るにはさらにお金が必要ということで、さっさと降りてきてしまった。

ホテルに行くには早すぎるので「じゃ、和歌山城へ」と行き先を追加して出発。
全国の平城跡は、県庁などになっていることが多いように、ここも官庁街の近くにあった。
天守閣は、コンクリートの復元で、中は資料館となっていたが、有名な「吉宗公」に関するものはあまりなかったが、お城の形としては重心が低く、それなりの存在感のある天守だった。
石垣をぐるりと回り重要文化財になっている「岡口門」を見て、駐車場に向かうと無料の市民動物園が。
市民の「サポーター制度」で成り立っているせいか、すごく狭いところに入れられ、決して衛生的でなく、動物たちが可哀そうに思えたけれど、小さい子が気軽に動物を見ることが出来るから、これはこれで必要なのかなぁと思いながら、和歌山城を後にした(つづく)

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2017年1月30日 (月)

「魅力ある街」と「居心地の良い街」

「都道府県別魅力度ランキング」「茨城が4年連続最下位だ」とネットに載っていた。
「茨城」は個人的には縁がなく、(おそらく)行ったこともないので「へぇ~~」という程度の感想だ。Sumiyasusa
ちなみに私の住んでいる街は昨年「全国の主要8都市の中で『魅力に欠ける街』最下位」に選ばれ、ニュースになった。
ところがいずれも実際に住んでいる人たちの「愛着度」はとても強いようだ。

私はもともと今住んでいる街の出身ではない。
クルマで1時間半ほど離れたG県の小さな田舎町の出身だ。
もう人生の大半を、今の街で生きているが、この「出身地」意識というものは変なもので、私自身未だに「G県人」と思っている。

余談だが、この「○○出身」という意識は不思議な意識だ。
私の知っている限りタモリにしろ、吉田拓郎にしろ人生を過ごした期間は圧倒的に東京の方が長いのに未だに「博多」とか「広島」とかよく口にする。
一度この「出身地意識」というものを、中野信子さんの「脳科学」的に誰か解説して欲しいものだ。

さて、冒頭に書いた「ランキング」に挙げた「魅力」というものとは一体なんだろう。
2つのランキングと愛着度の傾向を見ると、外から見る「魅力」と住んでいる人の感じる「愛着」とには、もの凄い差異があることが分かる。
この差異ってどこから来るのだろう。

私が住んでいる街と私自身を例に挙げると、その差異が少しだけ見えてくる気がする。
先に書いたように私自身がこの街の出身ではないけれど、長く住んでいる。
そしてこのブログでも紹介するように、けっこうあちこちに(温泉と史跡中心だが)旅行に行く。
そんなことを総合して今住んでいる街を「魅力的か?」と問われれば「NO」と答える。

戦国時代の三英傑の出身地も近いし、それに伴う史跡もあちこちにある。
お城だって復元ではあるが、かなり大規模な状態で残っている。
そして温泉だって、県内や近県にかなりある。
さらに言えば、国内的には、それなりの大都市であり交通の便も悪くない。
けれどやっぱり「魅力的」とは感じていない。

感じていないけれど「居心地良い街か?」と問われれば「Yes」と即答する。
私の出身地のように交通の便や働く場所に困ることはないし、買い物する場所や(個人的には興味ないけれど)アミューズメントな施設もけっこうある。
それに日本最大のクルマメーカーのお膝元でもあるため、クルマ中心の街で道路も広い。
先に挙げた「史跡」「温泉」が近いことも「居心地が良い」と感じる項目に挙げられる。

私の街の市長は、「全国の主要8都市の中で『魅力に欠ける街』最下位」だったことをかなり残念がっており各媒体で「なんとかしないと」と言っているが、住んでいる住民からすれば「魅力より居心地の良さ」の方を優先しているんじゃないだろうか?
たしか結婚前に、割と「魅力的な街」と言われる動物園が近くある住宅街の団地に住んだことがあるが、土日の休みには混雑するし、月極め駐車場はなかなかないし、決して「居心地が良い」と思ったことがなかった。

「魅力的」「居心地が良い」が決してイコールではない。
そう思うと、ランキングとかマーケティングと言ったものの怪しさが見えてくる気がする。

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2017年1月23日 (月)

広告だらけのアンケートサイト

何がきっかけだったか、ずいぶん前からやっているので忘れてしまったが、「アンケートサイト」と言うものに登録している。
20170123_anketoサイトからいろいろなアンケートが来るので、それに答えてポイントを貯めるという仕組みのものだ。
きっかけの一つには仕事柄「どんなアンケート項目があるのか?」と知りたかったからだが、最近では「ポイント」の方が目的になっている。

「ポイント」が貯まると、それをいろいろな特典に交換できる。
一時期は「アマゾンギフト券」にしていたが、最近は楽天ばかりのネットショッピングになってしまったので、やめた。
代わりに昨年やったのは「Edy」への変換。
カードに「Edy機能」が付いていたのを思い出したので始めたが、昨年だけで3000円分の「Edy」に変えたから元手なしとしては、悪くない収入だ。

最初の頃は全部で5つくらいのサイトに登録したが、ポイントの有効期限が短かったり、あまり参考にならないアンケートだったりと「イマイチ」のサイトは脱会して、2~3つに絞っている。

話は変わるが私のプロバイダーはニフティだ。
だからこのブログもニフティのサービスを使っているが、この「アンケート」もサービスとしてやっている。
このような「アンケートサイト」としては、ニフティはかなり後発だけれど、サービスを始めたので登録してみた。

ところが他のサイトと違って、やたらと広告が多く、しかも間違って広告部分をクリックするような開き方をする。
最初は我慢していたが、あまりに「広告だらけ」なので、キリのよいポイントが貯まったところで変換して、「広告なし」しか答えないように設定変更した。
そうしたら、毎日10項目くらいアンケートが来ていたのに、全く来なくなった。
「こんな広告だらけのアンケートだと、逆にイメージ悪いなぁ」と思っていたし、アンケートの内容自体が「本当に調査したい項目」とは思えないものが多かった。

そんなニフティのアンケートが気になっていたら、昨年後半、他のサイトでも「広告誘導型」のアンケートが増えてきた。
アンケート画面ごとにたくさんのバナーがあるニフティのようなものではないけれど、答えていくと「○○に興味があるか?」とか「上部の説明で、○○なことが理解できたか?」というようにサービスや製品説明ばかりの質問になっていき、最後には「資料を取り寄せるか?」となる。

ニフティ以外で、このような誘導型は少ないけれど、これからも増えていくようであれば、ちょっと考え物だ。
時には、もの凄く多くの質問や選択項目があり、とてもまじめにちゃんと答える気がしないアンケートもある。
こちらも「ポイント目当て」でやっているけれど、このようなアンケートサイトで得られた情報ってのは、いったいどこまで信用できるだろう?

昨年後半から私の会社のトップは「もっとマーケティングとかに力を入れろ」と言っているが、マーケティングの元となる情報がどれだけ信用に足るものなのか。
数年間続けてきた「アンケートサイト」の広告化を見ると、Webを利用したアンケートの信用性が下がってきているのではないかと思えてならない。

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2017年1月16日 (月)

二人の三世

正月休み中に、二人の三世を連れて、娘夫婦がやってきた。
「やってきた」というほど離れて暮らしているわけじゃない。
婿は同じ会社の同じ部門で働いているし、二人の住まいは、私の住む街からクルマで1時間のところに住んでいる。
20170116_2mei3sei
それに昨年はちょっと家計補助したり、会社で展開している通販ビジネスの関係で、空気清浄器や除湿機なんかを送ってやったりと、それなりに交流があったが、三世ともども逢うのは5月のお宮参り依頼だった。

昨年生まれた「姫三世」の様子は、クラウドで写真やムービーが確認できる。
だから昨年の10月の終わりに早くも「つかまり立ち」したり、何かひとり言を言いながら遊ぶ様子、そしてクルマの中で「ワウワウ」言いながら寝ぐずりするところなど、いろいろなシーンを見ている。
でも、逢うのは宮参り以来。

到着したとの連絡がありマンションの下まで降りで、クルマの中の姫三世を久しぶりに見た。
しばらく私の顔を見た後「うぇ~~~ん」と泣き出したが、娘に言わせると「もっと逢っているバアバでも泣く」とか。
姫だから人見知りするのか分からないけれど、どうやら両親以外にはなかなかご機嫌は良くないようだ。

同乗して、昨年お正月に「安産祈願」した神社にお礼参りし、帰り道にショッピングセンターでお昼ご飯。
姫三世はお腹も空いて「グズグズ」になり、ショッピングセンターの授乳室に駆け込みおっぱいタイム。
もう離乳食が始まっているのだが、なかなか食べないそうだ。
写真やムービーでも気になっていたけれど、姫三世は妙に舌を「ペロリ」と出したり、鼻の下に伸ばしたりする。
その姿がまた可愛くて、ついつい顔が緩んでしまう。
それに姫三世は好奇心が旺盛なのか、人の顔や仕草や動きを「じっ」と見ている。
このショッピングセンターにいても、他の人のことを「じっ」と見ていることが多くあって、本当に一人ひとり違うんだなぁと思ってしまった。

姫三世がお腹いっぱいになり満足するとご機嫌に。
それでやっと昼食となったが、これも大騒動。
2年生になっている殿三世は、3つあるお子様メニューで思案するし、姫三世はご機嫌が良すぎて、テーブルの上のものを触りたがる。
殿三世はおまけで付く「オモチャ」目当てで、お子様メニューを選んでいたが、実際に来たオモチャの中に、自分の欲しいのがないと「じゃあ、これ」と姫三世が遊べそうなものを選んでいた。
エライエライ。ちゃんとお兄ちゃんしている。

なんだかんだで、お昼を済ませ、娘夫婦は「無印良品」を見たいと言ったので、そのフロアに。
姫三世のご機嫌なタイミングを狙って、抱っこさせてもらったら、意外と「きょとん」として大人しくしていた。
しばらく私が抱っこして、娘夫婦はショッピングモードだったが、少し離れた位置でママの顔を見たら、急に気づいた感じで、またまた「うぇ~~~~ん」
そんなご機嫌の変わりようにも笑えてしまった。

その後、ウチに寄って、また授乳し、少し眠ったけれど、目覚めた後はご機嫌で、ハイハイしたりつかまり立ちして遊び、殿三世は怪獣映画を見たり、姫三世の面倒を見たりと、夕方まで遊んで行った。
婿の話によると、夏休みや冬休みになると殿と姫のダブル三世のお世話で娘はフラフラになるとかで、会社から帰ってくるとグッタリしているとか。
それに授乳で栄養分も取られているようだが、それでも一生懸命子育てし、なんとか家族4人で暮らしている様子が微笑ましかった。

そうそう、正月に兄貴の家に寄ったら、上の娘が年明け早々に二人目、昨年結婚した下の娘も今年7月に初めての子が生まれるとのこと。来年の正月はとんでもないことになりそうだと苦笑いしていた。
そんなこんなで過ぎた今年の正月。それなりに充実した正月だったと言えるだろう。

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2017年1月10日 (火)

還暦の同窓会

前回の同窓会は2014年。
本来は「5年ごと」に開かれる高校の同窓会だが、前回の「50代最後の同窓会」 に書いたように「還暦」に合わせるために3年で開催された。
そして、今年その「還暦の同窓会」が開かれた。
20170110_dosokai
前回が3年後で、今回も3年後なので、気分としては「久しぶり」というよりも「いよいよ還暦」ということで、私自身も「今回は行っておかないといかんわな~~」と思い参加してきた。
いつものように墓参りと兄貴の家に寄ることも兼ねるので、クルマで行くのだが、さすがに同窓生も「また今回もクルマか?」と言われること自体、馴染みの同窓会になっている証拠だ。

この同窓会、以前「5年に一度の同窓会」 に書いたように、地元に残る同窓生の「卒業10年を記念して」の思い付きから始まった。
今回も、この話題が中心だったが、私のように(近いけれど)地元を離れてしまった人間からすると、感謝しても足りないくらい感謝している。

今回の出席者は80数名。卒業生は300名以上だったから、こんなもんの出席率だが、回を重ねるごとに出席する人間は固定化されていく。
私のクラスも幹事が「ここのメンバーは、いつも出席してくれる」と言っていた。

昔は同窓生に逢うことが楽しみだったが、年を重ねるごとに「先生」に逢うことも楽しみの一つになってくる。
当然、我々より年上なので「亡くなった」という先生もいる。
今回は、4名の先生が出席。その中に、実に久しぶりに逢う先生がいた。
その先生は社会科の担当で、在学中よりも卒業したての頃に、少し個人的に繋がりがあったのだが、もう40年も前のこと。
先生に逢って「覚えている?」と聞いたら、思い出せない感じだった。
ちょっと淋しい気もしたが、個人の記憶なんて、こんな感じで、それぞれに重みが違う。
本当は同窓生のいないところで少し話したかったが、無理だったので諦めたが、その先生は今でも教壇に立っていると挨拶していた。そんなに働きものだったかなぁ~~~。

2時間弱で本会は終了。
昔はもっとビールの空き瓶が並んだが、今回少なくなったのも年齢のせいか?
最後に、ずっと続けてきた永久幹事への拍手と、定期的な同窓会は一旦今回で終わることを告げられた。
その理由はもちろん「還暦」という節目だけれど、もう一つは「いつまでも、こんな連絡をくれるな」という人もいることを告げられた。
隣りの席の同窓生は「なんでそんなこと言うんだろう?」とか「気にせずに出席すれば良いのに」と言っていたけれど、それは「同窓会に出席できるような人生を送ってきたから言えるんだ」と告げると「そうだなぁ」と、しみじみと言っていた。

いずれにしても、節目の「還暦の同窓会」には無事出席できた。
あとは、いつ逢えるか分からないけれど、いつあっても「おお!元気にしていた?」と笑顔で同窓生に逢えるような人生でありたいと、今回も思って会場をあとにした。

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2017年1月 1日 (日)

2017年 謹賀新年

2017nenga

新年、明けましておめでとうございます。
いよいよ今年は、60歳。
そして定年を迎える年となりました。
今年の年賀状は、昨年ブログにも紹介した「伊藤若冲」
偶然にも彼の得意とした「鶏」は、
今年の干支であり、そして私の干支でもあり、
そして、昨年鑑賞できた「動植綵絵 群鶏図」の登場となりました。
今年は、どこに行った話をブログに書けるでしょう。
やっぱり史跡と温泉は、外せない旅になりそうです。
今年もよろしくお願いします。

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2016年12月28日 (水)

2016年の締めくくり

会社は今日で仕事納め。
毎年書くが、うちの会社は仕事納めも昼から大掃除が始まり、社長訓話や終礼など行ない、定時まで在社するし、仕事初めも、全体朝礼の挨拶が「あけましておめでとう」になるだけで、通常業務になる。
だから、仕事のフェードイン・フェードアウトがない。
もう何年もこのシフトで働いているが、毎年「何とかならないのか?」と思う。
2016sime
もう1つ思うことは「会議の多さ」
毎週2回も早朝会議をやって、他にも販売会議に生産会議、役員会議などなど、会議ばっかりやっている。
来年はもう60歳になり、再雇用の身分となるためにさすがにこの会議からは解放されそうだが、これも悪しき慣例だなぁと毎年思う。

さて、と言いつつ今年も1年働いてきて、そしてこのブログも続けてきた。
相変わらず週一のペースで続けてきているが、そろそろ「思い立ったら書き込み」に変更せねばとおもっている。
思っているが、どうも性根が「怠け者」なので、そうなるとずっと「思い立たず」に、それこそ「フェードアウト」しそうで、ちょっと怖い・・・・・。
でも、来年60歳という「キリ」の年でもあるし・・・・・。
ま、これは来年になってから決めよう。

今年をざっと振り返ると、こんな感じだったなぁ。
◎二人目の三世~ずいぶん甘いじいじ
◎バイヤーの面白さ~久しぶりに感じる異業種の話
◎渋温泉~外湯巡り
◎いよいよ来年は還暦そして定年へ~再雇用社員のイメージが・・・

どれも、この1年でこのブログに書いてきた話だ。
「二人目の三世」「渋温泉」は、今までの延長的な話題(それなりのニュースだけれど)だったが、「バイヤー」の話は個人的には新鮮だった。
若い頃には、本当にいろいろなことを知らなくて、出会う人出会う人の話が「新鮮」「知らないことばかり」だった。
今の仕事に就いてからも、仕事柄お客さまから聞くさまざまな業界の話も「新鮮」だったが、さすがに長く生きてきて、この「新鮮さ」が薄れてきていた。
そんな中、ごく身近に「バイヤー」の人がいて、いろいろな裏話を聞けるのは、久しぶりに味わう「驚きの新鮮さ」だった。

そして、さっきも少し書いたけれど、いよいよ来年は「定年」
もちろん再雇用してもらわないと、生活できないので申請するが、当然収入は落ちる。
その分、管理職からはおそらく解放されるだろう。(そうあってほしいと願っているが・・・・)

いずれにしても、会社での立場や働き方も変わるし、「定年=60歳」というのは数字だけじゃなく体力にも表れている。
最近はちょっとした風邪でもすぐに気管支炎を起こすようになり、小学生の頃のようになってきている。
これも基礎体力が落ちてきているからなのだろう。
そして、正月には「還暦同窓会」もあり、無事還暦を迎えることを共に祝うという「いつもと違った同窓会」も予定されている。
とにかく50代最後の年末を過ごし、来年へ向かうことになる。

そういうわけで、この1年ありがとうございました。
来年も、またよろしくお願いします。

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2016年12月19日 (月)

変化の際(キワ)

今年もあと2週間になった。
今年はいろんな意味で、今まで考えたり感じたりしたことのない年だった。
それを一言でいうと「2016年は、さまざまなキワの年」という感じになる。
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この言い方で「ピン!」と来た人は、よほどの「ブラタモリ」ファンだ。
タモリが「いいとも!」を終えたおかげで、それまで東京近郊ばかりだったのが、日本全国に行けるようになり、それに伴い「ブラタモリ」はパワーアップした。
相変わらず「マニアック」な内容ではあるが、以前のバージョンに比べて、ずいぶん「へぇ~~」と思うことが多い気がする。
その「ブラタモリ」の中で彼のセリフ。
「キワが何でも面白い」というのがあるが、まさに今年はその「キワ」を感じる1年で、「面白い」というか冒頭に書いた「今まで考えたり感じたことのない」ことがたくさんあった。

まず大きな話で言えば、「イギリスのEU離脱」「トランプのアメリカ大統領」
誰も予想しなかった結果になり、特に「EU離脱」は瞬間的に株市場がパニックになった。
「トランプ」についても同じ。
あんな暴言や差別的な思想の持ち主が「アメリカの大統領になる」なんて、誰が想像していたのだろう。

そんな政治や国のことだけじゃなく。
確か10月だったと思う。
NHKスペシャルで「シリーズ マネー・ワールド 資本主義の未来」というのをやっていた。
専門的な経済主義の話だったので、詳しくは分からなかったけれど(興味ある人はNHKのホームページを見てください)、要は「今まで世界発展の基本となっていた「資本主義」の延長では未来を語れなくなってきている」ということだ。
すでに、「資本主義に代わる経済システム」を模索している人や国やプロジェクトを紹介していたが、これなんか相当大きな「キワ」の話だ。

もうちょっと近い話になれば「日本の地震や天候」
阪神大震災、東日本大震災そして熊本地震。
そして天候的にも夏も冬も「爆弾低気圧」で、豪雨や豪雪で甚大な被害が毎年のように発生する。
「災害は忘れたころにやってくる」ではなく「忘れないうちにやってくる」時代になったきた気がしている。

そしてそして、最も身近な私の働く会社や部署。
外的内的と要因はいろいろだけれど、これまでの延長では解決できない課題が満載だ。
歴史が好きな私にとって「年号が変わると時代が変わるのか?」ということに興味があるが、「昭和」から「平成」は想像していたよりも、ずっと緩やかに変化していった。
けれど、きっとこれからは「江戸幕末から明治に」なったように、まるで違うルールやリズムに変化するのではないだろうか?
江戸から明治って、暦も時間の数え方もある日突然変わる、とんでもない時代変化だったのだろうと思っている。
そんな覚悟が必要な変化がそこまで来ているのかもしれない。

そして、最後に個人の目線では「50代の終わり」
これも十分な「キワ」の話になるが、今まで挙げたようにさまざまな「キワ」にいることを自覚して、一喜一憂せず、泰然として大切なものを見失わないことが、来年は大事になりそうな気がする。

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2016年12月12日 (月)

人感センサーのある暮らし

今住んでいるマンションは10年以上前に中古で購入にした。
その時から分かっていることだが、玄関と廊下は昼でも照明がないと暗い。
だから、住み始めた頃に「人感センサー付きの足元ライト」を設置した。
最初は「乾電池式」を使用していたが、電池が切れるたびに「センサー」の調整が面倒になり、途中でコンセント式に変えた。
しかし玄関にはコンセントがなかったので、トイレのコンセントから延長コードを引っ張って設置した。
おかげで便利になったが、延長コードが玄関先まで来ていて、ちょっとカッコ悪い。
でも、生活的に不便があるわけではなかったので「ま、これで良いでしょ」と、ずっとこのスタイルで生活してきた。20161212_zinkan

会社で私の業務する部屋が「通販サイト」業務に今年変わったことは何度か書いた。
だから、ちょっとお値打ちのものがあると、一番初めに分かるし「いくらにしてくれる?」と言うと、他の社員よりかなりリーズナブルにしてくれる。
おかげで、今年は空気清浄機を3台(うち、1台は娘夫婦に)、ロボット掃除機1台と妙に家電が増えてきた。

先日も「空気清浄機付きセラミックファンヒーター」が入荷し、しかも「人感センサー付き」とのこと。
ちょうど、これから寒い朝のトイレにいいなぁと思い、即買ってトイレに設置して驚いた。

驚いたのはヒーターとしての機能より「空気清浄機」の機能。
しっかり臭いも消えるし、何より「人感センサー」が良い。
トイレの扉を開けるとすぐに電源が入って動き出す。

「こりゃ良いわ~~」と思い「じゃ、照明はどうなんだろう?」と思って「人感センサー付電球」を調べてみた。
LED電球はかなり安くなってきたけれど、「人感センサー付」になると、まだまだそれなりにする。
ホームセンターで見ると、3000円以上する!
廊下は全部で3灯あるし、トイレも合わせると1万円以上になる。

「う~~~ん」と考え、ネットで口コミを見ると「夏、暑くなると反応しない」などのネガティブな意見も気になるし、一度は「やめようかなぁ」と思ったが、性格上、一旦気になりだすと停まらない。
結局、廊下の3灯は、通販で激安品を、トイレはホームセンターでそれなりのメーカーのものを購入して設置してみた。

今のところ反応はばっちり。
トイレはドアを開けると「人感センサー付空気清浄機」「人感センサー付LED電球」の電源ON。
廊下に出ると、歩く順に照明が点く。
ただし、ずっと点いていないから、長くトイレでじっと座っていると段々暗くなり、動かないと消灯してしまう。
廊下も通って、部屋で用事して戻ると消えていたりする。
ま、だから切り忘れはないのだろうが・・・・・・

そして長い習慣でついつい電源スイッチを切ってしまうので、これまたホームセンターで、カバー代わりになる部品を探してきて、蓋をしておいた。
今年はベッドに始まり、エレアコに、空気清浄機に、ロボット掃除機にいろいろ購入、そして年末には人感センサー付LED電球。
まったく便利になったものだが、あまり家電に興味のない方だったので、50代最後になって、やっと人並みの家電持ちになったと言えば、それまでだが・・・・・。

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2016年12月 5日 (月)

温泉と城巡り2016(その3)

朝起きたら、ちょっと寒い。
201611030438「いきなり外湯は・・・」と思い、サッと宿の温泉に入って、体がポカポカさせてから「外湯」へ。
昨日とは違う近場の「外湯」に2軒。朝だから、熱くなっているかとまた心配しながら入ったが、ちょい熱いくらいで朝の風呂としては、とても気持ちよかった。
2軒続けて入り、これで渋温泉の「外湯」は4軒巡ったが、まだ5軒ある。
「もう1回来ないといけないなぁ」と思い、宿に戻って朝食へ。

夕食に続き朝食も美味しくいただき、食後の散歩を兼ねて街を周り、残った5軒の外湯の場所を確認。
街は本当に小さいので、また同じ宿にしても、どこの外湯も巡ることができる。
食事も美味しかったし、同じ宿のリピートも良いなぁと、もう次のことを考えての散歩だった。

チェックアウトして、有名な「地獄谷温泉の猿」を見に行くか、「松本城」に行くか迷った。
来る前から迷ったが、「地獄谷温泉の猿」は、様子が分からないし、もしかするともう一度渋温泉に来るかもしれないなぁと思い「松本城」に決めて、出発。

前の日に見た「道の駅」に寄り、リンゴの他、ノビルを購入。
昨日、小布施SAで買った「ムカゴ」と合わせ、秋の味覚をたっぷり買い込んで来た。

昼過ぎには「松本城」に到着。
前回、ここを訪れたのはまだ城のことは何も知らず、そして歴史にもそれほど興味のない時だったので、ぜひ訪れてみたかった。
その時と今は違って、歴史ブームそしてインバウンドで外人観光客がどこにでもいる時代。
有休を利用しているので、平日なのに観光客は多く、昨年の「姫路城」 ほどではないけれど、天守閣の急な階段の上り下りには、少し列に並んでの見学となった。

石垣や石落としや、松本城では有名な「月見櫓」など若い時には何も分からずに通りすぎたところを1つ1つじっくり見て、最後には近くのお蕎麦屋さんに。
松本市内のあらゆるお蕎麦屋には「新そば」の幟があり、「やっぱりこの時期に信州に来たら」ということで、「新そば」を食べにお店に。
薄い緑色で香り豊かな新そばを美味しく食べ、これで今回の予定はすべて終了。
帰りの道のりも特に渋滞に合うこともなく帰ってきた。

やっぱり歴史と温泉の旅は、今の私には一番の楽しい時間だ。
来年も、どこかに出掛けることにしようっと。

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2016年11月28日 (月)

温泉と城巡り2016(その2)

「北斎館」 のある小布施からナビで調べると、目的の「渋温泉」までクルマで30分くらい。
201611030412ゆっくり向かえば、ちょうどチェックイン開始の15時に着ける感じで、出発。
もう少しで「渋温泉」という場所で「道の駅」の看板を見つけて、2回目の寄り道。
最近は「道の駅」も、いろいろ地域色があって、面白い。
ここは、信州中野の「ふるさと豊田」という道の駅で、リンゴ・葡萄・梨・芋・野沢菜など、格安で販売。お客さんがバンバン箱買いしていて、「こういうのを見ると実りの秋を実感するなぁ」と日本の四季の感謝してしまった。

そしてやっと「渋温泉」に到着。
「野沢温泉」「有馬温泉」「下呂温泉」など昔からの温泉街を訪ねてきたが、ここもやはり昔ながらの細い道。
でもそんなに入り組んでいなくて、まだクルマの運転は楽だった。
事前に連絡していた時間より少し早くだったけれど、予約していた宿泊先に到着。

楽天トラベルで、かなり高評価なのにリーズナブルな価格の施設だったので、どうなのかなぁと思っていたが、とても丁寧にチェックイン手続きをしてくれ、部屋まで案内されるなど、「おもてなし」も最高だった。
そして、さっそく「外湯巡り」へ。

渋温泉の「外湯」は、全部で9カ所。
しかも温泉街も小さく、ちょっと歩くだけで次々と「外湯」に出会う。
宿の3軒ばかり隔てた所にも「外湯」があり、最初は、そこから入湯。
野沢温泉は、どこも「熱湯風呂」のように熱く、「これじゃまるで、罰ゲーム」と思った記憶があり、渋温泉も「熱め」と聞いていたので、少し覚悟して入ってみた。

ところがちょうど誰かが入った後なのか、とっても良い湯加減。
しかも温泉独特の匂いもするし、外湯の施設も趣きがあって、満喫満喫。
渋温泉は宿泊すると、その施設から「外湯」の鍵を渡され、それで開錠して入る。野沢温泉は、「心づけ」を払う仕組みで誰でも入れるから、宿泊してない人でも来るが、仕組みとしては渋温泉の方が良いと思った。

食事前ということで、軽く2軒巡って宿に戻り、一休みしてから食事。
この宿、「おもてなし」も良かったけれど、食事も良かった。
大イワナや鯉の刺身、そしてリンゴを食べさせて育てた地元のポークに牛肉が2~3切れずつと、量は少ないけれど、私のような年齢にはちょうど良い。
デザート食べて、ちょうど満腹。
最近は、こんな感じで、少しずつの美味しい物を食べて、ちょうど良い量の食事を用意してくれる宿が増えてきている。
ある意味、こういうことを気軽に楽しめるのは、幸せな時代なんだと思う。

食後と、就寝前は宿の温泉に。
宿は露天風呂もあり、季節がら「ちょい寒」で、いつまでも入っていられる最高のお湯だった。
外湯を巡る下駄の音が聞こえる「温泉街」を耳でも感じながら、就寝となった。

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2016年11月21日 (月)

温泉と城巡り2016(その1)

もう6年も前のことだが、2010年の7月に野沢温泉 に行った。201611030403

そこで初めて「外湯巡り」と言うものを体験し、「こりゃ、面白い」と思ったものだ。
その時に「渋温泉も外湯巡りがあって良いよ」と耳にしていた。だから、「いつかは出かけねば」と思っていたが、なかなかその機会は訪れず、このたびやっと6年越しの念願を果たしてきた。

出掛けたのは11月の初め。
1泊2日で出かけたが、2日間とも天気は良く、紅葉シーズン真っ盛りの長野方面だったので、高速道路の渋滞も覚悟して出かけたが、かなり順調に行くことができた。

今回はやはり「渋温泉の外湯巡り」がメインのため、どこか他の観光地に寄ることもあまり考えてなかった。
でも、「せっかく長野まで行くから」と調べたら、小布施にある「北斎館」 を見つけた。
「確かここって、北斎が晩年に祭屋台の天井絵を描いたところのはず」と思い、渋温泉の近くでもあるし、寄り道することにした。

「小布施PA」で蕎麦を食べ(PAの蕎麦だったけれど、これが手打ちで美味しかった!)、そのままETCのスマートICで降り、小布施へ。
目的の「北斎館」 に近づいて、びっくり。
観光バス専用の駐車場はあるし、周りは観光土産売り場がどっさりだし、紅葉シーズンに合わせて出かけた観光客は溢れているし、「めちゃめちゃ観光地じゃん」と驚いてしまった。

ところが面白いことに「北斎館」 に入場する人は多くなく(これは観光バスのコースに入っていないからかもしれないけれど)、館内はかなりゆったりと観賞できる状態。
企画展はちょうど「氏家コレクション『肉筆浮世絵の美』」
北斎を始め菱川師宣、喜多川歌麿、勝川春章、歌川広重などなど巨匠の肉筆がたっぷりと展示してあった。

これが私の住む街の美術館なんかで催されていたら、もの凄い来館者で、なかなかじっくり鑑賞できないけれど、この「北斎館」 はゆ~~~ったり。
1つ1つの作品は、かぶりつきで解説文もしっかり読みながら観ることができた。
そして常設展では、祭屋台が展示され、見事な「北斎の天井絵」を始め、屋台のさまざまな飾りもじっくりとゆっくりと観賞し、眼福の時間を過ごすことができた。

この「小布施」
あまり知識なしに出掛けたけれど、幸先の良い寄り道だった。
北斎を観るたびに思うが、「やっぱり北斎はいいなぁ~~。やっていることがアートだし、デザインだし、凄いなぁ」と琴線がビリビリさせてくれる。

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2016年11月14日 (月)

終活の用意

5月に姪の結婚式に行ったことは「姪っ子の結婚式」 に書いた。
結婚式の場所が軽井沢で、1番上の兄をクルマに乗せて往復したこと、そしてその兄は、少しメンタルの疾患があることも書いた。20161114_syukatu
だから、軽井沢に向かう時には、兄は薬と年齢の影響で、やたらとトイレ休憩が必要だった。

ここで、都合上、この兄の話を・・・。
この1番上の兄と、良く出てくるすぐ上の兄と私は、母親が違う。
本当は1番上と2番目の間には、姉がいるが、一緒に育っていないし、親父が死んだあとは一度も会っていない。
さらに、この1番上の兄には、二人子どもがいて、息子の方は中学以降グレてしまい、警察や少年院のお世話にもなっている。
もちろん息子も今では社会人になり、結婚し、独立して仕事をしているようだが、私自身はもうずいぶん会っていない。
いずれにしろ、この兄夫婦は、いろいろと課題を抱えているなぁというのが私の感覚だ。

無事に結婚式も終わり軽井沢を出発したのは午後7時過ぎで、もう真っ暗。
しかも小雨模様だけれど、兄夫婦のクルマのある私たちの田舎まで出来るだけ早く帰らないと、お互いに家に到着するのが真夜中になってしまう。
そんな状況で私の運転で帰ってきたが、その車中でいろいろ話をした。

そのうちに親父が死んだときの遺産の話や、私とすぐ上の兄貴の母親のこととか、1番上の兄の長い間の不満を吐露はじめた。
親父が亡くなったのは、もう45年も前のこと。
そんなことを「フツフツ」と抱えながら生きて、いつも周りに不満を漏らしてきたのかなぁ・・・だから、いろいろ課題が降りかかっているんじゃないだろうか?・・・などと思いながらの帰着となった。
こちらとしては、決して良い気分じゃないが、文句も言わなかったが・・・・・。

すぐ上の兄貴とは、今でも良い関係でいると思っている。
でも、1番上の兄貴の、そんな話を聞いた後は「ちゃんといろいろ整理しておくことがあるなぁ」と思い始めている。
決して資産価値はないけれど、私と兄の共同名義のものがある。
お互いに子どもがいるが、私たちが健康なうちに、そんな整理もしておかないといけない。
私の娘は特に、私の家の方のことはまったく知らないから、このままにしておくと困るだろう。

来年は還暦。
そろそろ終活を始めることを考え始める年齢になったということなんだろう。

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2016年11月 7日 (月)

育っていく二人の三世

3月に二人目の三世が生まれたことは書いた。
その後、お宮参りの時に会って以来、娘家族とは会っていないので、当然二人目の三世にも会っていない。
会っていないが、最初の三世の時から7年、時代は進歩している。
あの時だってフォトフレームや携帯に三世の写真が送られてきて、微笑ましく楽しんでいた。20161107_nakayoshi

しかし、今は違う。
Cloud(クラウド)を使って、ムービーだって見られるようになっている。
だから、二人目の三世には5月以降会っていないが、寝返りしたり、おもちゃを手に「あぁ~うぅ~」と遊んでいたり、そしてお座りして、輝くような笑顔を見せたり、さまざま姿をムービーで見ている。

生まれてから「ベビーカー」の話があったが、さすがに二人目の夫婦で「7か月くらいから使えるのが良いから」と言ってきたので、時期を待っていた。
先日、「そろそろ購入したら?」と購入資金を送ったらさっそく買ったようで、また写真がアップされていた。

上のお兄ちゃんは、7年間両親の愛情を独り占めしてきたが、二人が生まれてからは、すっかり脇役になってしまった。
本当は淋しいのだろうが、もう小学生だし、妹が赤ちゃんだから可愛くもあり、我慢しているのだろう。
お宮参りの時も、みんなが二人目の三世ばかりに集まるので、ちょっと可哀そうかな?と思って、一緒に遊んであげた。
そうしたら、私が帰る時にはちょっと心残りな感じで、玄関からしばらく付いてきた。
やっぱりちょっぴり淋しいのだろう。

でも送られてくる写真やムービーを見ると、それなりに可愛がっているし、もっと面白いのは二人目の三世にとっては、生まれた時からいるお兄ちゃんを、いつも見ているようだ。
お兄ちゃんが連れてきた友達を遠くのベッドから見ていたり、一緒に鏡を覗いていたり、妹の足がお兄ちゃんの頭の上に乗って二人ともお昼寝中だったり、そんな微笑ましい写真も送られてくる。

そんなある日、今回掲載した「仲良し兄妹」の写真が送られてきた。
やっぱりお兄ちゃんのやることには興味があるようだ。
娘のコメントによりと「大切なTVゲームを妹が触りに行っても、怒ることはなく、そっと優しく避ける」のだそうだ。

もう少しで「ハイハイ」しそうだが、これから移動できるようになると両親は心配だし、世話も大変になるだろう。
そして、ヨチヨチ歩くようになると、ずっとお兄ちゃんの後を付いていくかもしれない。
そんな三世の写真やムービーを見るたび、今、こういう状況でいられることに、とても感謝の気持ちが湧き出てくる。

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